受付嬢と保険屋
「アッシュロードさん、あなたいったいどういうつもりなんですか。駆け出しの、それも蘇生したばかりの女の子とふたりだけで地下二階に行くなんて」
ハンナさんの詰問が舌鋒鋭くアッシュロードさんに突き刺さります。
“何も知らない” だの “女の子とふたりだけで地下二階” だの、そこだけ聞くとなにやら犯罪めいた臭いが漂ってきます……。
「いくら君主が前衛職で一番盾役に向いた職業だからといって、万が一ということがあるんですよ。もしエバさんがまた死んでしまうようなことになったら、どうするつもりだったんですか」
アッシュロードさんは、受付前でひょろりとした身体をうなだれています。
その姿はまるで飼い主に叱られる、しょぼくれた老犬……です。
「まさかあなた、その時はまた寺院で蘇生させて彼女からお金を取ろうだなんて考えていませんでしたよね? もしそうなら、それは鬼畜ですよ、鬼畜」
ハンナさんに三白眼をのぞき込まれ、アッシュロードさんがますます身体を小さくします。
考えていました
この耳で聞きました。
でも、それはわたしが無理をお願いしたからで……。
「……俺は鬼畜じゃなくて、“悪の君主” だ……」
「それ、格好いいとでも思ってるんですか?」
「…………いえ」
ボソッと呟いたアッシュロードさんを腕組みをしたハンナさんが、ひと睨みで黙らせます。
すごいです、ハンナさん。
頭ひとつ以上高い、それも倍ほども年齢差のある熟練者のアッシュロードさんを完全に呑んでいます。
でもさすがにこれ以上は、わたしやわたしの友だちのために命を賭けてくれた、アッシュロードさんの名誉のために発言しなければなりません。
「あ、あの、アッシュロードさんは悪くないんです。全部わたしが無理を言ったからで――」
「いいですか、アッシュロードさん。あなたは探索者である前に保険屋。そして保険屋である前に ひとりの大人なんです。大人には自分より未熟な人間を教え導く義務が――」
……全然、聞いてもらえてません。
「だ、だから、アッシュロードさんは全然悪く……」
「そもそもの問題は、あなたが 単独行 でしか迷宮に潜らないことなんです。わたしだってせめてあなたの他にあとふたり、それなりのレベルの探索者が加わっていたならここまで目くじら立てたりしませんよ」
「で、ですから、アッシュロードさんは……」
「死体を回収する前にあなたが死体になってしまったら、元も子もないんですよ。誰も幸せになれないんですよ。そこのところわかってるんですか? 分かってないですよね? わかってたらひとりで潜ったりしませんよね? だいたいあなたにだってひとりくらい大切な人が――」
「――だから、わたしの話を聞いてください!」
思わず大きな声を出してしまったわたしを、ハンナさんとアッシュロードさんがドン引きした顔で見つめます。
「「……どうぞ……」」
「す、すみません」
自分で発言を求めながら、いきなり振られてテンパるわたし。
「そ、その、つまりわたしが言いたいのは、わたしが “善” の戒律に従わなければならないように、アッシュロードさんは “ 悪” の戒律に従わなければならないということです。つまり何が言いたいのかというと、“悪《利己的な》” 戒律に従うアッシュロードさんはただ働きはできないんです」
ああ、なんでしょう、このまったく脈絡のない言語道断にまとまってない話は。
「でも、アッシュロードさんがわたしの無理を聞いてくれたのはそれだけじゃなくて、なんというか人が何かしらの行動を起こすには建前というか大義名分というか、つまりはそういうものが必要で……」
パニック! アイ・アム・パニック!
「“善” だから必ず人助けをしなければならないとか、“悪” だから人の頼みを聞いてはいけないとか、そういうことではなくて――」
要するに、要するに、
「要するにわたしが言いたいのは、アッシュロードさんは良い人だということです!」
ご清聴、ありがとうございました!
「「……」」
「なんか、いろいろな問題をポ~ンと飛び越えて、いきなり答えにたどり着いてしまいました、みたいな感じでしょうか」
「…………どこが」
クスッと笑ったハンナさんと、不機嫌そうにそっぽを向くアッシュロードさん。
「“悪” の人間に “良い人”だなんて “ドワーフの腰のくびれ” を褒めるようなもんだろうが」
なんですか、それは……。
「で、でも、わたしは本心から」
「だいたい俺はあんたの債権者だぞ。借金主で借金取りだ。借金主で借金取りっていうのは、昔からあこぎで卑しくてせこくて意地悪で歩き回るそそり立つ糞って相場が決まってるんだ。そうじゃないと、いろいろと回らないようにできてるんだ」
「べ、別に責任を取ってくれとか、そういことを言っているのではなくてですね――」
「だからそういう誤解されるようなことを言うな!」
そもそもなんの責任だ! ――とわたしを一喝するアッシュロードさん。
「ひぃっ、ごめんなさい!」
「それはもちろん、“生き返らせた” 責任ですよね?」
ニコニコと楽しそうにハンナさんが助け船を出してくれました。
「“善” 的な考え方ですと、生き返らせた以上その後もきちんと面倒をみるのが大人の責任とでもいうのでしょうか――あ、ちなみにわたしは無属性・無戒律の “中立” ですよ」
「ああ!? なんだ、そりゃ!?」
アッシュロードさんの頭の血管が、そろそろ切れそうです。
「あの、ハンナさん。アッシュロードさんにしてみれば保険契約にしたがってわたしを回収・蘇生しただけなのですから、それ以上は……」
「そうですね、いくら今日はお客さんが少ないとはいっても、おしゃべりに興じすぎるのはよくないですね」
ハンナさんはコホンと咳払いをすると、居住まいを正しました。
「――それで、おふたりは今日はどのようなご用件で?」
これぞ働く女性の見本とでもいいましょうか。
呆気に取られるほどの見事な切替です。
アッシュロードさんは見るからにぐったりしています。
探索者ギルドは冒険者ギルドと違って、様々な人からの多様な依頼を受付て希望者に斡旋する――ような仕事はしていません。
あくまで迷宮探索に関連する諸業務を担当するギルドなのです。
迷宮探索者の登録と管理。
未経験の志望者に、迷宮探索に求められる各職業に就くための最低限の技術を教える訓練場の運営。
それに付随して転職希望者への再訓練の実施。
パーティ結成の支援。
探索者が持ち帰る迷宮の情報の分析と公開(これには地図の作成と販売も含まれています……値段はとても高いのですけど)。
なので探索者はギルドの中で “よさげな依頼” がないか先を争って屯っている必要はなく、その多くが迷宮に潜っているか、さもなくば溜まり場である “獅子の泉亭” で飲んだくれているのです。
(ちなみに探索者ギルドは “獅子の泉亭” の文字どおり隣に立てられていて、利便性は抜群です)
「わたしは回復役を探してるパーティがないかお聞きしようと思って」
「……俺は昨日の報告だ」
わたしとアッシュロードさんが、それぞれ来訪の目的を告げます。
「それでは順番のとおりにエバさんからお伺いいたしますので、アッシュロードさんは少しお待ちください」
え……っ、待つの? 見たいな顔をしたアッシュロードさんを、
『いまお茶を淹れますから、それでも飲んで待っていてください』
と、ハンナさんがあやします。
なんだかんだいって、ハンナさんはアッシュロードさんに優しいのです。
もちろん、
『茶より酒がいい』
と言ったアッシュロードさんの要望は華麗にスルーされましたが。
わたしは昨日、自分のパーティで起きたことを改めて話し、新しいパーティを探してる旨を相談しました。
こういったパーティの仲介や斡旋は、以前は “獅子の泉亭” の店主さんが取り仕切っていたらしいです。
ですが“紫衣の魔女の迷宮” の出現によって探索者の人数が爆発的に増えたことで捌ききれなくなってしまい、それが探索者ギルドの設立の切っ掛けになったとか。
「回復役でしたらエバさんと同じレベル1のパーティでも探しているところがいくつかあります」
「そうですか」
ハンナさんの言葉に、思わずホッとした吐息が漏れました。
迷宮探索はパーティでの行動が基本中の基本です。
よほど腕が立ってなおかつ物好きな探索者でもなければ、単独行などしません。
単独行自体が完全にイレギュラーな行動なのです。
ましてレベル1で後衛職のわたしに、そんな真似などできるはずもなく……。
新しいパーティが見つからなければわたしは借金を返すどころか、その日暮らしの日銭すらも稼げないのです。
「でも、ご紹介する前に――」
「……?」
「ちょっと、レベルを測ってみましょう」
ハンナさんが予想外の言葉をわたしに告げました。