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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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最終到達点

「――終わった?」


「ああ、だけど油断するな」


 短剣(ショートソード)を逆手に辺りを警戒するリンダに、空高くんがわたしが頭を潰した “高僧” の首を用心深く切断しながら答えました。

 他の敵は、死体すら残っていません。

 迷宮(アトラクション)の地下四階。

 その最奥で待ち構えていた強敵に、わたしたちは見事に勝利したのです。


「……大丈夫か?」


「うん。怪我はないよ」


 わたしの頭の天辺から足の先までジロジロ見て確認する道行くんを、笑顔で安心させます。


「……そうか」


「心配しすぎ」


「……そりゃ、するだろう」


「……うん」


 わたしの顔に付いた返り血をローブの袖でゴシゴシ拭っている彼氏さんと、コソバユイくもされるがままになっているわたしです。


「中を調べるぞ」


 空高くんが指示を出し、玄室内の調査が始まります。

 玄室は三×二区画(ブロック)の長方形をしていました。

 中はガランとしていて、たった今倒した冒険者風の魔物たちが生活をしていた気配はありません。

 おそらく、玄室に侵入者があるたびに “born(生成)” するタイプの魔物だったのでしょう。これまでにも何度か同様の “門番” 型の魔物と遭遇したことがあります。


「――見て! あそこに扉がある!」


 玄室の南の壁に扉があるのを見つけて、リンダが指差しました。


「ゴール!? ゴールなんだよね!? 家に帰れるんだよね!?」


「まだ分からないけど、その可能性が高いとは思う」


 テンションをあげるリンダに空高くんが努めて冷静な返事をしますが、それでも声が期待に膨らんでいます。


「リンダ、調べてみてくれ。慎重に、慎重にだぞ」


「わかってる。ここまできて罠にかかって全滅なんて最悪だもんね」


 三カ月にわたってこの迷宮で生き残ってきたのです。

 リンダもすぐに表情を引き締めて、気持ちを切り替えました。

 全員が理解しています。

 戦闘に勝利した直後が、一番危険な瞬間だということを。

 リンダが扉を調べている間、他の三人で周囲を警戒します。


「……第五位階は使い切ったか?」


「……ああ、“滅消(ディストラクション)” はもうない」


「……そうか」


 空高くんが道行くんに、小声で確認を取っています。

 “滅消” の魔法が使えず、魔道具もほぼ使い切ったとなれば、仮に引き返す場合には厳しい帰路になるでしょう……。


「――OK。罠も敵の気配もないよ」


「そうか――」


 リンダの報告に、空高くんが力強くうなずきました。


「ここまできて躊躇する理由はない。みんなここまでよく頑張ってくれた。俺はみんなを誇りに思う」


 空高くんがリンダを、わたしを、そして道行くんを順々に見渡して言いました。


「俺たちは、いいパーティだ」


「なによ今さら。やめてよね、あんたは “そういうの” が絵になるんだから。危ないでしょ」


「そうか?」


「そうよ」


 いつもフランクなリンダが珍しく顔を赤らめて、恥じらいの表情を見せています。

 普段から良い雰囲気なのですから、もう本当に付き合ってしまえばよいのに。

 道行くんもわたしと同じ思いなのでしょう。優しげに苦笑しています。


「……地図の上ではこの先は一×一の玄室で、四階で唯一の空白地帯(未踏破区画)だ。扉の意匠からしても何もないってことはないだろう」


 じゃれ合うふたりを穏やかに見つめながら、道行くんがわたしにだけ聞こえる声で言いました。

 目の前にある青く大きな観音開きの扉には、豪華な金の取っ手が付いていて、まるで冒険者に蹴破られるのを嫌がっているようです。

 扉全体にもこれまで迷宮で見てきた物とは異なり、豪奢で精緻な装飾が施されています。

 一目で “何かある” 特別な扉だとわかります。


「……いよいよ、だね」


「……ああ、いよいよだ」


「……」


 様々な想いが湧き起こって、わたしは言葉をなくしてしまいました。

 そしてその想いはたったひとつの想いに集約されました。

 たったひとつの……強い想いに。


「……どうかしたのか?」


「……ううん、なんでもない」


 わたしは小さく頭を振りました。

 これは、わたしの胸にだけ秘めておかなければいけないことなのです。

 そして、この人にだけは伝えてはいけないこと。


「――よし、それじゃ行くか!」


「うん!」


「はい」


「……ああ」


 空高くんが晴れ晴れと宣言し、わたしたちは三者三様に答えました。

 きっとみんな万感の想いを抱いているのでしょう。

 予期せぬWデートから始まった、波乱万丈の大冒険。

 辛くもあったけど、それ以上に満たされた日々でした。

 幸せの本当の意味を知った日々でした。


 敵の気配がなく、罠がかかっていなかったとしても、それでもわたしたちは慎重でした。

 空高くんとリンダが両方から取っ手を持ちます。

 道行くんとわたしは魔法の届くギリギリの距離から、いつでも呪文や祝詞を唱えられるように待機しました。

 そして空高くんが目で合図し――運命の扉が開かれました。


 ……。

 …………。

 ……………………。


「「「「………………え?」」」」


 ………………え?

 ………………え?

 ………………え?


 ……なに……これ?


 扉を開けたら、そこにあったのは玄室でも階段でも“転移(テレポート)” の魔方陣でもなく……岩でした。

 岩で……コンクリートで一〇メートル四方の玄室を密閉したかのように、扉を開けたら真っ白い石の壁がそこにあったのです。


「な、なによ、これ?」


「――まて、触るな!」


 鏡のような完璧な平面に触れかけたリンダを、道行くんが鋭く制しました。


「ど、どうなってるんだ?」


 空高くんが手にしている漆黒の長剣の切っ先で、左官屋さんが丁寧に仕上げたような壁を叩きます。

 硬質な反響音が、それが幻でないことを示しています。


「どういうことよ?」


 リンダが眉根を寄せた険悪な表情になりました。


「元々出口なんてなかったのか?」


「……それじゃ、今まで還ってこなかった奴らの説明がつかない。あいつらが今の奴らに全員やられちまったとは考えにくい」


 全員が口々に話、ついで無言になります。

 わたしは不安になって道行くんに寄り添いました。

 これはいったい、どういうことなのでしょう……?

 ここがゴールでは、最終到達点ではないのでしょうか……?


「……まずは落ち着こう。何か見落としがあるのかもしれない」


 道行くんが動揺するみんなに冷静に呼び掛けます。


「……行ってない場所。取得してないキーアイテム(パスポート)。倒していない固定モンスター……何か他にないか?」


「何か他にって言われても、そんなのわからないよ」


 リンダは今にも泣き出しそうです


「なんなのよ、これ。こんなの酷いペテンじゃない」


 空高くんがそんなリンダの肩に手を置きました。

 道行くんは地図を広げて、ジッと睨み付けています。


 出られない……?

 ここから……この迷宮から……このままずっと?

 もしそうなら……わたしたち四人は……わたしは……わたしとこの人は……。


 その時です。

 開け放たれたままになっていた入口に気配がしました。

 ハッとなって、全員が振り向きます。

 そこには険悪な表情をした、()()()()()()()()が立っていました。



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