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ルーミア ~Οικογένεια αγάπη~

Οικογένεια αγάπη=家族愛

私は紅い剣で彼の心臓部を抉り出しながら呟いた。

「――さようなら。」

信じられなかった。

信じたくなかった。

私の愛していた人が幻想郷を滅ぼすべく送られた間者(スパイ)だったなんて。

知らずのうちに涙が零れ落ちる。

後ろから隙間が開き、紫が顔を出す。

「お疲れ様、ルーミア。これであなたの潔白は――」

「紫。ごめん、黙ってて…」

私は必至に殺意を隠しながらそれだけを言い放った。

それ以上何かをしゃべられると私自身殺意を堪え切れそうになかったからだ。

黒いマントの中、私は嗚咽を堪え続けた。

まだよ、まだ泣いちゃダメなの。

宵闇の大妖怪、常闇の女王として、耐えなくては…

私は重い腰を上げると彼の体を掴み上げた。

「…これを処理してくる。先に帰って他の大妖怪たちに報告してて。」

私はしばらく歩いて無縁塚にまで辿り着くと闇で巨大な獣を生み出した。

「…ごめんなさい。私は――」

そこまで言ったが堪え切れなくなり私は泣き崩れた。

愛していた、これからもずっと一緒にいると思っていた。

なのに…あなたは。

何も、言葉が出てこなかった。

口から放たれるのはただの泣き声。

私は彼の体を抱きしめるとそっと地面に横たえた。

「命令よ――彼の遺体を処分しなさい。」

声は震えていなかっただろうか。

獣は一瞬躊躇したように見えたがすぐに彼の体を呑み込み始めた。

――これでいいの。

これで…幻想郷は守られたのだから。

私は後ろを向けると宵闇の中を歩き始めた。

 「裏切り者の処分ご苦労様、ルーミア。」

幽香が紅茶を片手に微笑む。

紫は気遣わしそうに私を見ていた。

天魔は団扇で自分の顔を隠しながら私を軽蔑した目で見ている。

狸のマミゾウは暢気に瓢箪から盃に酒を注いでいる。

「ここに集まりました大妖怪の皆様方にご報告させて頂きます。幻想郷の間者を始末いたしました。

 ひとまず悩み種が1つ消えたと思いたいところですが間者が1人だけである確証は何処にもないため各自警戒をお願いします。」

「己の想い人を手にかけたのか?」

天魔がズバリと訊きこんでくる。

ドクンと心臓が嫌な音を立てる。

私は深呼吸を何回か繰り返すと口を開いた。

「――はい。私は幻想郷の為、己の――」

「ルーミア。」

紫が声を掛けた。

「そこまでで結構だわ。これで彼女に疑いの余地はなくなった。これ以上彼女を追い詰めて何の得があるのかしら、天魔?」

「私は確認しただけだ。」

天魔が不機嫌そうに言う。

「ルーミア殿、どうにも顔がすぐれない様だな。そんな蒼い顔で出席されても構わん。帰って養生しなさい。」

狸が私に労いの言葉を掛けた。

「では、失礼します。」

私はお言葉に甘えて集会から退出した。

 「はぁ――」

私は魔法の森の中、比較的太い木の枝にうつ伏せでぐったりとしていた。

まさか、こんなにも集会が疲れるものだとは…

どうしようか、もう何も考えたくない。

闇でできた子たちが私の周りを心配そうに囲う。

「大丈夫よ。あなた達を消すようなことはしない。」

黒い鳥を撫でながら私は笑みを見せる。

でもどこか無理をしたような笑みだってのは嫌でも理解できた。

「あぁ、この辺随分と暗ぇと思ったらおねーさんの所為か。」

気だるそうな声が上から降り注いできた。

ぱちりと目を開くとそこには銀の毛皮に獣の耳を生やした華奢な少年が立っていた。

ヘラヘラとした表情をしているがその目は何処までも真っ暗だ。

年齢は15歳くらい?

「…何?」

「いや、大変そうだなーってな。まるで大切な人を殺さざるを得ないような状況で殺しちまった~みてーな?」

妙に癇に障る餓鬼。

私は少しムカついて闇の獣たちをけしかけた。

「おぉ!?あぶねーなおねーさん!」

狼は軽い様子で攻撃を避け続ける。

しばらく遊んでいるように避けていたが狼少年は笑いながら走り去っていった。

「じゃーなー! きれーなおねーさん!」

…嵐みたいに騒がしい奴だった。

私は再びぐったりと木の枝に倒れ込んだ。

 あの狼少年の襲撃はあの日だけに留まらなかった。

「よっ、おねーさん。また遊ぼーぜ。」

少年はヘラヘラ笑いながら何度もやってきた。

その度に私は獣たちを駆り立てる。

何度目かの襲撃で、狼少年は闇の獣に取り押さえられていた。

「はっはっは~! おねーさんのペットたちは偉くつえーな!」

少年は伸し掛かられているにも拘わらずヘラヘラと笑い続けている。

「…名前は?」

私は問い掛けた。

こいつの名前を使って二度と私にちょっかいをかけられない様に縛ってやる。

「なまえ? 名前ってなんだ?」

少年はきょとんとした様に問いかける。

こいつ、名前がないのか?

私は少し訝しく感じた。

「名前ってのは種族の中のそれぞれの個体を示すもの。」

そういうと少年は難しそうに眼を細めた。

「んー、俺は日本狼っつー種族なのは分かる。でも俺に名前はないな。そーだ! おねーさんが付けてくれよ!」

あまりにもキラキラした目で見られ私は面食らった。

「…活発な翼リブハフト・フリューゲル。」

「リブハフトか! いー名前だな! じゃあリブって呼んでくれよ!」

「それじゃあ肋骨じゃないの。リューゲルって呼んであげるわ。」

「そーだな! リューゲルか! おねーさんはなんて言うんだ?」

「ルーミア。」

「ルーミア! そーなのかー!」

そういってそいつはげらげらと笑った。

まったく、何が面白いのやら。

でも、こいつを呪おうって気持ちはどこかに消えていた。

「リューゲルを放してあげて。」

私が指示すると抑えていた子はすぐに彼を解放した。

リューゲルはその体勢から器用に跳ね起きた。

「かははッ! こいつらがけっこー強いって事はおねーさんはさらにつえーってことかぁ。」

ヘラヘラと笑ったままリューゲルは私を指さす。

「まあ幻想郷で大妖怪っていわれるくらいにはね。」

「へ~、そいつは面白そうだ!」

そういうとそいつは一瞬で姿を消した。

消えた!?

いや、右後ろ上!

私は紅い剣を出現させると防御態勢を取った。

次の瞬間、華奢な体からは想像もできないほどの衝撃が私を襲う。

「グッ…!?」

「おぉ! 俺の攻撃を防ぐってやっぱスゲーなおねーさん!」

そいつはそういって笑うとあらゆる方向から攻撃を仕掛けてきた。

その速度は尋常じゃない。

上から、下から、右から、後ろから…

縦横無尽というよりも天衣無縫といった方が良いくらいにがつがつと積極的に素早く、重い攻撃を仕掛けてくる。

でも、軌道が真っ直ぐ過ぎる。

私はフェイントを加えると峰打ちでリューゲルに攻撃を喰らわせた。

リューゲルはゴロゴロと地面を転がり気にぶつかって止まる。

「…大丈夫?」

「――あぁ~! あはははははは! 負けた負けた!」

リューゲルはケロリとした表情で立ち上がる。

体力だけは異様にある奴っぽい。

「やっぱおねーさんつえーわ。」

そういってそいつは照れ臭そうに頭を掻いた。

その仕草からはとてもさっきの攻撃を撃ってきた人物と同じとは思えなかった。

「あんたは攻撃がまっすぐすぎるのよ。もう少し色んな技を使いなさい。」

「なるほどなー。相手の技とかを盗めるようにならないといけないってことか~。でもおねーさん、最初にあった時よりもいい目をするようになったなー。」

「えっ?」

その言葉に少し驚いた。

「だっておねーさん、最初に会った時は今にも死にそうな必死な目をしてたのに今ではけっこー生き生きしたような目ぇしてるぜ。何かを見つけた目だ。」

そういってリューゲルはけらけらと笑った。

「んじゃ、俺はこの辺で! じゃーなー!」

そういってリューゲルは立ち去っていった。

そんな日々が5年ほど続いた。

 「最近あなた背が伸びて来てない?」

「そーなのかー? 最近、随分と視線がたけーと思ってたらそーゆーことだったか。」

リューゲルはブドウを口の中に放り込みながらしゃべる。

確かに彼の言う通りリューゲルは随分と体が変わった。

口調に限ってはほとんど変わっていないけど。

筋肉の付き方が細くもしっかりしたものになったし、闇の獣を使ってもあいつを物理的に引きずり倒すことは出来なくなった。

「まあ内側でも随分と変わったよーな気はするな。例えば、発情期が出てくるとか。」

そういってリューゲルはポリポリと頬を掻く。

「しょーじき女が飯に見えたりする。」

そっちかー…

「私は押し倒さないの?」

ニヤリと笑って聞いてみる。

それを聞くとリューゲルはしばらく見つめた後に大きく伸びをした。

「俺を殺せる力を持つ奴をどうやって押し倒せっつーんだよ。」

ごもっとも。

あれから修行を付け始めて5年が経ったのにも拘らずあいつはいまだに私に決定打を打ち込むことが出来ないでいた。

個人的には私とあいつの関係は兄弟みたいなものだと思ってる。

あいつもその認識らしく時折こうして一緒にご飯を食べたりする。

ご飯の種類は基本的には果物だけど。

リューゲルも私も肉食だがその手の物を食べられない訳じゃないし何より私は甘い物好きなので結局これに安定している。

ちかくにあったオレンジを手に取るとリューゲルは私に投げてよこした。

私は片手でそれを受け取る。

「ほれ、殺気を込めてもこの有様じゃ俺もやる気をなくすっつーもんだ。」

そういってリューゲルはあくびと共に大きな伸びをするとごろりと横になった。

「食べてすぐに寝ると牛になるよ?」

「そんなのめーしんだろ。妖怪にんなもん利いて堪るかってんだぁ…」

そういうとそいつはもうすやすやと寝息を立て始めた。

なんというか、本当に自由気ままな奴よね。

そういって呆れると同時に羨ましいと思う。

こいつのおかげで少し、あの人の事を忘れられそうだから。

そもそも5年経ってるのに引きずっているのがおかしいのか。

私にとってあの人は初めての恋人だったからどういう反応が正しいのかは分からない。

それでもこの傷は小さくはなっても決して消えはしないんだろうと私は思った。

なんとなく、でもどこか確信的にどこかに残っている。

それは私の思い込みなのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。

「…一人で考えでも詮無いことよね。」

私も寝ようかしら。

大きく伸びをすると私は木の上に飛び乗り一番太い枝に身を横たえた。

「おやすみ、リューゲル。」

 ある日、いつものようにそいつの修行を付けていると紫が隙間から顔を覗かせた。

「あら、それがあなたの弟子?」

「いや、ただの弟よ。リューゲルっていうの。」

そんな応対をしているとリューゲルが面白そうに紫を見ていた。

最近になって持たせた大鉈を肩にかついでいつものように笑いながら問いかける。

「おねーさん誰だ?」

「私? 八雲 紫っていうのよ。」

「むらさきおねーさんな。」

(ゆかり)よ。」

紫はむっとした様に訂正する。

「そーなのか。よろしく、ゆかり。」

「妙に馴れ馴れしいわね。」

「そーか?」

「えぇ、そのへらへらした態度はあまり人には受け付けないわよ。」

紫がそういうとリューゲルは不思議そうに首をコテンと傾げる。

「でもおねーさんは妖怪だろ? だったら別にいーじゃねーか。」

その言葉に私は思わず吹き出してしまった。

「ふふふっ、確かにそうだわね。紫、一本取られたわよ?」

完全に巻き添えを喰らった紫はとても不服そうな目でこちらを睨みつける。

「…変な弟ね。」

「でしょ? でも私はそんなところが好きだわ。」

「でも、その大鉈は似合ってないと思うわ。」

「そう?」

「おい、俺は着せ替え人形じゃねーぞ。」

「あら違ったのかしら、ぼーや?」

紫の言葉にリューゲルの耳はぴくっと反応した。

「舐めんじゃねーぞ、おねーさん。」

そういうとリューゲルは姿を消した。

いや、正確には高速移動で隙間に飛び込んだ。

まぁいつもの事だからいいか。

しばらくしないうちに、リューゲルは何かを掴んで隙間から飛び出してきた。

「あんたがボケっとしているうちに俺はおねーさんの式神を1体づつ倒すことだってできるんだぜ。」

リューゲルが付きだしたのはナイトキャップみたいな不思議な帽子をかぶった狐だった。

「藍!?」

「こいつが一番強そーだったからな。とりあえず捕獲してみたけど正解だったな。」

そういってリューゲルはそっと狐を地面に置いた。

「今回は返してやるけどもう見下すなよ、おねーさん。」

そういってリューゲルは森の奥に消えていった。

「あなたが稽古をつけたのかしら、ルーミア?」

「えぇそうよ。おかげでメキメキと上達しているわ。」

私がそういって微笑むと紫は思いっきりしかめっ面をした。

「そういえば…侵入者の事だけど。」

その言葉に私はパッと心臓を抑える。

「――続けて。」

「どうやら地獄の更に奥からだそうよ。そろそろ、攻勢に転じてくるかも。」

そう言い残して紫は隙間の中に潜っていった。

地獄の奥…「あれ」が幻想入りしたというの?

それは海が幻想入りするのと同じくらいありえないと思っていたけど…

私はどす黒い不安を抱えながらリューゲルの後を追って歩き出した。

 ――お腹が空いた。

私は木の上で寝っ転がり空を見上げていた。

これは…いよいよ限界が来たか。

リューゲルやあの人の手前8年ほど食べていないけど体はタンパク質を欲しているらしい。

それも人間の。

襲うのなら…夜かしらね。

私はため息を吐くと遠くを見据えた。

視線の先には人里。

もちろん見える訳じゃないけどそれでも気配を感じ取れない程度に私は弱小な妖怪ではない。

何人の人間がいるのかも数えらえそうなくらいだ。

「おーい! ルーねー! けーこつけてくれよ!」

その時リューゲルが声を掛けてきた。

「すぐ行くわ!」

そういって飛び降りる。

「鉈は持ってきた?」

「あー、このとーりな。」

「そう。」

「そーなのだー!」

リューゲルはけらけらと笑った。

できるなら、それが殺意を持って、私に向くことが、ないと良いなと、私はほんの少しだけ思いながらリューゲルの攻撃を捌き始めた。

 修行からどっぷりと日が暮れた。

私は闇を纏い眼を赤く光らせて森に通じる道を見張っていた。

空腹が私を騒ぎ立てる。

早く、早く肉をヨコセ。

私は自分のお腹を宥めながら待ち続けた。

それから月が気まぐれに移動を開始したころ、獲物が通りかかった。

私は素早く飛びかかる。

「うわぁ!」

そいつは情けない悲鳴を上げてあっさりと組み倒された。

細身で貧弱な碌に外にも出歩かなそうな男だが8年ぶりの私にとっては十分な食料だ。

「殺さないでくれぇ!」

それは無理なお願いだ。

私は一息に喉笛を喰い千切ると素早く頭を切断した。

せめて苦しまない様、私なりの気遣いだ。

「…ごめんなさい。」

十字架を切ると私は頭を放置して肉体を引きずって持って帰った。

不意に頭がずきりと傷んだ。

そうだ、私はあの人の事も同じように――

いや、これは単なる食物連鎖。

情けを掛ければ私が死んでしまう。

私はずきずきと痛む頭を押さえながら切り株にまでそれを引きずっていった。

ガブリと肩に喰らい付く。

瞬間、甘美な香りが鼻をくすぐった。

あぁ気持ち悪い…

肉体が感じる快感と精神が訴える不快感を同時に感じながら私は淡々とそれを貪った。

結果的に骨だけが残り、私は手に付いた血を舐めとっていた――

 次の日の朝、私は人の足音で目を覚ました。

パッと木の上に体を隠して様子をうかがう。

見ると女の人が何かを抱えてうずくまっていた。

「どうして…あぁ…」

目を見開いた。

その人は私が喰らった人の頭を抱えていた。

「ねぇ。私ね、昨日あなたに結婚を申し込むつもりだったの…なのに…あなたは私を先に置いて逝ってしまったのね…」

その人の瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

私はその景色を何を感じるともなく眺めていた。

冷徹にならないと――あの人を手に掛けたことを思い出すから。

その時、銀の影が女の人の背後に現れる。

「よっ! おねーさん、そんなところにうずくまってどーしたんだ?」

リューゲルはへらへらした表情でその人に視線を合わせた。

しゃがみ込んだリューゲルの視線が生首に注がれる。

「おぉ! おねーさん随分とぶっそーなもの持ってんじゃん。誰だそれ?」

ワザとらしい驚いた表情でリューゲルが問いかける。

女の人は黙ったままだった。

リューゲルは立ち上がると肩をすくめてその人の周りをふらふらと歩き始めた。

「んー、少しばかり語らせてもらうとだなー」

そこまで言ったところで女の人はキッとリューゲルを睨みつけた。

「あなたに何が分かるのよ!?私はこの人の事が好きだった! 結婚するつもりだった! 申し込むつもりだったの! その気持ちがあなたに分かるっていうの!?」

「知らねーよ、そんなもん。」

その人の言葉をリューゲルはくだらないといわんばかりに斬り捨てた。

「所詮は家族になりかけた他人だろ? んなもんより今の家族大事にしろよ、うっとーしー。お前が落ち込んでるならお前の家族も心配してるぜー?

 なのにお前はいつまで終わったことを気にしてんだ。今一番心配すべきはお前自身と家族だろーよ。

 おねーさんぐらいのべっぴんさんなら男なんていくらでも釣れるだろーしな。まっ、そんな訳で。んじゃなー。」

そういってリューゲルは口笛を吹きながら去っていった。

家族…か。

気付けば自分の手を見下ろしていた。

私はあいつにとって家族になれているのだろうか。

私が勝手にあいつを家族扱いしているだけなのだろうか。

漠然とした不安が私の中に渦巻く。

「ルーねーは家族だよ。」

「なんで考えてることが分かるのよ。」

「だってそーゆー顔してたからな。」

気が付けばリューゲルは後ろの木の枝に腰かけていた。

振り返るとしてやったりといった顔でリューゲルがこちらを見ていた。

「もうちょい奥の方で話そーぜ。」

そういってリューゲルは木の枝を渡って奥の方に向かっていった。

しばらくついていったところでリューゲルはこちらを向いてドカッと木の枝に腰かけた。

「あれやったのもルーねーだろ?」

「私の事を嫌いにならないの?」

「もともとおねーさんは人食い妖怪だろー。まあ、よく頑張りましたってかー?」

「私が食べてないの知ってたんだ。」

「『欲求不満』って顔に書いてあったからな。」

そういってリューゲルはニシシっと笑った。

「まーそれは冗談だけどなにかを抑えてるよーなところはあったなー。

 今は体は本調子だけど何か思い詰めてるみてーな?」

そこまで見抜かれているのか…

私は苦笑した。

「怖かったんだ…あんたに嫌われるのが。人を食べたことを知られたら何かが変わっちゃうのかもって。」

「まーそんなもんじゃないかー? 俺だってルーねーの立場ならそーすると思うし。あくまで『思う』だから本当に理解してるのかは知らねーけどなー。」

そういってリューゲルはケロリとした表情で告げる。

「家族を嫌いになんてなれねーよ。」

目頭がじわっと熱くなった。

「おっ? ルーねーどーした?」

リューゲルは心配そうに私のいる枝に飛び移る。

溢れる涙で視界がぼやける。

顔を覗き込んできたリューゲルを私は精一杯抱きしめた。

「にゃッ!?」

「リューゲル…ありがとう。」

「…どーいたしまして。」

リューゲルは私を抱きしめ返した。

「うぅ…あぁ…!」

自然と嗚咽が零れ落ちる。

リューゲルは黙って私の頭を撫でた。

朝霧は陽色(ひいろ)に染まりつつあった。

 ーー深淵の襲来は唐突だった。

今日はリューゲルの稽古をつける日ではなかったので闇の獣たちとリューゲルが楽しそうにはしゃぎまわっているのを木の上からのんびりと見下ろしていた。

暖かい日差しが私達を包み込む。

闇の妖怪とはいえ、太陽が嫌いな訳じゃない。

こんな日はのんびりと日光を浴びながらオレンジを頬張るに限る。

私は微笑みながらオレンジにかぶりついた。

とその時、一筋の雷の音が幻想郷一帯に鳴り響いた。

かなり距離が離れているであろう魔法の森が揺れているのは雷がかなり強い証拠だ。

続いてもう一筋。

黒い雷が幻想郷の空をたたき割った。

「ルーねー!」

リューゲルの声にハッとする。

見ると黒い獣の1匹がリューゲルに攻撃を仕掛けていた。

何とか捌いているが周りの子たちも手を出していいのか困惑している様だった。

躊躇いは一瞬で、私は紅い剣を掴むと一刀でその子を斬り捨てた。

「リューゲル、大丈夫!?」

「大丈夫だ。今のところ怪我はねーよ。」

良かった。

私がホッと胸を撫でおろしていると不意に森の付近で異様な気配を感じた。

リューゲルもそれを感じ取ったのか同じ方向を見て顔を険しくしている。

私達は顔を見合わせると目的地に向かって走り始めた。

魔法の森の周辺は見たことのない魔物で溢れかえっていた。

ドラゴンと女を足して2で割ったぬらぬらと光る二振りの剣を持った魔物に6本腕の泥人形。

更には多頭の犬に様々な動物がくっついた化け物までこちらを睨みつけている。

「これは一体…」

「リューゲル、よく聞いて。」

驚きに言葉を失うリューゲルに私は話しかけた。

「前々からこの幻想郷にとんでもない物が幻想入りしようとしているってことが内密になってたの。

 そいつは地獄の底にいる生き物にして揺りかご。こいつらはそこから生まれた。私の愛していた人もそこにいた。」

そういって私は剣を構える。

「詳しいことは後で話すわ。」

そういって私は魔物群れに突っ込んだ。

リューゲルもハッとした顔で慌てて続く。

犬たちの頭を真っ二つにカチ割り、蛇の女の首を斬り飛ばし、泥人形の腕を即座に落下させた。

隣を見るとリューゲルも大鉈を手に乱戦を繰り広げている。

大乱戦の中私は1人の魔物に目を付けた。

剣を振って魔物の海を割ると一気に接近する。

そこにいたのは大男だった。

「あなたがここの総大将かしら?」

「左様、私がクリュティオスだ。」

竜の足をした大男、クリュティオスはスラリと剣を抜き放った。

クリュティオスということはやっぱりあれが幻想入りしてたのか。

私は意識を極限まで引き上げると弾幕も展開した。

効果があるとは思えないが無いよりもましだ。

辺りを飛び回ってクリュティオスをかく乱しようとするが、彼は余裕で私の動きを目で追ってきた。

駄目だ、次元が違い過ぎる。

私は何とか刹那の隙を見つけるとクリュティオスに飛び込んだ。

しかし直後に私の首に寒気が走った。

素早く身をかがめて足に斬りかかると私は距離を取る。

そこにはバッサリと斬られた金髪が転がっていた。

腰にまで伸びていた髪は肩にまでカットされていた。

嫌すぎる美容師だ。

それでも間一髪か…

命があるだけ儲けものという物だろう。

私はひしひしと相手の強さを実感していた。

「リューゲル!」

私は呼びかける。

リューゲルは無言で頷くとクリュティオスを挟み込んだ。

これで挟撃を狙う。

安直だが単純な数の暴力ならばこちらの方が強い。

もっとも、周りの連中を片付けるという前提条件が付くけどリューゲルならばあの程度の魔物なら簡単に片づけられるだろう。

私は剣を構えなおすと再びクリュティオスに突進した。

それに一瞬ズレてリューゲルが攻撃を仕掛ける。

余りの速さにリューゲルの軌道上にいた魔物たちは体に穴をあけられていた。

「はぁぁぁぁ!」

私の攻撃をクリュティオスはあっさりと受け流す。

しかしその一刹那後、リューゲルがクリュティオスの内部に潜り込んだ。

「おぉぉぉぉ!」

大鉈がクリュティオスの胴体を真っ二つに分断する。

「なっ…!?そんな…バカな…ッ!」

驚愕の表情と共にクリュティオスは灰へと返還された。

リューゲルは鉈を担ぎなおすと魔物たちに向き直る。

「ルーねー、どーするよ?」

「そうね、抵抗してくるものは倒しましょう。」

「そんなんだったら全員じゃねーか。」

リューゲルは苦笑する。

その時、私の後ろで隙間が開く音が聞こえた。

中から出てきたのは紫だ。

珍しく余裕のない顔で話しかける。

「ルーミア、大変よ! アレの主力が既に三途の川にまで来たわ!」

「アレは!?」

「まだだわ。でもエキドナが…」

その時、魔物たちが声を上げた。

一斉に突進してくる。

どうやら意地でも私をエキドナの下へと向かわせないつもりらしい。

その時、白い風が吹いた。

「行ってきなよルーねー。俺はここで頑張ってるからさ。」

リューゲルはそういって不敵な様子で歯を見せた。

「死なないでね。」

「死なねーよ。」

「敵を倒すときはあの剣を持った魔物から倒すと良いわよ。」

「そーなのかー、んじゃ。まずはそいつから片付けるとしますか!」

そういって飛び込んでいくのを確認することなく私は隙間に足を踏み入れた。

 三途の川は地獄の範囲が拡張したようなありさまとなっていた。

私は隙間から飛び出すと近くにいた三頭犬(ケルベロス)を斬り捨てた。

3つの首が飛ぶのを確認する間もなく次の敵へと狙いを定める。

私は敵陣の中心を目指して走り出した。

エキドナは魔物の母、この幻想郷で新しい魔物を生み出されては堪らない。

敵を斬り捨てて走っていると遠くに蛇の下半身をした巨大な女を見つけた。

あれがエキドナ。

その姿は大きいの一言に尽きる。

それだけで途轍もない威圧感を周りに放っている。

その威圧感に押されて既に戦っていた他の大妖怪たちは思うように攻撃が出来ないでいた。

「ハッ!」

私はエキドナの首を狙って飛び出した。

エキドナはそれを片手を持ち上げただけで防ぐ。

その手には魔法の森にもいた泥人形がいた。

素早く泥人形を蹴り上げて距離を取る。

その一瞬後、ドラセナは持っていた槍を横に振るっていた。

もう少し遅ければ真っ二つになっていたところだ。

私は地面に着陸すると再び駆け出した。

「天魔! あいつの顔に風を! 幽香は後ろから攻撃を、マミゾウは攻撃するまでの時間を稼いでください!」

瞬時に3人は動き出す。

天魔は飛び上がると目を潰すような勢いで風を起こした。

それに気を取られているうちに幽香が後ろに回り込んで傘を構える。

マミゾウはエキドナの耳元で何かを呟いている。

よし、準備は完璧だ。

私は剣を構えると幽香とタイミングを合わせて攻撃を開始した。

幽香が左腕を、私が右腕をそれぞれ刈り取った。

エキドナが痛みに吼える。

まだだ、まだ攻撃が浅い。

幽香と目を合わせて呼吸を調整すると私達は今度は尾を狙って攻撃を放った。

尾が私に襲い掛かる。

遠距離から攻撃してくる幽香を無視して攻撃範囲にいる私を狙ってきたか。

私は宙返りを打つと飛んでくる尾に斬撃を叩き込んだ。

半分ほど尾が斬れたが完全に切断するには至らなかった。

そのまま私は残身を取ってエキドナの追撃を防いだ。

「マミゾウ、もう少しの間でいいのでかく乱してくれますか!?」

「まったく狸使いの荒い奴め!」

マミゾウはそういいながらもエキドナの顔の前に回り込むと何かに化けた。

私は素早く息を整える。

「そんな速度で体力を使って大丈夫かしら?」

いつの間に隣に来ていたのか幽香が問いかける。

「まだ大丈夫です。」

そういって私は飛び出した。

狙うのはエキドナの首だ。

素早く首を貫く。

鱗の鎧が一時的に攻撃を阻んだが私の刃の敵ではなかった。

しかし次の瞬間、私の右腕は無くなっていた。

「―――ッ!!」

爆発的に襲い掛かってきた悲鳴を必死で飲み込む。

何にやられた!?

私は距離を置いて確認する。

そこには切断したはずの腕が生えていた。

しかも槍を握っている。

なるほど、大妖怪たちが警戒していたのは戦闘力じゃない。

あの異常過ぎる再生力だ。

私は剣を構築しなおすと残った左手で握った。

失った右腕には闇を集結させて応急手当と仮初の手を作る。

何週間かすれば戻るがそんな時間はない。

私は地面に軟着陸すると叫んだ。

「紫! あいつを隙間で固定して!」

「分かった!」

隙間で援軍を送っていた紫はエキドナの足元と両腕に隙間を作り出し動きを固定した。

もう一度!

私は素早く駆け出すと両手で剣を構えた。

相手はもう動けない。

私は首に向けて今度こそ剣を降りかぶった。

ざりっという嫌な手ごたえと共に私の体は吹っ飛ばされた。

「あぁぁぁぁぁ!!!!」

今度こそこらえきれなかった悲鳴がほとばしる。

エキドナはそれを聞いて楽しそうに笑った。

左腕も無くなっていた。

いったい何が…

見るとエキドナの傍には私の腕が転がっている。

首だ。

あいつは首だけで振り返って私の左腕だけを的確に食いちぎったんだ。

駄目だ、地面が近すぎる。

受け身が取れない。

顔から突っ込むことを覚悟した私だったが下にいた幽香が私を抱きとめてくれた。

「あらまぁ、随分とやられたじゃないの。両腕なんてそう簡単に生える物じゃないわよ?」

「ッ……」

私は沈黙を返すことしかできなかった。

「私がいるのを忘れないで頂戴。」

幽香は微笑むと声を掛けた。

「マミゾウ、それに天魔。邪魔よ。そいつから退きなさい。」

そういって幽香は日傘の先をエキドナに向ける。

「名付けるならそうねぇ…《レーザーインパクト》とか?」

次の瞬間、幽香の傘の先から極太のレーザーが飛び出しエキドナの頭を消し飛ばした。

それに続いて胴体も灰に還っていく。

「やっぱり頭を飛ばせば死んだのね。」

幽香は微笑むと私をそっと地面に横たえた。

「しばらくはおとなしくしてなさい、ルーミア。」

「私はまだ…」

「まあいいわ。でも今は休んでなさい。」

そういって幽香は戦場に戻っていった。

なんだか、あまり役に立てなかったなぁ…

これなら魔法の森で大人しくしていた方が良かっただろうか。

そんなことを考えていると私が足手まといであることを見抜いた蛇女が私に近づいてきた。

私は空間ごと闇で切断する。

それからは積極的に戦うことはせずに私は近くにいた敵だけをバラバラにしていった。

この状況下で一番避けたいのはアレ本体がここに来ることだ。

次に避けたいのはあの厄災だろうか。

私はあたりを窺いながらアレが来ないか探っていた。

戦況は今のところこちらの方が有利だ。

混戦状態とはいえ、死神がいい仕事をしている。

十王もなんやかんやで各個撃破できているし一番の脅威といえばさっきのエキドナだけだ。

このままうまく防衛線を押し上げれば何とかなるのかもしれない。

私は立ち上がると戦線を押し上げるべく駆け出した。

雷。

不意に私の目の前を黒い雷が横切った。

「グオォォォォォ!!!」

この世のものとは思えない絶望の声。

当然だ、声の持ち主は絶望の塊でありあらゆる化け物の父なのだから。

私はゆっくりと振り返った。

さっきまで私の立っていた場所に恐怖の塊はいた。

全身を嵐に包み込み、あらゆる爬虫類をパッチワークしたような辛うじて人型と思える化け物。

「いよいよお出ましって訳ね、テュポン。」

化け物の父、やっぱりアレはかなり近くまで接近している。

私でも操れないような漆黒を湛えて。

私は剣を出現させるとテュポンに向かって走り出した。

周りにいる魔物はこの際相手にしている暇はない。

最優先であいつを倒さなくては幻想郷は阿鼻叫喚に襲われる。

テュポンはそれをにやにやと笑いながら待ち受けていた。

「はあッ!」

テュポンの足に斬撃を叩き込む。

すっぱりと足を切ることは出来たが完全に切断することは出来なかった。

はやり厳しい。

私は一度距離を取ると今度は腕に狙いを定めた。

テュポンは緩慢な動作でそれを防ぐと鋭い爪を振り被った。

暴風が私に降りかかる。

やはり台風(テュポン)は伊達じゃない。

空中で体勢を立て直すと幽香を探す。

幽香は近くの妖怪を殲滅していたが私と視線が合うとにっこりと微笑んでテュポンに視線を向けた。

次の瞬間、テュポンの左肩に鋭い亀裂が入る。

亀裂からはいくつもの蔓が伸びていた。

私は闇を使ってもう1つの腕を固定した。

「ぐっ…!」

闇を何とか振り払おうとテュポンは腕を振るう。

ここで闇を払わせてはいけない!

私は持てる力全てを使って闇を維持し続けた。

今すぐ斬り落としてあげるから待ってなさい。

私は剣を持つと飛び出した。

作りかけの闇の腕が悲鳴を上げる。

これだけでいい、これだけでいいから耐えて!

私は勢いに任せて剣を振りぬいた。

スパっと右腕が切断されると同時に私の腕も飛散した。

ごろごろと地面を転がり、うつ伏せの状態で停止した。

まだだ、まだ戦わなくては。

幽香は傘を構えているが明らかにエキドナと戦っていた時より充填が遅い。

私は顔だけを上げると闇を使ってテュポンの体を斬り刻もうとした。

エキドナよりも格段に硬いが切り傷を作る程度なら可能だ。

私は必至で時間を稼ぎ続けた。

天魔が私を担ぎ上げると安全なところまで運び込む。

「そこからやっていればよかろう。」

そういって不愛想な表情のまま天魔は戦場に戻っていった。

どうにも私は最近助けられてばっかりだ。

リューゲルといい、幽香といい、紫といい…

でもみんな私を気遣ってくれているのは確かだ。

私はテュポンを睨みつけると更に闇を集める。

とその時、幽香の傘からさっきの《レーザーインパクト》が放たれた。

鮮やかな光がテュポンを包み込む。

光が収まったとき、そこには地面に倒れ込んだテュポンがいた。

それでもその目だけはギラギラと光らせて幽香を攻撃しようと何処から生えたのか触手を飛ばしている。

やっぱり怪物の父はそう簡単には倒せないか。

私は闇でテュポンを押さえつけようと力を振るう。

しかし、それを振り破る勢いでテュポンを進撃を続けていた。

「待たせたわね。」

そういってテュポンの上に隙間が生まれた。

上から落ちてきたのは大量の溶岩だ。

辺り一帯が火の海に包まれる。

私の隣に紫が現れる。

「ごめんなさい。ついさっき仲間を避難させていたところだったの。これで大抵の奴らは死んだでしょうね。」

テュポンが溶岩に呑まれて悲鳴を上げる。

「溶岩なんてどこから持ってきたの?」

「ちょっとエトナ山の火口を借りてね。」

なんて事ない様に言うが紫の顔には疲れが浮かんでいた。

でもこれで残りはアレだけになった。

「ところでルーミア、その腕は大丈夫なの?」

「…すごい痛い。」

「でしょうね。治すことはできないけど一時的な止血ぐらいなら出来るわ。」

そういって紫はふわふわと指を動かした。

何をしているのかは私には分からないが、血は止まり痛みも引いた。

これならまだ動ける。

私は仮の腕を再び作り出すと立ち上がった。

「またアレがいるでしょ。紫、連れてって。」

「でもルーミア、あなたは――」

「アレを倒せるのは私しかいない。」

能力の事を考えれば私が一番戦える。

いくら紫でももう一度ここを溶岩の海に変えるのは相当の苦労が必要だ。

今ここで、私が無理を言わせてあれを倒せば紫に苦労を掛けずに済む。

ここで引いてしまえばアレはまた化け物を復活させるだろうし、そうなってしまえば戦死した仲間にも顔向けができない。

「お願い、紫。」

「…分かったわ。」

そういって紫は隙間を開いた。

「行ってくる。もし私が戻ってこなかったらリューゲルに伝えて。『あなたのお姉さんになれてよかった。ありがとう。』ってね。」

そういうと私は紫が何か言うよりも早く隙間の中に潜り込んだ。

 隙間を抜けるとうすら寒い漆黒が私を向かえた。

光の届かない最悪の地獄にして地獄をも上回る化け物。

深淵(タルタロス)』。

こうして立っているだけでも絶望や寂寥、悲壮が私を蝕む。

私は深呼吸をすると闇を操り始めた。

あなたが深淵(タルタロス)なら私は闇。

宵闇は私の味方だ。

『諦めろ、矮小な妖怪風情よ。』

深淵が私に話しかける。

「やめない、これが私のすべきことだから。」

『貴様1人が私を倒したところで私はいずれどこかで甦る。楽園がある限り失楽園もまた同様に存在するのだから。』

「そうね、でも幻想郷は妖怪たちの楽園であり、楽園と失楽園が同じ場所に存在することは許されない。だから出てって。」

『地獄があるのになぜ私は必要とされない?』

「幻想なのよ。私の愛する故郷(ここ)はね。良くも悪くも、全て幻想。そこに生々しい現実はいらない。全ては私達の束の間の夢想で赤子の様にそこではしゃぎまわるの。」

『私も幻想だ。我が子の揺りかごにして安息の場。私の存在理由はそこにある。』

「えぇそうね。でも言ってるでしょ? 光があるから闇があっても光と闇が混合した世界は存在してはいけないのよ。それはお互いを壊すことになる。」

私は胸の前で手を組んだ。

「それを包み込めるのは『混沌(カオス)』だけ。私たちは交わってはいけないところで関わってしまった。だから、あなたを無理矢理引き離す。」

そういって私は闇を体内に取り込み始めた。

グルグルと闇が暴れ回る。

『やめろ!』

深淵の声に初めて焦りが浮かぶ。

(ニュクス)が消えるとどうなるか知ってる? 深淵は(ヘメラ)で満たされるのよ。」

瞬間、深淵は温かい光で包み込まれた。

痛々しい世界があたりを照らし出す。

そこに立っていたのはボロボロの男の人。

私はハッと息を呑んだ。

「うそ…でしょ…どうして…」

「この姿をお前に見られたくはなかった。できるのなら深淵というお前の忌み嫌う姿で私は放逐されたかった。」


ーーそこに彼はいた。


くるぶしにまで届くゆったりとした紺のキトンを身に纏い堀りの深い彫刻の様な顔には苦しそうな表情が浮かんでいる。

「どうして…」

「私はただお前を愛していた。しかし、お前という存在はここに縛り付けられている。どうやって私の物にするか。考えた結果私は幻想郷を我が物とすることにした。」

淡々とタルタロスは語る。

「まさかお前に殺されるとは思わなかったがな。」

苦笑気味に笑う姿。

私は苦しさで胸がいっぱいになった。

「さあ、もう何も思う必要はない。宵闇の――いや、ルーミア。お互いに跳ね除けあう者として存分に殺しあおう。」

そういってタルタロスは地獄を踏みしめて一歩距離を近づけてきた。

いやよ…あなたと戦いたくない。

私は…またあなたを殺さないといけないの?

「それが世界の理。要にして運命だ。」

私の心を読んだのかタルタロスは淡々と告げる。

「ここで私を殺さなければ私はお前の弟を殺す。恋人か、家族か。お前はどちらを選ぶ?」

リューゲルの言葉が脳裏をよぎる。

『所詮は家族になりかけた他人だろ?』

そうだ、終わりかけた物はきっちりを終わりにしなくては。

私は闇で黒く染まった剣を出現させた。

タルタロスは寂しそうに微笑む。

「それでいい。」

タルタロスの周りに闇が集まる。

瞬間、私たちはぶつかり合った。

闇で作られた腕は深淵を取り込んだおかげで元の腕よりも強い強度を持っている。

闇と闇がぶつかり合い、世界はぐらぐらと揺れた。

私は剣を、彼は槍を手にお互いの心臓を狙って刃をぶつけ合う。

甲高い金属音があたりに澄み渡った。

私が突きを撃てば彼はそれを跳ね上げて私の首を狙う。

私も殺されまいと体を捻ると剣を振るう。

気が付けば私は微笑んでいた。

あなたとの思い出を振り返りながらそれらをひとつひとつ断ち切る様に攻撃を繰り出す。

彼もまたそれに応えるように弾き、受け流し、攻撃を仕掛ける。

闇も混じったその戦いは永遠にも等しい時間だったのかもしれないし、あるいはほんの一刹那の事だったのかもしれない。

『――さようなら』

私達は同時にその言葉を放った。

肉体を貫く感触が伝わる。

あぁ、これで本当にさようならね。

不思議と涙が零れ落ちた。

顔をあげると彼も微笑みながら涙を流していた。

剣を放り出して私は彼に抱き着く。

荒れた大地は私達を押し返す様にして受け止めた。

「――愛してたわ。」

「今はどうだ?」

「悲しいわ。」

「――そうか。」

彼はだらりと地面に腕を投げ出すと目を瞑って呟いた。

「初恋は失恋か…」

それが彼の最後の言葉だった。

世界がどんどんとぼやけていく。

「おやすみなさい――深淵(Tartaros)。」

霧が完全に晴れたとき、私は彼岸で倒れていた。

皮肉なくらい清々しい空が私を見下ろしている。

そのままじっとしているとドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。

「大丈夫、ルーミア!?」

「…大丈夫よ。」

そういって体を起こした。

顔をあげると紫が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

「アレは――」

「紫。」

私は紫の言葉を遮った。

「なにかしら?」

「…そのことはできれば語りたくないんだけど。」

なんとなく語るべきではないと思った。

幻想郷を巻き込みこそしたがこれは私とあの人の問題だ。

言い方は酷いかもしれないが第三者の紫が掘り返す問題ではない。

紫は何かを言いかけたが私の顔を見て口をつぐんでくれた。

「とりあえず魔法の森まで送ってくれない?」

それを聞いた紫は笑い始めた。

「それでこそあなたよ、ルーミア。」

「それでこそってどういう意味よ?」

「さぁ? どういう意味かしらね?」

そういうと紫は隙間を開き、私を押し込んだ。

まったく、長いこと紫とは知り合いだけどやっぱりあいつの本性だけは分からないわね。

 魔法の森に帰ってくるとリューゲルが駆け寄ってきた。

「おかえりルーねー!」

ジャンプして抱き着かれる。

私は何とかその場に踏ん張るとリューゲルを包み返した。

「ただいま、リューゲル。」

「ん? ねーさん変わったな?」

まじまじと見つめられ私は首をかしげる。

「何か変わったかしら?」

そういうとリューゲルはシニカルに笑った。

「あぁ! 何かが決まって吹っ切った顔してるぜ! きっとルーねーの胸の中で誰かが生きてるんだな!」

その声に私はふっと思い出す。

「そっか…そういうことだったのね。」

初恋はまだ終わってない。

彼は私の中で生きている。

私はあの人の闇を取り込んで、その心は私の中で再構築されたんだ。

そんなことを思っていると視界にぼんやりと彼が写り込んだ。

優しく微笑んで「今更気付いたのか。」といわんばかりにそっと私に手を振っている。

多分これが見えるのは私だけなんだろうな。

でも不思議と幻覚とは思えなかった。

私はぎゅっとリューゲルを抱きしめた。

「おぉ!?どーしたルーねー?」

リューゲルが驚いたような声を出す。

「ううん。何でもないよ。」

「そーなのかー?」

「うん! そーなのだー!」

そういって私は笑った。

「わはー! そーなのだー!」

リューゲルもつられたように笑いだした。

快活な笑い声は魔法の森に響いていった。

真っ青な空が私達を見下ろしている理由がようやく分かった。

「ねぇ、リューゲル。」

「ん? どーしたんだ?」

「大好きよ。」

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