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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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氷と炎の歌★

挿絵(By みてみん)


 ふたりの “高僧(ハイプリースト)” のレベルは共に8で、わたしよりもひとつ下のレベルです。

 しかしまとっている “呪いのローブ” の強力な呪詛の影響で、レベル9の僧侶(わたし)と同位階の加護を嘆願できるのです。


 その証拠に――来ました!

 倍掛け(ユニゾン)での “呪死(デス)” です!

 狙われているのは魔法使い(スペルキャスター)であるわたしと、道行くんです!

 それだけはさせません! 絶対に!


「慈母なる、女神 “ニルダニス” よ!」


 わたしは強い意思を祈りにこめて、帰依する女神に助力を願いました。

 祝詞は歌うように澱むことなく紡がれ、“高僧” たちの禍々しい嘆願を軽やかに追い越していきます。

 女神の御胸に抱かれた精神が昂揚し、身体の中を清涼な風が吹き抜けていきました。

 “静寂(サイレンス)” の加護は無事に聞き届けられ、魔法を封じられた “高僧” たちの邪悪な顔が、怒りにドス黒く染まり歪みます。

 白兵戦に備えて戦棍(メイス)(ラージシールド)を構えたわたしは、チラリと道行くんを見ました。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 ふたりの “戦士(レベル7ファイター)” が道行くん目掛けて斬り掛かり、さらにその後方で同数の “魔術師(レベル7メイジ)” がそれぞれ “凍波(ブリザード)” と “焔嵐(ファイア・ストーム)” の呪文を唱えています。

 今からもう一度 “静寂” の加護を嘆願している時間はありません。

 そして必要もありません。

 “戦士” の剣が道行くんの頭上に振り上げられ、“魔術師” の呪文が完成しかけたまさにその瞬間。

 道行くんが結びの韻を踏み、最後の印を結びました。

 剣と魔法を操る四人の強敵がその力を行使する寸前の姿で硬直し、数瞬後に極小の塵となって玄室の床に崩れ拡がりました。


  “滅消(ディストラクション)” !


 不死属(アンデッド)を除くネームド(レベル8)に届かないすべての魔物を問答無用で塵と化す脅威の呪文です。

 この呪文を温存するために、ここまでわたしたちは――いえ道行くんは知恵を絞ってきたといっても過言ではありません。

 さらに道行くんは、間髪入れずに再び同位階の呪文の詠唱を始めます。


 加護を封じられた “高僧” たちが “そうはさせじ” と道行くんに向かいますが、こちらこそ “そうはさせじ” です!

 戦棍と盾を構えると、わたしは道行くんをかばって “高僧” たちの間に割って入りました。

 振るわれる鎖付きの “モーニングスター” の一撃を盾で受けとめ、さらに頭を狙ったもうひとりの攻撃をわずかに顔を逸らして躱します。

 鋭い風切り音と共に、前髪が激しく揺れます。

 目はつぶりません。

 瞬きもしません。

 ただ顔を逸らす動作のままに右半身を引き、右手の戦棍の先端に遠心力をためて―― “高僧” のひとりに向かって解き放ちます。

 攻撃を失敗するということは、最大の隙を敵に晒すことになるのです。

 振り抜いたモーニングスターを回避され態勢が崩れていた “高僧” に、わたしの攻撃を防ぐ術はありませんでした。


 再びの風切り音。

 ただし今度はわたしの風切り音です。

 “高僧” は避けることも盾で受けることも出来ませんでした。

 戦棍の重い柄頭をまともに頭部に受け、もんどりを打って倒れます。

 打ち倒した相手が床に転がるよりも早く、わたしは飛び退って間合いを取っていました。

 それでももうひとりとの距離は二メートルほど――至近です。

 でも、それでよいのです。

 それで十分なのです。

 なぜなら道行くんにとって、それは無限に等しい距離なのですから。


 直後、玄室の空気が一気に下がりました。

 呼気が一瞬で真っ白になり、吸い込む空気が気管や肺に突き刺さります。

 そしてふたりの “高僧” を包み込む、氷雪の嵐。


 “滅消” と同じ魔術師系第五位階に属する攻撃呪文 “氷嵐(アイス・ストーム)” です。

 敵のレベルを見て使い分け、ネームド以上の相手にはこちらを唱えるのです。

 すでにダメージを受けて床に倒れていたひとりがたちまち氷結した挙げ句、無数の氷の刃で切り刻まれ砕け散りました。

 残るひとりも下半身が完全に凍結。

 上半身も胸より下までが凍りつき、身動きがとれなくなりました。


 “静寂” の加護の影響下にあるその “高僧” は、声を奪われてなお無音の怒号を上げて、近づくわたしを睨み付けています。

 武器を持つ手を振り上げようとしますが、右手の先端はモーニングスター共々凍り付いて用をなしません。

 盾を持つ手で防ごうとしますが、左手の先端はやはり円盾共々凍りついて自由になりません。


 わたしは凍った床に足を取られないように気を配りながら、半ば氷像と化した “高僧” に近づき戦棍を振り上げました。

 無音の怒号が無音の悲鳴に変わっても、わたしは躊躇なく武器を振り下ろします。

 凍結を免れていた頭部が陥没し、肉片が飛び散り、頭骨が破砕されました。

 顔に付いた血と脳漿を拭うと、わたしは戦棍に血振りをくれて次の戦いに備えます。


 もう以前の、ぺちゃんこ座りでおいおい泣いていたわたしではありません。

 今のわたしにはどんな非情な手段を用いてでも絶対に生き延びるという決意が、理由があるのです。


 戦士、魔術師、僧侶、それぞれふたり――六人が道行くんとわたしに倒され、残る敵はひとり。

 わたしたちの視線は、空高くんと激しく斬り結んでいる “上忍(ハイニンジャ)”に向けられました。


挿絵(By みてみん)


 “上忍” のレベルは12。

 他の冒険者タイプの敵たちよりも、頭抜けて高いレベルです。

 ただちに援護の必要があります。

 確認を取るまでもなく、道行くんが再々度の呪文の詠唱を始めています。

 わずかに遅れてわたしも祝詞を唱え出します。


「――退け、空高!」


 わたしの祝詞の倍もある呪文の詠唱を、その半分で唱え上げる道行くんの高速詠唱。

 空高くんが漆黒の長剣を小刻みに振って忍者を牽制、相手が飛び退いた隙に自分も間合いを取ると、この戦いで二度目の “氷嵐” が濃紺の着物をまとった “上忍” を中心に吹き荒れました。

 目標点を中心に発生した冷気によってまず “上忍” の足が凍結。行動の自由を奪いました。

 さらに幾百のカミソリのような氷が嵐となって襲い掛かり、無数の裂傷を与えます。

 敏捷さが命の忍者です。重く頑丈な鎧は身につけていません。

 両足を床に氷漬けにされては、氷の刃を避けることも防ぐこともできません。


 凍傷と裂傷ふたつの大きなダメージを負った “上忍” の足元から、今度は真っ赤な火柱が立ち上りました。

 わたしが嘆願した “焔柱(ファイヤー・カラム)” の加護です。

 “氷嵐” の三分の一程度のダメージ量ですが、それでも魔術師系第三位階攻撃呪文 “焔爆(フレイム・ボム)” に匹敵する威力を誇ります。

 噴き上がる焔によって忍者を凍結させていた氷が一瞬で蒸発し、重い凍傷に加えて重度の熱傷を与えました。

 道行くんもわたしも、“昏睡(ディープ・スリープ)” や “棘縛(ソーン・ホールド)” のような()()()()()()効果が出ない支援系の魔法よりも、今は少しでもダメージを与える呪文や加護を選択したのです。


 氷と炎。

 低温と高温。


 ふたつの相反するエネルギーに翻弄されて、さしもの “上忍” もガックリと膝を突きました。

 その隙を見逃さず、突然背後から現われたリンダが、その背中に深々と短剣(ショートソード)を突き刺します。

 忍び頭巾の覆面の奥で “上忍”の白目勝ちの瞳が見開かれ、断末魔の叫びを上げるよりも速く、空高くんの漆黒の剣がその首を切り飛ばしました。


 不意の静寂が玄室に訪れます。

 聞こえるのは、生き残ったわたしたちの荒い息遣いだけです。


 四対七の不利な戦いでしたが、魔法使い(スペルキャスター)の優劣が――いえ、魔術師の優劣が勝敗を分けました。

 最終決戦は、わたしたちの圧勝に終わったのです。



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