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「それじゃあね、伊雪」
「あ、うん。今日はありがとう」
「どういたしまして。慣れるまではなんでも聞いていいよ。またね」
正門までの道で影虎が迎えに来ていないことは確認済み。
となれば伊雪が影虎を呼んでもらわなきゃ困る。
ということで正門前で私は家の方へ、伊雪は反対方向へ別れることにした。
少々遠回りにはなるけれど、私が家と反対方向に歩いてしまえば怪しまれる可能性がある。
伊雪のことが敵対組に伝わっていないであろう今日にしか使えない作戦だ。
ここでしくじったらまずい。
相手が3〜4人までなら私でもどうにかなるだろうが……さすがに5人以上いたら……。
その上今日来ない可能性だってある。
……いや、たらればの話はよそう。
大丈夫、伊雪がきっと影虎を呼んできてくれるはずだし影虎が他人に負けるわけないのだ。
そんなことをつらつらと考えながら道を曲がった時だった。
「ようお嬢。今日はおひとり様で余裕そうだなぁ」
「……はぁ」
観察班には感謝しなくては。
右腕に蓮の刺青を施した男5人が背後から近づいてきた。
不意打ちを知らないのだろうか。
……にしても5人か。
少しばかりよろしくない。
さすがの私でも5人一気に対峙出来るかどうか……。
「一体何の用?……あんたたち、湘蓮組の人間でしょ?」
「さすがは桜宮組の1人娘。よく観察してるなぁ?…………今日はあのうぜぇのはいねぇのか」
「うざいの、というのはうちの影虎のこと?あいつは忙しいの」
「校門から知らねぇ男と出てきた時は何かと思ったがただのクラスメイトのようだし……おまえを連れて帰れば組長が喜ぶな!」
「っ!」
男の腕をすんでのところで躱し、カバンに入れていたペットボトルの中の水をぶちまける。
こんなのに足を止めてはくれないだろうが、ほんの一瞬、ほんのコンマ数秒でも怯んでくれればいいのだ。
ついでとばかりにペットボトルも投げ捨て後ろを振り返らずに走り出す。
もちろん家の方へだ。
影虎が助けに来てくれればそれでよし。
それでなくても家の周りには組の人間がちらほらといる。
この目立つ布を羽織っていれば組の人間も気付いて男たちをどうにかしてくれるだろう。
「脱兎のごとく駆け出したかと思えば、案外足は遅いじゃねえか」
「くっ……!はやい……!」
1人だけ足が早い!
回り込まれ、その腕が私の肩に向かってくる。
その腕にはあえて対処せず、自由な足で思い切り男に急所を蹴りあげた。
「っ……!」
声にもならない、とでも言うように股間を抑えて蹲る男を仕上げとばかりに踏みつけてもう1度逃げる。
……上半身に注目ばかりして下半身が疎かになるとは、この男、大して力はないな。
とはいえ5人。
1人1人に今のようなことはできない。
その間手を合わせていない他の人間に捕まってしまう。
……あぁ、伊雪早く。
早く、影虎を連れてきて。
まさか待ち伏せがいると思わなかった。
家までの最短経路、そこまでに何人もの人間が待ち伏せしており遠回りせざるを得ない。
そして遠回りすればするほど私の体力も削れ、今の私は肩で息をするしかなくなっていた。
……伊雪は、まだなのだろうか。
男と女、大人と子供。
体力差によってぐんぐんと間を詰められる。
私は、ここで捕まってはいけないのに。
「そろそろ体力切れじゃねえか?大人しく俺らに着いて来いよ!」
「う、うるさいっ……!」
あぁ、着いて行けたらもう走らずに済む。
それはとても楽なことだろう。
けど、捕まるわけにはいかない……私は桜宮組の1人娘なのだから。
私が捕まれば、父さんがポンコツになる。
……にしても遅い、遅すぎる。
早くしてくれ伊雪。
私だってもう限界なのだ……一体どれだけ時間をかけている。
体力がないのは朝に分かっていたけれど、ここまでとは思わなかった。
……しまった。
「自ら行き止まりに辿り着く狭い道に入ってくれるとは、相当お疲れのようだな!」
「逃げたって無駄だって言ってんだ!大人しく捕まれ!」
この道を抜けた先は行き止まり。
疲れで頭が上手いこと動いていない。
もはやこれまでかと思った瞬間だった。
「お嬢!」
待ちに待った声が聞こえた。






