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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
118/659

ガンガン行こうぜ★

挿絵(By みてみん)


「「「「「「「「GuEeeeeeッッッッ!!!」」」」」」」」


「「「「「「「「GuEeeeeeッッッッ!!!」」」」」」」」


「「「「「「「「GuEeeeeeッッッッ!!!」」」」」」」」


「クソッ、なんてやかましさだ!」


「もう、うるさすぎっ!」


「集中しろ! 気を散らすと隙を突かれて丸呑みされるぞ!」


 扉を蹴り開けて突入するなり、一×一区画(ブロック)の狭い玄室いっぱいに響きわたる()()()()()()()

 牛を一飲みするほどの巨大な “大蛙(ジャイアント・トード)” が実に八匹!

 最大出現数でのお出迎えです!


「――牙、使います!」


 彼我の戦力差を見て即座に決断し、腰の雑嚢から小さな皮袋を取り出しました。

 戦闘時の魔道具(マジックアイテム)の使用の判断は、所持者に一任されています。

 指示待ちの冒険者など、危険な迷宮探索では仲間の足を引っ張るだけです。

 “大蛙” は毒持ちです。

 数に任かせて押し寄せられると、大変な消耗を強いられてしまいます。


「よみがえれ、地獄の戦士たちよ。NASLU!」


 袋から取り出した五本の “黒竜の牙” を床に撒いて呪文を唱えると、むくむくと五体の “竜牙兵ドラゴン・トゥース・ウォーリアー” が姿を現しました。

 エキーオーン、ウーダイオス、クトニオス、ヒュペレーノール、ペローロスの五体の骸骨戦士は、偃月刀と円盾を構えて “大蛙” の群れに突進します。

 感情のない彼らは数と大きさで勝る相手にも、怖れず怯まず、強く鋭く斬り掛かります。

 竜牙兵はただの骸骨(スケルトン)ではありません。

 人間で言うならネームド(レベル8)の戦士と同程度の技量を誇る、練達の剣士なのです。


 竜牙兵たちは素早い動きで “大蛙” を翻弄しながら、切れ味鋭い偃月刀で次々に切り刻んでいきます。

 ときおり巨体の体当たりを受けて身体の一部を砕かれますが、腕がもげようが足が折れようが、彼らの動きが止まることはありません。

 やがて八匹の “大蛙” をすべて退治し終えると、五体の竜牙兵は元の牙に戻って塵となりました。


「やっぱり四階は厳しいな」


 握っていた剣を鞘に収めると、クローズド・ヘルム(アーメット)の面当てを上げた空高くんが “ふぅ……” と一息吐きました。

 その剣はつい一週間ほど前にこの四階で手に入れた漆黒の刀身を持つ長剣で、隕鉄を用いて鍛えられたという曰く付きの名剣です。

 “巌魔神(ロックデーモン)” という岩の魔物に突き刺さっていたものを、道行くんが魔法で眠らせ、空高くんが渾身の力を込めて見事に引き抜いたのです。


「ほんと、この階って敵の数多すぎ。うんざりするわ」


「……ゴール前でこちらの消耗を誘っているのかもしれないな」


 念の為にしゃがみ込んで “大蛙” の死体を改めていた道行くんが、背中越しに答えました。


「だとすると、やっぱりいるな」


 いる――とは、この迷宮(アトラクション)の最後の関門。

 いわゆる “ラスボス” のことです。

 わたしたちは、おそらくゴール前で待ち構えているだろうその最後の関門との対決に備えて、極力消耗を避ける戦い方でここまで進んできているのです。


「……そう思っておけば間違いないだろう」


 蛙の死骸を改めていた道行くんが立ち上がって、こちらに向き直りました。


「なにかあった?」


「……いや」


「そう」


「……“蝦蟇(ガマ)(あぶら)” でもあれば、“イラニスタン” の代わりになるかとも思ったんだけどな」


「ぷっ! その発想はなかった」


「……俺は本気だぞ」


 噴き出したわたしに、傷ついた顔をする道行くん。

 いや、さすがにそれはないでしょう。


「とにかく、まずは魔道具(マジックアイテム)を使い切ってから呪文と加護を使う。ただし、ポーションだけは別だ。あれは各自、最後の命綱だと思って温存してくれ」


「わかった」「はい」「……ああ」


 空高くんの言葉に、わたしを含めた他の三人がうなずきます。

 そのとおりです。

 癒やしの加護を使えるわたしが、最後まで無事でいられるとは限らないのですから。


 それからわたしたちは、道行くんの地図で唯一埋まっていない “空白地帯(未踏破区域)” を目指して再び進み始めました。

 途中で遭遇した敵は、“イラニスタンの油” と “黒竜の牙” を使って上手く切り抜けていきます。

 生命力(ヒットポイント)精神力(マジックポイント)も消耗できない難しい戦いを強いられましたが、その都度道行くんが効率的な作戦を立ててくれるので、なんとか無傷で進むことができました。


 空高くんも、リンダも、そしてもちろんわたしも、今や道行くんの判断には全幅の信頼を置いています。

 だけど、それはきっと本人にとっては重圧に違いなくて……。

 本人は気にした風も見せませんが、きっと重圧に違いなくて……。

 わたしはいつの頃からか、彼の猫背気味の背中を見つめていると涙が零れるようになっていました。

 でも……それももうすぐ終わりです。

 元の世界に戻ることが出来れば、道行くんは “非常の人” であることから解放されるのです。


 そして一瓶の “油” と結局使い道のなかった “霧の玉” を残して全ての魔道具を使い切ったとき……わたしたちはたどり着いたのです。

 地下四階の空白地帯……その最奥に。

 そこには、扉がひとつありました。

 形も大きさも、迷宮の各所に設置されている他の扉と同じです。

 ですが違うのです。

 扉から感じる空気が、発散されている気配が、まったく違うのです。

 間違いありません。

 ここが、この先が、わたしたちの冒険の終着点なのです。


 斥候(スカウト)であり、もっとも耳のよいリンダが扉に耳を当て、中の様子を探ります。

 目を閉じ、どんな小さな物音も聞き逃すまいと、聴力にすべて神経を集中させています。

 少しの時間が流れて、リンダは目を開けました。右手が見慣れたハンドサインを示します。


 “気配あり”


 空高くんがうなずき、全員を見渡します。

 リンダとわたしがうなずき返し、道行くんは軽く肩を竦めてみせます。

 いつもと同じ、突入前の風景です。

 でも、いつもと違うこともありました。

 道行くんがわたしを見たのです。

 その顔は微笑んでいるようにも、心配してくれているようにも見えました。

 たぶん、その両方だったのでしょう。

 わたしは声に出さず唇だけ動かして、“大丈夫” と伝えました。


 全員が武器を構え、突入に備えます。

 わたしも大きく深呼吸をして戦棍(メイス)(ラージシールド)を構えました。

 空高くんが目で合図し、直後に勢いよく扉を蹴破りました。

 一斉に玄室に雪崩れ込むわたしたち。


 “レベル7戦士(ファイター)” ×2

 “レベル7魔術師(メイジ)” ×2

 “高僧(ハイプリースト)” ×2

 “上忍(ハイニンジャ)” ×1


 迷宮に入ってすぐに嘆願した “認知(アイデンティファイ)” の効果で、一瞬で玄室内にいた魔物を識別。


「――前衛は忍者をやれ! 瑞穂はハイプリだ!」


 間髪入れずに道行くんが指示を出し、自身も呪文の詠唱を開始します。

 空高くんは漆黒の長剣(クロムの魔剣)を手に、正面から “着物を着た男(ハイニンジャ)” に突き進み、対照的にリンダは一切の気配を消して影のように壁際を走ります。

 そしてわたしはふたりの “高僧” を相手に、パーティの命運を賭けて信仰心の強さを競うのです。


 作戦名 “ガンガン行こうぜ”


 後先考えない全力での、最終決戦の火蓋が切られました。



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