どっかーん。
「数日中に侯爵家へ婚礼の話を申し入れる」
「え、ちょ、ちょっと待って」
やべーって、こんなのやべえって。
「相手が私では不服か? ローレンスほど華もなく、武骨な人間で悪いな」
「え、いや、そうじゃなくて……」
確かにヴィンセント皇子は剣も馬術もグリンデルでは右に出る者がいないという噂は聞いている。舞踏会に出る事もなく、詩や歌をたしなむ事もない、舞踏会で一夜の宴を楽しむ者達にすれば、面白みのない人間だと陰口をたたかれてるのを聞いた事もある。
何より先頭に立ってヴィンセント皇子を腐してたのがローレンス皇子だったので、それを信じる者も多いだろう。
舞踏会に出てこない人間とはそもそも会う機会が非常に少ない。
舞踏会にも、年がら年中貴族達の間で行われているサロンパーティにも出てこない人間は噂話の格好の餌食だ。
口の上手いローレンス皇子が上手に周囲を味方につけるように計らい、それを鵜呑みにした者達が噂だけを頼りにして人間像を作ってしまうのは仕方がないとも言える。
王家の中では五分五分かもしれないけど、貴族達の中ではヴィンセント皇子は確かに不利かもしれない。ローレンス皇子を次期国王に推す貴族が多数を占めるかもしれない、なんて事を一瞬、考え込んでしまった。
「でも、何故、私なんですの? むしろローレンス皇子の元婚約者なんて外聞が悪くないでしょうか? 何も侯爵家は我が家だけではなく、他にも年頃の娘を持つ家はありますわ。確かに父は娘が王家に嫁げればそれでいいでしょう。ヴィンセント皇子でも、ローレンス皇子でも、どちらでも。私を娶ったからといって、対した戦力になりませんことよ」
あたしは出来るだけ尖った声を出してそう言った。
あたしを嫁にするなんて、なるべく諦めてもらわないと。
あたしの言葉にヴィンセント皇子はくすっと笑った。
それから落としっぱなしだったあたしの羽の扇を拾い上げて、あたしの手に握らせた。
その時に、必要以上の力であたしの手をぎゅうっと握り、
「マリア、かねてから私があなたに密かに恋をしていた、と告白すれば?」
と仰ったのだ。
どっかーん。一気に血圧が上昇し、頭に血が上った。
あたしは顔中、もっさりと盛り上げられたキャバ嬢みたいな髪の毛の中まで真っ赤になっていたろうと思う。
「ちょ、ちょ、ちょ、今、なんつった……ざけんなよぉ、ってかなんであたしなんだよ。他にも姫っぽいのいくらでもいるじゃんかよぉ。ふ、ふざけんなよ、あたしに恋してたって何なんだよぉ……」
そういう間にもヴィンセント皇子はあたしの手をぎゅうとさらに握って、手の甲にそっと口づけをしたのだ!




