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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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悪巧みの崩壊★

「――いったい何事だい!?」


 鳴り響く鳴子と呼子の警報(アラーム)に、“(ウォール)” の歩廊でドーラ・ドラが苛立っていた。

 鋭敏な “猫” の鼻が危険な臭いを、ヒゲが不穏な気配を感じ取っている。

 警報は後方から発せられていた。

 悪魔封じの結界は三日前に完成している。

 “カドルトス寺院” の坊主どもは強欲で生臭だが、男神への()()()()は高い。腕は確かだ。

 実際この三日間、後方への魔族の侵入は一度もなかった。

 とすれば、侵入してきたのは魔族以外の “何か” だ。

 だがいったい何がどうやって?

 唯一考えられるとすれば、可能性の話でしかないが――。


 猫人(フェルミス)のくノ一がそこまで思考したとき、今度こそ本当に “壁” の前方から警報が響いた。

 直後、四区画(ブロック)離れた暗黒回廊(ダークゾーン)の中から、紅蓮の炎が網膜を灼く眩い奔流となって吹き荒れた。

 これまでに何度となく襲撃してきた “緑皮魔牛(ゴーゴン)” や “合成獣(キメラ)” とは比較にならない熱量と光量。

 “永光コンティニュアル・ライト” を遙かにしのぐ白熱光に、光に敏感な瞳を持つドーラが眼前に腕をかざし顔を背ける。

 直撃を受けた “壁” の表面がすでに魔法で焼き固められているにも関わらず、一瞬で融解、沸騰したドロドロの溶岩となって流れ出る。


 積み上げられた土嚢を通して臓物(腹の底)にまで響く強大な足音(ストンプ)

 地鳴りのような咆哮が迷宮の澱んだ大気を揺るがし、“漆黒の正方形” から炎の主が姿を現した。


「ようやくお出ましかい」


 ドーラが目を瞬かせて、巨大な “火竜(ファイアードラゴン)”に毒突いた。

 開戦六日目にして、ついに迷宮最下層の魔物が姿を現したのである。


挿絵(By みてみん)


◆◇◆


 座標 “()5、()0”の北の壁から “駆け出し区域(ビギナーズエリア)” に侵入した迷宮軍は二手に別れ、一手は入口のある西へ。

 そしてもう一手は、兵士たちの休息所 “第三”のある東に向かった。

 

 完璧な “奇襲(Monster )攻撃(surprised)( you)”だった。


 最前線である “壁” から一番離れた “第三” は、突然押し入ってきた魔物の群れによって一瞬で屠殺場と化した。

 休息を摂っていた一個小隊約五〇名は抵抗する間もなく、毒々しい色をした巨人によって “ガス室”に変えられた玄室で、喉を掻きむしりながら苦悶の表情でのたうち回り、最後にはその表情すらも溶け崩れた。

 密閉された空間である玄室での虐殺(ジェノサイド)では、もっとも効率的(残酷)な方法である。

 巨人が地響きを立てて去ったあと、“第三” には溶解した五〇人分の人間のスープが溢れていた。


 西に向かった部隊は、瞬く間に帝国軍の背後に浸透していった。

 何よりも速度が求められるこの部隊の先陣を切るのは、“影 “ たちであった。

 “達人(マスター)” に率いられた “中忍(レベル8ニンジャ)” の集団―― “影の軍団” である。

 “影” たちは回廊を突き進み、先ず迷宮の出入り口である “E0、N0” を襲撃。

 警備していた守備兵たちを惨殺し、地上との通信を断った。

 一手を残して回廊を折れ、疾風の如く北上する。

 

 途中遭遇した探索者の巡回警備(パトロール)を背後から音もなく急襲し、一人一殺で瞬く間に一パーティを屠り、さらに進む。

 突き当たりを東に折れたとき、別の巡回警備パーティと鉢合わせし、これと乱戦になった。

 探索者のひとりが鳴子を作動させ、呼子を吹き鳴らす。

 ここに至って帝国軍側はようやく異変に気づいたが、背後がすでに遮断され自分たちが孤立させられたとまでは思わない。

 レットたちが聞きつけた警報は、この時のものだった。


「あたい、なんかすごく嫌な予感がするよ……!」


 パーシャが迷宮の入口に続いている西の回廊を睨んだ。

 他の仲間たちも同じだった。

 彼らとて、これまでに幾度となく死線を越えてきた探索者である。

 レベルもネームド(レベル8) まであと少しとなり、名の通ったパーティになりつつある。

 迷宮の空気には敏感だ。

 これは今までにないほどヤバい気配だ。

 “第一” に待機してる一個小隊――第四中隊第三小隊を差し向けるべきだとパーティの誰もが思ったが、彼らに指揮権はない。


「――行くぞ。兵隊が動けないときこそ、俺たちの機動力が必要だ」


 レットのリーダーとしての長所は決断が早く、その決断が往々にして正しいことだ。

 もちろんパーシャは自分でも考え、それが妥当だと思わなければ反対する。

 そして、今回もレットの判断は正しく思えた。


(何が起こってるか分からないって状況ってのが一番よくない。兵隊が動けないなら、わたしたちが斥候(スカウト)になるんだ)


 フェリリルが “認知(アイデンティファイ)” と “恒楯コンティニュアル・シールド”の加護を嘆願し終えると、レットたちは武器を抜き回廊を西へ走った。

 そしてわずか一区画(ブロック)だった。

 わずか一区画進んだだけで “永光”に照らされた四区画先の凄惨な光景が、レットたちの視界に入った。

 血だまりに転がる一パーティ分の頭と胴。

 自らが首を刎ねた探索者たちには見向きもせずに、”照柿” の忍装束をまとった男を先頭に、同じく “深紅” の装束の男たちがレットたちに向かって突き進んでくる。


 “達人(マスターニンジャ)” ×1

 “中忍(レベル8ニンジャ)” ×7


 “認知”の加護のお陰で、即座に敵の種別を判別できた。

 できたが――。


「こいつら、どこから湧いて出やがった!?」


 短剣(ショートソード)を逆手に構えたジグが毒突く。

 疑問はもっともだが、今は答えを探すときではない。

 今は唱えるときだ。


「――先手必勝! 行くよ、ホビット雷速の詠唱!」


 相手は全員が “ネームド” だ。“滅消の指輪” は役に立たない。

 敵は人型ヒューマノイド・タイプ、氷も炎も普通に通るが――。


 轟!!!


 迫り来る忍者たちの中心で閃光と轟音が爆ぜ、熱風が逆巻いた。

 パーシャの “焔嵐(ファイア・ストーム)” が炸裂したのだ。

 呪文無効化能力を持たない忍者たちの足が止まる。

 足さえ止まれば――。


(――今だよ、フェル!)


 パーシャが心で呼び掛けるまでもなく、すでにフェリリルの嘆願は女神に聞き届けられていた。

 “焔嵐” によって火達磨になっていた忍者たちの足元から、さらなる(ほむら)が噴き上がる。

 自らの使命の対象者?が得意とする “焔柱(ファイヤー・カラム)” の加護を、エルフの少女も願ったのだ。

 火柱の直撃を受けた “達人” と四人の “中忍” が天井近くまで跳ね上げられ、先のダメージと合わせて絶命する。

 これが魔法使い(スペルキャスター)有無が圧倒的な戦力差となって現われる “人型” 同士の戦いだった。

 そもそも、忍者の闘法とは闇に乗じて背後から忍び寄るものである。

 魔法光で煌々と照らされての真っ向勝負は本分ではない。


(残る敵は “中忍” が三人)


 数的不利は覆した。

 質的にも、全員に重度の熱傷を負わせて動きを鈍らせている。

 パーシャはトドメの呪文を使うべきか逡巡し、すぐに温存することに決めた。


(敵はこいつらだけじゃないかも。ううん、きっとまだいる!)


 彼女の判断は正しく、そして間違っていた。

 敵は確かにまだいた。

 そして彼女がトドメの魔法を放っていれば、少なくとも今一度その敵の動きを止められていたかもしれない。

 黒焦げになって転がっていた “達人” の死体がむくりと起き上がると、次の瞬間、先ほどまでとは文字どおり(レベル)の違う身ごなしでパーティに襲い掛かった。

 “達人(マスター)” は “達人(マスター)” でも、パーシャたちが相手にしていたのは()()()達人(マスター)” ではなかったのだ。


 鮮血が飛んだ。



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