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多々良 小傘 ~振るい続ける鎚~

 「へっへっへ~。お邪魔しまーす!」

私は飛んできた刀子を躱しながらその鍛冶場に入った。

「…絡繰りを改良したはずなのになぜ侵入できたんだ、小傘?」

ここの持ち主、稲辺 弟鷹(いなべ だい)ちゃんは鷹の様な鋭い目で私を睨みつけていた。

さっぱりとした作務衣に三角巾で無造作に頭を覆っている。

弟鷹ちゃんは女性ながら24歳という驚異的な若さで一人前の鍛冶場を持つ稀代の刀匠だ。

私はそこでよくにお世話になっている。

「えへへ~、あんなものじゃ私は止められないよ~。」

「なるほど、もう少し厳しく二段構えに改良しておくか。」

「そんなに私の事嫌いなの!?」

「お前が出入りしているおかげで商売あがったりだ。であれば、少し手を打つのは当たり前の事だ。」

ちょっと衝撃だった。

しょぼんとうなだれるが弟鷹ちゃんは素っ気無く金床に向き直って鉄槌を振り始めた。

しかし、しばらくして私の方に振り返ると不愛想に声を掛けた。

「小傘、その傘貸せ。和紙の部分が痛んでる。大方誰かを入れただろ。」

「えへへ、バレちゃった?」

「当たり前だ。」

そういうと弟鷹ちゃんは私から傘を取り上げた。

それと共に私の人としての姿も消える。

「…優しくしてね?」

「お望みとあらば火にくべてもいいんだぞ?」

「うわわわわ!?それは勘弁してください!」

火にくべられるのは本当に困るから!

私が冷や冷やしていると弟鷹ちゃんは別の作業場に移った。

真ん中にあった椅子に腰かけると胴の部分を解き始める。

「ねぇ、どうして私の事をそんなに構ってくれるの?」

作業中暇だった私は弟鷹ちゃんに話しかけた。

「…ボロボロだったからだ。何か欠けているのは嫌いって前から言ってただろ。」

「あれ? そうだったっけ?」

「言ったよ。それに…このままだとお前は消えちまうだろ。」

弟鷹ちゃんが悲しそうに眼を伏せる。

「…別に私は構わないよ?」

「私が気にするんだ!」

声を荒げて弟鷹ちゃんは言う。

「私は何年も放って置かれたっていうのは話したよね。でもあなたが拾ってくれたから私は付喪神として生きていけてるし、こうして人を驚かしたり子守をしたり出来て…仮に今消えたとしても私は文句はないよ。」

それを聞くと弟鷹ちゃんは悲しそうに顔を歪ませた。

「そろそろ、親父がうるさいんだよ。結婚しろって。」

「へぇ、弟鷹ちゃんちゃんお嫁さんになるんだ。そんな男勝りの子が。」

「ほっとけ。でも私は鍛冶師だ。ここを離れたら切り盛りする奴がいなくなる。それにお前はここが無くなったらどこに直してもらうつもりだ?」

「えぇっと…考えたこともなかったなぁ。」

私にとってここは数少ない本体を直してくれるところだ。

それは困るなぁ。

ん? でもなんで私を理由に?

「ひょっとして弟鷹ちゃん。私の事を気にしてる?」

「馬鹿言うな。胴を骨だけにした状態で吊り下げるぞ。」

「ごめんって。」

人の姿を取れたなら多分にやにやしながら訊いてるんだろうなぁ。

真顔で弟鷹ちゃんが言ってるのがすごく怖いけど。

冗談…だよね?

冗談であってほしい。

こうしてしばらくの間黙ったままの時間が続いた。

「ほれ、修理終わったぞ。色は紫でよかったか?」

「うん、大丈夫。ありがとうね。」

私は弟鷹ちゃんの手を離れると人の姿を取った。

握ってみると確かに前よりも体が軽くなった気がする。

「やっぱりすごいね、弟鷹ちゃんは。」

「褒めても何も出さないぞ。」

「わわわっ! そんなんじゃないって!」

そこで弟鷹ちゃんは微笑んだ。

「お前がそんなものを求めるような奴でもないってことは私もよく知ってるよ。」

そういって弟鷹ちゃんはすたすたと鍛冶場の方に戻っていった。

やっぱり、そういうことが自然に出来る弟鷹ちゃんはかっこいいなぁ。

しかし弟鷹ちゃんがお嫁さんにかぁ。

だめだ、あの衣装を着ているのが想像できない。

私はふふっと笑うとスキップで鍛冶場に向かった。

私も何か作ろっと。

 「空いてるかしら?」

ある時、ガラガラと鍛冶場の扉を開ける人がいた。

「――何の用だ?」

うわぁ弟鷹ちゃん、寝起きって事と精錬中で1番いい鉄が作れそうなところを邪魔されたせいでめっちゃ不機嫌そう…

お客さん、早く逃げてぇ!

ん? でも人里ではあまり見かけない格好をしてるな。

そもそも幻想郷に銀髪の人なんて数えるくらいしかいない訳だし…

「わたくし、紅魔館のメイド長をやらせて頂いております十六夜 咲夜という者ですが。」

うわぁ、初めて会った。

紅魔館のメイド長って結構とんでもない実力の持ち主って噂だけど…

でもそんな咲夜さんに眉一つ動かさず弟鷹ちゃんは応じる。

「名前は訊いてない。『用件はなにか』と訊いたんだ。」

あぁぁぁ…

弟鷹ちゃん、なんでそんなことを言っちゃうかなぁ…

ところが咲夜さんはくすりと笑うと太もものベルトからナイフを取り出した。

「ここに腕利きの職人さんがいるというお話を聞いたのでこちらのナイフを作っていただこうかと。」

「ほう、そんな奴がこの辺にいるのか。ほかを当たってみるといい。歩いて10分のところにある『十七屋(となや)』の職人はいい仕事をするぞ。」

弟鷹ちゃん、ここらへんで一番腕のいい鍛冶屋はここしかないよ…

なんで自分からお客さんを拒否するかなぁ。

「いえ、私は『十七屋』さんから『ここが一番』と伺っているのでこちらに依頼させて頂きますわ。『いなべの鷹屋』さん。」

咲夜さんはにっこりと微笑んでナイフを差し出した。

「…あのくそジジイ。なんで出来ない仕事を全部私に押し付けようとするんだ。」

弟鷹ちゃんが恨みたっぷりに呟く。

「申し訳ありません。こちらのナイフを純銀で100本作っていただけませんか? 期限はそうですね、1週間でどうでしょう?」

「100本!?」

驚きのあまり私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

どんなに簡単なナイフでも1本作るのにかかる時間は1時間半くらい。

それを100本だから通常計算で150時間はかかる。

1日のノルマは――14本!?

つまり1日の内21時間は弟鷹ちゃんは工房に缶詰していないといけない計算になる。

「ちょっとちょっとちょっと!?流石に無理が――」

「分かった、1週間で100本のナイフを仕上げればいいのか。」

「弟鷹ちゃん!?」

それを聞いた咲夜さんはにっこり。

にっこりじゃないわ!?

弟鷹ちゃんはそれには目もくれずに契約書を引っ張り出した。

「ここに署名をお願いします。」

そういって弟鷹ちゃんは羽ペンで署名を書き込んだ後、咲夜さんに手渡した。

「これは私かお嬢様、どちらの名前を書けばよろしいのでしょうか?」

「紅魔館の代表の名前を。」

「分かりました。」

私が何か言うよりも早く咲夜さんは契約書に署名を書き込んだ。

「ではよろしくお願いしますね。」

そういって咲夜さんは去っていった。

「ちょっと弟鷹ちゃん!?どうやって1週間の間に100本のナイフを作るつもり!?」

問い詰めると弟鷹ちゃんは不敵に笑いながら言った。

その手はいつの間にか私の両肩を掴んでいる。

「お前も手伝うんだよ。」

「そうだろうと思ったよ!」

最早半分察してはいたけど、友達としてそれは信じたくなかったよ…

「お前の事だから随分と立派な計算式を立ててたんだろ、えぇ?

 どうせ1.5×100とか100÷7とかな?」

「もう勘弁してください…」

「そしてお前は大事なことを忘れていた。」

そういうと弟鷹ちゃんは得意げな表情で私をビシッと指さした。

「÷2だ。」

「やかましいわッ!?」

確かに2人でやればかかる時間は3日くらいだし1日のノルマも7本になる。

そうなれば私たちは15.5時間いればいいだけの計算になる。

私は盛大にため息を吐いた。

 「弟鷹ちゃ~ん、あと何本?」

私は半分無心で金槌を振るう。

「私は後3本だな。」

「早いよ~…」

「そういう小傘もあと4本だろ。ちゃっちゃと仕上げろ。」

「はーい…」

今は確か3日目。

私達はなんとかノルマを達成し続けてこの3日間で35本のナイフを作り上げていた。

1日が終わる事には多分42本になる筈だ。

弟鷹ちゃんはケロッとしているが既に私の目の下には隈が出来ている。

あまりの疲れに昨日は5本作ったところで弟鷹ちゃんに止められちゃったからなぁ。

それでそのあときっちり2本作ってノルマを達成しているから本当に弟鷹ちゃんはすごい。

私は刃の部分に焼きを入れるとまた金槌を振るいだした。

そんなことをしている間にも弟鷹ちゃんはもう最後の工程に入ろうとしている。

その差は丁度1本分くらいかな。

私でも16時間くらいかかるものを弟鷹ちゃんは15時間で済ませる。

優秀な鍛冶師さんだ。

私はもはや体が覚えた動きをただ機械的にこなしていた。

 そんな中5日目になった。

かなり慣れてきたナイフ作りに精を出しているとどたどたと工房の方から音がした。

工房に入ってきたのは4人くらいの大男。

揃い揃って黒い着物に身を包んでいる。

「――何の用だ?」

凄みを聞かせて弟鷹ちゃんが言う。

「ここを差し押さえる。」

「借金は作っていない。」

「お前の家族が借金をしていた。担保はこの工房だ。」

「ふざけるな。私は連帯保証人になった覚えはない。」

「ここは元々お父様の所有地だろう。我々はそこを差し押さえるだけだ。」

「――このッ!」

弟鷹ちゃん男に掴みかかろうとするがそれよりも早く他の男が弟鷹ちゃんを取り押さえた。

「待ってください!」

私は叫んだ。

借金取りたちがこちらを振り返る。

「…今私達は依頼をこなしているんです。あと2日だけ待ってください! お願いします! それが終わったら出て行きますから!」

「小傘、お前――」

ガタガタと震えているのが自分でも分かった。

なんでこんな事言えたんだろうなぁ…

「――ふん、仕事熱心な職人どもだ。その職務精神を褒めて2日だけ待ってやる。その間に仕事を終わらせて出て行け!」

そういって男たちは去っていった。

「小傘! てめぇなに勝手に決めてんだ!?私はこの工房から離れるつもりはないからな!」

「えっと…ごめん。」

「ごめんで済むか! ここは私の家でもあったんだ!」

「その…今は仕事を終わらせようよ。」

その言葉で弟鷹ちゃんはハッとしたようだった。

すごい目で私を睨みつけると自分の金床に戻っていった。

「……。」

そんな気まずい空気の中私たちは作業を再開した。

 次の日、仕事をしていると昨日とは違う男の人が来た。

「弟鷹、ここは借金の担保に取られたんだから早く出て行きなさい。」

「うるせぇよ、親父。どうせここを担保に借金したのも私の居場所を奪う為だろ。」

弟鷹ちゃんは振り返りもせずに金槌を振り下ろし続ける。

「そんなことはない! 私はお前の事を思って――」

「私の事を! 思っているなら! なんで! なんで放っておいてくれなかったんだ!」

弟鷹ちゃんは作りかけのナイフをお父さんに向けた。

「お前の事を考えているからこそ私はお前の嫁ぎ先を――」

「そっちの方が世間体が良いからだろ。」

ゾッとするほど冷たい声で弟鷹ちゃんは言い放った。

「そうだよなぁ、鍛冶職の娘よりも嫁いだ娘の方がお前にとっては都合がいいんだろ? 親父は質屋で私は鍛冶屋。金なら腐るほどあるんだろ?

 私の嫁ぎ先に金に物言わせてあーだこーだいうんだろ? よーく知ってるぜ、()()()?」

弟鷹ちゃんは乾いた笑い声を立てた。

「私は――」

「それ以上喋らないでくれ。目障りだし耳障りだ。作業の邪魔にもなる。早く出てってくれ。」

弟鷹ちゃんはそういってナイフを砥ぎ始めた。

「お前がどういおうとここが借金の担保に取られたのは事実だ! 分かったらさっさと出て行け!」

お父さんは顔を真っ赤にするとそう捨て台詞を吐いて去っていった。

「…弟鷹ちゃん。」

「…大丈夫だ。自分の仕事を終わらせろ。」

「…分かった。」

こうして私たちは夜遅くまでナイフを作り続けた。

結局最終日を迎えた。

作った本数は98本。

2本は私の作業が遅かったせいだ。

「ごめんね、弟鷹ちゃん。私が遅かったせいで…」

「いや、気にするな。もともと強行軍だったのは知ってる。何とか場所をみつけて残りの2本は私が納品しとくさ。」

弟鷹ちゃんは疲れ果てた様な笑みを浮かべると商品の入った袋と合財袋を担ぎ上げた。

「小傘、お前もそれ持て。」

「あっ、うん!」

私は慌てて残りのナイフが入った袋を担ぎ上げた。

50本の銀はやっぱり重い。

妖怪だから何とかなってるけどやっぱり大変だなぁ。

ちらりと弟鷹ちゃんに目を向けると異常なくらい穏やかな目で先を見つめていた。

「弟鷹ちゃん…大丈夫?」

「…大丈夫だ。」

宵闇の中私たちは無言で足を進めた。

それから何時間かするとやっと紅魔館が見えてきた。

「えっと…すいません! ご注文されたものを納品に来たんですが…」

門の前にいた赤髪の人に話しかける。

「ん…むにゃ…」

寝てる…

門番がこれでいいのかなぁ?

そんなことを考えていると弟鷹ちゃんが女の人の前にやってきた。

「この人妖怪か。」

そういうと懐からナイフを取り出した。

「ちょっと弟鷹ちゃん?」

弟鷹ちゃんは躊躇いなくナイフを突き出した。

「…ッ!」

次の瞬間、赤い髪の人がパッと目を見開くと弟鷹ちゃんの腕を捻り上げた。

「痛い痛い痛い痛いッ!」

「何者!?」

…本当にこの人寝てたのかなぁ?

私は肩を叩くと用件を伝えた。

「えっと…紅魔館にナイフを納品する様に依頼をいただいた『いなべの鷹屋』の者です。」

そういうとその人はパッと弟鷹ちゃんの手を放した。

「あぁ! そうでしたか! すいません、私はこちらで門番をやらせて頂いております。紅 美鈴という者です。咲夜さんからお話は伺っていますよ。こちらへどうぞ。」

そういって美鈴さんは私達を館内へ案内した。

館内も赤く染まっていて私たちはその中の1つに通された。

「ではこちらです。」

そういって美鈴さんは去っていった。

「…でっかいお部屋ねぇ。」

「もちろん、主の部屋は広くあるべきでしょう?」

部屋の奥から声が聞こえた。

私達は驚いて振り返る。

そこには幼い吸血鬼が窓辺の席に座っていた。

傍には咲夜さんがティーポットを手に控えている。

「初めまして、『いなべの鷹屋』さん。咲夜が無茶を言ってごめんなさいね。私は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。」

片手に紅茶を持ちながらレミリアさんは微笑む。

ほえぇ、綺麗な人。

同性ながらそんな事を思ってしまうくらいにレミリアさんは綺麗だった。

これで成長したらもっとべっぴんさんになるんだろうなぁ。

弟鷹ちゃんはレミリアさんの元にすたすたと歩み寄るとドスンと、袋を床に置いた。

「納品済み98本。2本は時間までに間に合わなかった。」

「えぇ、その様ね。」

レミリアさんは怒る様子もなくコクリと頷いた。

弟鷹ちゃんは悔しそうに唇を噛みしめると俯いた。

レミリアさんはティーカップをソーサーに戻すと不意に弟鷹ちゃんに話しかけた。

「あなたはこの先、誰かにレールを敷かれるとしたらそれはあなたにとって嫌なことかしら?」

弟鷹ちゃんはピクリと体を震わせると顔を上げた。

「どういうことだ?」

「なんてことはないわ。うちにも小さいながら鍛冶場があってね。そこで2本作ってくれたらきっちり報酬は払ってあげるわ。

 そしてもし、それがそこにある粗品(ガラクタ)よりも素晴らしいものを作ってくれたのなら…さらに弾むこともやぶさかじゃないわね。」

「…鍛冶場は何処に?」

「紅魔館の裏手にあるわ。期待してるわよ。」

弟鷹ちゃんはそれを聞くと扉を開けて走り去っていった。

えっ…えっ!?

「しっ失礼しました!」

私は頭を下げると走って弟鷹ちゃんの後を追いかけた。

 鍛冶場に着くと既に弟鷹ちゃんは銀塊を叩いていた。

その鬼気迫る表情に私は思わず足が止まる。

弟鷹ちゃんがあんなに頑張っているんだ。

私だって協力しないと。

私は自分の頬を叩くと金床に向かった。

 それから約2時間。

何とか私の持てる技術を全部詰め込んだ最高傑作が出来上がった。

「はぁ~…」

思わずその場に寝転がると上から誰かが見下ろしていた。

「お疲れ。」

「弟鷹ちゃん、出来た?」

「あぁ。久々に作りたいものを作れたような気がする。」

そういって弟鷹ちゃんは手に持っていたナイフを見せた。

私はその出来に思わず息を呑んだ。

「綺麗…」

ゾッとするくらい冷たい刃にそれを上品に隠した装飾。

温度を変えて叩いたのか柄と刃の色が微妙に違っている。

私はしばらくそれに見とれていた。

「見せに行こうか。」

「あぁ。」

私は体を起こすとレミリアさんのお部屋に向かった。

 「これできっちり100本、納品ね。」

レミリアさんは私達の作ったナイフを満足げに眺めながら呟いた。

「咲夜、2人に報酬を払ってちょうだい。」

「かしこまりました。」

そういって咲夜さんは私に巨大な袋を渡した。

「そちらは金貨5000枚になります。」

「あっ、ありがとうございます!」

咲夜さんは私に袋を渡した後に今度は弟鷹ちゃんの前に立つと1枚の紙を差し出した。

「こちらを。」

弟鷹ちゃんは無言で受け取って内容を読むとみるみるうちに目を丸くした。

「これって…」

「あなたの保証書よ。日本語を書くのは苦労したわ。」

弟鷹ちゃんの目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

私は横からちらりと覗き込んだ。


――――――


保証書


この紙面は私、レミリア・スカーレットが刀匠 稲辺弟鷹の後援者として、旧「稲辺の鷹屋(以下甲とす)」を金貨300枚で「     (以下乙とす)」として買い取ることを証明するものである。

尚、この契約を甲が反故あるいは承諾しない場合、後援者の「紅魔館」が甲の全権をを差し押さえるものとする。

乙は後援者の所持する「紅魔館」の月に一度商品の点検を行うこと。

「紅魔館」は乙の点検に対価として金貨50枚を払うことを保証する。

刀匠 稲辺弟鷹は後援者に全権を委任するものとする。

この権利は家族であれど稲辺弟鷹を束縛しない事を意味するものである。


契約者

Remilia Scarlet




――――――


私はレミリアさんに目をやった。

レミリアさんは温かい目で黙って弟鷹ちゃんを見ていた。

「そこの乙の部分は好きな店の名前を書いて頂戴。それから一番下の部分にはあなたの名前もね。最後のあなたのお父様の名前は…咲夜が何とかしてくれるでしょう。」

弟鷹ちゃんは頷くと涙を拭ってペンを握り、名前を書き込んだ。

 その後の話。

弟鷹ちゃんは契約書を持って弟鷹ちゃんのお父さんと「いなべの鷹屋」の土地を差し押さえていた人の下に行って署名を求めた。

結果的に両者ともに拒否。

その日の夜にレミリアさんが全権を差し押さえた。

それに納得のいかないお父さんは弟鷹ちゃんの元に怒鳴り込んできた。

「どういうつもりだ!」

「紅魔館のレミリアお嬢様が私の権利を保障してくれた。それだけだ。」

「ふざけるな! あんな契約は認めない! あちらの一方的な契約じゃないか!」

「私の未来を踏みにじろうとしたのは誰だった? 私の好きな事をなんとしてでも阻止しようとしたのは誰だった?」

そこまで言うと弟鷹ちゃんは初めて怒りを顔に表して叫んだ。

「お前だよ! お前のやった事は私という人間を支配し! 私の未来を踏みにじりかけ! あまつさえそれをさらに利用とした!

 お前のやったことは鍛冶界の恥だ! 去れ! あんたはもう私の親父じゃない! 出て行け!」

そういって弟鷹ちゃんは手に持っていたナイフを投げつけた。

ナイフはお父さんの左肩を切り裂いた。

お父さんはその場にしりもちをついて恐ろしそうに弟鷹ちゃんを見上げる。

「ひいッ…!」

「次はないと思え。」

その一言が決定打だった。

慌てた様子でその人は去っていった。

「弟鷹ちゃん…」

「気にするな。別に大して愛情を持っていた親でもないし、大して愛情を感じていた訳でもないさ。」

そういって弟鷹ちゃんは振り返るとにっこり微笑んだ。

こうして、「いなべの鷹屋」はレミリアさんが買い取ったことで「木菟(ずく)紅鋼(べにがね)」という名前で再開した。

ネーミングセンスはどうかと思ったけど弟鷹ちゃんの「これでいいんだよ」との一言で決まった。

ん~、まあ繁盛してるからいいか。

私はというと「木菟の紅鋼」に務めることになって付喪神としてはそこそこ恵まれている。

 それから随分と時間が飛んで10年後…

鍛冶の腕を見込まれて私はある妖怪の組織に呼ばれていた。

「本当に行くのか?」

34歳になってすっかり姉御肌になった弟鷹ちゃんは煙管(キセル)を片手に私を送り出そうとしていた。

「うん、弟鷹ちゃんも言ってたじゃん。『お前が出入りしているおかげで商売あがったりだ』ってね。」

そういうと弟鷹ちゃんは苦笑しながら額に手をやった。

「ありゃ前言撤回だ。いつでも帰ってきていいぞ。」

「そうだね。もう少し妖怪として強くなったら帰ってくるね。」

「小傘はまるっきり怖くないからな。一体何年後の事やら…」

「む~! すぐに帰ってくるもん! 」

「それじゃあ意味がないじゃないか。」

弟鷹ちゃんは笑いながら煙管を銜えた。

「寂しくなるな…」

ポツリと弟鷹ちゃんが呟く。

「大丈夫だよ! 困ったらいつでも助けに行くから! 弟鷹ちゃんが修理してくれたから雨でも大丈夫になったし!」

「だったらこっちこそ大丈夫だ。最近は人里の中でも権力を持ち始めている様でな。」

「ありゃま。弟鷹ちゃんらしくないね。」

「かもな。」

そういって弟鷹ちゃんは快活に笑う。

「さっきも言ったが帰ってきたくなったらいつでも帰って来いよ。合言葉は『キュクロプス』だ。」

「それワザと言ってる?」

キュクロプスは一つ目の巨人族でおまけに私と同じで鍛冶が得意。

「でっかくなって帰って来いよ。」

「うん! それじゃあね!」

そういって私は荷物を持って走り出した。

走りながら振り返ると弟鷹ちゃんが煙管を銜えたまま手を振っていた。

 こうして私は妖怪の鍛冶師として裏でこっそりと博麗の巫女を支えながら生きていくのでした。

でももちろん弟鷹ちゃんの事を忘れたことはないよ。

お腹が膨れることはなくなったけどまだまだ上達するってことだからね。

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