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九人の眷属  作者: エンピツ✍
1章 出会い
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六話 青色の眷属

 六月上旬。岡山市北区警視庁。『未確認生物対策会議』。時刻は昼すぎ。会議室は長方形のテーブルを並べ、そこに警察官たちがホワイトボードを使って会議をしていた。


「まず、先日確認された未確認生物4号についてですが近隣の目撃情報によりますと10mを超える巨人で肌は黒く顔は鬼のようであったとの報告を数件受けています。現在は姿を消しているとのことです」

「巨人による被害は?」

「ありません。いえ、正確には被害とみられる痕跡は見つかっておりません。目撃があった大元地区の小学校近辺をくまなく捜索しましたが、特にこれといって目立ったものは・・・・・・」

「だそうです。藤原警部」

「おそらく被害はあったが誰かがその巨人を倒し、街が元通りに戻ったと考えるのが筋だろうな」


 警部と呼ばれた男はこの会議でも威厳を見せている。かなり位の高い役職についていることが推測できる。


「その誰かとは・・・・・・やはり」

「私と同じ眷属の力を持つものであろうな」


 会議室がざわつき始めた。やはりみんな動揺を隠せないらしい。


「眷属の力とは、先日自らを姫と名乗る女性から受け取ったという例のアレですか?」

「ああ。原理はわからんが、現在未確認生物に対抗できる唯一の手段。そして眷属の力を使って倒せばやつらが暴れた場所も元通りに戻っていること」

「未確認生物・・・・・・ラディゲですか?」

「ん?なんだそのラディゲって」

「いや実は他の人たちがそう呼んでいるのを耳にしたものですから」

「呼称などどうでもいい。今必要なのは奴らへの出現ポイントの予測と対策だ」


 部下の言葉に上司が怒鳴る。だが、藤原警部は違った。


「いいな。その名前」

「え?」


 その場にいる誰もが凍りついた。会議は一時解散となり、各々ができることをする。そして手にいれた情報は共有するというなんとも無責任な形で終了した。


『蒼馬。よろしいですか?』

「なんだ?」


 藤原蒼馬の手にある青い宝石が語りかけた。


『先程の話。別の眷属かもということでしたが、もしかすると私の仲間たちかもしれません。可能であるならば彼らに会わせていただけないでしょうか?』

「アズールの・・・・・・?」


 アズールという青色の眷属の仲間ならば少なくともこちらの敵であることは言えない。だが、


「ダメだ」

『どうして?』

「眷属の所有者といえど相手の身元が分からない以上うかつにコンタクトを取るのは危険だ。仮に相手が民間人だった場合。この戦いに巻き込む恐れがある。それだけは僕の警察としてのプライドが許さない」

『巻き込むも何ももう巻き込まれていると思うのだけれど』


 アズールの言葉が聞こえなかったのか、聞こえないふりをしているのか蒼馬はそれ以上言葉を開かなかった。



☆★☆★☆★



 目と目が合う。百合が笑顔で手を振る。黒葉も笑顔で返してくれた。

 スザンヌ姫が国へ帰ってから三日が経過していた。

 黒葉はあの夜以来、少し笑顔が増えた気がする。少しは自分たちに心を開いてくれたんだろうかと思うと百合は嬉しくなった。

 そして休み時間。百合はあの夜のことを思い出していた。”あの時の黒葉ちゃん少しかっこよかったよね”と誰にも言えない秘密を心の中で呟く。


「何してんだ百合?」


 隣から声をかけられる。声の主は江古田翠。百合の同級生にして親友だ。


「別に~」

「なんだそれ。まあいいや。百合、今度の土曜日暇?よかったら今度みかんが小金と黒葉を誘ってみんなで遊びに行かないかって」

「行く行く!絶対に行く!!」


 目を輝かせながら即答した。楽しいことが大好きな百合にとってそんな誘いは乗るしかないのが返答の選択肢であろう。


「じゃあ決まり。土曜日の朝10時くらいに駅前集合で」

「うん」

「はーい、みんな席に座って。HR始めるわよ」


 担任の那須先生が入ってきて会話は中断した。

 そこからは穏やかな空気が流れていた。授業も放課後も休日の遊びに行く約束も。いつもの日常、誰に邪魔されるわけでもなく。まるで今まで悪い夢を見ていたかのような・・・・・・。

 そして日曜の夜。また奴らが現れる。予兆もなく突然に。


『百合様奴らです』

「!!」


 アルジェントの言葉に身体を震わせる百合。何度聞いてもこれには慣れない。いや、正確には慣れたくないという方が正しいだろうか。

 しかも最近悪魔たちと戦っていなかったため余計恐怖を感じていた。本当ならば行きたくない。だが、他の皆もおそらく今現地に向かっているはず。みんなが一緒なら・・・・・・翠ちゃんが一緒ならと自分に言い聞かせ重い足を動かしアルジェントと共に深夜の街道を駆け抜けた。



☆★☆★☆★



 アルジェントの指示に従って走ること十分程。目的地に近づくほど音が大きくなっている。


「もしかしてもう誰かが戦っている?」

『百合様急ぎましょう』

「うん」


 目的の場所へ到着。そこは既に翠とみかんの姿があった。


「百合!」


 二人もこちらに気づいたようだ。すでに戦闘に入っているのか二人は眷属の力を使っていた。百合も加勢しようと眷属の力を使い二人に近づこうとした。


「百合来ちゃダメ!!」


 みかんが声を上げ百合に警告する。「えっ?」と驚き戸惑っていると百合の足元のコンクリートに亀裂が走り、百合の体が空中に放り出された。


「きゃあああああ!!!」


 翠が跳躍し、百合の体を受け止める。


「ありがとう翠ちゃん」

「百合気をつけろ。今回の敵はちょっと手強いぞ」


 百合は先程自分がいた場所を見る。そこには地中の中から飛び出した長い長いうねうねしたものが姿を見せていた。5mはありそうな長い形状に大量の吸盤がついている。足先に向かって細長くみせる。それはまるで・・・・・・。


「蛸?」


 蛸の足だった。空中を光の軌跡が描く。二本の矢は蛸の足に見事命中し、足は地中深くに潜っていく。光の方向を見るとそこには黄瀬小金がいた。


「小金ちゃん」


 小金も百合に気づいたようで高台から降りてきた。


「こんばんは百合。今来たの?」

「こんばんは。そう今来たから今の状況が全く分からないの。あの蛸の足みたいなのが今回現れた悪魔?」

「そうなんだけどあれはまだほんの一部だと思う。蛸ということは足が八本あるだろうし頭もこの地中深くに潜っているんだと思う」


 百合は生唾を飲んだ。一本の足だけでも厄介だというのにあの足が他にも7本。さらに本体はまだ姿を見せていないらしい。厳しい戦いになることが予想される。


「あれ?そういえば黒葉ちゃんは?来てないの?」

「確かにあのときは助けられたけど、でもあいつは眷属じゃない。これ以上巻き込むわけにはいかないだろう」

「あっ、そうだよね。私肝心なことを」

「いいって。それよりあの蛸、小金みたいに遠距離から攻撃するのはいいんだが、近接武器の私たちじゃ近づいただけで弾き飛ばされちまう」

「さらにどこから、いつ出てくるのか予測不可能じゃけんな。あたしらも手を焼いとるんよ」

『せめてあの足を固定できればいいんだがな』

「固定!」


 ヴェルトが言った言葉がヒントになって百合は言葉を発した。


『どうかされましたか?百合様』


 百合が考え込む。しばらくして話を切り出した。


「ねぇ、みんなこういうのはどうかな?」



☆★☆★☆★



 百合は高台にいた。360度街を見渡せる場所に。

 眷属の力は解除し、双眼鏡を手にしている。この高台には百合一人だけ。下には翠とみかん、小金は少し離れた場所に待機している。高台は風が強く吹いているが、夏が近づいていることもあって夜風が気持ちいい。あれさえいなければこのまま深夜の街を散歩したいぐらいだ。

 静かな時間が流れている。あまりにも静寂で不気味なくらいに。動きがあったのはそこから十分後。

 百合の足先、すなわち高台の根元から大きな蛸の足が姿を現す。足は無防備な百合を狙って上を目指す。


「今だよ。翠ちゃん、みかんちゃん!」

「おう」

「ええ」


 眷属の力を身に纏った翠とみかんが蛸の足をめがけて武器を振り下ろす。翠の槍が貫き、みかんの拳が左右に揺らす。足は痛みに耐えられなくなったみたいで暴れている。攻撃を終えた二人が距離を取り、今度は小金が弓を射る。小金の放った無数の矢が飛来する。外縁を形作るように蛸の足の外側を貫通する。それが連続して沿うように続き、見事足をはりつけ状態にすることに成功する。強固な矢に捕えれらた足は力を入れ脱出を試みるもちょっとやそっとじゃびくともしない。足の周辺に4人が集まる。


「作戦成功!」

「全く・・・・・・最初自分が囮になるとか言い出した時は頭おかしくなったんかと思ったけど」

『無茶苦茶です。百合様』


 翠、みかん、アルジェントに心配の声をかけられた。小金やヴェルト、オランジュやジョーヌも安堵している。


「みんなのおかげだよ。みんなが私を信じてくれたから」


 なにはともあれ足の動きを止めることはできた。一人では難しくてもみんなで力を合わせればどんな困難も乗り越えることができる。そう百合は確信していた。だが・・・・・・


「百合危ない!」


 翠が叫ぶ。突然のことに百合は困惑する。翠は駆け寄って百合を突き飛ばした。百合が振り返る。

 だが、そこに翠に姿は無い。彼女は見逃さなかったのだ。百合の足元のコンクリートに亀裂が入る瞬間を。

 翠は蛸の足に拘束され、空中へと連れ去られた。先程の足ではない。新しく出現した足、いわば二本目だ。


「翠ちゃん‼」

「翠!」


 百合とみかんが名前を呼ぶ。一本が封じられたことによって他の足を使ってきた。他の足を出現させることも視野に入れてはいたものの状況は最悪なものとなった。

 ここからでは翠を助け出すことができない。小金の遠距離攻撃をしても最悪翠に被弾してしまう恐れがあるためうかつに攻撃出来ない。

 3人が何もできず、戸惑っていると地中から出現した新たな足三本が現れ、百合たちを襲う。あっという間に捕えられた百合、みかん、小金。四人は一気に窮地に立たされ、絶体絶命のピンチになった。どうにか逃れようと抗うが、足は百合たちをきつく締めあげる。

 さらに地中より三本の足が現れ、動きを封じた一本目の足の拘束を解除したようで4本の足が自由に動いている。4本の足が縦横無尽に動き、いつでも殺せるぞと言わんばかりにその恐怖を伝えようとしている。

 百合たちは死を悟った。戦場での一瞬の油断が死を招く。どれだけ後悔しても後の祭り。

 その時だった。百合の体を締め上げていた足に鞭が振り下ろされた。


「ギィッ!?」


 あまりの痛みに足は拘束を緩め、百合が解放される。上空で放されたため百合の体は重力に従って地面に落ちてゆく。だが、百合の体が地面に接触することはなかった。なぜなら二人の女性警察官が落ちてくる百合をしっかりと受け止めてくれたからだ。深夜遅い時間だというのに青の制服と黒の帽子をしかっり着こなすその姿は市民の安全を守る平和の象徴だ。


「大丈夫?怪我はない?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「危ないから後ろに下がっててね」

「は、はい・・・・・・」


 その後、翠たちも拘束している足に鞭が振り下ろされ、百合と同様に助け出された。


「民間人4人の救出。無事を確認」


 獰猛な足を右手で握る鞭一本で退け、警察官を指揮するこの男は藤原蒼馬。青色の眷属である。


「なるほど。これが今回の未確認生物・・・・・・ラディゲか」


 そう言うとまた鞭を一振り。その一方的な戦術は百合たちにすら恐怖を与えるものだった。まるでその存在を許さぬ鬼神が如く。

 あまりの迫力に固まっていた百合たちだったが、ふと我に返りたった一人で鞭を振るう蒼馬に声をかけた。


「あの、先程はありがとうございました。おかげで助かりました。ですが、敵は強大。私たちも加勢します」


 謝礼を述べ、戦いへの意欲を見せる。しかし、男の口にした言葉は・・・・・・。


「ダメだ」

「え?」


 と、冷たい一言だった。


「ど、どうしてですか?」

「どうしてだと?私からすればどうしてこんな夜中に未成年の君たちが外に出ているんだ?しかもラディゲと戦っているなんて。君たちの身に何かあれば親御さんは悲しむぞ」


 百合たちは何も言い返せない事実。警察官たちの言っていることは至極真っ当だからだ。未成年が武器を持って戦場に出るなど言語道断。神や仏が許してもこの男、藤原蒼馬が許さないだろう。


「それに君たちではラディゲには勝てない」


 そう言って蒼馬は蛸へと向き合った。


「あの・・・・・・さっきからおっしゃっているラディゲってあの悪魔のことですか?」

「そうだ」


 たったその一言。それ以上は口を開かなかったので百合も言葉を失った。

 足と鞭による一体八の攻防。戦況的には蒼馬の圧勝だった。怒った蛸はついに地中から顔を出す。住宅街を破壊しながら。


「これ以上事を大きくするわけにはいかないな。本体も出てきたことだしけりをつけるか」


 そう言いながら蒼馬は二つ目の武器を取り出した。本来眷属には二つの武器がある。一つはメインである武器、例えば百合なら剣。翠なら槍といったように。そして二つ目はサブ的な働きをする武器、こちらは補助的なものが多く、みかんならブースト。小金なら心眼の眼というように。

 当然蒼馬にも二つ目の武器が備わっている。取り出したのは縄。ロープに輪っかがついていて、カウボーイが乗馬しながら携帯しているあれに似ている。蒼馬はロープを握り、狙いを定めながらそれを蛸の頭めがけて投げた。

 ロープは蛸の頭を捕らえたが、どう考えても蛸の頭と輪っかの大きさが比例していない。それにあの巨体ではその力強さでロープなんてものはいとも簡単に引きちぎってしまうだろう。

 しかし、そんな悲しい妄想は虚構に終わった。ロープは大きさと材質を変え、蛸の頭、足八本を同時にお縄へ頂戴した。ロープの輪が頭の直径を超え、締めつける。材質は縄から金属へと変化していた。

 体の自由を奪われた蛸はもがき苦しむが、体力を消耗するだけに終わる。そこへ蒼馬の正義の鞭が振り下ろされる。固唾をのんで見守る百合たち。あれほど苦戦した相手だというのに身動きを封じられ一方的に攻撃される敵にはもはや同情すら覚える。勝敗は火を見るより明らかで蒼馬が懐に勝利を収めた。

 蛸によって破壊された街が元通りになっていく。


「さて、これからお前たちの処遇についてだが、警察官として深夜帯の未成年の外出に目を瞑るわけにもいかない。まず親御さんと話をしなければいけないからな」


 一難去ってまた一難。今度は別の意味でピンチになる。百合たちはこの状況を穏便に済ませる。窮余の一策を思案していたが、いい解決策は思いつかず。

 その場でおどおどしていると


「待ちなさい!その子たちの保護者は私よ」


 と、後ろで声がした。振り返るとそこには驚きの人物がいた。

 紫色の髪にスーツ姿。その堂々とした立ち振る舞いは大人の女性の風格を表している。

 那須紫音。百合たちの担任だった。

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