ゼファー
異世界から召喚したヤスシをヤイプスは寝所まで案内した。
ヤスシは妙に「ファーストネームで呼んでくれ、『ヤスシ』と呼ばないでくれ!。
俺はモーターボート好きのお笑い芸人じゃない。
『ヤッさん』とか『ヤッちゃん』も反社会勢力みたいで嫌だ。」と主張していたが、ここにいる連中は曽祖父を知っている。
『フジバヤシ』とはややこしくて呼べない。
「ヤイプス、あれで良かったのかしら?」
「上々でございます、上皇太后様。
我々革命軍はこれでダンの抜けた穴を埋める事が出来ましょう。
それもこれも上皇太后様の人徳のなせるわざでしょう。」
「そうかしら?。
うふふふ・・・ローランド、私の凛凛しい姿を見ててくれたかしら?。」
「はい!上皇太后様!。
可憐な上皇太后様もお美しいですが、凛凛しい上皇太后様も大変お美しゅうございました!」
「あぁ・・・ローランド・・・。」
「上皇太后様・・・。」
「オホン!」わざとらしく咳払いして、ヤイプスが存在をアピールする。
二人の世界に入り周りが見えなくなっていた上皇太后とローランドは我にかえり慌てて距離をとった。
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「どうすべきか・・・。」寝所に案内され、個室のベッドに横たわり俺は思案を巡らせた。
今のところ、俺の見たイメージだけだが革命軍は『負け組の集り』だ。
先ず負け組代表、『イベリス上皇太后』。
皇帝を産めず、帝国の権力の座から転がり落ちている。
次に『ローランド総司令』。
幼い皇帝が傀儡となり事実上の帝国トップである帝国騎士団長になれず、権力争いに負けて帝国副騎士団長になったのだろう。
そして最後に『ヤイプス参謀長』。
騎士団長の話が出ると苦虫を噛み潰したような顔をする。
恐らくだが帝国内には『騎士団長派』と『宮廷魔術師長派』の二大派閥があって、派閥争いに負けて帝国内にいれなくなったのだろう。
権力争いから転がり落ちて「じゃあ駆け落ちでもすっべかあ」と言うイベリス上皇太后とローランド副騎士団長を、これまた権力争いから転がり落ちたヤイプス宮廷魔術師長が大義名分のために革命軍のトップに据えた。
「正義なんざは主観だ。
人によって違うモンだ。
でも大義名分は主観じゃない。
本人が『大義名分だ』と言い張れば、それがソイツの大義名分だ。
その『大義名分』に賛同出来るかが、アクションを起こしたヤツと同調するかどうかの鍵になる・・・表向きはな。
『正義』よりも『大義』が必要になることの方が多い。
それに『大義』は『正義』として語られる事も多いんだ。
だから暗殺をする時は『大義』があるヤツの依頼を受けろ。
『大義』のないヤツは『悪』として敵方に断じられる。
自分を守るために『依頼者に大義名分があるか』を見るのは大切な事だ。
それに『大義』のない人殺しなんて『快楽殺人』と変わらないからな。」俺は父親に言われた事を思い出した。
革命軍に『大義名分』はある。
「腐敗した現帝国を打倒する」というのが革命軍の大義だ。
しかし、それはあまりにも「お飾りの大義」すぎる。
一枚皮をめくれば、己の薄汚い欲望が見えてくる。
「正直、革命が成功するかより『俺が日本に帰る日まで革命軍が存在するか?』の方が大事だ。
・・・泥船に乗っちまったのかもなぁ・・・。」
俺は呟きながら寝返りをうった。
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「あっ!おじちゃんだ!。
お帰りなさい!。」
「ただいま~!。
・・・って言うか『おじちゃん』じゃない!
『お兄ちゃん』だ!
まあ良いや。
みんな良い子にしてたか?。」
「ゼファーお帰りなさい!。」
「あっ!シスター!
これ、少ないけれど今月分ね。」
「いつもありがとう。
ゼファーの寄付があって、この孤児院は何とかやりくり出来ているわ。」
「いやいや、俺もこの孤児院に育ててもらったから。
今は少しでも恩返し出来れば良いな・・・と。
帝国騎士の安月給の中からの寄付だから微々たるものだけど。」
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「今回の暗殺の標的はコイツだ。」暗殺部隊の団長であるリースが似顔絵を差す。
「帝国騎士団曹長『ゼファー』か。
あまり良い噂は聞かないわね。
賄賂を強要して、賄賂を支払わない商売人は、犯罪をでっち上げて犯罪者にするって話よ。
しかし、かなりの剣術の使い手で、前に暗殺の標的にした時には我々の仲間は三人返り討ちにされている。」そう呟いたのは暗殺部隊の三番隊隊長、サイネリアという少女だ。
「今回の暗殺は騎士団のやり手を殺す事に意味がある。
『いつでも騎士団の中心人物を殺せる』と敵に思わせる事が出来ると同時に、身近な者が殺されたら『次は自分かも』『犯人はアイツじゃないか?』と疑心暗鬼に陥る可能性は高い。
これは『悪人に天誅を下す』というだけの作戦ではない。」リースが言うとクスクスと辺りから笑いが漏れた。
自分達の事を差し置いて、相手を悪人扱いする・・・というのは、暗殺部隊独特のジョークらしい。
「今回の暗殺は少人数で行おうと思う。
作戦はヒット&アウェイ・・・大人数だと小回りが効かず都合が悪い。」
「じゃあ今回の作戦、私の三番隊と入ったばっかりの新人のヤスシの六人って事でいいかしら?」サイネリアというイタリア料理のファミレスのような名前の少女が提案する。
「・・・・」そこにいた者達が無言の賛成をし『ゼファーの暗殺』が俺の初任務になった。
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夜道を手に持ったランプと月明かりを頼りに進む。
異世界はほとんど街灯などはなく、夜は出歩かないのが常識だ。
しかし騎士団員はその限りではない。
夜遅くまで見回りをしている事も珍しくはない。
騎士団の中でローランドを慕っている者も少ないがいなかった訳ではないし、騎士団の情報は革命軍に少しは流れていた。
ゼファーは曹長で言ってみれば『プレイングマネージャー』のような地位・・・わかりやすく言うと『係長』のような地位で、部下達の管理もするが、現場仕事もする・・・という地位だ。
「『今夜、ゼファーが数名の部下達を連れて、夜間の街の見回りをする』という情報を手にいれた。
今夜を逃すとゼファーを仕留めるチャンスが次にいつ訪れるかわからない。
前回のような失敗は許されない。」リースは俺達、実行グループに言った。
『前回の失敗』というと、ゼファー暗殺指令が出たのは今回が初めてではないらしい。
前回ゼファーを襲撃して返り討ちに逢っている。
その時、ゼファーは単独だったらしい。
つまり、失敗を重ねれば重ねるほどゼファーのガードは堅くなり作戦の成功率は下がる、という事だ。
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見回りしているゼファーと騎士団員、それを探しながら歩いている俺と三番隊の五人。
俺はこの世界の格好をしている。
日本から来た時の格好は目立ちすぎるからだ。
『建御雷』は置いてきた。
曽祖父さんは異世界で『建御雷』が使えるようになったようだが、現時点で俺にとって『建御雷』を腰に差していても邪魔な錘が腰についているだけだ。
我々暗殺部隊は人相書と風貌の特徴が出回ってしまうと途端に仕事がしにくくなるそうだ。
今回、作戦に参加しているメンバーは誰一人人相書が出回っていない。
この世界では珍しい日本刀を腰に差して暗殺するなどという唯一無二の特徴を敵の前に晒す・・・などというのは、余程『建御雷』が暗殺の役に立つのでなければ単に自分の首を絞めているだけだ。
曽祖父さんも人相書は出回っていなかったらしい。
『見敵必殺』というのは曽祖父さんの口癖だったとの事だ。
「見られたからには殺せ、情けはかけるな」それは父親の教えだったが、元は曽祖父さんの教えだったのかも知れない。
そして暗器だ。
俺は暗器は何一つ異世界に持ってきていない。
この世界の暗器を使うしかないのだ。
運良くと言うべきか・・・曽祖父さんの使っていた部屋がそのままになっていて、そこには父親に叩き込まれた暗器に似た物も沢山あった。
行方不明から戻ってきた曽祖父さんは暗器の達人でもあったから、爺さんや父親は曽祖父さんから暗器を叩き込まれていたのだ。
つまり、俺が使っていた暗器の多くは異世界の物だったのだ。
これは僥倖と考えねばならない。
俺は全く初めて使うような武器を使う事を覚悟していた。
毒や解毒剤も管理の仕方が父親に教わった方法と全く同じなので、これなら戸惑う事なく毒を使う事が出来る。
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我々もゼファー一味も、お互いに動き回っていて目的地などはない。
ゼファー一味の目的は街の見回りだ。
我々殺し屋はゼファー達を裏路地へ誘い込もうとしていた。
誰にも見られたくない。
顔を色々な人に見られると今後の仕事がやりにくくなる。
それに仲間を呼ばれると厄介だ。
「誰にも見られず標的を始末したい。」それが最善の方法だ。
「騎士団員は左腕に緑色の騎士団印が入った腕輪をしているわ。
ゼファー一味じゃなくても構わない。
騎士団員を見付けたら殺して。
『見敵必殺』ってヤツよ。」サイネリアは初めて作戦に参加する俺に説明する。
「レッスン1よ。
殺す場所には注意して。
見られたら全員殺さなきゃいけなくなっちゃうからね。
無益な殺人はしたくないし、一人でも残して人相書が出回ったら、その後が面倒臭いでしょ?」サイネリアはなに食わぬ顔で物騒な事を言う。
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どうやら騎士団員は手分けして街の見回りをしているようだ。
こちらを警戒して、固まって行動している公算が高かったのだが。
それともゼファーは完全にこちらを舐めきって「襲ってくるなら襲ってこい、返り討ちにしてやる」とか思っているのだろうか?
ゼファーと一緒に見回りをしている騎士団員が俺に声をかけてきた。
「おい、お前!。
止まれ!どこへ行くんだ?。」
(ダメだな。
相手が怪しい動きをしたらすぐに仲間を集めるのがセオリーなんだぜ?。)
足早に裏路地に消える俺を追いかけて騎士団員が裏路地へ入って来る。
誘い込まれているとも知らずに。
袋小路の行き止りに俺が騎士団員を誘い込む。
「もうどこにも逃げられないぞ?。
大人しく観念しろ!。」
俺が逃げられないだけじゃなく、ここまで来てしまったら自分も助けを呼べない・・・という事を騎士団員はわかっていない。
コイツは騎士としての訓練を受けているのだろう。
乗馬の訓練など、俺が受けていない訓練も山ほど受けているだろう。
しかし、コイツが受けていない『殺し』の訓練を俺は受けている。
「抵抗するな!
地面に俯せに横になれ!」勝ち誇った様子で騎士団員が俺に言う。
この油断を待っていた。
地面に片膝をついた俺を見た騎士団員は『コイツは地面に這いつくばろうとしているのだ』と判断して、警戒を解いて間合を詰めてきた。
俺は近づいて来た騎士団員に左膝をついて、右の靴の外側に隠してある小型のナイフで右手を不用意に伸ばしてきた騎士団員の右の手首を切りつけた。
忍者の使っていた毒という事で科学的な事はわからない。
毒は何種類かに分けられる。
今騎士団員を切りつけた毒は『呼吸が出来なくなる毒』だ。
呼吸が出来ないと言う事は、声を出す事が出来なくなるという事で助けを呼ぶ事が出来なくなる毒、と言う事だ。
欠点もある。
機転が効く者は、無理矢理呼吸をしようと喉に穴を開ける。
それだけで死に至りにくくなってしまうのだ。
だが切りつけた者が大声で助けを呼べなくなる暗殺に適した毒とも言えるのだ。
「しかし・・・この毒はあまりつかいたくないな。」俺は目の前で顔を紫色にしながら窒息して痙攣している騎士団員を見ながら呟いた。
この毒を使われて死ぬヤツは死ぬ前に地獄の苦しみを味わう。
誰しも一度死が訪れ、それは決して避ける事は出来ないと言うならせめて安楽な死にかたを選びたい。
この死に方は溺死と並んで汚く苦しい死に方だろう。
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待合せしていた場所に暗殺部隊が集まる。
「ゼファーと一緒に見回りをしていた4名は間違いなく殺した。
また、酒場帰りと思われる騎士団員を4名殺した。
こちらの被害は二名、一人は殺された、一人は捕虜となる前に自害したわ。
上々の結果と言えるけど・・・肝心のゼファーは発見出来ていないわ。」サイネリアは顔を伏せながら言う。
決して口にはしないが『無駄死に』の四文字が生き残った者の頭の中に浮かぶ。
この後ゼファーの周りには更に騎士団員が配置され、暗殺は更に難しくなるだろう。
今回は必殺の作戦だったのだ。
失敗は許されなかったのだ。
「今回の作戦は失敗ね」サイネリアが言っている最中に「『一匹いたら十匹いると思え』ってのは本当だったな!」と言いながら帝国騎士団の鎧兜を着崩している男が現れた。
現れた男こそが似顔絵で見た今回の標的の男『ゼファー』だった。
「礼をしなくちゃなぁ。
お前らが殺したヤツらは俺を強請って自分らも美味しい思いをしようとしてた連中なんだよ。
お前らが殺してくれたおかげで俺が手を汚さなくても良かった・・・って訳だ。」
殺された二人の三番隊の隊員の一人を殺したのはゼファーだったのだ。
サイネリアは暗闇で殺された仲間の死骸をチラっと見ただけで、『誰に殺されたか?』までは判断出来なかったのだ。
「お前らも俺に殺されに来たのか?」ゼファーは首の骨を鳴らしながら、気だるそうに言うとだらしなく剣を構えた。
(コイツは強い。
まともに戦って俺が勝てる相手じゃない。)
三番隊の隊員達二人がゼファーに連携して斬りかかる。
統率の取れた動きだ。
相手がゼファーでなければ、殺せていたかも知れない。
しかし、ゼファーはこともなげに三番隊の隊員達二人を切り殺した。
その場に残ったのはサイネリアとゼファーと俺の三人だけだった。
まともに勝負したら俺は太刀打ち出来ない。
しかし、俺には毒がある。
俺は今までに何度も格上の相手を毒で葬っている。
袖に隠していたナイフを抜くと、ゼファーの左肘あたりに引っ掻いたような傷を作った。
まともに攻撃は当たらない。
でも毒殺するには今与えた傷で充分だ。
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俺が心の中で勝ちを確信していると、ゼファーが口を開いた。
「・・・毒、か。
残念だったな。
俺に毒は効かないんだ。
俺は『状態異常無効』というスキルを持っている。」
頭がまっ白になった。
俺の切札が通用しない?
元々、何枚も上手の相手で毒だけが頼りだったのに、それが通用しない?
もちろん暗器は毒だけではない。
しかし、俺が得意で父親に叩き込まれたのは毒だけなのだ。
毒以外も嗜み程度には使える。
しかしそれがゼファーに通用するとは思えない。
剣術で勝負を挑んだとして、一合打ち合えるだろうか?
何にしろ切り伏せられる未来が待っている。
詰みだ。
俺はゼファーには勝てない。
すると、サイネリアが俺の前に出て言った。
「下がって。
貴方はゼファーと相性が悪すぎる。」
「まるで『自分だったらゼファーに勝てる』とでも言いたげだな。」ゼファーが少し不愉快そうに言う。
「勝てるわよ。
アンタにスキルがあるように、私の『宝具』にも『奥義』があるのよ。」サイネリアが肩に抱えていた太く長く大きな物にかかっていた白い布を払いのけた。
「は?デカいだけのホチキスじゃねーかよ!。」俺は思わず盛大にズッこけた。
小学生の頃、大きい文房具に憧れがあった。
教師が授業で使う大きな三角定規や分度器を見て「良いなあ!。」などと思ったものだ。
今考えると何が良いのかわからない。
しかしサイネリアの大きなホチキスを見ても「バカじゃねーのか?。」としか思わないのは俺が大人になったからなのか。
「貴方はこの宝具『ステープラー』の前に破れるのよ。」サイネリアはズッこけている俺を無視して言った。
「ヤスシ、知っておるか?
ホチキスと言うのは『ホチキス社』が作った物だからなんじゃぞ?
英語では普通『ステープラー』と言うんじゃ。
明治時代から日本では『ホチキス』と呼ばれていたんじゃ。
儂が親父、お前にとっての曽祖父から聞いたトリビアじゃ。」俺は爺さんから聞いたトリビアを思い出していた。
曽祖父さんはサイネリアを見て「『ステープラー』って何だ?」と調べてこのトリビアを知り、息子に偉そうに語ったのだろう。
曽祖父さんちっちぇー、人としての器がちっちゃすぎる。
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サイネリアがゼファーの剣戟を『ステープラー』で三合受け止める。
それだけでもサイネリアがかなりの実力である事がわかった。
俺ならゼファーの剣戟を一合も受け止められないだろう。
よくサイネリアは凌いでいる。
しかし実力が互角ならその闘いの性質に合った、有利な武器を持っている者が勝負を優位に進める。
斬り合いにおいて、剣を武器にしているゼファーのほうが押しはじめていた。
「どうした?。
俺を倒せるんじゃなかったのか?。」ゼファーが挑発するようにサイネリアに言う。
油断だろうか?。
ゼファーが石畳の段差に足を取られ軽く躓いた。
その隙をサイネリアは見逃さなかった。
今まで防戦一方だったサイネリアは『ステープラー』をゼファーの頭の上に振り下ろした。
間一髪、ゼファーは『ステープラー』の一撃をかわした。
ゼファーがかわした『ステープラー』は建物の壁に直撃した。
『ステープラー』からは巨大なホチキスの針のような杭が射出されていて、その杭は建物の壁にめり込むように突き刺さっていた。
「杭を打ち込むとはな、予想外だったぜ。
頭に杭が刺さったら即死だったかもな。
しかし残念だったな!
今の杭射出がお前の奥義だったんだろ?。」ゼファーが勝ち誇ったようにサイネリアに言う。
「『予想外』って・・・。
『予想通り』過ぎて逆に『予想外』だったよ。」俺は誰に言うともなく呟いた。
サイネリアは肯定も否定もせずに二つ折りだった『ステープラー』を一直線に伸ばした。
「確かに伸ばした方が武器のリーチは伸びるが・・・。
おいおい、もう苦し紛れかよ?。」ゼファーがサイネリアを挑発する。
「確かに『ステープラー』は剣ほど1対1の勝負向きではないわね。
でもこういう使い方も出来るの。」
サイネリアはゼファーと距離をとると何を考えたのか『ステープラー』の裏側を三度殴りつけた。
すると『ステープラー』は三度「ガシュ、ガシュ、ガシュ」と引き金を引くような音を立てて『コ』の形の杭を飛ばした。
杭は建物の壁にゼファーの両手首と首を縫い付けた。
杭はゼファー本体には刺さらず、あくまでゼファーを壁に縫い付けている。
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「姿を建物の中から見られたわ。
『目撃者は消す』というのは裏稼業の鉄則ではあるけれど、ゼファーとの闘いで私はもう武器を使い切ってしまったわ。
貴方の武器も建物の中にいる人全員を殺す殲滅向きではないでしょう?。
こんなゴミゴミしているところで火を放ったら、私達自身も生きて戻れないだろうし何より生き残りが出た場合、『革命軍は放火で無差別殺人をする悪だ』という評判が広まってしまう。
今回は顔を見られていない事を願って、さっさと逃げるのが上策ね。
ゼファーにとどめを刺していないのが残念だけれど、そんな事も言ってられなくなってしまった。」サイネリアが逃亡の準備をしている。
「え?ゼファーはどうするんですか?」俺がマヌケな声を上げる。
「悪運が強ければソイツは生き残るかもね。
でも相当悪運が強くないとソイツは生き残れないわよ?。
大体のここら辺の人がソイツに恨みを抱いていて『殺したい』と思ってるだろうからね。
何にしてもゼファーはここに置いていくしかないわ。
さあ、こんなところでボサッとしている暇はないわよ!。」俺はサイネリアにせかされるようにその場を後にした。
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ゼファーは首と手首を壁に杭で固定されている。
壁に杭で打ち付けられているゼファーを遠巻きに見ている者達が現れ始めた。
それもそのはず、夜が明け始めたのだ。
壁に打ち付けられているゼファーを恨みの籠った目で野次馬達が見ている。
一度誰かがゼファーに小石を投げれば、そこにいる者達に無数の小石がゼファーに投げつけられるだろう。
(暴動が起こるのももう時間の問題だろう。)ゼファーは覚悟を決めた。
今まで自分が行ってきた悪行が跳ね返ってこようとしているのだ。
正に自業自得だろう。
しかし、最初にアクションを起こしたのは、暴徒達ではなかった。
「おじちゃん?」孤児院の子供達だ。
子供達は孤児院の経営を助けるために朝市で働いていて人集りが出来ていたので覗き込んだ時にそこでゼファーを見つけたのだ。
「おじちゃんどうしたの?。
今、助けるからね!。」 子供達はゼファーを打ち付けている、杭を抜こうとする。
しかし、子供の力で抜ける杭ではない。
子供が抜ける杭であるなら、ゼファー本人が抜いている。
野次馬達が小石を持ってゼファーと子供達を取り囲んでいる。
(止めろ!。
この子達に手を出さないでくれ!。
お前らが恨みを持っているのは俺だろ!。
俺だけだろ!。)ゼファーは心の中で叫び声を上げる。
(神様、俺はどうでも良いです!。
どうかこの子達だけはお守り下さい!。)ゼファーが神に祈ったのはいつ以来だっただろうか?
今正に野次馬達が小石を投げつけようとしている。
「良いぞ!。
どこの誰と勘違いをしているかわからんが、ガキ共!。
俺を助けろ!。」ゼファーは苦し紛れで演技をした。
「コイツは殺されて当然の極悪人だ!。
良いからこっちに来なさい!。
そこにいたら投げつけられる小石が巻添えで当たっちまうからね!。」ゼファーを助けようとしていた子供達がゼファーから引き剥がされて連れていかれる。
(良かった。
これで良いんだ・・・。)ゼファーは安堵した。
子供達が引き剥がされた瞬間、ゼファーに向けて猛烈な勢いで投石が行われた。
それはゼファーに対する、庶民の怒りだった。
昼頃、衛兵により投石によってボロ雑巾のようになったゼファーの死骸が発見された。
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(まただ。またあの夢だ。)
俺が建御雷を受け継いでから、暗殺に参加した後で必ず見る夢だ。
俺は半人前でターゲットの止めを刺した事は一度もない。
にも関わらず、殺されたターゲットの生立ちをダイジェストにしたような夢を見るのだ。
「俺は将来、帝国騎士団に入る!。」
「孤児が帝国騎士団に入れる訳ないじゃない。」
「今までは孤児は帝国騎士団員になれなかったかも知れない。
でも俺が入団試験で優秀な成績を残したら帝国騎士団も俺を入団させる以外にないだろう?」
「ゼファーは帝国騎士団員になりたいんですね。
楽しみにしていますね。
でも無理はしないでください。
ゼファーや他の子供達もみんな、私の誇りなんですから。」
「シスター・・・」
「受かった!
俺、帝国騎士団員になれたよ!
・・・シスター?
泣いてるの?」
「ゼファー、やっぱり貴方は私の大切な息子です。
私は貴方が帝国騎士団員になったのが嬉しい訳じゃないの。
貴方が夢を叶えた事が本当に嬉しいの。」
「こんな事で嬉し泣きしててどうすんだよ?
これから俺はどんどん親孝行するんだから!」
「親・・・ってゼファー、私の事を親だと思ってくれるの?」
「俺はいつだってシスターの事を『お母さん』だと思ってたし、これからもシスターの事を『お母さん』だと思ってるよ。」
「シスター!。
何してるんだよ!。」
「血を売ってるんですよ。
聖職者の血は高く呪術師に売れますからね。」
「そんなのはわかってる!。
俺が聞きたいのは『何で血を売らないといけないか』って事だ!。」
「食べ盛りの子供達を腹一杯食べさせるのにお金が足りませんからね。
それに『教師になりたい』って夢を語ってる子がいるんです。
せめて学校には通わせて勉強させてやりたいんです。」
「その金、俺がなんとかする。
だからシスターはもう血を売らないでくれ!。」
「荷車の荷物を検査しないで素通りさせるだけで、こんな莫大な賄賂が入ってくる。
何も考えるな。
シスターの、孤児院の為じゃないか!」
「お前がゼファーか?。」
「そうだが?。」
「捜したぞ。
娘の仇とらせてもらう!。」
「な、何かの勘違いじゃないか?。
俺は仇として命を狙われるような事は何もしていない!。」
「あくまでとぼけると言うのか?。
・・・お前が賄賂を受け取り、素通りさせた荷車に載っていたのは、俺の娘をはじめ女郎屋に拐われた女の子達だ!。」
「・・・そんな!。
貴方の娘はどうなったんですか?。」
「死んだよ。
俺が財産をなげうち、娘の居所をようやく見つけた時にはもうすでに死んでいた。
性病を患い、子供を産めない身体になって、世を儚んで自刃したらしい。
俺は娘をこんな目に遭わせた連中に復讐するためだけに生きている。」
「・・・ここまで真実に辿り着いたのは貴方だけですか?」
「俺だけだ。
だがそんな事は関係ない。
ここでお前は俺が殺し娘の仇を討つ。」
(ここでまだ死ぬ訳にはいかない。
俺が死んだら誰が孤児院の維持費を払うのか。)
(思えば仇討ちを返り討ちにしたのが、罪のない者を殺した最初だったかも知れない。
しかし、嘘を隠そうと更に倍嘘をつき、秘密を隠そうと更に倍秘密を抱え、悪事を隠そうと更に倍悪事を働き、殺しを隠そうと更に倍屍体を積み上げた。
気付けば『ゼファーは極悪人』と言われるようになっていた。)
「アンタがゼファーかい?。」
「そうだが?。」
「アンタに賄賂を送れば『荷抜け』させてくれると聞いたんだが。」
「・・・誰から聞いたんだ?」
「おっと!そんな怖い顔をして睨まないでくれよ。
俺を殺して口封じしても、ここらの悪い連中はみんなアンタの事は知ってるぜ?。
ホラ『蛇の道は蛇』ってね。」
(『もう悪い事はしたくない。』
だが『孤児院のためにも今までに犯した悪事がバレるのは不味い。』
俺はどうすれば良いのか?)
「お前のせいで俺の家族は!」
「金次第で何でもしてくれるという噂だが・・・」
「ゼファー君?。
水くさいなぁ?。
美味い話には俺らも一枚咬ませてくれよ。
同僚のよしみだろう?。」
ゼファーのスキルを奪った。
『状態異常無効』を手に入れた。
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「ちょっとそこのお嬢さん。」修道女の格好をした老女が暗い深夜の裏道でサイネリアに声をかける。
「ちょっと貴女が持っているその布が巻き付けてある大きな物を見せてもらって良いかしら?。
私は目撃者が見たという息子の仇である『大きな杭を打ち出す武器を持っている少女』を探しているんです。
目撃証言だけを頼りに雲を掴むように3日間捜し回ってたけど、ここに来て漸く目撃証言と合致する少女を見付けました、貴女の事ですよ。
あぁ!やっぱり貴女がゼファーの仇だったのですね!
それじゃあ御免なさい、息子の仇とらせてもらいますね。」修道女の格好をした老女が懐刀を抜く。
「修道女が敵討ちなんかをしても良いんですか?」
「これしか服が無いんです。
私はもう修道女ではありません。
『息子を殺されて復讐に狂った一匹の鬼』です。
目の前で兄のように可愛がってくれてる人が、無数の投石で徐々に弱って死んでいくのを見た子供達は『心のケア』が出来る別の孤児院に引き取ってもらいました。
私はもう『孤児院のシスター』じゃないんです。」
「そんなにゼファー・・・ゼファーさんの事を愛していたんですか?。」
「当たり前じゃないですか!。
世界中がゼファーの敵でも私だけはゼファーの味方です。
『狂っている』と笑ってください。
でも私は『斯くあろう』と心に決めたのです。
お喋りが過ぎましたね、ではお覚悟!」
───────────────────────
「サイネリアさん!。」俺は胸から血を流し倒れているサイネリアを抱き上げる。
一目見てわかる。
致命傷だ、もう助からない。
「何で・・・サイネリアさんならこんな事にはならなかったでしょう?。」
「初撃を避けた時に敵討ちの女の手に触れちゃったのよ。
全く似てないのにね、私の育った孤児院のババアに見えちゃって・・・そうしたら攻撃出来なくなっちゃった。
似ていると言えば、あの手・・・自分の食べる物を子供達にあげて働き続けてるゴツゴツした栄養失調の手・・・。」
「もう喋らないでください!。」
「ババアは私が逝ったら何て言うかしら?。
『こっちに来るのはまだ早すぎる』って怒るかしら?。
あぁ、良く考えたら私がババアのいる天国にいける訳がなかったわ。
私が行くのは間違いなく地獄なのに。
ヤスシ、レッスン2よ。
良く見ておきなさい。
これが殺し屋の末路よ。
こうなっては・・・躊躇しちゃダメ。
どんな相手でも、殺される前に殺しなさい。
わかった?。」
「・・・わかり、ました。」
「良い子ね。」
「『良い子』って子供扱いしないで下さいよ、いくつも年齢、変わらないじゃないですか。」
もうサイネリアから応答はなかった。