新しい疑惑
「だ、誰がそんな事をすると言うんだい?」
ローレンス皇子の声が震えていた。
「さあ」
「僕は国王になんかなりたくない。兄上がやればいいさ。長兄なのだし、それが順当ってものだ、そうだろう?」
「でもぉ、母親としては可愛いのは我が子じゃございません? 我が子が国王とその側近に分けられるなら、断然、国王の方がいいでしょう?」
あ、言っちゃった。
「き、君は母上が? 母上が僕の為に君を襲ったと、そう言ってるのかい!?」
「……」
「どうなんだ! マリア!」
激昂したローレンス皇子は立ち上がって、大きな声で怒鳴った。
えー、この人、怒ったり怒鳴ったり、出来るんじゃん。
「あたしはねえ! 殺されかけたんだ! 地下の石棺を見たことあるの? もの凄い太い針が中にぎっしりと詰まってるンだよ! その中に閉じ込められて蓋されてたら、今頃ここで暢気に昼寝なんか出来なかったんだよ! いいかい、皇子!! あんただろうが、あんたの母親だろうが、百年ぶりに咲いた白い薔薇だろうが、みんな同じくらい黒いんだ! はっきりと犯人が分かるまではこの城の中の人間はみんな同罪さ! ヴィセント皇子が助けてくれなかったら死んでたと思うとこの城に滞在する全ての人間が敵なんだ!」
ローレンスは酷くショックを受けたような顔になった。
顔面は蒼白だ。
「……兄上は?」
「ヴィンセント皇子はあたしを助けてくれた」
「それだって芝居かもしれない……あの人は狡猾で冷酷だから」
「ヴィセント皇子が?」
「そうだ……君を亡き者にするなら、兄上だって例外じゃないんじゃないか。君を殺して、僕や母上のせいにして、僕ら親子を追い出せば全部が兄上の物じゃないか。図書館のミス・アンバーとよりを戻しても誰も反対する者はいない」
「……ミス・アンバー?」
「そうだよ。彼女は生母の家柄が低いために、兄上との結婚を反対されたんだしね」
そんな事、知らなかった。
けど確かに二人はとてもよくお似合いだったし、話も合いそうだし、なんか……そういう間柄でも不思議じゃない感じだった。
それに、チャラくて頭ん中、遊ぶことしかないようなローレンス皇子にしては、良く出来た筋書きだとも思った。
だいたいリベルタを魔女だって言い出したのもヴィセント皇子だ。
だけど……あの人は果梨奈先輩の息子だぞ?
魔女に母親を殺されたんだぞ?
「もしかして知らなかったのかい? 兄上とミス・アンバーの事。そうか、兄さん、君には言ってなかったんだね。身分の違いなど関係ない、彼女は自分の生涯でただ一人の女性……って言ってなかったかな」
と言いながらも自分の記憶も不確かなのか、ローレンスは首を捻った。
「身分違いで別れたって事?」
「まあ、そうだね。兄上は次期国王になるべき人間だ。その妃の身分が低いのは特に貴族達が反感を持つだろうし、国民にも好感度は低いだろうね」
「ふーん、まあ、お似合いだとは思うけど」
「そうだね。真面目同士でお似合いだったよ。ミス・アンバーは本の虫だし、兄さんは国政の事しか頭にない堅物だし」
「でも、ミス・アンバーとよりを戻したい為だけに、あたしを襲うなんて考えられないわ。真面目に勤めて次期国王になれば、結婚なんて思い通りにできるでしょう? あなた達親子を追い出すのだって、別に事件を起こさなくても普通に追い出せばいいじゃない。国王にさえなれば」
「それだけじゃないんじゃないかな。兄上は王妃と僕を憎んでいるし」
「憎んでる? 何故?」
「それはそうだろう。僕の母の事は国王の寵愛を横取りした上に、前王妃を追い出した悪女って思ってるだろうし、僕の事は憎い女の息子って認識じゃないかな。だから、僕らを普通に追い出すなんて生ぬるい。罪人に落としてやる、くらいは考えそうだ。ウッドバース侯爵家から演出された皇太子妃殺しの犯人なんて素晴らし汚名じゃないか?」
「本気でそう言ってるの?」
「さあ、でも、あの人ならやりかねないと思うよ。グリンデル一の剣の遣い手であり、策士であるヴィンセント第一皇子ならね」
「あなたにとっては狡猾で冷酷な兄だったの? 子供時代に何かそんな事件が実際にあったわけ?」
ローレンスはぐっと言葉に詰まった。
確かにヴィンセント皇子は子供の頃から利発で、器用で、才能もあり、物静かな人間だったのだろう。さらにヴィンセント皇子は自分の母親を追い出したリベルタ妃とその息子である腹違いの弟を嫌っているとローレンス皇子が思い込んでも仕方がないんじゃないか、とあたしは思った。
「あなたのその思い込みはただのコンプレックではないの? ヴィンセント皇子はそんな方ではないと思いますわ」
「君には分からないさ……僕の気持ちなんか。そうやって君も兄上を崇拝してればいいよ。兄上の手にかかってもさぞかし幸せだろうね」
ローレンス皇子は吐き出すように言うと、怒ったような乱暴な態度で部屋を出て行った。




