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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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出陣の聖女

 暗闘は続いていた。

 刃が鎧や兜を割る、あるは刃同士が斬り結ぶたびに火花が散り、闇の中に黒衣の男と東夷風の武者たちを瞬き照らす。

 武者たち――遙か東方の島国 “蓬莱(ほうらい)” から召喚された彼の地のロイヤルガード “旗本(ハタモト)” は、さすがに手練れだった。

 混乱からすぐに立ち直り、同士討を避けて同時にではなく間合いをずらして次々に斬り掛かってくる。

 まるで多対一の乱取稽古だった。

 だが、これこそ帝国軍指揮官――本業 “迷宮保険屋” の思う壺だった。

 左右の双剣を巧みに繰り出し、まずは受け、その隙を衝く。

 両手持ちで振るわれる東方の大刀(業物)を片手の剣で受け止め、がら空きになった胴を突き、薙ぎ、断つ。

 もっとも確実な “後の先”で、アッシュロードはひとりまたひとりと “旗本” を屠っていく。

 武者たちの手練の致命の一撃(クリティカル)も、特異体質のアッシュロードには通じない。

 “旗本” たちは恐怖した。

 この迷宮には “鬼” が出る――と。



 “毒巨人(ポイゾンジャイアント)” は、全般的に知能が高いとはいえない巨人族(ジャイアンツ)の中でも特にその傾向が強く、いわゆる “大男総身に知恵が回りかね” の典型だった。

 さすがに同じ巨人()の亜種である “亜巨人(トロル)” よりかは幾分マシだったが、それでもその行動原理はほぼ本能の赴くまま――と言っていい。


 したがって獲物である約七〇人の人間たちが扉を固く閉ざして閉じ籠もったとき、力尽くで蹴破るよりも隙間から毒息(ブレス)を吹き込むことに思い至ったのは、彼らにしてみればかなり上出来の部類だった。

 “毒巨人” にしても、ただでさえ頑丈な上に加護で強化された扉を殴り付け蹴り飛ばすのは、本能的な彼らだからこそ望むところではなかった。

 本能とは時として狡猾で残忍極まる行動となって現われるのだ。 


 そのほとんどが扉によって遮られ逆流していた毒息によって、四体の巨人の周囲は生物を腐食させる有毒ガスで充満していた。

 即効性のためガスはすぐに霧散してしまうが、それでも四体が代わる代わる吐き続けては薄まる気配がない。

 それほど “毒巨人” たちはその作業に熱中していた。


 だから天敵が背後から忍び寄っていることも、その天敵によって自分たちが一瞬にして塵に変えられたことにも気づかなかった。

 ()()である四体に相応しい、間の抜けた最期だった。


 魔法の指輪で巨人たちをあっさり消し去ったアッシュロードだったが、扉の前面にわだかまっている濃密な瘴気に阻まれて、すぐには近づくことが出来なかった。

 彼が選択した迷宮の始点から北に伸びる回廊の先には、“第一” と “第二” のふたつの玄室があるが、そのうち “第二” は物資の備蓄庫であり、探索者や兵士の姿はなかった。

 紫色をした毒々しい巨人たちの醜悪な所業を見ても、この先に生き残りがいるはずであった。


 ……生き残り。


 口の中に浮かびかけたその言葉を、アッシュロードは苦く飲み下した。

 眼前の状況から察するに、“滅消(ディストラクション)” を使い果たした兵士たちは扉を盾に玄室に閉じ籠もったのだ。

 工兵が取りつけた鋼鉄製のかんぬきと、恐らくは “ライスライト式” で強化した扉。

 “毒巨人” たちは破るに破れず、外から毒息を吐き付けていたのだろう。

 迷宮の扉は乱暴な探索者や怪力の魔物が利用するだけあって恐ろしく頑丈な造りをしていたが、“獅子の泉亭” の馬小屋並に隙間風が吹き込んでくる荒普請でもある。

 壁や床との隙間から侵入してくる猛毒の瘴気を防ぎきれるわけがなかった。


 ……すでに手遅れかもしれない。


 “探霊” の加護を願いかけて思い止まるアッシュロード。

 運良く生き延びている者がいれば、同位階の “大癒(グレイト・キュア)” が必要になる。

 どちらにせよ、瘴気が消えればわかることだ。

 アッシュロードは扉から一区画(ブロック)離れた、東西に延びる回廊の壁際で毒霧が晴れるのを待った。

 即効性のガスはやがて霧散した。

 黒衣の君主(ロード)は微かに鎧を鳴らしながら扉に近づき、合図を送るために叩きかけて――ギョッとした。


◆◇◆


「――なかなか似合うじゃないか」


「ありがとうございます。でも少し派手ですね」


 身に付けた鎖帷子(チェインメイル)に視線をやって、わたしは苦笑しました。

 目の前にいるトリニティ・レインさんから頂いた品で、これまで身に付けていた物と違い眩いばかりに輝いています。


「“眩い鎖帷子(シャイニングチェイン)” ――おまえもすでにネームド(レベル8以上)の探索者だ。そろそろ+1程度の武具を装備してもいいだろう」


 トリニティさんは小柄でローティーンのように若々しい女性ですが、あの人と同い年だそうです。


「それに “聖女” が参陣するのだ。士気を高めるためにもそれぐらいの演出は必要だろう」


「そうですね」


「ほう、照れるか謙遜するかと思ったが――受け入れたか、エバ・ライスライト」


 微かな笑みでうなずいたわたしに、トリニティさんが少しだけ目を見開きました。


「どうでしょう。ただ自分が何を望み、何を成したいのかはハッキリしているつもりです。そのために “聖女” の称号や恩寵が必要ならもう躊躇いはありません」


「ライスライト。わたしは目覚める前のおまえを知らない。だが今のおまえが眠りに着く前のおまえと違うことはわかる。“心の旅” を終え、おまえは変わったのだ」


 わたしは再びうなずき、やはり+1相当の魔法強化がなされた戦棍(メイス)と鉄製の盾を手に取りました。

 特に盾はすべて鉄で出来ているのに、これまでの木製の大きめの盾(ラージシールド)よりも軽くて驚かされます。

 これならジグさんでも装備できそうです。


「準備はいいか」


「はい」


「よろしい、ならば出陣だ」


 トリニティさんは、わたしとわたしの背後に立つ五人の探索者――ダイモンくん、クリスくん、セダくん、エドガーくん、そしてリンダに向けていいました。



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