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騎士団長殺しカレー味  作者: 村上虎
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プロローグ

 「で、俺は勇者として異世界に呼び出されたの?。」


 俺は自宅の道場で木刀を振っていた。

 自宅に道場がある事からもわかると思うが、僕の家は剣術道場をやっていて父親は師範で祖父もまた元師範だ。

 父親は当代の道場主で、祖父は先代の道場主という事になる。

 父親も祖父も「免許皆伝」という物を受けているが、僕はまだ「免許皆伝」ではない。


 家に伝わる剣術にも流派はある。

 「天然理心流」とか「神道無念流」みたいなアレだ。

 確か家に伝わる剣術の流派の名前は「葉隠れ一刀流」だったはずだ。

 何でそんな曖昧な言い方なのかと言うと流派の真髄は一子相伝で僕はまだ伝承者にもなっていないし、真髄に触れてすらいないのだ。

 まるで忍術みたいな流派の名前だなと思った人もいるだろうが、その感想は間違っていない。

 僕の家は元は忍者でその後、武家になり剣術を磨いたのだ。

 元が忍者で後に武士になる・・・そういったケースは多くはないが珍しくはない。

 有名な話では「服部半蔵」がそうだ。

 服部半蔵は初代は忍者だったが、二代目からは武士だ。

 因みに世の中で「服部半蔵」と言われているのは二代目の「服部半蔵正成」の事であり、「服部半蔵」は「山田」と同じく名字である。彼らは「服部半蔵家」の名家に連なる者達だ。

 服部半蔵の家系は明治時代、十三代目まで続いた。

 徳川家康の家臣である服部半蔵正成は当然武士である。

 僕は伊賀上忍御三家、服部・百地・藤林の中の藤林長門守の流れをくむ家に生まれた。

 その十四代目の継承者が俺の父親である藤林剛ふじばやしつよしであり、十五代目になる予定なのが藤林柔ふじばやしやすし、つまり俺である。

 簡単に言うと「元は忍者だったがその子孫は武士になった」という事だ。

 そして、何となく俺は伝承者という事になっている。

 ひとりっ子で「葉隠れ一刀流」は一子相伝だからだ。

 俺がジャギみたいなロクデナシならケンシロウのような優秀な養子をとる事も考えるんだろうけど、ウチに養子がいないのを見ると、そこまで俺は酷いロクデナシではないようだ。


 それとは別に俺は家に伝わる剣を受け継いでいる。

 俺の剣術の腕は祖父どころか父親にも遠く及ばないけど、剣の鞘を抜けるのが父親でも祖父でもなく俺なのだから、俺が剣を受け継ぐのはしょうがないらしい。

 剣を受け継ぐのと流派の継承者になるのは全く関係がないとの事だ。

 現に父親も祖父も剣を受け継いではいないが流派の後継者にはなっている。

 逆に俺と同じように鞘を抜けたという曾祖父さんは後継者争いに破れ、後継者にはなれなかったという。

 曾祖父さんは才能に恵まれなかった、後継者だったというお兄さんの子供の替りに自分の子供をお兄さんの養子に出したという。

 その養子こそが僕の祖父なのだ。


 剣の名前は「建御雷(たけみかづち)

 日本書紀に出てくる神の名前と同じだ。

僕は鞘から剣が抜けるだけで、その剣の力・・・曾祖父さんが言っていた通り、この剣に異能の力があるならの話だが・・・を全く出せていない。


俺は自分の宿命を呪っている訳ではない。

それどころか剣術は好きだ。

しかし子供達に剣道を教えている道場と違い、僕の家の道場にお弟子さんは少ない。

僕の家は裕福とは言えなかったし、家計を支えていたのは母親のスーパーでのパートだと思っていた。


僕は剣術を嫌ってはいないしむしろ熱中するほど好きではあったけれど、母親の苦労を見ているとどうしても道楽に思えてしまう。


父親だって剣の腕を磨いて、弟子を育てて・・・遊んでいる訳ではないのだろうがどうしても「金にならない、好きな事をやって女房に苦労をかけている」ように見えてしまっていた。


それに弟子の少なさは「流派は一子相伝で、真髄も奥義も他人には教えない」という道場の方針に関係があるだろう。

どうせ月謝を払うなら、全てを教えてくれるところへ行きたいと思うのが普通だ。

そもそも何で「何で家の道場にお弟子さんがいるのか」わからない。

当然だ、一生懸命修行しても「お前は跡継ぎじゃないから奥義は教えない。」と言ってるようなものなんだから。

なので家には収入がほとんどなかった。

いや、ないと思っていた。


「今日からお前を後継者として教育する。」父親が僕を道場に呼び出して言った。

「わかった・・・いや、わかりました。」僕は丁寧に言い直した。

父親には家族としてフランクに接していたが、やはりこれからは『師匠』として敬わなくてはならないだろう。

「それと同時に我々の裏稼業についても知ってもらうし、参加もしてもらう」

「裏稼業・・・って?」

「簡単に言うと『ボディーガード』だな。

但し、積極的防衛・・・ってヤツだな。

狙って来るヤツを積極的に殺すんだ。」

「まるで『殺し屋』みたいだな。」

「もしかしなくても、俺達は殺し屋だ。

殺し屋であり、ボディーガードでもある。

『人斬り以蔵』で有名な岡田以蔵は坂本竜馬に頼まれて勝海舟のボディーガードをやっていたらしい。

ボディーガードと殺し屋は紙一重だ。

俺達はターゲットを護るために、躊躇なく敵を殺さなくちゃいけない。

そもそも防衛対照が存在せずに、暗殺対照だけが存在する場合も少なくない。」

「・・・わかった。

『正義の殺し屋』って訳だな?。」

「その胸くそ悪い『正義』って言葉を二度と口にするな。

誰かにとって『必要な事』は敵対する誰かにとっては『悪』なんだ。

立場が違うと『必要な事』が違う。

しかし、それを『正義』と言って敵対する勢力を殲滅しようとしている連中・・・それが俺達の暗殺対象だ。

そもそも『正義の人殺し』なんて存在する訳ないだろう?。」


それから俺は暗殺者として実戦の中で鍛えられた。

恐らく最初は足を引っ張っていたし「いない方がマシ」という状態の時も多分にあっただろう。

特に俺は最初、人を殺した事がなかった。

人を殺す事が偉い訳がない。

だが「暗殺者が人を殺せない」では話にならない。


俺が初めて暗殺に参加した時に、数少ない家の道場のお弟子さんがミッションに参加しているのを見て「この人何で家の道場のお弟子さんをやってるんだろう?。

もっと大きな道場で修行すれば良いのに。」と頭を捻っていた疑問が一つクリアになった。

お弟子さんだと思っていた人達は親父のビジネスパートナーだったのだ。

それ以来、俺は暗殺者として父親達と一緒に行動するようになった。

祖父は既に暗殺者としては引退しているらしい。

「ウチの流派は『素早く動く事が要求される』から、引退は早い。」と父親が言っていた。

家の道場の剣術師範は引退したはずの祖父がほとんどつとめていた。

『父親は道楽者だ。

道場で師範の仕事もほとんどしないでフラフラしている』と子供の頃思っていたが、実はそういった分業だったらしい。


現代日本で、腰に刀を差している訳にはいかない。

しかも腰に刀を差して、やる事が暗殺・・・では目立ちすぎる、『捕まえて下さい』と言っているようなものだ。

「刀傷、剣筋で『誰が斬ったか』わかってしまうのが『剣術』だ。

だから我々は暗殺に剣は使わない。」と父親は言った。

剣術道場をやっている家が「得物に剣を使わない。」と言うのだから事情を知らない者は訳がわからないだろう。

俺はてっきり剣の修行をするのかと思っていたけれど、親父は暗器と毒の取り扱いを俺に叩き込んだ。

一度父親に思いきって聞いてみた事がある。

「父上にとって、剣術とはなんですか」と。

「暗殺の隠れ蓑だ」父親は悪びれず言った。

「お前は多少は剣術が出来た方が良いかもな。

お前は『建御雷(たけみかずち)』の後継者だし、お前にとっての曾祖父、先代の『建御雷(たけみかずち)』の後継者は剣術の達人だったらしい。」

・・・と言う訳で俺は暗器使いになった。

 異世界に召喚された時もそうだったが、俺は時々一人で木刀を道場で振っている。

 父親も祖父も剣術の基本はわかっている。

 忍者にも『忍者刀』という物がある。

 父親も祖父も全く剣術を教えてくれない訳じゃない。

 しかし「もうお前に剣術で教える事はない。」と突き放されているのだ。

 俺が剣術の腕を磨くには今のところ、ひたすらに木刀を振るしかない。

 「俺には剣術は必要ないけど、お前にはもしかしたら必要かもな」と父親は言っている。

 見た目にはわからないが、俺の格好の色々な所に武器が隠されている。

 身体に隠せるくらいだから武器は小さい。

 小さい武器は当然威力も低い。

 暗殺は大概の場合『一撃必殺』でなくてはならず「威力が低いから殺せませんでした」で済む話ではない。

 なので暗器の威力が低いのをカバーする役割を担うのが『猛毒』である。

 なので持っている刃物の刃には、猛毒が塗ってある。

 俺が持っている刃物で擦り傷を付けられれば、それだけで相手は致命傷になる。

 俺はコートの裏側に大量の投げナイフをしまっているのが暗殺者だと思っていた。

 「外からナイフが見えるじゃないか。

 それに刃の先には猛毒が塗ってあるんだぞ?。

 ちょっと刃先に触れただけで大事件じゃないか。

 そんな物をコートの下に無数に入れるなんてどうかしてる。」

 どうやら暗殺者とはそういう物ではないらしい。

 そして「毒のプロ」というのは「解毒のプロ」でもなくてはならないらしい。

 父親は「間違えて毒に触れてしまうのは一度や二度ではない」と言った。

 俺はその言葉の意味をイヤというほど思い知る事になる。

 俺はその後何度か毒で死ぬ思いをした。


 最初父親は「ボディーガードのような仕事だ」と言っていたが、ボディーガードの仕事なんて最初の数回だけだった。

 その後はひたすらに暗殺の仕事ばかりだった。

 父親も子供にはなかなか本当の事が言えなかったのかも知れない。

 とは言え、俺は未だにターゲットにとどめをさした事がない。

 しかし人を殺した事がない訳ではない。

 ターゲットにボディガード達がいる事もあれば、ターゲットが極道の組長だった場合は、舎弟が何百人もいる事はしばしばあった。

 ターゲットが巨大な組織の人間であった場合、ターゲットを殺害する前に殺害しなくてはいけない者が数倍はいるのが普通だった。

 敵だけでなく、味方が死ぬ事も度々あった。

 「そりゃ死ぬ事もあるさ、殺してるんだから。」父親はこともなげに言った。

 そんな中で俺は感覚が麻痺していった。


 話は冒頭に戻る。

 俺は父親に従い『任務』をこなし、帰ってきた後に道場で黙々と木刀を振っていた。

 木刀を振るのは暗殺のミッションに参加した後、必ず行うルーティンワークのようなものだった。

 理由は剣術を磨きたいから・・・ではなく初めて人殺しをした時、眠れなかったので疲れて眠くなるまで木刀を振っていたら、思いのほか熟睡出来て、木刀を振るのが暗殺から戻って来た後の決まり事のようになっていたのだ。

 正直人を殺した後、色々な事を考えてしまう。

 そんな時に頭の中を真っ白にして、ただひたすらに木刀を振り続ける瞬間が大事だったのだ。

 「そろそろ終わりにしようかな?」

 俺は目を閉じて息を整えた。

 再び目を開けた時、そこは道場ではなかった。


 道場は板の間になっており、窓はないが光がそこかしこから漏れていた。

 ここは全く陽の光は入ってこない。

 照明としてカンテラが等間隔に置かれている。

 カンテラなんてキャンプの時しか見た事なかった。

 近代文化から取り残されているようなウチの道場でさえ、裸電球がいくつか天井からぶら下がっている。

 ここまで陽の光が入って来ないものなのだろうか?

 ここは地下ではなかろうか?

 全く風の流れを感じない。

 地上であれば、少しくらいは風の流れを感じるものだと思う。

 そして手に持っている物は木刀だったはずなのに、道場の壁に掛けられているはずの『建御雷たけみかずち』が手に握られていた。

 全くもって訳がわからない。

 そして室内にいるのは自分の他に3人の人間がいた。

 いで立ちを見ると、恐らく3人は西洋人だと思う。

 お決まりの「ここはどこ?」と聞く前に3人の中で一番身分が低いと思われる男が口を開いた。

 「よく来た!。異世界から来た戦士よ!。」


 「何勝手に呼び出してるんだよ!?。

 何でもう戦う事が決定みたいな話し方してるんだよ!?。

 頭おかしいんじゃないか!?。」という言葉を飲み込んで・・・。

 冒頭の「で、俺は勇者として異世界に呼び出されたの?。」という言葉を何とか俺は紡ぎ出した。

 やっぱりラノベ好きのヲタク高校生としてはやっぱり異世界に呼び出された時『イキってナンボ』というところがある・・・ような気がする、知らんけど。

 内心訳のわからないところに拉致られて心臓がバクバクいっているが、イキって異世界転移モノの主人公の少年を演じたのだ、演じきれたかはわからないが。


 俺の精一杯のイキりが聞こえていなかったのか、無視しているのかはわからないが俺を呼び出した3人の中の一人の偉そうな男が「ほう・・・その剣はタケミカズチか。」と言った。

 「何で異世界のアンタが『建御雷たけみかずち』知ってるんだよ!?」俺はクールにイキる主人公キャラを忘れて、思わず驚いて叫んだ。

 「知っているもなにも・・・三日前までタケミカズチの持ち主だったダン・フジバヤシは我々の組織で一緒に活動していた戦士だったのだ。」と偉そうな男は言った。

 ダン・フジバヤシ・・・藤林弾とは俺の曽祖父さんの事だ。

 厨二病全開だった時に、曽祖父さんの『弾』という名前に憧れたから覚えている、間違いはない。

 何でも三日前まで3人と同じ組織に所属していたがその後、行方がわからなくなったらしい。

 どうやら異世界と日本で違うのは住んでいる世界だけではないらしい。

 曽祖父さんは第二次世界大戦の前夜、唐突に行方不明になったと聞いている。

 そして第二次世界大戦が終わるとどこからともなく戻ってきたらしい・・・と爺さんが言っていた。

 つまり『時間の流れが異世界と日本では違う』という事だ。

 俺が生まれる遥か前に死んでいるはずの曽祖父さんが異世界では三日前まで活躍していた。

 三日前に何かの拍子に日本へ帰った曽祖父さんが日本へ帰った時代は第二次世界大戦が終わったばかりの時代だった、という訳だ。

 正直、日本に帰りたい。

 「異世界も悪くない。」なんていうのは異世界にしばらく住んで異世界の良いところ、異世界人の暖かさに触れた人間の言うセリフだ。

 異世界に来たばかりの俺の本音は「文明社会に帰りたくてたまらない!。

 寝転んでネットサーフィンがしたい!。

 テレビもないとか冗談じゃない!。

 何でこんだけ照明並べときながら薄暗いんだよ!?。

 何で換気扇も回ってないのに閉めきってるんだよ!?。

 何か息苦しいんだよ!。」だ。

 内心絶叫しながら・・・イキっている。

 待てよ?。

 曽祖父さんは異世界に一度は来たが日本に帰れたらしい。

 つまり文明社会に帰れる可能性がある、という事だ。

 鍵になるのは恐らく『建御雷(たけみかずち)』。

 なぜなら曽祖父さんが異世界に持っていった物で、異世界から持って帰ってきた俺が知る限り唯一の物だからだ。

 そして俺は今『建御雷(たけみかずち)』を持っている。

 転移の瞬間持っていなかったはずなのに異世界転移した後、気付けば『建御雷(たけみかずち)』を握っていた。

 つまり『異世界転移』と『建御雷(たけみかずち)』は密接な関りがあるはずだ。


 「我々は『宝具』とその持ち主をこの世界のみならず、異世界から召喚しているのです。

 今回はその『建御雷(たけみかずち)』が『宝具』という事ですね。」

 「少しくらいはミスリードさせろよ!。

 『鍵は建御雷(たけみかずち)だ!』とか、もう少し勘違いしながらイキらせてくれよ!。

 鍵じゃなくてただの諸悪の根源じゃねえか!。

 俺は『建御雷(たけみかずち)』があるから異世界へ召喚された訳だな?。」

 「左様です。

 あまりの理解の早さに戸惑ってしまっていますが・・・。」

 「こういったラノベが好きでよく読んでるだけだから、気にしないで良いよ。

 ・・・ちょっと待てよ?

 『ダン・フジバヤシ』は元の世界に帰れたんだよな?」

 「我々は『行方不明になった』という認識ですが。」

 「・・・という事は曽祖父さんの元の世界への帰還にコイツらは絡んでない。

 曽祖父さんは流派の相続争いに負けるくらい、剣術も暗殺もセンスも才能もなかった。

 なのに行方不明になって戻ってきた後、何故か剣術と暗殺の達人になっていたという。

 考えられる可能性は一つ。

 曽祖父さんは異世界で暗殺をしていた。

 『建御雷(たけみかずち)』を使って。

 『建御雷(たけみかずち)』の練度がアップすると日本へ帰る事が出来る・・・曽祖父さんが失踪前よりレベルアップしていたのは剣術と暗殺の腕だけだという。

 『建御雷(たけみかずち)には異能の力がある。』と爺さんや親父に曽祖父さんが話してた、という事とも辻褄が合う。

 帰還方法とコイツらが関係していないなら『建御雷(たけみかずち)の練度がアップすると、俺も日本に帰れる可能性が高い』と言うことだと思う。」俺は頭の中で情報を整理した。


 「何をブツブツ言っているんですか?。

 異世界転移の衝撃で頭がおかしくなっちゃったんですか?。」俺を呼び出した3人の中で恐らく一番身分が高いだろう・・・中央の玉座に座っている妙齢の美女・・・わかりやすく言えば「オバハン」「20年前の美少女」が言った。

 「失礼なオバハンだな。

 人を呼び出しときながら、いきなり『頭がおかしい』呼ばわりかよ。」俺は少しムッとしながらイキって言った。

 ムッとしてようがどうしようがイキりは異世界転移者の義務教育みたいなモンだ、知らんけど。


 「無礼な事を言うな!。

 このお方をどなたと心得る!。

 恐れ多くも先の皇帝の正室であられたイベリス上皇太后であらせられるぞ!。」呼び出した3人の中で一番老齢の・・・簡単に言えば『ジジイな』男がわめき散らした。

 いきなり拉致しておきながら「敬え」と言う事か。

 理不尽にも程がある。

 「俺がいた世界では『このお方をどなたと心得る?』と言いながら印籠を出すのが決まりなんだよ。」

 「インロー・・・ですか?。

 何ですか?、それは。」

 「アレ何なんだろうな?。

 小物入れじゃないかな?。」

 「わかりました。

 ローランド、小物入れを一つ調達して下さい。」イベリス上皇太后と言われたオバハンはローランドと呼ばれたオバハンよりかなり若いオッサンに見当違いの指示を出した。

 「で、そのイベリコ豚さんが『宝具』を持ってる俺や曽祖父さんを迷惑にも日本から呼び出したのはわかった。

 俺に何をさせるつもりなんだよ?」弱冠イキりながら俺は言ったが、元来偉い人は苦手なので『上皇太后』と聞いて内心ビビっていた。

 よく考えたらまだビビる必要はなかった。

 帝国の規模すら知らないのだから。

 勝手に帝国を日本と比べてビビっていたが、帝国は西川口の風俗街くらいの規模かも知れないし、王城は西川口のラブホより小さいかも知れないのだ。

 「ぶ、豚?

 あのオークの改良品種の高級食材の・・・?。

 褒められてるのか、貶されてるのかわかりません。」イベリスと呼ばれたオバハンは言う。

 そうか、この世界には猪はいなくて、豚はオークの改良品種なんだ。

 「あ、あぁ。

 俺のいた世界じゃ美しい女性の事を『豚』と呼ぶんだ。」本当はイキって嫌味っぽく言ったのだが、俺に嫌味を貫き通すだけの根性はなかったので、思わず嘘をついてしまった。

 「そうですか。

 しかし私はそんな『豚』と呼んでいただくような女ではございません。」

 「い、いや、あなたは見紛うかたなき『豚』だ。」俺がそんなお世辞なのか何なのかわからない事を言っていると、ローランドと呼ばれた男が顔を真っ赤にしながら割って入った。

 コイツこの女の事好きで俺に嫉妬してやがるな。

 「よ、要件を伝える。

 私はホークランド帝国元副騎士団長、ローランド・ミハイロビッチと言う。

 今は革命軍総司令であるが。」

 「革命軍?」

 「そうだ。

 帝国は腐敗堕落しきって、汚職・賄賂の温床になってしまっている。

 そして帝国民は高い税と圧政に苦しんでいる。

 そこで我々は帝国から造反し革命軍を立ち上げた、という訳だ。」とローランド司令は説明した。

 「ふーん、革命軍は民衆の味方として帝国内を改革しようとしてる訳だ。」俺が頷きながら言うと、ローランド司令は首を振った。 

 「何か勘違いしてるみたいだから言うが、我々がやろうとしているのは『民衆の味方』なんかじゃない。

 お前はもしかして『我々が行おうとしている革命は庶民に支持されている』とか思ってないか?。

 ・・・いいか?。

 庶民の大事な跡取り息子はな、帝国に徴兵されてたりするんだ。

 我々が帝国と戦って殺す相手には『庶民の大事な跡取り息子』が含まれてるんだよ。

 そんな連中を自分の息子が殺されるかも知れない庶民が応援すると思うか?。

 庶民なんていうのはな、自分とその家族の安全を保証してくれると信じて帝国を応援してるんだ。

 そのために大事な跡取り息子を徴兵に出したりして、無事に帰って来る事を祈ってるんだ。

 帝国の税が高いから、私腹を肥やしてるから帝国民は革命軍の味方だと思ったか?。

 逆だよ。

 戦闘が起こる度に税が引き上げられる。

 戦闘が起これば、可愛い息子が死ぬかも知れない。

 我々革命軍は庶民にとって『疫病神』のような存在なのさ。」

 「じゃあ革命の意味は?。

 誰にも望まれていないんだったら、やらない方が良いんじゃないか?。」

 「帝国は図体ばかり大きくなりすぎた。

 内部は腐敗しきっている。

 敵がいないのであれば、時間をかけて内部の膿を出して大手術すれば良いだろう。

 しかし現実はそうじゃない。

 帝国が弱体化するのを虎視眈々と待っている外敵がいる。

 内部にも幼い皇帝を利用し私腹を肥やして、国を弱体化させている者が大勢いる。

 外敵に帝国が滅ぼされれば帝国内は蹂躙されるだろう。

 それこそ『男は殺せ、女は犯せ』の世界だ。

 やりたくない事の中に『やらねばならない事』が含まれている事は得てしてある。

 今帝国を革命する事は、『帝国民が望んでいる事』ではなく、『帝国にとってやらなければならない事』なんだ。

 我々は現帝国が外敵に滅亡される前に現帝国を打倒し、強固な新帝国を立ち上げようとしているのだ。

先帝の正室であったイベリス上皇太后を革命の旗印に!。」ローランド司令は自分の演説に酔っているようだ。

 「う~ん・・・。」俺は首を捻った。

 「何かおかしな点でもあったか?。」

 「イベリス上皇太后は自分の子供である皇帝と戦っても良いの?」

 「現皇帝はイベリス上皇太后のご子息ではない。

 イベリス様と先帝の間に男児は産まれなかったのだ。

 現皇帝は先帝と側室との間にお産まれになった方だ。

 それに我々は帝国と正面から潰しあい、お互いに戦力を失う事を上策としてはいない。

 帝国と我々が戦力を損耗し、国力が下がりきった時に他国に攻め滅ぼされるのが考え付く限り最悪のシナリオだ。」

 「じゃあどうするつもり?。」

 「帝国の要職についている者、腐敗にまみれた者を我々、革命軍が暗殺し、彼等の代わりに我々が帝国を治めるのだ。」

 「そう上手くいくかね?」

 「我々にも考えがない訳ではない。

 先ず、『革命とは関係なく賄賂と汚職にまみれた帝国要職は粛清しなくてはならない』のだ。

 正義などとは関係なく、彼等を放っておいては帝国は駄目になってしまう。

 第二に我々もただひたすらに暗殺を繰り返そうという訳ではない。

 最終目的は帝国の要である騎士団長を暗殺して帝国の要職を瓦解させて、そこにすげ替わる・・・という作戦を立てているのだ。

 作戦が成功するか失敗するかはまだわからない。

 帝国の戦力は巨大で我々はまだ塵芥(ちりあくた)に等しい。」

「ハッキリ言わせて貰うけど、アンタら帝国内で勢力争いに負けたんだろ?

 イベリス上皇太后だっけ?

 彼女、その証拠にそんなに『革命』に興味なさそうなんだけど。

 どっちかって言うと『跡継ぎ候補が産めなくて、側室が跡継ぎを産んでしまったから皇城内に身の置き場がない』ってのと『旧副騎士団長で現革命軍司令のローランド司令と駆け落ちしたかっただけ』に見えるんだけど。

 アンタら二人、出来てるんでしょ?」俺は本音半分、半分はイキってぶっちゃけた。

 しかし二人の中年男女のラブロマンスのために命を賭けて暗殺に挑む・・・などというのは真っ平御免だ。

 まあ、俺が日本に帰るためにも、革命軍で腕を磨かなくてはいけないし、それはどうも決定事項のようだ。

 だからこそ、ここで色ボケしている二人に釘を刺しておく必要がある。

 3人の中で最年長の『ジジイ』が慌てながら言う。

 「お二人の間柄は革命軍内で『禁句』になっている事柄に触れるのでノーコメントだ!。

 お前は革命軍の中での暗部、暗殺部隊所属という訳だ。」

 「ノーコメントの時点で言ってるようなモンだと思うが・・・それよりもっと聞きたい事がある。

 俺を『お前』呼ばわりするじいさん、アンタは一体誰だ?」

 「儂は帝国の元宮廷魔術師長、そして今は革命軍参謀長のヤイプスと言う。

 お前をこの世界に召喚したのも儂じゃ。」

 「ふーん。

 俺はどうもあの二人が『革命』に興味ないような気がしてならないんだが・・・まあいいや。

 俺がいた世界でも、俺の専門は暗殺だった。

 俺が暗殺者になったばっかりの頃、『正義』を語ると親父に顔の形が変わるくらい殴られたから人殺しで正義を語る気はないよ。

 アンタらに協力はするよ。

 だけどただ一つだけ条件を呑んでもらう。」

 「何だ?。

 報酬の件か?。

 それとも革命が成ったあとの地位の件か?。」

 「ちがうよ。

 そのどっちもで色気出したヤツは早かれ遅かれ消されるんだろ?。

 俺も違う世界とは言え、殺し屋稼業をやってたんだ。

 殺し屋風情が多くを望んだ場合『何か面倒臭い事言い始めたぞ、殺しとくか』って消された殺し屋はいくらでも見てる。

 『欲はかかない、欲は危機察知能力を麻痺させる』って事くらいはわかってるよ。

 そうじゃない。

 俺は親父や爺さんから何度も言われてきたんだ。

 『信念のない殺しはしない、信念のない殺しは虐殺と何ら変わらない』って事、それだけは守らせてもらう。」

 「『信念』は構わないが、殺しごときに『陶酔』しないようにな。

 信念があろうがなかろうが『殺し』は『殺し』、薄汚いモンじゃ。

 美学なんぞ犬も喰わんぞ。」

 「だからこそ『快楽殺人』『無差別殺害』だけはしないんだ。

 美学もクソも無いモンだからこそ拘りたいんだ。」

 「そういうモンかのう?

 まあ、我々も快楽殺人犯を仲間にする気はないが。

 しかしお前もかわってるな。

 儂が言うのも何じゃが、こんな勝ち目の薄い勝負に乗るんじゃから。

 しかも殺し屋を今までもやってたなら『革命が成功したら、暗部は闇に葬られる』というのはお決りだろうに。」

 「アンタは俺を闇に葬るつもりなのか?」

 「・・・な訳なかろう?

 もし暗部に加担した者が消されるならアンタが葬られる時は、儂も闇に葬られるわい。」

「じゃあこの話に乗るのはアンタを信じて、だ。

 それにもしアンタらの革命軍の存在を聞いた後で『仲間になりません』なんて言ったらアンタら、俺をそのままにはしておけないんだろ?」

 「まあな。

 殺しこそしないけれど、革命が終わるまでは牢屋に入っててもらうかな?」

 「ホラ見ろ。

 どうせ仲間になる以外、道はなかったんじゃないか。」

 「当たり前じゃろ?

 大枚をはたいて異世界召喚を行ったんじゃ。

 仲間を増やすのは計算の内じゃよ。」

 「『仲間になりたくない』なんて言ったら洗脳されそうだな。」

 「するかもしれんな。

 『する訳ないだろう』なんてとても言えん。

 手段を選んでるヒマはないんじゃ。」


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