ざまぁ
「まあ、あなたは……ヴィンセント皇太子様」
と言ったのは緑ドレス。
そうそう思い出した。関取みたいな体型の緑のドレスはジャニーン。
ダズビー子爵家のお嬢でアミィの取り巻きの一人。
「もう用は済んだのだろう? マリア」
「へ? まあ、そうですけど」
舞踏会にやってきてダンスもご飯も食べずお酒も飲めず、ただ婚約破棄されたってだけの用ならね。
目の前のヴィンセント皇子はローレンス皇子に似ていない。
ローレンス皇子が金髪プラチナブロンド、碧眼に比べて、ヴィンセント皇子は黒髪に浅黒い肌、そして漆黒の瞳だった。
長身で手足が長く、どちらかというと野性的な雰囲気がある。
「ヴィンセント様」
とアミィが甘えるような声で言った。
「あら、アミィ、ローレンス様の前で他の男性にそんな甘えた声で呼びかけたら皇子のご機嫌を損ねるのではなくて? あなたの為に私との婚約を破棄までしましたのに」
ようやく言ってやった。
「わ、私はそんな……」
白薔薇の君、アミィは頬をピンク色にしてしゅん……という感じだった。
あたしの台詞はまさしく悪役令嬢にふさわしいのではと思う。
「そんな言い方はないだろう。マリア、君はいつだってアミィに辛くあたるようだが?」
馬鹿じゃないの、この男。
「ローレンス様ぁ、マリア様にそのような……マリア様は私の為に……でもぉ、マリア様、ヴィンセント様はローレンス様のお兄様ですもの。私にとっても大切な方です」
アミィがローレンス皇子の顔とヴィンセント皇子の顔を交互に見ながらそう言った。
ヴィンセント皇子はそんなアミィの顔をふんと冷たくあしらい、
「ローレンス、お前こそ皇太子の婚約を破棄などという国家的に重要な事柄をこのような場で軽はずみに発言をするなど軽率な。ウッドバース侯爵家に恥をかかせただけでなく、王家の面子も丸つぶれだ。アミィ・フォスター、貴方もだ。皇太子や侯爵家へ貴方の立ち振る舞いも許される物ではない。立場をわきまえなさい」
ヴィンセント皇子の厳しい言葉にローレンス皇子もアミィも顔を真っ赤にして唇を噛んだ。
ざまぁ!!
この国の皇太子はただ一人というわけではない。
ヴィンセント皇太子が第一皇子で、あたしに意気揚々と婚約破棄を突きつけたローレンス皇太子が第二皇子なのだけど、ヴィンセント皇子の母は鬼籍に入っていて、ローレンス皇子の母親のリベルタ様が現王妃だ。
王は王妃に甘々なので、次期国王はローレンス皇子が継ぐのが濃厚だと大方の予想だ。
ローレンス皇子が侯爵家の娘であるあたしよりも、伯爵家のアミィを選んだのはアミィの手腕が見事だったとしか言い様がないけど、アミィは油断ならない女だと思う。
もしヴィンセント皇子が次期国王に選ばれたなら、すぐさまローレンス皇子を捨てて乗り換えても不思議じゃないなぁ。
まあ、あたしには関係ないけどさ。
「ヴィンセント様、送っていただけるなんて光栄ですわ」
とあたしが言うと、ヴィンセント皇子はふっと笑ってあたしの手を取った。
「では皆様、ごきげんよう」
去り際に少し振り返って見ると、アミィが悔しそうな顔をしていたので満足だった。