求婚
ウッドバース侯爵、つまりはあたしの父親は運良く、先祖代々侯爵家の長男の地位に生まれたというおっさんだ。
生まれた時から特権階級なので、時に野心家でもなく、特に金に執着があるわけでもない無害なおっさんだった。
侯爵夫人、あたしの母親も同じような貴族の家に生まれ、蝶よ花よと育ち、音楽と絵画、宝石などを愛する普通のふんわりした貴族のおばさんだ。
あたしには兄がいて、こいつがもうどうしようもない甘ちゃんのボンボンで賭け事や酒に日がな一日費やしているというよくある貴族の長男だ。
ローレンス皇子との婚約は親父がどこからか持って来た話で、相手が王族なだけに断るという選択肢はなく、やんややんやと屋敷中で大騒ぎしていたのが嘘のように今夜はお通夜のようにしーんとしている。
あたしが婚約破棄されたというニュースはあたしの帰宅よりも早く伝わったらしい。
あたしが何かしくじったからに違いない、とあたしをどやしつけようとしていた親父はヴィンセント皇子の訪問をぽかんとした間抜けな顔で迎えた。
ヴィンセント皇子は夜間の訪問と、ローレンス皇子の一方的な婚約破棄を詫びた。
「い、いえ、どうせ娘がローレンス様のお気の済まぬ事をしでかしたのでありましょう。ヴィンセント様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。全くもってマリアはその、お転婆と申しますか……」
と親父は失敬な事を言いやがった。
「とんでもない。皇太子妃となる者は国中の女性の先に立たなければならない者。マリアのような気概のある娘が選ばれるのは必然。だが、侯爵の耳にもすぐに入るだろうが、ローレンスはフォスター伯爵の白薔薇に心を移してしまったようだ。全く節操のない弟で申し訳ない」
申し訳ないと仰りながら、ヴィンセント皇子に顔は全然、少しもちっともそんな事を思ってなさそうなんだけど。
それでもそうやって皇子がうまくやってくれたので、あたしは家族からのお説教もないだろう、と思って安心した。
ところが。
「私はマリアほどの女性を王族に迎え入れない事を非常に残念に思う。かねてから私はマリアの事を好ましいと思っていた。ローレンスに先手を打たれてしまい残念に思っていたのだが、この話が破棄となったのは朗報だ。ぜひ私の妃として来ていただけないだろうか」
侯爵も侯爵夫人も兄さんも、目玉がポーンとなっている。