皇子の部屋
王族の別荘なんてさ、肩が凝るだけだから。
もちろんウッドバース侯爵家に生まれて十六年、知らない間に令嬢としての育ちは身についてる。けど、前世を思い出してあたしは日に日に真理亜の記憶が濃く戻ってくる。
「早速、手配をいたしましょう。主治医もすぐに呼ばせましょう」
と言って、カツカツと歩く速度からオズワルド老人は離脱していった。
「私としたことが避暑などとすっかり失念していた。すまない、マリア。北山の別荘にウッドバース侯爵家を招待しよう」
「い、いいえ。私は避暑など行かなくても……」
貴族の暮らしにはすっかり飽き飽きしていたあたしは、むしろ図書館で勉強するのが楽しみになっていた。知らない事を知るのは楽しい。外国諸国の事を知るのは楽しい。その地へ旅をしているようでドキドキする。そして実際に旅をしたくなる。
馬車でゆっくりと、それとも船で大海原を。
みたいな事を図書館で密かに楽しみにしていたあたしは勉強を中断して、避暑になんぞ行きたくなかった。
ヴィンセント皇子の部屋はまるで美術館の一室の様だった。
絵画、変な形の壺、タペストリー、分厚い絨毯、キラキラしたシャンデリアみたいな蝋燭台。
皇子はあたしを長椅子に座らせてふかふかした大きなクッションをあてがってくれた。
それに寄りかかるようにして、あたしは黙って皇子を眺めていた。
皇子の部屋に来るのは初めてだ。
婚姻前の娘は殿方と二人っきりになんぞならないからだ。
だけど婚約者となればそれも大目に見られる。
あたしがきょろきょろと部屋の中を見渡しているのを見て皇子が、
「珍しいものでもあるか?」
と言いながら、あたしに果汁を搾ったジュースのグラスを渡してくれた。
「ええ、こんな豪華な部屋は見た事ありませんわ。宝物倉のよう」
「そうかな? ローレンスの部屋の方が豪華だろう? あれは美術品が好きだからな」
「ローレンス様のお部屋は見た事がありませんから、存じませんわ」
と言うと、皇子は驚いたような顔をした。
「ローレンスの部屋は訪れた事がない?」
「ええ、私、王宮にもあまり来た事がないのです」
皇子はコホンと一つ咳をしてから、
「婚約者だったのに?」
と言った。
「ええ、ローレンス様には舞踏会やサロンパーティにはよくお誘いいただきましたけれど、それ以外ではあまりお会いする事は無かったですわ。あの方はとても忙しい方でしたもの」
「何をして忙しいのやらな」
と皇子が呆れたような口調で言った。
「でも白薔薇の君とはよくお会いになっていたようですわ」
ふふふと笑ってしまった。
「白薔薇か」
「ええ、そういえば、今日、学修中にリベルタ様と白薔薇の君がおいでになりました」
「図書館にわざわざ、王妃が?」
「はい、白薔薇の君はすっかりリベルタ様のお気に入りのようですわね。学修は皇太子妃に必要だとは思えないとの事ですわ。まるで王妃教育のようだと。リベルタ様のお気に触っているのかも」
皇子はあたしの前の椅子にふんぞり返って座り、
「ふん」
と言った。
「マリア、ローレンスが君と婚約破棄したのは、あれの意志なのだろうか?」
「え?」
「それとも王妃の差し金か? 君は王妃と何か諍い事でも?」
「え~~~そんなのあるはずがないっしょ……あ、あらオホホ……」
リベルタ様ともめ事? そんなのないってば。
だいたい、いくら侯爵家の令嬢でもそうそう王妃と揉めるほど会う機会なんか……
考え事をするとき、意識はなくても視線があちこち彷徨うよね?
あたしもこの時、皇子の部屋の中をぐるぐると視線が動いていた。
奥の方にある大きなベッドを見て、そしてその壁上にかけてある肖像画を見た。
「あれ……」




