予期せぬ展開
「あ、あの、本当に大丈夫ですから、下ろしてくださいませ」
ツカツカと石畳を歩いて行くヴィンセント皇子を振り返る者達が大勢いる。
警護をする兵士だったり、国王や王妃、皇子に仕える者達で一杯だ。
特にリベルタ様には二十人もの召使いがいて、髪を梳く者、爪を磨く者と細かく係が決まっているそうな。
次期国王か、とまで言われている皇子に運んでもらってご足労をかけるなんて、皇太子妃候補としてダメダメじゃん、あたし。
それも頭痛とか……嘘なのに。
「ダメだ」
とヴィンセント皇子が言い、それから「ヴィセント様、何事でしょう?」と血相を変えて走ってきたのは宰相の職にあるオズワルド老人だ。
このじいさん、国王の宰相であり、かつヴィンセント皇子のおもり役のような人だ。
みるからに身体が大きく頑丈で、筋肉隆々、いかにも軍人という感じだ。皇子達の剣の師匠らしくてローレンス皇子はこのじいさんの前では緊張して苦手と言っていた。白髪の老人なんだけど素晴らしく鋭い眼光であたしみたいな落ちこぼれには視線が痛い。
あたしは慌てて目を瞑ってヴィンセント皇子の胸に頭を預けた。
だってこのじいさんの前では仮病とかってばれそうな気がするから。
「マリアが図書館で学修をしていたんだが、頭痛がするというので、休ませようかと」
「それはおいたわしい。早速、主治医を呼びましょう」
皇子のカツカツと歩く速度に合わせてオズワルドも同じような速度で歩く。
「頼む」
「あの……私は大丈夫ですので、どうぞお構いなくぅ」
と細々と言ってみる。
この時代、というかこの世界はやはりまじないや薬草で病を治す傾向がある。
医者も看護師もいるし、外科的な手術を行う場合もあるけど、レントゲンとかMRIとかはない。貴族階級の人間はともかく、国民の大多数が薬草とまじないでなんとかしている時代だ。あ、あと、パワースポット?みたいな、聖なる池の水を飲むと治る、みたいな。
だから、聖なる池の水売りって商売が成り立つ。
本物かどうかは怪しいけど、街中を水売りが歩いているのを見た事がある。
ちなみに薬草売りもいる。
薬局のような小売店もあるけど、怪しい薬草売りもいる。
ちょっとお高くて、○○産の薬草!みたいな。グリンデル近辺じゃなく、わざわざ余所の領地の農家から買収してくるようだ。
ちなみに薬草は薬草農家の専売特許で、農家が薬草畑で育てて収穫、販売している。
うかうかそこら辺に生っている薬草を摘んだりしたら、やはり捕まる。
何にでも所有者はあるもんだ。
だから王族の主治医を呼んでも、頭痛くらいならそういう怪しい水を飲まされるか、薬草を煎じて飲まされるか(しかもすげえ苦い)だ。
「いけませぬな。この暑さですから」
とオズワルド老人が言った。
「そうだな」
「マリア殿が熱心に学修に通われるのは感心だが、そうそう根を詰めても仕方ありませぬ。少しお休みされて避暑にでも行かれてはいかがですかな」
「それはいい考えだ。北山の別荘へでも連れて行こう。山間は涼しいからな」
とヴィセント皇子が言った。
季節は初夏、グリンデルは国のど真ん中にどでかい川が流れる水資源が豊かな国だけど、夏はやっぱり暑いよ。避暑と称して別荘へ行くのが貴族の恒例で、ウッドバース家も夏には自家の別荘か招かれてあちこちの別荘を渡り歩く。
それに際し、ドレスだぁ、帽子だぁ、飾る宝石だぁ、と新しく作らせるのが貴族の奥様達だ。どこそこの宝石店の一押しだとか、遠くは帝国で一番モードなデザインのドレスだとか。あたしには何がいいのかさっぱりだ。
なのであたしはぎょっとなった。




