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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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迷宮街デート

「――! お、おい、そんなに嫌なら突っ返してもいいんだぞ! 俺は別に無理にとか――こういうのはきっと相性とかタイミングとか、そういうのがあるもんだろうし!」


 ポロポロポロ……とオロオロオロ!


 お父さん、お母さん、瑞穂は地下迷宮の片隅で元気にしています……逞しく生きています。

 今日、生まれて初めて彼氏ができました……。

 世界一格好良くて優しい……世界一の彼氏です。


「全然……全然無理じゃないです。タイミングもバッチリです……」


 わたしはゴシゴシとローブの袖で涙を拭いました。


「わたし今まで生きてきて、こんなに嬉しかったことはありません」


「……おまえ、幸せ薄いよ……俺みたいな奴に告られたぐらいでそんな」


「わたしはこれまでずっと幸せでした。お父さんもお母さんも優しくて。友だちもみんないい人で。でも、それでも今が一番幸せなのです」


「……」


 真っ赤な目ではにかむわたしに、道行くんは何かを言おうとしていますが、言葉が出て来ないようです。


「……朝飯」


「え?」


「……朝飯まだだから、俺」


「ああ、そうですね! そうでしたね! それじゃ “野良犬さん” のお店に行きましょう!」


 わたしたちは “自由な野良犬の店” を目指して歩き出します。

 こうして道行くんとわたしは、お付き合いを始めたのでした。


 “自由な野良犬の店” は “迷宮街” で唯一の食料品店です。

 宿屋 “アイノス” の酒場などで出される料理の食材も、このお店から仕入れているそうです。

 お店に入ると、もうお馴染みとなった焼きたてのパンの香ばしい香りと、お塩を振ったチーズと干し肉の匂いが迎えてくれました。

 道行くんは、焼きたての大きめのパンにチーズと干し肉を挟んだ物を買いました。

 初めてこの “迷宮街” にたどり着いたときに、みんなで買って食べたものです。


「おまえはいいのか?」


「わたしは宿屋さんで朝ごはんをいただきましたから」


「そうか」


「それに今は幸せいっぱい夢いっぱいで、お腹がいっぱいなのです」


「……そりゃよかった」


「はい」


 照れてますますぶっきら棒になってしまった彼氏さんは、お店の前に置かれているベンチに座ると、大きな口を開けてサンドイッチを頬張っています。


「ふふふっ、また同じ物ですね」


「……あ?」


「気づいていますか? あなたはいつも同じ物を食べる癖があるんですよ?」


「……あ~、それな……うん、知ってる」


 道行くんは小首を傾げてちょっとだけ考える素振りをすると、


「……ガキの頃からなんだよ。偏食ってわけじゃないんだが……なんだろう? 選ぶのが面倒くさいのか?」


「石橋を叩いて渡る堅実な性格なんですね」


 隣に座ったわたしは両手で頬杖を突いて、ニコニコ。


「……そりゃ、()()()()()もえくぼってもんだろ」


「それはそうですよ。あなたはすでにしてわたしの彼氏さんなのですから、わたしにはあなたを全面的に支持してよい権利があるのです」


「……(……その発想はなかった)」


「あ、でも大丈夫ですよ」


「……? なにがだ?」


「わたしはそんなにはヤキモチ焼きじゃありませんから。そんなには束縛したりはしないはずです。多分」


「……()()()()()()()か」


「なにぶん、わたしも男の人とお付き合いをするのは初めてなもので、自分の限界がどこら辺にあるのか正確にはつかめていないのです。()()()()()()()低くはないと思うのですが」


「……低くないことを祈ろう」


「はい」


 道行くんの朝ごはんを終えると、わたしたちは “野良犬さん” のお店から通りに戻りました。


「次はどこに行きますか?」


「……どこと言われてもなぁ。どこ行きたい?」


「いえいえ、そこは彼氏さんであるところのあなたに考えていただかないと。女の子をエスコートするのは男の子の役目ですよ?」


「……なんかそれ、今の時代に逆行する考えじゃね?」


「男女同権ですか? ん~、でも “稼ぎ男に繰り女” という言葉もありますし。男の人がお金を稼いできて、女の人が上手にやりくりするって、なんかいいと思いませんか? なんというか、こう前衛職と後衛職みたいな」


「……まぁ、役割分担は必要だろうな。男がどっち女がどっちとまでは言えないが」


「わたしのお母さん専業主婦ですけど、とっても幸せそうですよ。お父さんも上手に操縦されてて琴瑟相和(きんしつあいわ)しています」


「……懐の深い親父さんみたいだな」


「はい! それはもう!」


(……ってか付き合い始めて一時間もしないうちに、もう夫婦の話をしてるぞ。なんだ、この掌で転がされてる感は?)


「? どうかしましたか?」


「い、いや、前衛と後衛で思い出した。魔道具(マジックアイテム)の補充しなけりゃならなかったんだ。“トウトアモンの店” に寄っていいか?」


「もちろんです。よござんすです」


「……初デートが “野良犬の店” に “魔道具屋” とはなぁ」


「迷宮街では “ファストフード店” に “小洒落た雑貨屋さん” ですよ」


 ぼやく彼氏さんの背中を、わたしはポンポンと叩きました。

 “トウトアモンの黒き祭りの店” と書かれたお店のドアを入ると、お香の煙がうっすらと漂い、黒い僧衣の男性を包んでいました。


「なにをお探しかな、お若い僧侶(プリーステス)様に魔術師(メイジ) 殿。このトウトアモンにお任せくだされ。どんなご用にも役立つ物ばかり。どれをお見せしましょうかな?」


 わたしたちを見ると男の人は立ち上がり、毎回お客さんが来たときのお決まりのセリフで出迎えてくれました。

 このお店のご主人で魔術師の “トウトアモン” さんです。


「こんにちは」


「おお、これは瑞穂様。よくいらっしゃいました。道行様も――おや、なにやら慶事がありましたかな? おふたりからただならぬ幸福の運気が立ち上っておりますぞ」


「え? そうですか? そんなことないですよ――えへ、えへへへへ」


 火照ったほっぺたに両手を当てて、身体をくねくね、えへえへ。


「魔道具の補充にきた。“油” と “牙” だ」


「して数は?」


「それぞれふたつずつだ」


 トウアモンさんはうなずくと、カウンターの奥に並べられている小瓶や小袋を改め始めました。

 “油” とはお父さんが大好きな例の “イラニスタンの油” のことです。

 ガソリンのように燃えやすく、グリースのように滑りやすい油で、掌に収まるほどの小瓶に詰められて売られています。

 値段は一瓶金貨一〇枚です。

 この油を上手く使えば、もっとも威力の低い “火弓サラマンデル・ミサイル” の呪文に、その上位版である “焔爆(フレイム・ボム)” に匹敵する威力と攻撃範囲を持たせることが出来るのは、道行くんが証明したとおりです。


 “牙” というのは “黒竜の牙” という魔道具です。

 これはいわゆる “竜牙(ドラゴン・トゥース)(・ウォーリアー)” を召喚し、味方として敵と戦わせることができるすごい魔道具です。

 一袋に黒い竜の牙が五本入っていて、地面に蒔いて “NASLU” と唱えるだけで、エキーオーン、ウーダイオス、クトニオス、ヒュペレーノール、ペローロスの五体の骸骨の戦士(スパルトイ)を呼び出すことができるのです(“スパルトイ” =ギリシア語で “蒔かれた者” の意味だそうです)。

 “アルゴ探検隊の大冒険” というお父さんが大好きな映画に出てきたので、わたしもよく知っています。

 これも一袋が金貨一〇枚です。

 “油” と “牙” は道行くんが二瓶と一袋。わたしが一瓶と二袋持つことにしています。


「この子たちとってもカワイイですよね。強いですし。呪文の効かない敵が出てきたときにはすごく助かります」


 代金を支払い品物を受け取ると、自分の分を腰の雑嚢にしまいながらにっこりします。


「……そ、そうだな。そういう意見があってもいいな」


 なぜか少しギクシャクしたような声が道行くんから返ってきましたが、きっと気のせいでしょう。


「他にも “ウィングブーツ” はいかがな? “霧の玉” のご用意も出来ていますぞ」


 今日はわたしたちの財布の紐がゆるいと見たのか、ここぞとばかりにトウトアモンさんが売り込んできます。

 “ウィングブーツ” は別名 “ジェットブーツ” と呼ばれる魔法のブーツで、これを履くだけで敏捷性が増して攻撃力と防御力の両方がUPするという、これまたすごい魔道具です。

 値段は金貨五〇枚と少々高めで、今のところわたしたちのパーティで装備しているのは 盗賊(シーフ)のリンダだけです。


 “霧の玉” というのは、使用することで “目の前で鼻を摘まれても気づかない” ほどの濃密な霧を発生される魔法の玉です。

 値段は四つで金貨一〇〇枚という、なかなかのお値段です。

 でも、これは道行くんの意見で購入は見合わせています。

 単独行(ソロ)で使うならいざしらず、パーティプレイでの使用はお互いの姿が確認できなくなるので、かえって危険だからです。

 確かにその通りです。相手の視界を奪うだけなら道行くんの “宵闇(トワイライト)” の呪文がありますし、わざわざ高い金額を支払う意味はないかもしれません。


「“ウィングブーツ” は欲しいが、今は金がない。金が出来たらまたくる」


「お待ちしておりますぞ」


 お辞儀をするトウトアモンさんにお礼をいうと、わたしは道行くんとお店を出ました。


「――あ、“妹さんのお店” にも寄ってもらっていいですか?」


 不意に思い出してわたしは、トウトアモンさんのお店を出たところで頼みました。


「ああ、それじゃ行こう」


「はい♪」


 ああ、これがデートというものなのですね! 本当になんて楽しいのでしょう!

 世の女の子の多くがしたがっている理由が、今こそわかりました!


 “妹さんのお店” というのは正式には “雨の妹の店”といって、主に水薬(ポーション)を商っている迷宮街の薬局――薬屋さんです。

 パーティの回復は僧侶であるわたしの加護である程度は賄えるのですが、それも限界があります。

 わたしの加護が尽きてしまった時の為に、最低でも一瓶は所持しておきたいのです。


「こんにちは」「……うっす」


 挨拶をしてお店に入ると、ベールを被った女の人―― “雨の妹” さんが一人座っているだけで、他のお客さんの姿はありませんでした。

 不思議なことに、いつきてもこのお店には “妹さん” 以外の姿がないのです。

 けっして流行っていないわけではないのにも関わらずです。


 “妹さん” はとても無口な人で、目で挨拶を返してくれるだけです。

 陳列棚に並べられているのは、色取り取りの鮮やかな水薬ばかりで、なんと効能についての説明もなければ、説明してもくれません。

 買ったあとに初めて少しだけ説明してくれるのです。


 陳列棚に並べられているうち、傷を癒し体力を回復させる効果のある物は三つです。

 赤い色をした “レッドポーション” が金貨五〇枚。

 真っ白な “ホワイトポーション” と真っ青な “ブルーポーション” が両方とも金貨三〇枚です。


「……どれにするんだ?」


「赤いのです。空高くんには前もって許可を頂いてますので大丈夫ですよ」


 “レッドポーション” の効能はなんと生命力全回復!です。

 瀕死の重傷でもこの薬を一瓶の飲ませれば、たちまち元気百倍。完全に復活するのです。


 ちなみに、”ホワイトポーション” は生命力(ヒットポイント)が6ポイント回復

 “ブルーポーション” は10ポイント回復です。

 同じ値段なので “ホワイトポーション” はトラップなのです。

 初めて買ったとき牛乳みたいで美味しそうだからと “ホワイトポーション”を選んでしまい、あとで効能を知って(´・ω・`)しました。


「その薬は、戦いで傷ついたり、旅の途中で体力を消耗したりした時に効くわ。どんなにダメージを負っていても、例え死にかけていたとしても、元気な状態まで体力を回復してくれる、貴重な薬なのよ」


 金貨を五〇枚支払うと、“雨の妹さん” いつもと同じ口調でいつもと同じ説明をしてくれました。

 道行くんとわたしはお礼をいって、妹さんのお店を出ました。


 それからわたしたちは武器屋さんである “三本の抜き身の店” さんに行って、道行くんの短刀(ダガー)を研いでもらったり、防具屋さんである “赤い羽根飾りの店” さんに行って、鎖帷子(チェインメイル)の上にまとうわたしの新しい僧衣などを見てまわりました。

 “迷宮街” の大通りを西から東に、お店というお店を冷やかして歩きます。


 通りの一番東まで来たとき、半裸のジプシーの若い娘さんが腰をクネクネさせる妖艶な踊りを披露していて、あろうことかわたしの彼氏さんに向かって蠱惑的な流し目を送ってきました。


 ポ~ッとする道行くん。


 Fuck!


 お腹の横をつねってあげます。

 お付き合い始めてまだ半日も経っていません。

 三年目の浮気には早すぎます。

 それは駄目です。

 それはノーグッドです。


「ててて!」


「――ツンッ」


「今のは不可抗力だろう」


「言い訳無用の天地無用です」


 ツンッ


「限界値低っ」


「浮気早っ」


「浮気じゃなくて目移りだ!」


「言い訳にもなっていません!」


「「……むぅ!」」


 睨み合うことしばし!


「「――ぷっ!」」


 ユニゾンで噴き出す二人です。


「戻るぞ」


「え?」


「デートする場所がここしかないんだ。歩き疲れるまでいったり来たりするんだよ」


 ニッと笑って道行くんが言いました。


「昔なんかのマンガであったんだ。貧乏な新婚カップルがハネムーンに握り飯もって山手線を何周もする話」


「それ、素敵です!」


 わたしは胸の前で手を握って感動しました!

 なんてロマンティックなお話なのでしょう!


 それからわたしたちは、何度も何度も迷宮街の大通りを行ったり来たりしました。

 ただ一緒に歩いてるだけなのに楽しくて。とても楽しくて。

 ふたりとも最後は妙なテンションになってしまって。

 結局足が棒になるまで往復を繰り返して、クタクタになって宿屋さんに戻りました。


 二階の大部屋に戻って、さてお風呂に行きましょうか――と思ったら、わたしの荷物がありません。

 わたしの荷物どころか道行くんの物もありません。

 すわっ! 泥棒に入られましたか! と思った直後、背後から音もなく現われたリンダがわたしたちにどこかの鍵を差し出して、


「お帰り、新婚さん。あんたたちは今夜からふたり部屋よ。今夜はお楽しみね」


「「――ええーーーーーーーっっっ!!!?」」



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[一言] ストップモーションのスパルトイ、俺も好きでした。 あの頃はスケルトンと区別が付いていませんでしたけどw ともあれ、二人部屋に期待!
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