街外れの血戦
「揉んであげるよ、デッカいの!」
パーシャが地響きを上げて近づいてくる蒼氷色の強大な悪魔に向かって、啖呵を切りました。
それが後に “街外れの血戦” と呼ばれることになる “火の七日間” 最後の戦いの幕開けとなったのです。
「――音に聞け! ホビット雷速の詠唱、いざ唱えん!」
ホビット流の口上に続き、パーシャがまさしく稲光が走るような速さで呪文を詠唱します!
魔術師系第二位階の支援魔法、“宵闇” です。
第四位階にはさらに上位の “暗黒” の呪文があるのですが、どうやらパーシャはすでに使い切ってしまっているようでした。
パーシャに追随して、“緋色の矢” のヴァルレハさんや他の探索者、あるいは兵士の中に配属されている数少ない魔術師の人たちが同様の呪文を唱えます!
「―― “宵闇” 」
「「「「「「―― “宵闇”」」」」」」
まずパーシャが、次いでヴァルレハさんたちが、一歩ごとに荒れ地を揺るがし土埃を舞上げる “高位悪魔” に向かって闇の呪文を投げつけます!
九五パーセントという驚異的な呪文無効化能力を持つ悪魔も、この呪文を耐呪することは敵いません。
一〇〇パーセントという完全な呪文無効化能力を持ち、さらに装甲値-8という低さを誇る魔物 “鬼火” を狩る際もこの呪文が用いられます。
呪文無効化能力が高く装甲値が低い相手には、切り札的に使われる呪文なのです。
呪文が効果を現すなり、“高位悪魔” の水牛と爬虫類を合せたような頭部に黒い靄が何重にもまとわりつきました!
「――今だ、放てぇっ!」
間髪入れずに中隊指揮官の騎士が命じ、積み上げられた土嚢に沿って形成された射陣が一斉にクロスボウを放ちます!
照準はたった今魔法の靄が包み込んだ “高位悪魔” の頭部です。
距離にして約五〇メートル。
威力が高く、至近距離なら分厚い板金鎧さえも易々と貫通する鋭く重い短矢が、一斉に六体の魔神の顔面を襲いました。
「「「「「「GaAAAAaaaaaッッッッ!!!!」」」」」」
野太く胴が震えるような憤怒の叫びが悪魔たちから上がります。
魔法によって視界を遮られた直後を狙い撃たれたので、顔を守ることが出来なかったのです。
“高位悪魔” たちはすぐに手をかざしてクロスボウの狙撃から顔守りました。
必然的に、一番動きの少なく的の大きなお腹ががら空きになり――。
ズバンッ!
重く鋭い何かが、土嚢の内側で待機していたわたしたちの頭上を凄まじい風切り音と共に通過していきました!
直後、わたしの身長以上の長さがある巨大な矢が、“高位悪魔” たちの腹部に次々に突き刺さります!
ドンピシャリのタイミング!
一、二、三、四、五――六! 六!
全弾命中! 全弾命中です!
世界制覇を目論む天下無双の梟雄 “狂気の大君主トレバーン” の精兵だけあって、弩砲を操作する小隊の練度は高く、どの隊も狙いを違わすことはありません!
「――よし、行くぞっ!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
「「「「はいっ!」」」
「突撃っ!」
双剣を手にしたアッシュロードさんが号令するや否や、ひらりと土嚢を飛び越え、臆することなく巨大な悪魔に向かって駈け出しました。
レットさんがスカーレットさんが、カドモフさんがジグさんが、わたしやフェリリルさんが、そして槍を手にした兵士たちが、すぐさまに後に続きます!
「次弾装填、急げ!」
バリスタ小隊を率いる騎士の命令を背に、わたしはトリニィティさんに頂いた魔法の戦棍を手に駈けました。
(――もう置いていかれない! 置いていかない!)
顔に無数の短矢を受けお腹に巨大な矢で風穴を開けられ悶えくるう “高位悪魔” に、真っ先に接敵したアッシュロードさんがまず初太刀を加えました!
+3相当の魔法強化が施された業物が、逞しい骨格筋が何本も浮き出た悪魔の右脚、その膝を深々と切り裂きます!
「GuGYAaaa-------ッッッッッ!!!!」
真っ青な血液が噴きこぼれ、鼓膜が破れるような悪魔の絶叫が轟きました!
たまらず膝を折った “高位悪魔” にスカーレットさんがすかさず二ノ太刀を――今度は反対の膝に加えます!
アッシュロードさんの剣に比べると若干劣るものの、それでも普及品とは段違いの切れ味を持つ魔剣が左膝を断ち割り、蒼氷色の悪魔を完全に大地に這い蹲らせました!
すでに視力を奪われている上にさらに両足の自由まで奪われ、“高位悪魔” は四つん這いになるしかありません。
魔界でも上位階級に属する彼らにとって、矮小な人間に地べたに這わせられるなど屈辱の極みなのでしょう。
唯一自由になる片手を滅多矢鱈に振りまわし、わたしたちをこれ以上近づけないように暴れ狂いました。
「――次だ! トドメは兵士に任せろ!」
アッシュロードさんが命じます。
それは微妙な判断でした。
目を潰し、行動の自由を奪ったと言っても、最大の脅威である第五位階の魔道呪文を封じたわけではないのです。
しかし、それには理由があるのです。
ぐずぐずしていると――。
「「GiGYAaaaaaaaaaッッッッ!!!!」」
六体の悪魔のうちの二体が、一際高く吠えました!
そして、まさしくそれに呼応して新に二つの青い火球が出現したのです!
「仲間を呼んだ!」
スカーレットさんが叫びます!
そうです!
魔術師系第五位階の呪文。
完璧に近い呪文無効化率。
さらに住処である魔界から仲間を呼び寄せ増殖する召喚能力――どれひとつとっても厄介な能力をすべて身に付けていることが、“高位悪魔” をして最凶の魔物と呼ばれる所以なのです!
「――退けえっっ! 陣地に戻れっっ!」
怒号する、アッシュロードさん!
帰りがけの駄賃に這い蹲る悪魔の首を皮一枚残して両断すると、再び陣地への待避を命じました!
わたしたちはすぐさま身をひるがえし、陣地に駆け戻ります!
背後で新に出現した二体が、またも “氷嵐” の呪文を唱え始めます!
「急げ! もたもたするな!」
「体育の授業で、こういうのやりました!」
アッシュロードさんに急かされ、まるで噛み合っていない返事をします!
走って、引き返して、また走って!
その繰返しをする全然楽しくない授業でした!
わたしを含む探索者は “逃げる” ことに習熟しています!
迷宮では、咄嗟の判断で即座に逃亡できなければ呆気なく全滅するのです!
しかし兵士の人たちは、そこまで軽快な機動は出来ません!
吹き荒れる氷雪の嵐!
逃げ遅れた帝国兵が、氷の彫像となって砕け散ります!
結局、わたしたちは悪魔を一体倒すのと引き換えに、二個分隊以上の犠牲を出してしまったのです!
それは誰の声だったか!
「――伏せろっ!」
土塁に飛び込んだ直後、“焔嵐” の猛火が土嚢で築かれた壁に叩きつけられました!
「――っ!!!」
息を止め、吹き込んでくる熱風に肺が焼かれるのを防ぎます!
なんて――なんてことでしょう!
こちらは三〇名もの犠牲を出したのに、向こうは逆に一体増えているのです!
これが――これが “高位悪魔”!
迷宮最凶最悪の魔物!
「な、なんなのよ、あいつ! ちょっとデタラメすぎない!」
猛炎が治まると、パーシャがウガーッ! と顔を上げます。
自慢の茶色い巻き毛が焼け焦げて、チリチリとますます縮れてしまっていました。
土嚢の防壁の所々で火が上がり、兵士の人たちがやっきになって土をかけて消化に努めています。
「……アッシュロード、これではジリ貧だぞ」
スカーレットさんが頭を低くしたまま近づいてきて、小声でアッシュロードさんに忠告しました。指揮官の威厳を損なわないようにとの配慮でしょう。
範囲呪文で一網打尽に出来ない以上一体ずつ倒すしかないのですが、こちらには一刀で屠れるような火力はありません。しかし複数で攻撃を重ねている間に他の個体が “氷嵐” や “焔嵐” の呪文を唱えるか、あるいは仲間を召喚して数を増やしてしまうのです。まさにジリ貧です。
ですが、そんなことはアッシュロードさんもわかっているのです。
わかっている上で、打つ手がないのです。
アッシュロードさんは黙り込んだままです。
必死に考えを巡らしている、その横顔。
見覚えが……あります。
胸に走る、張り裂けるような痛み。
わたしは顔を上げると周囲を見渡しました。
なにか、なにかあるはずです。
否。
なくても、みつけるのです。
彼がそうしたように!
視界に入ってくるのは、汗と土埃にまみれた探索者と兵士。
所々で燃えている土塁。
陣地内に散らばっている無数の、槍、剣、盾。
悪魔たちを近づけないように必死に応射しているクロスボウ。
唯一有効と思われる、巨大な弩砲。
それから――。
それが目に映ったとき、わたしの胸に再び張り裂けるような痛みが走りました。
少しだけ目を閉じ、痛みの理由を探ります。
なぜそれを見ると、こんなに胸が痛むのか。
そしてその理由に行きついた時、
「――わたしに考えがあります」
わたしは目を開け、もうひとりの彼に告げました。







