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組のお嬢が可愛くない。  作者: 桜ぷりん。
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黒のワイシャツに黒のスカート、深い赤のネクタイ。

確かに私の家は()()()()だけれど、これは私の趣味ではない。

れっきとした制服だ。


周りの同級生達はその上に真っ白なブレザーを羽織るけれど、私はブレザーに袖を通したことなんて1度もない。

今日も、白地に淡い小桜の模様が広がる、ポンチョだったものを羽織る。


ポンチョだった──そう、紛れもなくポンチョだった。

けれど、あまりの動きにくさに私が裂いてしまったのだ。

影虎(かげとら)が綺麗にかがり縫いをしてくれたおかげで今は1枚の布として使うことができる。


「お嬢、そろそろ時間だが」

「分かってる分かってる。影虎は心配症だなぁ」


自室の襖の奥から掛けられた声に返事をする。

花咲(はなさき)影虎、もう10年一緒にいる私の付き人だ。


「……それ、まだ羽織るのか?」

「あぁこれ?……まぁ、父さんがくれたものだし、目の前で裂いた時の表情見てたら使わないのが申し訳なくて……」

「あのお頭が泣いてたからなぁ……」


影虎が苦笑する。

本当に、目の前で貰ったばかりのポンチョを裂いた時の父さんの顔といったらさすがの私も申し訳なく思ったものだ。


「今日は始業式だが。また去年と同じような自己紹介をするつもりか?」

「あたりまえじゃん。っていうか、私の家柄なんてだいたいみんな知ってるしさ、今更驚く人なんていないよ」


桜舞組組長桜宮夜峠(さくらみやよとうげ)

これが私の父親の肩書きと名前だ。

そう、私は……知る人ぞ知る極道組長の一人娘、桜宮いろは。

これが、少々特殊な我が家の事情。


「なあお嬢」

「ん?」

「……昨日連れてこられた少年の話は聞いたか?闇金取りに連れられそうになったところを、お頭が買い上げたという……」

「あぁ、聞いた聞いた。なんでも、私と同い年の少年だとか。……ふむ」


父さんの側近からその情報が耳に入ったのは、昨晩遅くだった。


なんでも、父親と母親が多額の借金をした上息子を捨てて夜逃げ。

残された息子が借金取りに連れていかれそうになったところを、たまたま通りがかった父さんが肩代わりをしてその息子を連れ帰ってきたらしい。

強面のくせに表情豊かで何を考えているのか分からないような人だけど、優しさは持ち合わせている。


どういった意図であれ、その息子が救われたのは間違いないだろう。


「私も少しばかり挨拶したいから……ねぇ影虎。5分で私を学校まで送り届けられる?」

「任せろ」

「上等」


私は一目散に父親の部屋を目指す。

廊下は走るな、だなんて教師みたいな注意が影虎の声で聞こえたような気がするけど気にしない。


縁側を抜けて、この家の最奥。

声もかけずノックもせず、私は襖を引いた。


「い、いろは?」

「お嬢、なりません!今、頭とこの少年が話を……!」


父親が驚いた顔でこちらを見つめ、父親の側近である朱羽(しゅう)がやんわりと私と父親の間に立ちはだかる。

もちろん気にせず、朱羽のスネに脇腹に1発お見舞して足の間をすり抜ける。


そこにいたのは──目が綺麗で、恐ろしく整った顔立ちの少年だった。

彼が、両親に捨てられ借金取りに連れていかれそうになった息子だろう。


「はじめまして少年。……って言っても私と同い年だけど。そこにいる組長の一人娘、桜宮いろはです。あなたの名前は?」

「……月島(つきしま)……月島伊雪(いぶき)、です……」


突然の私の自己紹介に、唖然としながらも素直に名乗る少年、もとい伊雪は……やけに見慣れた制服を着ていた。

黒のワイシャツに黒のスラックス、そして深い赤のネクタイ。

私と違うのは、羽織っているものがブレザーだということ。


父親の顔をバッと見る。

私の行動を予想していたのだろう、父親は渋々と言った感じで説明し始めた。


「影虎はおまえの学校の中までは護衛できない」

「まぁ、捕まるね」

「伊雪が連れてこられた経緯は知っているのだろう?ちょうどいいから校内での付き人をやってもらおうと思ってな」

「なるほど?つまり、私の好きにしていいのね?」

「おまえは言葉を選べんのか?」


正座したままの伊雪の手を引き立ち上がらせる。

その目はどこまでも綺麗だった。

そして、その顔は恐ろしく整っているのにどこか人間味がなかった。


……ないものは、教えればいい。


「ということで、話の通りあなたの主人は私。まぁ、影虎にいろいろ詳しく聞けばいいけど、そんな畏まらないで。同級生だしね」

「畏まらないで、ということは敬語じゃなくてもいいと?」

「まぁそんな感じ。影虎なんて1度も敬語を使ったことないわよ?……けど私、お嬢、って呼ばれるのがどうも好きみたい。そこだけそう呼んでほしいかな」

「お安い御用」


ないものは教えればいい。

知らないことは聞けばいい。


私は右手の小指についていたリングを伊雪の左手の小指につけた。

影虎の小指にも、同じものが光っている。

3つあるからペアリングではないけれど、全て同じものだ。


「これが、私の証。それじゃあ時間も時間だし学校行くわよ。まだ話はある?」

「いや特に……っ!?」

「どいて朱羽、遅れる!……影虎、車は回した?」

「もちろん」


父親に何か言われる前に、と伊雪の腕を掴んで部屋から出ていく。

未だに朱羽か蹲っているけれど、そんなに私の力は強かっただろうか。


なんだか気分が高揚してきた。


「お嬢、そんな、走ら……!」

「時計……は見えないか。遅刻するわけにいかないものでね、車までだから!」


長い廊下をかけ、庭を抜け、ようやく車の前に出る。

伊雪を押し込み私が乗り込み、扉を閉めるとほぼ同時に車が出発した。


これが、私と伊雪の出会いだ。

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