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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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……俺らなんだが

「……どうだった?」


 暗い迷宮の回廊を足音を立てずに駈け戻ってきたリンダに、空高くんが小声で訊ねました。


「……うん、いた。“みすぼらしい男” が五人。こっちには気づいていない。下への階段もあった」


 同様に小声でリンダが偵察してきた内容を報告します。


「……どう思う?」


「……五人のうちわけは?」


 空高くんが道行くんに意見を求め、道行くんがリンダに確認します。


「……革鎧(レザーアーマー)×4。鎖帷子(チェインメイル)×1」


「……鎖帷子が首領だろう。“ハイウェイマン(追いはぎ)” だ。“首刎ね” がある。眠らせ損なうとやっかいだ」


 わたしたちがこの迷宮(アトラクション)に取り込まれて、二週間が経っていました。

 その間わたしたちは件の “迷宮街” を拠点に、ゴールを求めて地下迷宮の探索を進めてきました。

 先に迷宮に取り込まれた人たちのうち、()()()()()()()()先に進めた人から聞いた話では、この先の玄室に下層への階段があるとのことでしたが、その情報に間違いはなかったようです。

 この階層(フロア)で、わたしたちがまだ行っていない唯一の区域(エリア)。そこにはやはり、さらに下へと続く階段があったのです。

 そして “門番” とも言える魔物たちの姿も。


「……ここまで来て犠牲者を出すのは論外だぞ。ここを出るなら四人全員でだ」


 リーダーの空高くんが、小さくですが力強い口調で断言します。


「……単純に倒すだけなら “ガンガンいこうぜ” で問題ないが……」


 パーティの作戦参謀である道行くんが、そこまで言って口をつぐみました。

 “ガンガンいこうぜ” とは後先を考えない全力戦闘のことです。

 魔法もアイテムも、言葉どおりガンガン後先を考えず使いまくって、とにかく敵を倒すことだけを考える作戦なので、この先がゴールならそれもいいのですが……。

 “先に進めている人” の話では、階段の先にもまだ迷宮が拡がっているようなのです。

 つまりここで全力を出し切ってしまうと、これ以上は進めなくなってしまうわけで……。


 “昏睡(ディープ・スリープ)” の呪文で魔物をすべて眠らせることが出来れば、最小限の資源(リソース)での突破が可能なのですが、こればかりは道行くんと魔物のレベル差や対象の抵抗値などの様々な要素が絡んでくるので、やってみなければ分からないというのが本当のところです。


「……確実とは言いがたいが」


「……どうやらいい “悪巧み” が浮かんだみたいだな」


 面白くもなさそうに呟いた道行くんに、空高くんがニヤリと口元をほころばせました。

 その様子を見て、リンダとわたしが目配せをしあいます。

 今までふたりがこういったやり取りを見せたときは、一〇〇パーセントよい結果が出ているのです。


「……ここは枝葉の親父さんに乗っかるとしよう」


「……え?」


 わたしのお父さんですか???



「――こっのおおおおっっっ!!!」


 回廊の角を駈け曲がるなり、リンダが絶叫して跳躍しました。

 不自然な助走からの不自然な跳躍でしたが、それでも元バスケ部のリンダは見事に()()を飛び越えました。

 しかし、彼女を追ってきた五人の “みすぼらしい男” は飛び越えるどころか、気づくことも出来ませんでした。

 全員が回廊の床にまかれた()()に足を取られ足を滑らせ転倒します。


Good Luck(あばよ)


 道行くんが無慈悲に言い放ち、()()―― “イラニスタンの油” に向かって “火弓サラマンデル・ミサイル” の呪文を放ちます。


 轟音と閃光。


 ガソリンの燃えやすさとグリースの滑りやすさを合わせ持った魔法の油が、瞬間的に燃え上がりました。

 石畳の上で油まみれになっていた五人の無頼漢が、断末魔の絶叫を上げながらのたうち回ります。

 わたしはその声と音と光景が少しでも頭の中に入ってこないように、両手で耳を塞ぎ、目をギュッとつぶりました。


 一秒……二秒……。


 ポンッと、誰かがわたしの肩を叩きます。


「……もういいぞ」


「は、はい」


 目を開けると、道行くんが立っていました。

 視線はわたしではなく、肩越しに燃え続ける回廊に向けられています。

 すでに炎の中に動くものはありません。


「……臭いだけはどうしようもないけどな」


「……そうですね」


 辺りには生き物の焼ける、あの嫌な臭いが立ち込めていました。

 炎に照らし出される道行くんの横顔は、とても不機嫌そうです。

 自分の考えた作戦が上手く行ったのに、少しも嬉しそうではありません。

 この人は……いつもそうなのです。

 いつもわたしたちの代わりに、嫌なことを考えてくれる……。


「……炎が治まったら、金目の物を漁ってくる。溶けちまっても金は金だ。少しは油代の足しにはなるだろう」


「……お願いします」


 こうして油一瓶と呪文をひとつ消費しただけで、わたしたちは地下二階へ下りることができました。

 現実(ゴール)にたどり着くまで何度となく繰り返すことになるだろう、最初の一回を終えたのです。



 数日後。


「――ジ~ッ」


「……な、なに?」


「道行くんてさぁ、もしかして案外 “掘り出し物” ?」


「……あ?」


「いやさぁ、やっぱり男の子って、いざって時に頼りになって()()()じゃない?」


「……()()()……なのか?」


()()()なのよ。女ってそういうところ現金なのよね。どんなに見てくれが良くても “雄” として価値がないんじゃ価値がないというか。ほら、男って “田んぼの力” って書くじゃないの」


「……酷え言い草なのはわかるが、何を言いたいのかサッパリわからん」


「ねぇ、ここを無事に出たらあたしと付き合わない?」


「…………あ?」


「道行くんってあの空高くんと一卵性双生児なわけでしょ? 磨けばきっとイケメンになるわよ。あたしがあなたをプロデュースしてあげる。格好良くなるわよぉ――どう?」


「……ど、どうって言われても」


「お、少し動揺してますな、ダ・ン・ナ。これは脈ありですかな?」


 ズンズンズンズンズンズンズンッ、ズンッ!!!!


「ちょぉーーーっと待った!!! ですっ!!!」


 プシューッ!


「おや、これは誰かと思えば枝葉瑞穂さんじゃありませんか? プシュー! と鼻息も荒く、()()()()()に何かご用でありんすか?」


「ありんすもありんす、大ありんすです! さっきから黙って聞いていればなんなのですか! リンダ、あなたは今わたしたちが置かれている状況がわかっているのですか! いーえ、わかっていません! 絶対にわかっていません! この “切った張った” の大変なときに “惚れた腫れた” の話なんてもってのほかです!」


「“切った張った” のときだから “惚れた腫れた” の話をしてるんじゃない。愛はね、危機的な状況であるほど激しく燃え上がるのよ」


「そんな愛なんて、愛・ドント・No! です! リンダ、今のあなたにこの言葉を贈りましょう! 謹んで聞いてください――ズバリそれは “吊り橋効果” というものです!」


 ビッ! とリンダの顔に人差し指を突き付けて、わたしは断言しました! 断々々断言しました!


「リンダ、今のあなたは危機的状況に置かれています! 故に道行くんのような人でも素敵な人に見えてしまうのです!」


「……道行くん、あなたなんか酷いこと言われてるわよ」


「……」


「そこ! ヒソヒソ話をしないでください!」


「「……」」


「だいたい不謹慎です! 不道徳です! ふしだらです! 集中力の無駄遣いです! 故に命取りです!」


「ああ、もう、わかった、わかったわよ。ひとまずこの人のことはあんたに任せるから、これでこの話はお終い」


 そう言うなり、リンダはいきなり道行くんをわたしの方にドンっと押しました。


「……うおっ」「きゃっ!」


 思わず “ひしっ” と抱き合ってしまった、わたしと道行くん……。


「「……」」


 しばしの硬直のあと……。


 バッ!


「す、すまん!」


「い、いえいえいえいえいえ! こちらこそ!」


「「……」」


「あ、あ、あ――あの、その――お、お説教タイムです! ちょっとそこに座ってください!」


「……(……ここ道の真ん中)」



「~あんまりからかったら可哀想だよ」


「いやぁ、あの娘があそこまで男の子を意識するなんて初めてだから、つい面白くて」


「君たちって本当に親友同士なの?」


「親友同士である前に女同士なのよ。わたしは瑞穂と道行くんにくっついてほしいの――あなただってそうなんでしょ。貴理子ちゃんが大好きな、空高くん」


「否定できないのが悔しいよな。隼人くんが大好きな、林田さん」


「そうよ。わたしは隼人が好きで付き合いたいから、隼人が好きな瑞穂には道行くんと付き合ってもらいたいの。これはお互いの利害関係のみで結ばれた共同戦線。別にあなたのことはなんとも思ってないから、その辺はドライに行きましょ」


「まぁ、こっちもその方が気が楽だから構わないけど――でも女って恐いな。自分の恋のために恋敵に他の男をあてがうなんて」


「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわよ。空高くんだってそのつもりでこのWデートを仕込んだんでしょ。要するにあたしたちは “同じ穴の狢” よ――それに」


「? それに?」


「これは隼人のためでもあるのよ。瑞穂は隼人をただの幼馴染みとしか思ってない……隼人は瑞穂の琴線に触れる奴じゃないのよ」


「……」


「瑞穂ってね、女からするとすっごいチートな娘なのよ。あのルックスで、勉強だってそこそこできる。そのくせ “鈍臭い不思議ちゃん” で、脇が甘すぎの隙だらけ。あの娘を見てると男も女も守ってあげたくなっちゃうの……ズルいわ。本当に」


「続けて」


「でも瑞穂自身は “守ってほしい” なんてこれっぽっちも思ってない。瑞穂は守ってほしいんじゃなくて()()()()()()()の。鈍臭いくせに人一倍母性が強いのよ」


「……」


「出会ったその時から隼人は瑞穂を守ろうとしている。だから瑞穂は隼人を単なる幼馴染みとしか見ていないし、これからもそれは変わらない……隼人が可哀想よ」


「だから……道行か」


「そう。冴えない、モテない、若さがない。同い年にしてすでにくたびれたオジさん。でもそのせいか妙に懐が深くて束縛もしないし、腕の中で自由にさせてくれる。悪知恵が働くからいざという時に頼りにもなる――重度のファザコンの瑞穂にはまさに理想の相手」


「……あいつは、最初からああだったわけじゃない」


「?」


「俺、生まれた頃は身体が弱くてさ。いつ死んでもおかしくなかったんだ。それで親は俺ばかり構ってた。双子なのに道行はいつも放っておかれてて……幼稚園に入園してからもずっとそんな感じだった」


「……それで?」


「親はいつもあいつに言ってたよ。“お兄ちゃんなんだから、弟を守りなさい” って。子供心に嫌だった。凄く。あいつだって本心は嫌だったと思う。でもあいつはその頃から心で考えるより頭で考える奴で、家族の中での自分の立ち位置を見極めてそれに従ってた。だから幼稚園までの道行は本当にスーパーヒーローみたいだったんだ」


「……」


「小学校に上がる頃には俺も人並みに丈夫になってて、今までの反動で悪ガキ連中と外を駈け廻ってた。逆に道行は役割から解放されて、疲れ切った今みたいな性格になってた」


「貴理子ちゃんと出会ったのは、それからなのね」


「ああ。あいつに初めて会った時には俺はクラスの人気者。道行はいつも窓際で本を読んでるような、絵に描いたようなボッチ――貴理子も枝葉さんと同じタイプなんだよ。母性が強い。だから貴理子が好きなのは俺じゃなくて道行だ。あの頃から変わらずにずっと」


「……たまんないわね、そういうのって。彼、あなたに貴理子ちゃんを譲ろうとしてるんだ」


「“三つ子の魂百まで” さ。お菓子でもオモチャでも……あいつにとって俺はいつまでたっても()()()()()()()()弟なんだ」


「道行くんも貴理子ちゃんが好きなのに……あたし、道行くんのこと嫌いになったわ」


「あいつらは見事なくらいに両想いさ。でも俺はそれでも構わない。あいつが貴理子をいらないって言うのなら俺がもらうし、貴理子に諦めが付くように枝葉さんに道行と付き合ってもらう」


「……」


「――どうする、林田さん。俺は本気だよ」


「もちろん、あたしも本気よ」



「――だいたい、道行くんは隙がありすぎるのです! 脇が甘すぎると言わざるを得ません! “女” という字を分解すると “くノ一” になるのですよ! “くノ一” ですよ、“くノ一”!」


「……」


「わたしの言いたいことがわかりますか? つまりですね、あなたのような人に “女” というものは――」


「……なぁ」


「とてもとても危険だと言わざるを得ない――」


「……なぁ」


「――はい?」


「……俺らなんだが」


「はい」


「……ここから出られたら、付き合わないか」


「……………………はい」


 ……………………はい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 三角なのか四角関係なのかよく分からなくなりましたが、面白くなってきましたね! おんどれらこの状況で何やっとんじゃ、と! そしてどれが現実でどれが虚構なのか! 謎が謎を呼びますね!
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