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告白2

7/29 改行調整。

 わたしは幾度も、幾度も試行錯誤を繰り返した。それでも運命は残酷で、気付けばどこかで諦めかけていたのかもしれない。


 わたしが彼を意識するようになったのは、それこそ物心ついた頃からだ。わたしと隆央は、いわゆる幼なじみだった。家が隣り合っていたこともあって、ずっと家族ぐるみの付き合いをしてきた。

 恋人でもない癖に、わたしは隆央の黒子の位置まで知っている。ともすれば姉弟――といったら、隆央はむすっとして拗ねるかもしれないが――のような関係が、わたしにはもどかしかった。しかし、そのぬるま湯のような関係は、抜け出すにはあまりに温かく、そして心地良かったことも確かだった。


 最初の告白は、中学生二年生の頃だった。その頃には周囲も中学生らしく異性を意識しだしていて、誰と誰が付き合って、だの、誰が誰を好きで、だのと、話題の中心は男女の仲を勘ぐるようなものになっていた。

 そうしてわたしは、秘めた想いを告白しようと決めたのだ。本当は隆央の方から言って欲しかったけれど、まだまだお子様というか、そういう恋愛の機微には疎い方だったから。


「わたしね、隆央のことが好き。幼なじみとしてじゃないよ、一人の男の子として好きなの」


 放課後、校舎裏に呼び出された隆央は面食らったように目を丸くしていた。対するわたしは、心臓が破裂するかと思うくらいだった。


「だから、これからは私の彼氏になって欲しい」


 そうしてわたしにとって一世一代の告白は――意外なほどあっさりと受け入れられた。


「僕も、真由紀のことが好きなのかもしれない。その、同じように幼なじみとしてじゃなくて、一人の女の子として」


「だったら……」


「うん。僕からも。真由紀、これからは僕の彼女になってください」


 その答えを聞いて、わたしは思わず跳び上がって喜び、隆央に抱き着いた。

 これから、きっと今よりもっと楽しい毎日が待っている。そんな予感がしていた。あるいはそう願っていたのかもしれない。

 しかし無垢な願いは、あっさりと潰されてしまった。


『柊木隆央くんは、昨晩交通事故で亡くなりました』


 最初は、何を言っているのか分からなかった。

 だって、昨日やっと告白して、これから楽しい毎日が始まる筈だったのに。

 つい十数時間前には、手を繋いで家まで帰ったのに。

 またね、って。お互いの窓から手を振ったのに。

 だが現実はどこまでもわたしに残酷で、隆央は死んでしまったのだ。


 次の告白は、中学の卒業式の時だ。また隆央を喪ってしまうかもしれないことが怖くて、わたしは努めて“ただの幼なじみ”として振る舞っていた。けれど、隆央と違う高校に進学することもあって、不安になったのだ。

 隆央にわたし以外の彼女が出来たらどうしよう。

 その光景を思い浮かべるだけで、鉛が詰まったような息苦しさを感じた。それに、隆央と同じ高校に行くあの子だって、何やらそういう素振りを見せている。わたしはいとも簡単に嫉妬心を煽られていた。

 すっかり日も暮れかかった教室で、わたしは隆央と二人きりだった。黒板に書かれていた寄せ書きも、今は綺麗に消されている。


「ねぇ隆央、わたしが何を言いたいか当ててみて?」


 隆央の制服からは、第二ボタンが消えていた。わたしは何だか、意地悪をしたいような、そんな気持ちになった。


「えっ……いきなりどうしたのさ」


「いいから!」


 隆央を黒板まで追い詰め、両手をつく。今にも唇と唇が触れそうな距離で、多分わたしは顔を真っ赤にしていたと思う。

 隆央は戸惑うような目で、わたしを見ていた。


「真由紀、泣いているの?」


「泣いてなんか……」


 一歩後ずさり、わたしは袖で目蓋を拭った。少しだけ鼻をすすり上げる。


「わたしね……」


 脳裏によぎるのは隆央の訃報。大丈夫、今度こそは。


「わたし、隆央のことが好きなの。幼なじみとしてじゃなくて、一人の男の子として」


 告白したところで、後から涙が零れて止まらなくなった。嗚咽まじりに告白だなんて、我ながら格好悪い。

 わたしはいつもこうなのだ。自分ではさばさばしているつもりでも、本当はずっと弱くて卑怯で、そして臆病だった。


「真由紀、これ使って」


 見ると、隆央がハンカチを差し出していた。空色のタオルハンカチには、見覚えがあった。


「これ、わたしがプレゼントしたやつ」


「去年、水族館に行った時にプレゼントしてくれたよね。真由紀は僕があげたハンカチ、使ってる?」


 わたしは制服のスカートのポケットから、桜色のハンカチを取り出した。隆央の家族と、わたしの家族とで去年水族館に行った時、お互いにプレゼントしたものだ。


「僕も、真由紀のことがずっと好きだった。本当はもっと早く言うべきだったんだ」


 隆央の顔が、真剣なものに変わる。そんな隆央の表情を見るのは、初めてかもしれなかった。


「真由紀、これからは僕の彼女になって欲しい」


 わたしは、声を上げて泣いた。親の前でもこんなに泣いたことは無い。そうだ、わたしが心を許せるのは、いつだって隆央がいる時だった。

 幼子のように泣きじゃくるわたしを、隆央は優しく抱き締めてくれた。その体温を、わたしはいつまでも感じていたかった。


「このハンカチ、貰っていい?」


「じゃあ、そのハンカチを代わりに貰うよ」


 お互いに贈り合ったハンカチを、わたしたちは交換した。たったそれだけのことが、まるで一生の宝物になるような気がしていた。

 そして翌日、隆央に渡した桜色のハンカチは、赤く染まって見つかった。


『柊木隆央くんは、昨晩通り魔に遭って亡くなりました』


 またしても、わたしは隆央を喪ったのだ。


 そうして幾度も繰り返したが、結果はいつも同じだった。

 高校生の時も、大学生の時も、わたしが隆央に告白をすると、決まって彼は死んでしまう。どのようになろうと、結果は変わらなかった。分かったことはただ一つ。わたしが告白すると“隆央は死ぬ”のだ。

 何度も諦めようとした。でも、諦めきれるはずがなかった。こんなにも好きなのに、そして隆央だってわたしを好きでいてくれたのに。神様がいるとすれば、どうしてこんな酷い運命をわたしたちに押し付けたというのだろう。


 こんな思いをするくらいなら、いっそ関わらなければ……そう思いさえした。

 一度わたしは、隆央に彼女を作らせたことがある。お似合いのカップルだった。わたしがいた筈の場所を他の女の子に取られるのは、それこそ死ぬほど辛かったが、それでも隆央が生きてくれるなら良いと思っていた。

 だが、結果は変わらなかった。他の女の子と結ばれても、隆央の死の運命は避けられなかったのだ。

 つまりは隆央は、わたし以外と結ばれても死んでしまうし、わたしと結ばれても死んでしまうのだ。


 だから今回、わたしは隆央の方から告白して貰おうと思った。

 そのために好きでもない相手と、形だけの交際を繰り返したし、あまつさえそれを隆央に話しさえした。隆央の切なそうな表情を見ていると、わたしの心まですり潰されそうな気がした。

 でも、ひょっとして隆央から告白されれば……そんな淡い期待をわたしは抱いていたのだ。


 そして月日は経ち、大学四回生の冬。ついに隆央は、彼の方からわたしに想いを打ち明けてくれた。

 こんな幸せなことがあっていいのかと、わたしは冗談じゃなく天にも昇る気分だった。隆央の手を取り、その体温を感じ、大切な人と心が通じ合っていることの喜びを噛み締めるように、その瞳を見つめた。


「わたしね、“今”が一番幸せかも」


 唇を重ねたとき、この瞬間の為にわたしはやり直してきたのだと思えるくらい、満たされていた。


「“これから”も、幸せにするよ」


 どちらともなく笑い、またキスをする。すっかり日は暮れて、薄暗い闇に包まれていたことすら、わたしは忘れていたのだ。

 そしてわたしは、その翌日形だけの交際をした相手の手に掛かり、あっけなく殺されてしまった。


 隆央から告白されると“わたしが死ぬ”のだった。

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