霧雨 魔理沙 ~飛び立つ想い~
注意事項
・オリキャラ登場
・大東亜戦争珊瑚海海戦の世界
・戦場の流れなんぞ知らん
・ミリタリーにわか
・世界観及びキャラ設定の多大な崩壊
・「」は日本語、""は英語
「出て行け!」
そういわれたのはもう何年前だろうか。
正直なことをいうと勘当されたことに関しては感謝すらしていた。
おっと、自己紹介がまだだったな。
私は大日本帝国海軍航空隊 霧雨魔理沙 一等航空兵曹だ。
所謂海の上での航空戦闘を生業とした軍人だな。
という訳で現在は大東亜戦争の真っただ中。
私はつまらない計算が行き交う陸を捨て、空に自由を求めに来ていた。
空母の翔鶴から眺めるニューブリテン島の空は真っ青でいつまでも眺めていたい気分だ。
南国の自然ってのは綺麗なもんだな。
何も考えずともその思いは空や海の青さに吸い込まれそうだ。
こうしてると何か叫びたくなってくるな。
「邪魔だ、女。」
私が何かを口から吐き出そうとした時、同僚が冷たい目線と共に私にぶつかった。
「すいませんでしたね。」
「全く、大和撫子の癖に金の髪に金の瞳だと? 鬼畜な米兵と同じじゃないか。」
どうでもいいことをぐちぐちといいながら男は去っていく。
私はその様子を見送っていたがガシガシと自分の髪の毛を掻いた。
別に好きで金髪に生まれてきた訳じゃない。
医者が言うには「突然変異」とか言う物らしいが細かいことは分からない。
そんなことよりその医者に言われた事の方が私は好きだ。
『素敵な金の髪ね。まるで太陽の光みたい。あなたは将来その光で何かを導いてくれるのかもしれないわね。』
その医者は女の人だった。
今まで男の医者しか見たことがなかったから私はその女医さんの言葉に心を動かされたんだと思う。
その人は日本軍隊で女性ながらに陸軍薬剤少将をしていると聞いたとき、私は衝動のままに軍隊の願書を掴んでいた。
海軍の願書を掴んじまったのは少々計算外だったがその人に再会することは出来た。
立場上形式的な挨拶しかできなかったがその人と会えたからこそ私は支えられ航空隊にまでいるんだと思う。
いかにも安っぽいものだが人間安っぽい理由でも支えにはなるもんだ。
そんな支えがあるからこそ今こうして海外の空を眺めることが出来るんだからな。
さて、そろそろ出動の時間だ。
目標はニューブリテン島の占領を支援すること。
そのために翔鶴に積み込まれたのは爆撃機だ。
勿論戦闘機も搭載されているが今回の任務で私が使うことはないだろうな。
まったく、私が乗りたいのは爆撃機じゃなくて戦闘機だってのに。
そう思っても上からの命令は絶対だ。
金髪の女というだけでかなり睨まれているからな。
ここで軽く言い返しでもすれば最悪撃ち殺されかねない。
命は惜しいのでしばらくは命令に従って戦果をあげないとな。
この立場もかなりの戦果を得て築いている足場だ。
今以上に精進しないとな。
私は両手で頬をパチンと叩くと集合場所に駆け足で向かいだした。
「第三部隊――集合ッ!」
隊長の合図で私たちは甲板の上で、そして九九式艦上爆撃機の前に整列した。
「点呼ッ!」
それぞれの番号を述べる。
自分の番号を叫び終えたら後は隊長が確認して終了だ。
やがて全員いることを確認したのか隊長は名簿に大きく丸を書き込むのが見えた。
「今日、我々はまた一歩! 天皇陛下のお想いに応えるべく活躍する! ラバウルを占領し! 大東亜共栄圏にまた一歩近づくのだ!」
そういって上官は一息置くと「天皇陛下の恩為に!」と絶叫した。
『天皇陛下の恩為に!』
私達もそれに続いて声を張り上げる。
正直なことを言えば愛国心なんてものは微塵もないし天皇陛下だってただの雇い主程度にしか思ってはいないがそれを差し置いてもあの絶景を楽しめるのであればそのくらいなら行ってもいい程度には天皇陛下という人はいい雇い主だ。
私は九九式に乗り込んだ。
「お前と一緒か、魔女め。」
一緒に乗り合わせた同僚が嫌な顔を隠そうともせずに後ろの座席に座る。
事前にそういう風に決まっていたのに何で今知ったみたいな反応をするのかねぇ?
「後ろから刺さないでくれよ。魔女と一緒に落ちたいなら話は別だけどな?」
私は後ろを向いて片目を瞑って見せた。
同僚はしかめっ面を返した後シートベルトを装着した。
『第三部隊、発進!』
上官の指示が聞こえて私は慌ててシートベルトを装着するとエンジンを起動させた。
『健闘を期待する!』
通信機から管制塔からの音声が流れる。
私は通信機をオフにしたまま「了解」と呟くと翔鶴から離陸する。
一定の高度まで上げると編隊飛行を開始する。
『ラバウルは重要な都市だ。対空砲はいくつもあるだろう。撃墜されないことを願っているぞ。
特に霧雨兵曹、お前は前に出る癖があるからな。戦闘機であれば問題はないが今回は爆撃機だ。くれぐれも無茶な飛行は控えるように。』
隊長が直々に私を注意し笑い声が通信機から聞こえてくる。
「では、整備班の陽彩さんに会いに行くときは隊長は前に出る癖を付けるようにしましょう。きっちりと爆弾を持ってね。」
私はニヤリと笑って返答する。
独身の隊長が翔鶴に乗っている整備員、陽彩に恋をしているのはもはや公然の秘密だ。
『魔理沙の奴、覚えてろよ。』
オフにし忘れた通信機から聞こえた隊長の独り言は残念なことに完璧に私の耳に届いていた。
しばらく通信機はだんまりだったがやがてラバウルが見えてくると攻撃の準備をするように指示が飛んだ。
私は相棒に爆撃の準備をするように指示を出した。
『あと3分で到着だぜ! きっちり準備しといてくれよ!』
『言われずともやっている!』
そして到着後、隊長機から指示が出された。
『散開! それぞれ指定の目標を爆撃せよ!』
『了解!』
2班の私は原油の加工場を破壊するのが任務だ。
上空7000mから急下降を開始する。
『おい魔女! その危なっかしい操縦を今すぐやめろ! 投下できない!』
『期待してるぜ! 凄腕の力をな!』
私は笑いながら下降を続ける。
高度を示すメーターがどんどんと下がっていく。
よし!
私は高度を6000まで落としたところで水平飛行に移行した。
『大丈夫か、相棒?』
私は後ろを見る。
『前を見て操縦しろ、この――』
そこまで言ったところで私は不意に機体を一気に傾けた。
一瞬後、さっきまで機体のあったところに機銃の雨が通り抜ける。
『マズい! 敵の戦闘機だ! 早く爆弾を!』
『分かってる!』
そういって相棒はレバーを引いた。
爆弾が1つ、機体から切り離される。
『上昇するぜ! しっかり捕まれ!』
私は追ってくる戦闘機を振り切るべく急上昇する。
戦闘機はきっちりを後ろを付けて追いかけてきた。
『そうそう、そのまま追ってこい…』
私は最大実用高度をわずかに超えた8300まで上昇するとエンジンの電源を切った。
『おい何をやっている!?早くエンジンをかけなおせ!』
『おいおい、私は何も無策でエンジンを切ったんじゃない。この3秒後にお前は戦闘機に向けてありったけ機銃をぶちまかせ。』
私は冷静に低酸素の中時間を数えた。
1……2……3!
私はエンジンを最大出力で再点火させると機体の角度を調整する。
『撃てぇ!』
瞬間、左右の翼が火を吹いた。
戦闘機に少しだが穴が開いた。
しばらくは損傷を確認するために気を付けて操縦をすることになるだろうな。
だがそれだけの時間を稼げれば十分だ。
『よし! 撤退するぞ!』
『待て! もう1つ爆弾が残ってる!』
『まずは戦闘機を無力化させる!』
私は円を描きながら飛行する。
『相棒、あんた最低どの高度で確実に爆弾を標的に落とせる?』
『6000より上は分からん!』
『4000まで降りる! 戦闘機を引き付けて爆弾を当てろ!』
『そんなことしたらこちらが被爆する!』
『戦闘機を爆弾にする!』
『正気か!?』
『そうでもしなきゃ死ぬのはこっちだ!』
私は問答無用で機首を真下に下げた。
これは正直賭けでもある。
戦闘機なら上空で戦闘も出来たが生憎今回は鈍重な爆撃機。
速度も遅いしそれ以上に重いため加速までが遅い。
となれば戦闘機がギリギリまで迫ってきたところでこちらは水平飛行に無理矢理切り替え戦闘機がこいつよりも低いところに行ってしまうか地面に突っ込むのを期待するしかない。
前者の作戦がうまく行けば戦闘機に爆弾を直撃させて目標を破壊すればいいし、後者の結果になれば正攻法で目標を破壊すればいいだけの話だ。
『よっしゃ行くぞ!』
私は喝を入れるとメーターと睨めっこを開始した。
『ぶつかる!』
後ろの席から悲痛の声が響くが無視して突っ込み続ける。
6000……5500……5000……4500……4000!
『今だぁ!!』
私はグイっと機体を水平に戻した。
しかし、戦闘機が追ってくる様子はない。
『チッ! バレてたか!』
私は舌打ちをすると加速を開始する。
こうなったら仕方ない。
『目標地点が近い! 爆弾を放れ!』
機体がぐっと軽くなるのが分かった。
これでいける!
私はゆっくりと上昇を開始する。
背後で強烈な爆発音が聞こえた。
爆弾1つでここまで大きな音にはならないはずだからうまく目標に直撃してくれたんだろう。
よし、あとはあの戦闘機と遊ぶ時間だ。
『こちら2班のい! 敵の戦闘機を1機確認! 任務は完遂したためこれより戦闘を開始します!』
隊長機に連絡を取る。
『こちら1班のい! 大丈夫か!?』
『せめて時間稼ぎ程度は行います! その間に何とか任務を完遂させて下さい!』
『了解! 翔鶴に戦闘機の援護を要請する! それまでは耐えてくれ!』
『分かりました!』
しばらくは孤軍奮闘だな。
幸い相手も1機、恐らく哨戒機だろうな。
ということはそのうち敵の仲間が駆けつける可能性も高い。
なるべく早くあいつを撃破する必要があるってことだな。
ただ、今の状態だと精々逃げるのが精いっぱいだ。
まずはあいつと同じ高度まで上昇しないと。
私は高度を上げるレバーを目一杯引っ張った。
凄まじい衝撃が伸し掛かる。
「グッ…!」
予想はしていたがこれに耐えながら操縦をしないといけないのか…
その時、蒼い機影が機体の傍を横切った。
『マズいッ!』
さっきの戦闘機だ。
あんなにも早い速度で移動できるとは予想以上だ。
多分機体の腹を狙って機銃を撃つつもりだな。
これを避けるのは難しい。
精々多少装甲があるところを使って何とかするしかない。
私は機体を調整しながら移動を開始する。
こいつの最高時速は確か300km/h。
正直さっきの奴の半分くらいだろう。
『あいつはサンダーボルトじゃないか!?最高時速は700km/hだ! 早く脱出を!』
『損傷してない機体を放り出せるか!』
私はゆっくりと円を描くようにして上昇を続ける。
『何をするつもりだ!?』
『鬼ごっこだ!』
私自身何を考えているのかは最早はっきりとは分かってはいなかった。
ただすべきことは分かっている。
1秒でも長くあの戦闘機を引き付けて味方の任務完了を待つ。
その時、敵機から炎が上がるのが見えた。
『こちら第4戦闘部隊! 戦闘を開始する!』
『…ったく。もう少し引き付けておこうと思った矢先にこれか? でも助かったぜ。すまないがあとの事は任せた。これより作戦区域を脱出する。』
『了解。ゆっくり休んでくれ。』
戦闘班との通信を終えると私はゆっくりと下降しながら翔鶴を目指した。
これで少しは戦果がもらえると良いんだけどな。
甲板に着陸した私は九九式から出ると肩をぐりぐりと回した。
「全く疲れたぜ。やっぱり爆撃機は肌に合わないな。」
そういって共同浴室にでも行こうか思ったその時、後ろにいた奴から声を掛けられた。
「おい。」
「ん?」
「思ったより…やるじゃないか。魔女なんて言って悪かったな。」
「なんだよ。別に構わないぜ? 魔女ってのは怖い生き物だからな。」
そういって笑うと私は今度こそ油まみれになった体を洗うべく浴室に向かった。
結果的にラバウルは占領。
今のところ目立った損害はなかった。
私達の勝利は今のところ確実だった。
「ん~!」
久々の地上で私は大きく伸びをする。
やっぱり空母と言えど多少は揺れるから自動的に足がそれに対応していたんだな。
すこしばかりゆらゆら体が揺れている。
揺れの余韻を楽しみながら私は歩き出す。
軍事基地が大きく展開されていてもやはり人間だから腹も減る。
小さいがレストランがあった。
「お邪魔するぜ~」
私が扉を開けると缶詰の空き缶が飛んで来た。
反射的に手ではじき上げる。
"Don't come! (来ないで!)"
そこにあったのは明確な拒否だった。
拙い英語力しか持っていない私でも分かってしまう確実的な拒否。
視線を向けると私と同じくらい、20代くらいの女性が怯えた目でこちらを見ていた。
顔立ちからして多分、連合軍のどこかの人間だ。
"I haven't…I'll not destroy you.(攻撃の意思は無いぜ)"
何とか頭を回してそう伝えると少女はより一層警戒したように厨房に足を進める。
マズい。
ここで逆上して刃物を持ち出されるとこちらの方が不利だ。
一応接近戦闘の訓練は受けてはいるが刃物を持った相手とは出来る限り戦いたくないのも本音だ。
"私はお前に危害を加えるつもりはない。だが、私の仲間はお前を殺そうとする。だから逃げろ。"
英語で必死に説得をしようと試みる。
「何をしているんだ?」
後ろから来たのは上官。
それも私の上官じゃない。
勲章からすると多分瑞鶴の船員だ。
「これは大尉! 如何なされましたか?」
私は敬礼をしながら店の入り口を塞ぐ。
頼む、この隙に早く逃げるか隠れろ。
「私が訊いているのだ兵曹。貴様はここで何をしている?」
「…敵捕虜を尋問するための英語を練習しようと。…人前で拙い英語を話すのは少し気恥しいものでして。」
「そうか。竹を割ったような性格であると他の船にまで噂が届いている君にそんな性分があったとはな。」
「えぇ、大事なのは意思疎通です。例えそれが敵であったとしても出来る会話があれば敵戦力を聞き出すなどの取引が出来る可能性がありますから。」
「ふむ。もっともだな。これからの戦場は武力はもちろん情報も立派な武器になるのかもしれん。君の意見は興味深いものだった。ところでこの店には人がいないのかな?」
「はい、私が入った時は既に。」
「なるほど。では私は船で食事を取るとしよう。」
そういって大尉はくるりと振り向いた。
ふぅ、何とか一山越えたか。
そう思った瞬間に大尉はくるりと振り向いた。
「あぁ、そうそう。」
「はっ! 何でしょうか?」
「昇進したいのなら誠実であるべきだ。下手な嘘はいつか身を滅ぼすことになる。では私はこれで。」
そういって今度こそ大尉は去っていった。
バレてたってことか…
「…肝に銘じておきます。」
去っていく大尉の背中にそう呟くのが精一杯だった。
振り向くとさっきの女性がこちらを不思議そうに見つめていた。
"Why?"
"No reason."
実際に私でもなんであんな行動を取ったのか分からない。
結局理由なんてないんだろうな。
"Alice,My name is Alice."
"Nice to meet you Alice.My name is Marisa."
互いに自己紹介する。
しばらく気まずい沈黙が流れる。
私は扉から体を退けると指し示した。
"Run."
アリスと名乗った少女は頷くと慎重に扉から顔を覗かせた。
"Thank you."
そういってアリスは走り出した。
ありがとうねぇ…
まあ生き延びられるかどうかはあいつ次第だ。
私はあいつを死に走らせたのかもしれないし生に走らせたのかもしれない。
どっちになるかはそれこそ神のみぞ知るって感じだな。
まったく、ちょっと飯を食おうと思ったのに散々だ。
これ以上立場的な危ない橋を渡る気はないんだがなぁ…
しょうがない、私も翔鶴で飯でも食うか。
私はしばらく待ってからドアノブに手を掛けた。
――本日は昭和17年5月3日。
さて、仕事の時間だ。
ラバウルを占領した次はオーストラリアを占領するらしい。
私はいつもの日課で甲板に上がると朝の冷たい空気を楽しみながらストレッチを開始した。
朝霧の中、既に整備班はそれぞれ担当の戦闘機、爆撃機を点検している。
「おはようございます、霧雨一等兵曹!」
体があったまってきて食堂にでも行こうかと思っていると整備班の陽彩がやってきた。
左手にクリップボードを持って見事な敬礼を披露して見せる。
「おはようさん、河城一等兵曹。同期なんだからため口でもいいじゃないか。」
「そうはいきません。今は任務中ですよ。」
そういって陽彩は私をたしなめた。
全く、オンとオフの差をもう少しゆるくした方が良いと思うんだがなぁ…
常に任務中だと肩が凝っちまうぜ。
陽彩は敬礼を解くと話を始めた。
「報告が遅れてすいません。昨日からあなたが搭乗する機体のエンジニアを配属された河城陽彩 一等機関兵曹です。」
「そう、よろしくな。ひいろん。」
「魔理沙…じゃない。霧雨兵曹、少なくとも私は現在任務中です。できればそれに合わせていただきたいのですが…」
「わぁーったよ。あなたの整備する飛行機に搭乗させて頂きます。霧雨魔理沙 一等航空兵曹です。よろしくお願いします。」
私は敬礼を返す。
まったく、こいつはオンとオフの差が激しいんだよなぁ。
オフの時はべったり甘えてくるくせによくやるぜ。
だからこそ、こいつは長期間任務をこなしやすいのかもしれないけどな。
基本的に短期任務しか出来ない私とは大きく違って忍耐強い奴だ。
陽彩は頷くと要件を話し始めた。
「まずニューブリテン占領戦闘であなたが搭乗した九九式について報告させてもらいます。やはりエンジンに負担を掛け過ぎですね。一部で焼け焦げた跡が発見されました。替えの部品も無限ではないのでそういったアップダウンを繰り返すような無茶な操縦はしないでください。それから――」
そんな感じで始まった報告、というかお説教をもらい、私が解放されたのは結局15分後だった。
これは飯を超特急で食えば何とか訓練までには間に合うかな。
私は解放されるや否や艦内の食堂に向かって全速力で走り出した。
そしてその日私の知らないところで日本軍は完全にラバウルを抑えていたという話を聞いたのは夕食後の自由時間の事だった。
どうも小さな小競り合いだけで進軍することができ、更には占領までしたらしい。
まったく、ちょっと考えればすぐに分かることだ。
連合国が本当に守るべきなのはニューブリテン島やソロモン諸島じゃない。
そのさらに南、オーストラリア本土だ。
あそこなら石油、鉄鉱石がどんどんと取れるからな。
しばらくはのんびりしていられそうだぜ。
私はそんなことを考えながら艦内の狭い寝棚に体を押し込めた。
翌日、つまり5月4日になって事件は起きた。
『偵察機が敵機を発見。各員戦闘に備えて準備を開始せよ。』
そんな機械的な艦内アナウンスで私は朝食を切り上げる羽目になった。
やれやれ、今日は二月に1度あるかないかの洋食だったのに…
まあそんなことを敵さんに言ってもしょうがないか。
私は気持ちを切り替えると人参を口に放り込んで走り出した。
まったく、向こう5日は戦闘のない日課だと思ってたのに災難だぜ。
敵さんも馬鹿じゃないってことだろうな。
私は戦闘時、集合場所である大広間に向かった。
「第三部隊――整列ッ!」
隊長が指示を出す。
「点呼ッ!」
ここから隊長が任務の内容を説明するまでがいつもの流れだ。
しかし、少しばかりおかしいことが起こった。
説明を終えたところで隊長よりもさらに上官と思われる男がやってきたんだ。
恐らくあの階級だと中尉か?
隊長に何かを伝える。
「それは本当ですか?」
隊長がやや顔を青褪めさせながら訊き返す。
中尉は黙って頷いた。
しばらく隊長は顔を俯かせていたが中尉が肩に手を置いたことに我に返ったようだった。
「これより、出撃の準備を行う。我々は○七四五までに索敵を開始しなくてはならない! 各整備班と連絡を取り、零式艦上戦闘機の調整を終わらせろ!」
移動の最中に仲間の1人がポツリと呟いた。
「あの様子だと隊長の旧友が戦死したか…」
私もそれとなく予想はついてはいた。
上官は他の部隊にも報告をしていたが、各隊長は驚きこそしたがすぐに顔をいつもの鉄面皮に戻していた。
あそこまで衝撃があったのはうちの隊長だけだ。
そのことが気にかかって私は戦闘機に乗れるあの喜びを素直に表現することが出来なかった。
間接的とはいえ戦友は戦友だ。
どうせなら一矢報いてやろうじゃないか。
私は顔をあげると陽彩の整備している零戦に近づいた。
「準備はいい?」
「ばっちりです! 細かいところはそちらにお任せします。」
「りょーかい。」
私は零戦に乗り込んだ。
そう、こいつだ。
『第三部隊、出撃!』
「了解!」
私は叫ぶとスロットルを全開にして離陸した。
空に浮かび上がった瞬間、最高の開放感が私を包み込む。
これだ、私はこれを待っていた!
『これより第三部隊は敵機の去った南西へ方角を向ける。各員隊長機に続け。』
いつになく冷静な隊長の声で私はふっと我に返った。
いかんいかん、なるべく冷静にしないとな。
『隊長、少しよろしいでしょうか?』
仲間の1人が遠慮がちに問いかける。
『何だ。』
『戦友が亡くなられたのですか?』
『――ッ!』
通信機から何かを叩くような音が聞こえた。
それが隊長が機器を殴りつけた音だと気づくのにはしばらく時間がかかった。
『全員、一時的に通信を切れ。』
その指示で私は一度管制塔との通信を沈黙させた。
『これは日没まで伏せるはずの情報だが――米軍の奇襲によって掃海艇が1隻沈んだ。そこには俺の戦友が2人乗っていた。2人とも死んだそうだ。』
掃海艇が沈んだ。
そして隊長の2人の戦友が死んだ。
その衝撃を私は推し量ることが出来ない。
1人でも辛いことぐらいは分かる。
だがそれが2人。
その悲しみは計り知れない。
『だが、このまま自暴自棄に特攻するほど俺は馬鹿な男じゃない。俺は生きてこの戦争で勝ち、信也と正和に勝利を奉げる。いいか! ここから先は誰も死なせねぇ! 分かったか!?』
『はい!』
多少遅延のある通信機ごしでも声がそろったのが分かった。
『通信を戻せ。一時的な磁場嵐に突入したことにする。』
隊長の指示でゆっくりと管制塔との通信を元に戻した。
『――せ―応――よ。何があった?』
『こちら第三部隊隊長機、どうやら一時的な磁場嵐に入っていたと思われます。現在は全員と連絡が取れることが確認されました。どうぞ。』
『了解、他部隊にも付近には近づかないよう指示を出す。』
そういって通信は終わった。
『敵機発見! F-4Fです!』
『散開せよ! 周囲を固めて攻撃するんだ!』
私は一気に上昇する。
撃ちぬかれることを防ぐために腹を上に向けて敵機とすれ違う。
ガラスのハッチ僅か数センチにまで接近した敵の顔はゴーグル越しでも驚きに目を見開いているのが分かった。
機体を捻じって相手の後ろに齧りつく。
私は照準を合わせるとトリガーを引いた。
だが相手もそれを読んでいたのか急上昇する。
私も少し遅れて上昇を開始する。
『敵機2機発見! 同じF-4Fです!』
『チッ!』
私は追撃をあきらめて高度を上げた。
数ではこちらの方が有利だが油断は大敵。
『各班ごとに分かれて戦闘を開始せよ! 2体は俺の班が担当する!』
隊長の指示で私たちは班ごとに固まった。
『いいか! 私が囮として上へあがる! それを追いかけてきた機体を撃墜するんだ!』
『了解!』
『おい、霧雨兵曹。』
その時ラバウル戦で後ろに乗っていた奴が声を掛ける。
『ん?』
『死ぬなよ。』
その言葉に思わず私は吹きだしてしまった。
『大丈夫、魔女はそう簡単には死なないぜ。』
そういって私は上昇を開始した。
F-4Fの周りをぐるぐると回って挑発する。
最初の内は無視をしていたがこちらが機銃を撃ち始めるとさすがに我慢の限界に達したのか私を追いかけ始めた。
よしよし、うまくいって何よりだぜ。
だが加速スピードはこちらの方が上だ。
羽を揺らして煽り続けながら上昇を続ける。
しばらく上がったところで私はグイっと機体を捻って敵の射線から外れた。
すぐ横を敵が通り過ぎる。
『撃てぇ!』
それを合図に仲間たちが一斉に機銃を撃ち始めた。
しかし、敵もなかなかの腕前だった。
ひらひらと舞いながら銃弾の雨を躱す。
追撃をしようとしたところで別の敵機が間に割り込んだ。
逃したか。
『総員散開! 2機を分断しろ!』
私の指示で仲間たちがさらに動く。
連携の取れた動きは同じ部隊ながらうすら寒い何かを感じられる。
私は頭を振ると敵に集中すべくスロットルレバーを引き上げた。
『こちら1班のい! 我々の相手していた敵が撤退を開始した! 相手が猛攻を行う様であればこちらからむやみに反撃はするな!』
『了解! 様子を見て対応します!』
確かにさっきの敵が撤退してから敵の攻撃が気持ち激しくなった気がする。
これは少し距離を置いて考え直した方が良いかもしれない。
結局私達はこの日1機も撃墜することなく、反対に撃墜されることもなくお互いの母艦に戻った。
どちらにも戦果は無し。
これほどまでに悲しいものも他にはないだろうな。
そしてさらに私達にもたらされたいくつもの報告がさらに全体の士気を下げる羽目になった。
今朝の沈没した物も含め3隻の掃海艇の撃沈、更には駆逐艦菊月の撃沈、挙句の果てには計画されていたMO作戦の中止だ。
何のために私たちはラバウルを出発したのか。
考えれば考えるほど疲れが溜まってくる。
あぁまったく、くよくよするなんて私らしくもない。
分かってはいるがこんな泥沼にはまってくるとどうしても気が滅入っちまう。
さらに次の日。
私達は念の為ということで九七式飛行艇で偵察任務に出ることになった。
そして夕方になって、味方から報告があった。
『敵空母レキシントン、ヨークタウンを発見。油槽艦から給油を行っていると見える。』
それに真っ先に反応したのが隊長だった。
『全部隊、隊長機に続け。』
冷淡な声が通信機から聞こえてくる。
『了解。』
通信機越しても分かる無言の威圧感に私は黙って隊長機に追走した。
『こちら第三部隊。聞こえるか管制塔。送レ。』
『こちら管制塔、どうした第三部隊?』
『敵空母レキシントン及びヨークタウンを発見。偵察を開始する。戦闘を開始するのであれば増援を送ってほしい。』
『落ち着くんだ。今回は偵察のみを行え。敵の情報を求む。』
『了解。これより敵の偵察を開始する。オワリ。』
通信は終わった。
しばらくの沈黙の後、隊長から通信があった。
『全隊員、聞こえるか。先ほどの管制塔の指示通りに偵察のみを行え。』
『了解。極力戦闘を避ける様善処します。』
『霧雨軍曹、もし私が撃墜されるようであれば君に指揮権を譲渡する。覚悟しておけ。』
『……了解。』
私は何かを感じ取って返事を返した。
そして、情報通りに偵察機を進めるとそこには2隻の空母が海に浮かんでいた。
「これは…隊長が心配だな。」
何しろ仇がいる船が目の前にあるんだ。
これで動かない方がおかしいぜ。
心配になって隊長機を目で確認すると高度を取ってゆっくりと2隻の上空を旋回する。
その時、私は甲板の動きを感じ取った。
『戦闘機が出動態勢に入った! 全機警戒せよ!』
私の言葉が合図だったかのように戦闘機がヨークタウンから飛び出した。
『チッ!』
私は舌打ちをして旋回体制を取った。
ほんの気休めだが機銃の攻撃を何とかしてくれるはず。
『散開! 撤退準備!』
隊長機から指示が飛ぶ。
私達はそれに一も二もなく従った。
ここでくたばるつもりは毛頭ないからな。
もっとも、部隊を全滅させる気は更にない。
何が言いたいかっつーと私は素直じゃないってことだ。
『私がしんがりを務める! 私の為にもさっさと撤退してくれよ!』
『女のお前に任せられるか!』
そういったのは別の偵察機だ。
『うるせぇ! 言ったもん勝ちだ! ごねてないで早く逃げろ!』
私は部隊を離脱すると戦闘機部隊に突っ込んだ。
偵察機でも敵部隊の中に入り込めば中々攻撃はされることはない筈だ。
航空機の操縦なら私が一番上手い。
多少の時間稼ぎは出来る。
部隊の中に入り込むと私は横回転で機体を捻りながら上昇した。
その上にいる戦闘機に流れ弾を喰らわせる算段だ。
早い話があいつを追いかければいい。
私はハッチ越しに手を振るとグイっと旋回して敵の機体を飛び越えた。
放物線を描いて今度は敵の本体に突っ込む。
敵は後ろの仲間を気にして撃とうにも撃てず私の裏を取ろうと四苦八苦している。
これでしばらくは稼げたな。
私は撤退を開始すべく部隊が去っていった方向に機首を向けた。
上昇開始。
敵の弾が飛んでこないところまで上昇して優雅に滑空して帰投させてもらうぜ。
その時、右の翼が折れた。
「はぁ!?」
一気に方向が効かなくなる。
嘘だろ!?
そう叫びたくなる。
全く、なんでこんな偵察任務に限って墜落なんざしないといけないんだ。
私は左の翼をゆっくりと下げて何とかバランスを保とうとする。
だが、加圧に耐えられなくなったのか左の翼もあっさりと逝った。
「おいおい!?あぁもう! なんでこんなことに!」
海面がどんどんと迫ってくる。
このまま海の藻屑になるのは本当に勘弁だ!
私は背もたれを掴むとハッチを蹴り上げる。
風圧もあったのか派手な音と共にガラスが吹っ飛ばされた。
そのままの風の勢いで私も機体の外にぶっ飛ぶ。
「うおぁぁぁぁぁ!!!?」
空に浮かんだ私は万有引力に従って海面に落下し始めた。
待てって!?
そんなことを祈っても私の体は容赦なく落下する。
せめてもの抵抗で私は体をまとめて海面に巨大な水柱をこさえた。
まったく、死の直前は何か悟るっつーけどどちらかと言うとパニックの方が大きかったな。
碌な日じゃない。
そう思っていたら戦闘機が上空を通った。
さて、ここからどう生き延びるのかが先決だな。
敵さんが生きているパイロットを容赦なく射撃するような冷徹な奴じゃないことを願うのみだ。
私は適当に泳ぎ始めた。
どこか近くの島に上陸できるのがベストだが…
いろいろ考えながらクロールをしているとヨークタウンから何かが飛び出した。
この様子だとうちの部隊を追い始めたか。
あーあ、こりゃお国には帰れないな。
今帰ったら国内の戦犯だ。
国の事よりも私の命。
今の状況だと私の身の安全の方が重要度が高いからな。
とりあえず泳げるだけ泳いでみますか。
なんて気合を入れたところでエンジンの音が近づいてきているのが聞こえた。
「…あっちゃあ。死んだか、私。」
半分諦めモードだったが、殺されるつもりはないので体を海面下に隠す。
そのまま息をひそめていると飛行機が海面に着水する音が聞こえた。
どうも飛行艇っぽいな。
私は不平を訴える肺を何とかなだめて潜伏を続ける。
頼む、このまま去ってくれ。
じゃないとこっちの息が持たない。
ただ、今回はどうも運が悪かったぽい。
海面に手が入ってきたと思ったら私の上半身は既に飛行艇の床の上に引き上げられていた。
「放せッ!」
"Calm down!(落ち着け!)"
何か英語が聞こえたが焦った私にその意味をはかり知る事は出来なかった。
いや、たぶん聞いたとしても「ぶっ殺してやる」ぐらいにしか聞き取れなかった気がするけど。
暴れる私を見てか搭乗員の1人が銃に手を伸ばす。
反射的に私は引き上げた奴に蹴りを喰らわせると海に飛び込んだ。
海面に顔を出すと搭乗員がこちらを見ている。
さすがにこれはダメだったかな。
私は諦めて立ち泳ぎのまま両手を上げた。
全く、思えば碌な人生じゃなかった。
そんな風に黄昏てみる。
思い返すと未練ばっかだな…
もっと空を飛びたかったとか自分の思い通りにできる翼が欲しかったとか彼氏が欲しかったとか…
しょうがないか、しんがりなんて志願しちまったんだから。
しかしいつまで経っても銃弾が飛んでくる様子はなかった。
うっすらと目を開けてみる。
と、その時グイっと再び腕を掴まれ機内に引き上げられた。
「落ち着いて! 大丈夫! 殺さない!」
暴れようとしていたところで片言の日本語が投げかけられ私は動きを止める。
"殺さないのか?"
英語で訊き返すと相手はゆっくりと頷いた。
"殺さない(Don't kill you.)。だから、落ち着いて(So calm down.)。"
一言一言丁寧にゆっくりと相手は発音してくれたおかげで今度は聞き取ることが出来た。
私は頷くと手を上げて抵抗しないことを示した。
「さっきはごめんなさい。リアムが、Well…"Patriot"だと思ったらしくて。」
「"Patriot"?」
「死ぬまで私達を殺しに来るあなたたちのフレンズ。国の為に。」
「あぁ、『愛国者』だぜ。そういう仲間の事を日本語で『愛国者』って言うんだぜ。」
「"Patriot"は『愛国者』ね。Thank you Ms.」
そういって日本語で話してきた米兵はメモ帳を取り出して書き込んだ。
"Hey."
その時銃に手を掛けていた男が話しかけてきた。
"What?"
そう返すと男は言葉を続けた。
"これからお前をcaptive…「戦場の客」として連れて行く。そこに座ってろ。"
さっき言いかけていた"Captive"って言葉は多分捕虜の事だろうな。
「戦場の客」ってのは中々面白い言い方だったが。
確かにそっちの方が分かりやすいけどな。
"OK。それじゃあフェリーまでエスコートしてくれ。淑女を運ぶようにな。"
私はニヤリと笑って返事を返した。
その後ろで日本語で話していた奴が爆笑していたことは話さなくてもいいことかな?
飛行艇はヨークタウンの甲板に着地した。
甲板に着地すると何人かの兵士たちが待っていた。
"よう、敵さん 。会えて嬉しいぜ。"
1人が手を差し出す。
"こちらこそ初めましてだな。"
私はその手を握り返した。
途端に、グイっと体が引き寄せられた。
気付けば奴は私の腰に手を当てている。
"おい見ろよ! こいつビッチだぜ!"
その声に周りから嘲笑がはじける。
なるほど、こいつらの目的はそういうことか。
私は相手の胸倉を掴み上げると力を利用して投げ飛ばした。
掴んだままの手を首元に添えて敵に跨る。
"私は日本では魔女(witch)って呼ばれてたんだぜ? どっちが最低(son of the bitch)か分かったか?"
手刀を首元に当てて訊ねる。
相手は"Fuck you."と言い捨てると私を跳ね除け、取り巻きを引き連れて去っていった。
遊びとはいえ私の拘束を破るとは驚いたな。
すこし感心してそいつの背中を見ていると「マリサー!」と日本語で話しかけてきた男が駆け寄ってきた。
"大丈夫かい?"
"ノープロブレムだぜ。ちょっとした悪ふざけさ。で、私は何処でおとなしくしていればいい?"
"基本的には船員の個室の1つに入るだろうね。規律を乱さなければ外を歩くことも許可されると思うよ。"
"了解。じゃあ、案内してくれ。"
こうして私は捕虜として米軍航空母艦ヨークタウンで生活をすることになった。
「…あぁぁーー」
あれから1週間。
戦略で捕虜1人に構っている余裕はないのか私は艦長の外出許可を未だにもらえずにいた。
飯は持ってきてくれるので特に困りはしないし暇つぶしのトレーニング器具も多少あるがそれでも1週間何もせずに缶詰ってのはキツイものがあるぜ。
そんな訳でやることがないからハンモックの上で呟いているしかやることがないんだ。
人生で5本の指に入る無駄な時間だぜ。
ちなみに1番はおやじに勘当されるまでの間だな。
唸るのも飽きた私は少しシャワーを浴びようとハンモックから降りようとした。
とその時、扉がノックされた音が聞こえて私は頭から床に激突した。
「いったぁ~。」
頭を押さえながら扉の前まで歩を進める。
扉を開けるとそこには厳つい軍人が仏頂面で立っていた。
"どうかしましたか?"
"来いジャップ。お話の時間だ。"
もうそんな時間だったか。
捕虜になってからの私はいつも定時になると尋問室に連れて行かれて質問をされる。
勿論、下っ端の私が知っている事なんて少ないが彼らにとっては貴重な情報源になっているらしいな。
価値を認めてもらうために情報を多少隠してはいるが割と情報はもう吐いた。
初日は酷かったしな。
あれは拷問だぜ。
おかげであちこちに付けられた傷は現在包帯でカバーされている。
私が部屋に入ると初めて見る男がいた。
胸には随分とたくさんの勲章を下げている。
階級は分からないがかなり上であることは確かだな。
ここでなるべく大人しく質問に答えれば上に多少言伝をしてくれるかもな。
"座れ。"
言われたとおりに私は席に着く。
"どうやってヨークタウンの動きを発見した?"
"これは本当に偶然だぜ。仲間が発見した。"
相手は考えている様だったが後ろにいる男は頷いた。
"その様子だと本当の事らしいな。"
"信じてくれるのか!?"
私は思わず立ち上がった。
"席につけジャップ!"
私は少し頭を押さえるといわれたとおりに席に付いた。
"では私から質問をしよう。今後の「本当の」日本軍の動きを知っている限り教えてもらおう。できれば詳細にな。"
どうもこいつははったりの通用する相手じゃなさそうだな。
私は少し考えた後にしゃべることにした。
"少し、いやかなり記憶は曖昧だし私は偵察に出されるだけの下っ端だから嘘を教えられた可能性がある。だから、あくまで参考として語らせてもらうぜ。"
そういって私はこれから日本軍が行う作戦の事を話した。
後ろの男は眼を細めて聞いていたが話し終えると静かに1つ頷いた。
"そうだな。この様子だと多少曖昧とは言えおおむねその様子で間違いないな。"
"本当にこの女の話を信じるのですか、艦長?"
艦長? ってことはこいつはこの船で一番上の立場にいるのか?
"ご苦労だったマリサ・キリサメ。君には陸地に護送されるまでの自由を与えよう。"
そういって艦長は去っていった。
仕事を取られた男はこちらを睨みつけるとぴしゃりと言い放った。
"ということで自由だ。ハラキリと反逆以外は好きにしろ。"
私は制限付きであるとはいえ自由を手に入れた。
これでしばらくは自由にうろうろ出来るな。
その日の午後に、私は甲板に出るとしばらく戦闘機を見て回った。
中には私に絡んでこようとする奴もいたが多くの奴は私の姿をちらりと見ただけで自分の作業に戻っていった。
これが…戦闘機か?
目の前にはワイルドキャットといわれていた戦闘機がその姿を輝かせていた。
すごく…綺麗だ。
ふらふらと近寄ろうとすると声を掛けられた。
"その猫に興味があるのか?"
私は反射的に振り返ると臨戦態勢を取った。
"そんなに警戒しないで。俺はただの整備員だ。エイデン、よろしく。"
"魔理沙。霧雨魔理沙だ。"
「はじめまして、魔理沙。」
私は驚いて目を見開いた。
「日本語をしゃべれるのか!?」
エイデンはゆっくりと頷いた。
「祖母が日本人でな。」
私を助けた兵士よりもぺらぺらな日本語でそいつは答える。
祖母が日本人なら、日本語も祖母に習ったのか?
そのことを訊ねるとそいつは嬉しそうに笑った。
「おかげで通訳として雇ってもらえたしな。」
私はがりがりと頭を掻いた。
「その髪、珍しいな。生まれつきか?」
「あぁ、そうだぜ。おかげで向こうでは敵扱いをされたけどな。」
「虐められた?」
「どうだろうな、覚えてないぜ。」
私は肩をすくめる。
もし虐められていたとしても昔の話だ。
今は、ヨークタウンの捕虜。
それにさっき自由の身になったからな。
私は会話を切り上げてワイルドキャットに目を向けた。
「そういえばオリバーがあなたの髪の毛が金髪だから海に沈んでいてもすぐに見つけられたっていってたな。」
あぁ、あの時すぐに見つかったのはそういうことだったのか。
気付けば無意識のうちに髪の毛を弄っていた。
「いい髪だ。輝いている。アメリカでも見たことがない。何かを成す髪の毛だ。」
私はワイルドキャットを見るのをやめてエイデンに向き直った。
「何かを成す髪の毛?」
「おばあが言ってたぜ。『人と違うのは何かを成す力があるから』ってな。」
「何かを…」
そこまで呟いたところで遠くから怒鳴り声が聞こえた。
"エイデン! いつまでもしゃべってんじゃない! 早くその猫の修理を終わらせろ!"
エイデンは慌てたように腰の工具ベルトからレンチを取り出した。
"今すぐ終わらせます!"
叫び返すと私に向き直った。
「ごめん。俺はそいつを直さないといけないから。でも、忘れないで。『アメリカは心を開けばすべてを受け入れる。』」
そういってエイデンは私が見つめていたワイルドキャットの修理を始めた。
ここにいても邪魔になるだけだし、少し散歩でもしてみるか。
こうして私はその日の午後を散歩に当てて1日を終えた。
次の日の朝、甲板にでて朝のストレッチをしているとエイデンに出くわした。
「よっ、元気そうだな。」
達者な日本語でエイデンは話しかける。
「昨日まで元気にしていた奴がいきなり風邪をひいていたらそれこそ驚きだぜ?」
私がそう返すとエイデンは気を悪くした様子もなく「そうだな」と頷いた。
そこら辺は素直なんだな。
朝霧の中甲板から何人か整備班が出てきているのが見える。
「朝の整備か?」
「あぁ…」
そこまで言うとエイデンは気まずそうに帽子で自分の腿を叩いた。
「なぁ魔理沙、お前が捕まっていた1週間何があったかは知ってるか?」
1週間?
あの無駄な時間に何があったんだ?
私の表情をみてエイデンは口を開いた。
「日本軍の空母の1つ祥鳳が沈没したそうだ。5月7日に。死者の程はこちらの推定では500~600人ほどだと…」
そこから先を私は聞けなかった。
祥鳳が…沈んだ?
だとすればこれは日本軍初の空母撃沈になる。
日本軍の士気はこれでガタ落ちになるだろうな。
となれば士気の低さから各個撃破される可能性も高い。
海軍が壊滅すれば日本軍に勝機はない。
どうすれば…
「…魔理沙?」
ハッと我に返った。
気が付けばエイデンが心配そうにこちらを見ている。
「…大丈夫だ。気にしないでくれ。」
まったく、私にもちょっとした愛国心はあったのか…
今更ながら気づいた新しい一面に思わず苦笑する。
「…駄目そうだな。俺の整備はもう終わっているから別に文句は言われないか。」
そういってエイデンは私を担ぎ上げた。
「えッ…?」
いつの間にしゃがみ込んでいたんだ…?
友軍が沈んだことは随分と私にショックをもたらしているらしい。
結局私はエイデンにもたれかかったまま自分の部屋の前まで来ていた。
「すまん…迷惑かけたな…」
声にいつもの覇気がないのが自分でも分かった。
「…俺もこんなことを報告すべきじゃなかったな。悪かった。」
エイデンはそういって扉を閉めようとした。
気が付けば私は前に倒れ込んでいた。
「魔理沙!?」
目の前にいたエイデンが私を受け止める。
私はエイデンにしがみつくとぽつぽつと独り喋り始めた。
「なぁエイデン…どうも私にも愛国心ってのはあるらしい…
今まで天皇なんてただの雇い主にしか思っていなかったし仲間だってただ一緒に働くだけの人間だと思ってた…
それなのに、何か変なんだよ…隊長の同期が死んだって聞いたら敵討ちに走ろうとしたり今こうして祥鳳の撃沈で崩れ落ちたり…
私はどうなっちまったんだよ…なんでこんなに変わっちまったんだよ…」
大粒の涙が零れ落ちていた。
私はエイデンの胸に頭突きを喰らわせ続ける。
不意に頭が固定された。
体を突き放そうとするがエイデンは動かない。
抱きしめられていると理解するのに少し時間がかかった。
「放せ!」
暴れようとしたが固定された私には何も出来なかった。
「…人は誰でも何かによっかかって生きている。俺だってそうだし、俺のおばばもそうだ。魔理沙、お前だって例外じゃない。
お前は国に寄りかかって、頼りにして生きてきた。きっとそれにはお前だけじゃないもっと多くの人がよっかかってる。
だからその仲間がいなくなった時、お前は寂しさと不安感から俺達に銃口を向けようとした。それは悪いことじゃないしむしろ自然だ。
俺が言えるのはそれだけ。俺達は『自由』に寄りかかり、お前は『家族』に寄りかかってるんだ。
お前はそこから引き剥がされ言いようのない不安を感じてる。なら、せめてここにいる間は寄りかかれる何かを探せ。」
エイデンは静かに語ると私を解放した。
工具ベルトから何かを取り出すと私に渡す。
私の手には一振りの短刀が握られていた。
少し刀身を覗くと冷たい輝きが返ってきた。
「お前の為すべきことを考えろ。」
エイデンはそういって私を突き飛ばすとバタンと扉を閉めた。
私は涙をそのままにジッと手元の刃を見つめていた。
ふっと目を覚ますと不愛想な天井が私を見返していた。
どうもあの後泣き疲れてハンモックの上で眠っていたらしいな。
なんとなくばつが悪い。
日本人の祖母を持っているとはいえ元々あいつは敵兵だ。
それでも不思議と私はあいつを憎む気持ちは無かった。
私の体の中で暴れ回っていたものがあるべき場所に収まっているような感覚。
手の中にはあいつからもらった刀が仄かに熱を放っていた。
鞘に収まっているとはいえ刀を抱いて眠っていたなんて我ながら危ない事しているぜ。
そういって笑ってみる。
うん、自然に笑える。
時計を見ると丁度夕食の時間だった。
私はハンモックから起き上がると扉に手を掛けた。
あれから私はゆっくりと生活に馴染んでいった。
時には兵士たちと一緒に酒を呑んだり、ギャンブルをしたりもした。
あぁ、それからちょっとした暴力沙汰もな?
でも時折ふと思っちまうんだ。
あいつらは自由に寄りかかっている。
私は今、何を頼りにしているんだ?
そんな時、私はひたすらにあの刀の事を思い出す。
その場凌ぎでも何かを頼りに出来るのは私にはありがたかった。
やがて、だんだんと米兵からも信用されるようになり私はそれなりに楽しい生活を送れていた。
――思い出せ。
崩壊は米兵内で行われるギャンブルから始まった。
いつものギャンブルの集会であるものを賭けた奴がいた。
使われなくなった無線機だ。
私は眼を疑った。
普通に考えて使われなくなったとはいえ無線機は高価なもの。
実際、通信機を手に入れるには10,000ドル分のチップが必要だった。
そんなものが出てくるのは何かよっぽどのことがあったってことか…
気が付けば私はありったけのチップを机に投げ出していた。
"乗った。"
ほかの何人かもチップを投げ出す。
ゲームはブラックジャック。
早い話がトランプ2枚で21に近い方が勝ちだ。
私は椅子に座るとディーラーからカードを受け取った。
"おい、あいつジャップだろ。あんな奴に無線機を渡しても大丈夫なのか?"
後ろからそんな声が聞こえてくる。
私はぐるりを振り返った。
"仮に昔の仲間と通信を結んでも私1人じゃ何もできないぜ? それともお前たちは女1人捕らえられない奴らだってか?"
そういうと野次馬たちはどっと笑った。
基本的に周りから見た私の評価は一応味方ってとこだ。
余程危ない橋を渡らない限り信用が崩れることはないだろうな。
私はテーブルに向き直るとカードを睨みつけた。
数字は4とキング。
ジャック、クイーン、キングは基本的には10と数える。
エースに限っては1と11というカウントの仕方があるが今回は考えなくていい。
でも駄目だ、まだ足りない。
14じゃ届かない。
私はディーラーにヒット(カードを追加すること)を頼んでカードを1枚もらう。
出てきたのは6。
全てを足し合わせて20、申し分ない数字だぜ。
私はスタンド(カードを決定すること)した。
他の連中も思うような数字が出たのかスタンドを出した。
一番数字が強かったのは私だったのでチップをゲットした。
今のところは問題ない。
次のゲームでも同じようにほとんどのチップをつぎ込んだ。
しばらくやっているとあと少しで目標額に届くところまで来た。
私は最低限のチップを掛けた。
結果は21、ブラックジャックだ。
私は案外何事もなく目標額に届いた。
無線機を持ち帰ろうと手を伸ばすと隣から手が伸びてきて無線機を奪い取った。
「持ってってやるよ。」
そういってエイデンはすたすたと歩いていった。
扉を開けるとエイデンはドカッと床に無線機を置くと私の胸倉を掴み上げた。
"何を考えている?"
静かに怒気を孕んだ声が私にのしかかる。
英語で質問しているのはこいつが相当怒っている証拠だ。
「何も考えてなんかないさ。分かってるだろ?」
「お前の、立ち位置が、どれだけ特殊か、お前は、分かっているのか?」
一言一言区切りながらエイデンは日本語で問い掛ける。
「昔の仲間と少しだけ…話をしようとした。裏切るつもりはまったくない。」
「そんな薄っぺらい考えでお前はどれだけ自分を危険に晒したのか分かってるのか?」
不意にその言葉でハッとした。
私は、今の立ち位置を軽視し過ぎていた。
信用のある立場ではあるがあくまで捕虜。
利用価値がないと分かれば海に落とされてもおかしくはない。
「お前は…私の為に怒ってくれてるのか?」
「ただの捕虜のあり方としてだ。」
エイデンは顔を背けると手を放した。
「エイデン。」
私の声にエイデンはゆっくりと振り向いた。
「ありがとな。」
「…気にするな。」
そういってエイデンは扉をくぐって出て行った。
エイデンが去った部屋で私はゆっくりと周波数を合わせる。
確か隊長機の無線はここだったな。
私は耳を澄ませた。
『……第3……偵……クレ……』
懐かしい隊長の声に私は目に込み上げてきた熱いものを堪えるので必死だった。
「…こちら霧雨魔理沙一等航空兵曹。現在空母ヨークタウンにて生活を送っている。捕虜としての生活は悪いもんじゃない。それじゃ、失礼するぜ。」
『……沙!?……るか!……こち……ょうを……!』
私はそれ以上聞いていられなくなり無線の電源を切った。
「うぅ…あぁ…!」
その場にうずくまって涙をこらえる。
引き出しから短刀を取り出すとひしと抱きしめた。
「自由への憧れ」はあってもそこに踏み入ることはできない。
「家族への忠誠」は思ったよりも解くのが大変だ。
帰らないと…
私は袖で涙をふき取るとハンモックに倒れ込んだ。
"後3日でグアム行きの船がヨークタウンに到着する。そこの収容所で戦争が終わるまで働き続けることになるだろう。"
そう言い渡されたのはいつの事か。
まだヨークタウンにいるってことは3日は経ってないってことだ。
上等、私も計画は完璧に練り終わったところだぜ。
後は実行に移すだけだ。
14時、ちょうどどの兵科でも訓練がなくフリーになる時間帯。
私はぶらぶら散歩をしながらワイルドキャットに近づいた。
「よしよし、かわいいネコちゃん。ミスF-4F、お前にはどうして翼があるんだ?」
私は呟きながら機体を撫でる。
「何をしてるんだ?」
不意に後ろから声を掛けられた。
振り返るとエイデンがそこにいた。
「これはお前が整備したのか?」
「あぁ、俺が手入れしたF-4Fだ。」
「そうか…」
私は少し俯いた。
こんな事を思うのは場違いかもしれないが…少しうれしかった。
"なぁ、1ついいか?"
私は英語で問い掛ける。
"何だ?"
「あいらぶゆー。えばー、ふぉーえばー。」
思いっきりへったくそな英語で告白する。
エイデンはしばらくぽかんとしていたが、状況を呑み込み始めると声を押し殺して笑い始めた。
"そうだな、魔理沙。でも、もう少し上手な英語で話してくれよ。"
私もつられて笑い始める。
「お返事は?」
"I love you too Marisa."
良かった、それが聞けたのなら私にもう思い残すことはない。
せいぜい私らしく生きるとしよう。
でも最後に1つだけ。
私はエイデンに歩み寄ると思いっきり抱き着いた。
アメリカ人特有のがっしりとした体格が私を迎え入れる。
私は唇を押し当てた。
エイデンは一瞬だけ驚いたような表情をしたがすぐに深くキスを返してくれた。
「なぁ、戦争が終わったら結婚しようぜ。それでアメリカの飛行場で結婚式するんだ。」
「いいなそれ。じゃあ待ってるよ。」
その言葉を待っていた。
私はエイデンを突き放すとF-4Fに飛び乗った。
"待っててくれよ! いつまでも!"
私はエンジンを起動すると甲板を走り始めた。
"Coution! 捕虜が逃げるぞ!"
甲板が大騒ぎになる頃には私は大空を舞っていた。
あぁ、やっぱりこの気持ちだよ。
私には翼が必要だ。
大空と、世界を舞う翼が。
ヨークタウンが手のひらサイズに小さくなってもあいつがどこにいるのかははっきり分かった。
ごめんな、連れて行けなくて。
でも私は勝手な女だから、今すごい幸せだぜ。
愛と、空と、翼をいっぺんに手に入れたんだからな。
戦闘機が甲板から射出される。
私は逃げるようなことはせずそれを待っていた。
同じ高度まで戦闘機が上昇する。
あぁ、あれはブランドンにライアン。
そっちにはカルロ、それからジャクソン。
みんな私を追ってきたのか。
私は微笑んで手を振ると上昇した。
後ろから機銃が飛んでくるが回転をしながら悠々と躱す。
お前らとは短い付き合いでも呼吸のタイミングはもう分かってるんだよ。
高度ギリギリまで上昇すると私はエンジンを切った。
動力を無くした飛行機は万有引力でゆっくりと落ちていく。
海面ギリギリでエンジンを再起動させた私は再びゆっくりと上昇した。
戦闘機部隊を囲うように上下左右360°をぐるぐると回る。
私は歓声を上げていた。
あぁ、最高だ!
エイデン、私のよっかかるもの見つけたよ。
自由でも家族でもない。
それは――お前と、翼だよ。
高い機動力を駆使して私はあいつらを翻弄する。
『"魔女だ…"』
カルロがポツリと呟くのが通信機から聞こえた。
『"そうさ! 私は魔女さ!"』
私は叫ぶ。
それ以降の通信を私は聞いていない。
ただ己の快楽のままにF-4Fを飛ばし、朗らかに笑っていた気がする。
(帰らなくては…)
私は北に進路を向けるべく旋回する。
しかし、そこで銃弾がエンジンに当たった。
警報音をけたたましく響かせるが私は不思議と落ち着いていた。
まっ、こんなもんだろうよ。
滑空しながら飛行機は墜落する。
私は腰の工具ベルトから短刀を取り出した。
「愛してるぜ、エイデン。」
私は自分の心臓に思いっきり短刀を突き立てた。
そこから先は覚えていない。
でも、最後まで私は微笑んでいたと思う。
――――――
「……沙……理沙、まーりーさッ!!」
「うぉっ!?」
私はふっと目を覚ました。
生ぬるい水しぶきが私の顔に飛びかかる。
どうも風呂でウトウトしてたみたいだな。
見るとアリスが腰に手を当てて私を見下ろしていた。
「お風呂でウトウトしているなんて一体何時に寝たのよ。」
「……アリス? アリスなのか?」
あの時の少女と姿が重なった。
「いきなりどうしたの? 寝ている最中に頭でも打った?」
アリスが本気で心配しているように言う。
「いや、ここって私の家だよな?」
「魔理沙、本当に大丈夫? 確かにここはあなたの家だし幻想郷よ?」
「あ、あぁ。そうだよな。」
不意に分かった。
あの後私は海に沈んでいく最中に誰かに拾われたんだ。
緑の髪をした悪霊、魅魔に。
そして紆余曲折を経て幻想郷に流れ着いた。
アリスがなんで幻想郷に流れ着いたのかは分からないが多分この仮説であってると思う。
「それよりも魔理沙。今日が何の日か忘れたの?」
「今日?」
アリスはため息を吐いて右手を額に当てた。
「あんたの彼氏の戦没日よ。」
私ははっとした。
エイデンは死んだ。
日本軍のオーストラリア空襲で基地にいたときに爆撃を喰らったと…
「…夢を見ていたんだ。」
「へぇ、どんな夢?」
「私は戦場で戦闘機に乗っていたんだ。エイデンにも会った。お前にも会った。」
それ以上私はアリスに何か言うことは出来なかった。
デコピンをされたからだ。
「いてッ!」
「それは貴方の彼氏にでも報告しなさい。天の川はもうすぐ真上に到達するわよ。」
「マジかよ! なんでそれをもっと早く言ってくれなかったんだ!?」
「あんたが寝ぼけてるからよ!」
私は慌てて湯船から立ち上がるとタオルで体を拭い始めた。
「アリス! 私の一張羅知らないか!?」
「私が知るわけないじゃない!」
箪笥を漁って何とかあいつに会えそうなまともな服に着替える。
私は箒をひっつかむと扉を開け放った。
「戸締りよろしく!」
後ろでアリスが何か叫んでいるが今回ばかりは無視だ!
私は天の川を目指して必死に上った。
「エイデン!」
空の上までくると私は力の限りに叫んだ。
「ここにいるよ。」
振り返るとそこには変わらない、懐かしい笑みを浮かべたエイデンが立っていた。
「エイデン!」
「久しぶりだな、魔理沙。」
「会いたかったぜ。」
"Me too."
エイデンはそういって肩をすくめた。
「変に英語を使うなよ。」
私は笑いながらあいつの肩を叩く。
"Do you love me?"
エイデンは笑いながら訊く。
私も笑いながらこう答えた。
"Yes.I loving you.Ever forever.(勿論愛してるぜ。これまでも、これからもな。)"
エイデンは微笑んで私を抱きしめた。
「そういえば今日、夢を見たんだ。お前の夢さ。」
そういうとエイデンは興味深そうに眉を上げた。
「話してくれよ。天の川はまだ流れ続けるんだからな。」