表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

明鏡の絵空事~一話完結編~

作者: うちゃたん

 



「茶を煎じる事で、大事な事を教えてやろう」




そう言って(だん)は、薬草を取り出した。




「それは、質の良い薬草を用意する事。

そして、薬草に合う

最適な温度で茶を煎じる事は、もってのほか




何より、上質な土瓶と、薬草がこの上ない程に効能を出す瞬間を

逃さない腕と感が必要だ。

短すぎても、長すぎても、いけない。




この瞬間を、0.00001秒でも逃したら

それはただの、お茶にすぎない。




けっして、”あの薬”にはならないんだ」





土瓶の中、蒸されて行く薬草。

ふわりふわりと湯の中で踊っている。





それは、たちまちに不思議な香りを放ち出す。





例えようもない香りが部屋に溢れ出して

まるで香りに色が付いているようだ。





”ドンッ”





強めに湯のみを置いた。





ゆっくりと湯のみに煎じた茶を、注ぐ。




そそぎ出る香りは、だんだんと形となり

不思議にも、まるで命があるような動きをしてみせた。





意思があるかのように、スーッとまっすぐ突き進んで行く。





その先にいるのは、小太りなネズミ。

入れたてのお茶を一気に飲み干した。





「うん。今日もうまく出来てるな。合格!」





「何が合格だ!たまには俺にもお茶の一杯も入れたらどうなんだ」





「よし、そろそろ朝飯だ。飯でも食い行こうぜ」





「聞いてんのか!」





このあべこべな二人。

実はねずみカラスの妖怪なのだ。





小太りのねずみは、茶々丸。

そして、人間の姿をしたカラスの(だん)だ。

ひょんな出会いから二人は一緒に旅をしている。





茶々丸はいつも弾の肩に乗り

ぐーたらと踏んずり返っている。

今は、朝飯をせがんでいる最中だ。





そんな今日も山道をずんずんと進む。

山の下り道に差し掛かった頃、茶屋を見つけた。

店の看板には「ぶた猫茶屋」と書いてある。





「ほー。ぶた猫ね」





この茶屋はおばあさんが一人きりもりしている

小さな茶屋。

店を開ける準備をしている最中だった。





「なんだか今日は冷えるね~天気も悪い。団子は多めに作っておこうか」腰をトントンと叩きながた独り言を言っていた。





山道を歩く者たちが休憩の場として利用するこの茶屋は天候が悪いと客も増えるのだ。

いつもより多めに団子を焼く準備を始めた。





「ごめんください、休ませて頂けませすか?」




弾がやって来た。





「あれ、随分早いお客さんだね~まだ準備が出来てなくてね、何か飲み物ぐらいなら平気だよ」粉の付いた手を拭きながら言った。





「ええ、構いません。忙しい所申し訳ない」弾は店の中へ入る。店には甘くていい香りが広がっていた。




「え、食い物ねーの?」茶々丸は不満げ。





「甘酒の香りですか?」




「あぁ、そうだよ。飲むかい?」





「ええ、では、甘酒を」菅笠を取り、椅子に腰を掛けた。




茶屋のおばあさんは、心の中で思っていた。




真っ黒な髪と謎めいた雰囲気のこの男。

股旅を着ているから、きっと旅人なんだろうけど。

何だか不思議な奴だね。

変なねずみ連れてさ。





その頃、何やら弾の足元が騒がしくなっていた。

太った猫が、茶々丸を追いかけましているのだ。





「この太った猫が、この茶屋の名前の由来である”ぶた猫”か」弾はクスッと笑った。





「こらこら、食べ過ぎは体によくないぞ」ぶた猫を抱き上げ、隣に座らせた。





「お、おい。そのぶた猫どっかやってくれ!

俺を誰だと思ってんだ!ねずみ様だぞ!

朝飯食う前に、食われちまう!」





茶々丸の言う事など、無視。

ぶた猫の頭を撫でてやると

ぐーぐーとイビキを立てて寝始めた。





そしてお待ちかね、熱々の甘酒が出てきた。





「にしても、アンタ早いね。

このあたりは最近熊が出るからね暗いうちは歩かない方がいいよ。今日なんか天気も悪いしね。宿を見つけて今日はやめておいた方がいいよ」





「熊ですか、町に近いのにめずらしいですね。確かに大雨が降る・・・明日の夜明けまでどしゃぶり。今日は茶屋も忙しくなるでしょうね」弾は甘酒をすすりながら言った。





「明日の夜明けまでかい、何でわかるんだい?」





「カラスが・・・そんな事を言っている気がしたような、なんてね」





「あんた面白いやつだね。名前は何てんだい?」




「雪村弾と申します。北の国から来ました」





「弾か、いい名だね。

あたしゃ西から出た事はないよ、旅人なんかに東やら南やら色んな土産話は聞くけどね。

その話だけであたしゃ十分旅をした気分だよ。

あんた見る所じゃ旅行ってわけでは無さそうだし仕事で長旅かい?」団子の準備をしながら、話しを続けた。





「ちょっと探し物をしていてね。この近くにある白火(はくび)の村(をご存じで?」





「あぁ、白火の村なら知ってるよ。野菜やきのこなんかは、白火の村から仕入れているからね」





「そこの村は特殊な村と聞いた事があったので、行ってみようと思っているんです」





「よく知ってるね、あそこは人が寄り付きやしない暗い村だけどさ。

あそこで採れる食べ物や薬草なんかは、特別だよ。

白火の村は一年中火山が降っていてね

その火山灰は植物に特別な影響を与えるって話しなんだ。



例えば薬草。

灰の中で育った薬草は通常の土で育った物と比べて効能が強くなるらしい。

例えば、そうだねー

毒を消す解毒薬を作ったとしたらさ

普通では死んでしまうような毒も消す事ができるって話しさ」茶屋のおばあちゃんは何だか自慢げだ。





「効能が強くなるか・・・」




「あんた、あの村に行くんだね」




「ええ、行ってみようと思っています」





「村に行ったら白火大根ってやつを食べたらいいよ。最高に美味しいからさ!あたしゃあの大根が好物でね。

たまの褒美に食べるのさ」おばあさんは嬉しそうに言った。





「白火大根ですか。覚えておきます」




「だけどさ。さっきも言ったけどさ、今日は早めに宿に行きな」




「ええ、お心使いありがとうございます。

美味しい甘酒をごちそうさま。おかげで体が温まりました」弾は銭を置き、菅笠をかぶった。





すると

「ちょっと待っておくれ」おばあちゃんが弾を止め、小走りで駆け寄ってきた。




「天気を教えてくれたお礼だよ、食べな」そう言って、団子の入った包み紙をくれた。




「団子を?」




おばあさんはにっこり頷いた。





「その太ったねずみと食べな」





「ありがたく頂戴します」弾と茶々丸は嬉しそうに目を合わせた。





さっそく、白火の村へと向かう。

言われた通り早く宿を見つけなくては。

雨が今にも降りだしそうだ。





店から出てしばらく歩くと「白火の村」という小さな看板を見つけた。





「ここが村の入り口か」





村へ進むにつれ、だんだんと霧深くなって行った。

その霧は進むほどに大粒の火山灰と変わって行き、やがて真っ白な景色になった。





ほんのわずかな先しか見えない。

やけに静かな村だ。





すると白い景色の向こうに、背中の曲がったおばあさんの姿が微かに見えた。





「こんにちは。この辺りに宿はあるかご存知ですか?」





「あっちだよ」そう言って適当に指を差し、去って行った。





「ありがとうございます」と言ったが、聞こえているのやら。





弾は言われた通り、適当に指を差した方へ進んで行った。





本当にこっちでいいのか?と思いつつ、半信半疑で進んで行くと、薄っすらと町らしきものが見えてきた。





「ここ町なのか?」




「あぁそうみたいだな」





目の前には火山灰がシャンシャンと降るばかりの、色も音もない町が広がっていた。

町の中を歩いて行くと、立ち並ぶ店も見えてきた。

町行く人の数も以外と多い事に驚く。





だが、何とも言えぬ殺伐とした空気が流れている。




“しかし、何も見えない”




弾は、また通りすがりの女の人に声をかけた。





「すみません、この辺りで宿はありませんか?」また声を掛けると、同じく適当に指を差されただけで、女の人は無言で去って行った。





指さされた方向へ向かうと

確かに宿があった。





「よかった、先に宿へ行こう」




一安心だ。




すると

「へい、らっしゃい。お兄さんは旅人かい?」





大きな声で話しかけられた。





「白火大根いっぺん食ってみな!うめっから!」この町ではめずらしく元気に店売りをしている男に声をかけられた。


 



「お!さっきのばあちゃんが言ってた大根じゃねーか」茶々丸は身を乗り出した。





一つ試しに買ってみる事にした。

白火大根はとても細長い、薄ら赤身が差している大根だった。





店の男は言った

「はいよ、今ここで食べな。部屋の中で食べたら大変だからな」と言われ、何故大変なのかと思いながらも、弾と茶々丸は大根にかぶり付いた。





するとかぶり付いた所から大量の水分がドボドボと出てきた。





「おーう、勿体ない!兄さんその水を飲みな。その水がうめぇーんだ!」と言われ慌てて、その水を飲んだ。




これには、弾と茶々丸はびっくり。





「んん!なんて旨い大根だ。少し梨に似ている。

この水も大根の香りと甘みがあって、やみ付きになる味だ。こんな大根はめったい食べられない。もう一本買って帰ろうか」





「マジ!うめー!2.3本買ってくれよ!」




「そんなに持てないだろ」




「ん?兄さん誰と話してんだ?」




「あ、いや、独り言です」







―「はいよ、まいどあり!」




結局大根を2本買い、店を後にした。




―すると




「待てゴラァァァァ!ぶん殴ってやるッ!」




当然怒鳴り声が響いた。




弾と茶々丸は驚きあたりを見回した。





すると小さな女の子が、さっきの大根を売っていた店の男に追いかけられ

殴られていた。

子供相手とは思えぬほど、何度も棒で叩かれ殴られた。

町の人々は皆見ているだけ、助ける者は居なかった。





「やり過ぎだ!」弾は止めた。





「兄さん、悪く思わないでくれ。こうするしかねーんだよ」店の男は、うんざりした顔で言った。





少女を見ると、つんつるてんの着物

顔は真っ黒に汚れ、ボサボサになった団子頭。

つりあがった目で、大根を握りしめていた。

きっと貧しくて大根を盗み店の男は怒ったのだろう。

そして初めての事ではないのだろうと空気でわかった。





「お察しします。ですが、今日はこの変で勘弁してやってください。代金は私が払います」弾は小銭入れを出し、店の男に金を払った。





店の男は複雑な顔で銭を受け取り、大根を盗んだ少女は走って逃げて行った。





村中の人々が弾を見ていた。

早くここから離れたいと思った。




すると今度は、老人が声をかけてきた。




「旅人よ、とんだ御無礼を」そう言って、頭を下げた。




「いえ、別に」弾が小銭入れをしまいながら返事をした。




「わしはこの村の村長、大村大吉と申す」




「はあ・・・」軽く会釈をした。





「この村にはなかなか人が寄り付かない。来るのは野菜の買い付けなんかに来る者ぐらいじゃ。せっかく珍しい旅人が来ておるのに、村の印象を悪くする事ばかり・・・あ~ぁ~まったく困った子供だ」と言った。






「さっきの子供は腹が減っていたのでは?」





「大丈夫じゃ。あーやって盗んで食べとるんだから。

あの子供は・・・ほれ、親がアレなもんだから。気にかけてもらわなくて結構。

旅人よ、汚らしいものを見せてしまって申し訳なかった。


この村はとてもいい子で、優秀な子供が多いんじゃ。

村人も皆親切だしのう。なんか困った事あったら、な~んでも言っておくれ」



表情一つ変えずにベラベラと話す村長に、弾は少し不気味さを感じていた。





「そうですか・・・」




「では、旅人よ。楽しんで行くと良い」そう言って、村長はその場を離れた。




「すみません、一つお尋ねしても・・」弾は何かを思い出したように、村長を引き止めた。




「私は、薬草を探していて、この村の薬草はとても良いと聞いてやって来ました。山の方へ取に行きたいのですが、たくさん取れる所があればぜひ教えて頂きたい」






「おーなるほど、なるほど。確かにこの村は火山灰が肥料となっているからすべての植物が最高の物だ」と自慢げに話を続けた。





「ほれ、あの小さな山が見えるかね?」と指を差した。





「あれが一年中、白い火を噴き、噴火しておる

白火の村の象徴となっておる山だ。

あの山に生えておる木はすべて穀の(こくのき)なんじゃ。

だから山その物に栄養がたくさんあってのう、火山灰が良い肥料となっておるんじゃ」






それを聞いて弾はとても驚いた。





「穀の木とは驚きだ・・・

その木になる実はとても油分が多く、傷に塗ると驚くほど早く癒すと言われている珍しい木。しかもそれが山の全体に生息するなんて信じられない」





「そう、なかなか出会える木ではない。

その山のふもとに行けば良い薬草もあると思うがね」





「貴重なお話をありがとうございます」と弾は礼をした。





「では、良い旅を」村長は去って行った。

何だか訳がありそうな村だが、情報が聞けて良かった。





ーごめんください!




宿へ着いた。

せっかく客が来たというのに、宿の中は真っ暗でひと気がない。

弾は何度か、声をかけた。





すると、奥からのそのそとおばあさんが出てきた。

手には火を灯した蝋燭を持っている。

本当に真っ暗な宿だ。




「客かい?めずらしいね・・・こっちへ来な」そう言って、また奥へ戻って行った。




弾は急いで草鞋を脱ぎ後へ着いて行った。




「うちはこう見えて温泉があるんだ、入りな」そう言いながら、小さな部屋に案内された。




「ありがとうございます」




「風呂場はあっちにあるからね」と風呂場のある方向を指差、部屋を出て行った。





この町の人間は皆、適当に指を差すだけで適当だ。

そしてぶっきら棒、だがそれにも何だか慣れてきた。





荷物を置きさっそく風呂へ入った。




ブクブクと泡を立てながら、湯舟にもぐる。

茶々丸はぷかぷか浮いて、うっとりご機嫌だ。




「ふ~疲れが取れるな」




「あー今日は何だか色々あったからな」




風呂から上がると、外はどしゃぶり雨になっていた。

宿の窓から、顔を出した。





秋の雨しだり。

雨の音は、なんだか心が落ち着く。





蝋燭にふっと息を吹きかけ、眠りについた。







ー朝





天気は良好。

二人はさっそく、薬草探しを始めた。




山に近づくにつれて火山灰は深く降り積もっていく。

草鞋は火山灰に沈み見えなくなった。




「歩きずらいな。

だが、思ったよりは灰が積もっていない。

それだけ植物が栄養を吸い取っているって事か」





灰の下に手を伸ばした




「やはり、灰の下には色々な植物が下にはあるんだな。

見えない分探すのは大変だが、まるで宝探しだ」




「潜りなら、俺にまかせろ!」




茶々丸はブハッと潜っては、薬草を見つけた。




「見ろ!こんなに採れた!

すげーどれも珍しい草ばかりだ!」





二人は無我夢中で採った。




時間はあっと言う間に過ぎる。

腹がギュルル~と鳴った。




「そろそろ、一休み。

昼飯でも行くか!」




「そう来なくっちゃー!

この村の名物、大根以外に何があるかな」





町へ戻る道中、川に掛かった橋があった。

そこに薄っすらと、人影が見えた。

どうやら子供らしき人影だ。

弾は足を止める。





降りそそぐ火山灰の中、よく目を凝らして見ると

大根を盗んだあの子供だった。





橋の手すりに腰を掛け、どうやら絵を描いているらしい。




弾はこっそりと近づき絵を覗きこんだ。




「おや!これは見事な絵だ!」弾は声を掛けた。





少女はハッと驚き振り返った。





「見るなー!」声を荒げ怒った。





「そんなに怒る事はないだろう

もう一度、絵を見せてくれないかい?」そう聞くと、少女は困った顔で固まってしまった。





「怒らないの?」




「怒る気も叱る気もないが・・・何でだい?」




「大根のお金は返せない・・・」




金を払ってもらった事を気にしていたようだ。





「返さなくていいさ。返さなくていい変わりに絵を見せておくれ」すると少女はうつむきながらも、絵を渡してくれた。





「これはすごい・・・本当に絵が上手だね」弾が感心して言うと少女の顔はパッ明るくなった。






「これはあの山の絵だよ!色は葉っぱとか、木の実とか見つけて、すり潰して色を付けてる」目を輝かせて話してきた。






「すごい!いつも絵を?」




「うん!お母さんに書いてあげてる」何だか照れている。




「お母さんもさぞかし嬉しいだろうね。お母さんは君の絵をなんて?」そう聞くと、顔が曇った。





「・・・お母さんは見れないんだ。

目が見えないから。

だから、いつかお母さんが目が見えるようになった時、見せてあげるの」笑顔が寂しく見えた。





「そうなんだ」




「兄さんは、こんな場所で何しているの?」




「薬草や木の実を探していたんだ。沢山採れて大満足」




「薬草と木の実?何するの?食べるの?」





「薬を作る事が仕事でね。その為に薬草を取りにここへやって来た。ここは良い村だね」




「体をよくする仕事?すごい!じゃぁ・・・お母さんの目も治せる?」




「ごめん。医者ではないから、それは出来ないんだ」




「そっか・・・」




「目が見えないお母さんとはどんな暮らしを?腹が減っていたようだが、ちゃんと食べているのかい?」と一番気がかりだった事を聞いてみた。





「うん。食べてる・・・」





空気が重い。





「弾、行こうぜ。

深入りしないほうがいい」





茶々丸の言葉に、弾はうなずいた。





「それなら良かった。心配はいらないね」弾はそう言い、荷物を背負った。




すると、少女は弾の腕を掴んだ。





「私は平気!

でも・・・お母さん死んじゃうかも」




本当は助けてほしい、そんな胸の内を少しだけ出した。




「なぜだい?」




「お母さんは三年前に目が見えなくなった。

それからずっと元気がない、ずっと寝込んでいるよ。

大根はお母さんが好きだから盗んじゃった。

でも私が話しかけても、もうあまり返事もしなくなった。きっとこのまま死んじゃって、私は一人になるかもしれない・・・たまにそんな事考える」





「お父さんはいるのかい?」




「二年前、私が5歳の時に急にいなくなっちゃった・・・」




“大人の事情ってやつか”





「そうか・・・よかったら君の家に案内してくれないかい?お母さんが大丈夫か見てみよう」





「えっ本当に?いいの?

ぜひ来てほしい!私の名前は色葉(いろは)だよ!」




そう言って、色葉はぴょんぴょん跳ね

嬉しそうに自分の家を案内した。





しばらく歩くと

「あそこが私の家だよ!」





木が生い茂った薄暗い所に、小さな家がぽつんと一つだけあった。

近づいてみると家は古く、障子は穴だらけの荒れた家だった。





障子の穴から中を覗いてみる。





部屋の中には、ちゃぶ台と布団が一枚敷いてあるだけ。

布団の上には、布で目を隠した女性の姿が見えた。

母親だ。

げっそり痩せこけて、壁にもたれていた。





「お母さん見えた?」




「あぁ」




「色葉かい?そこにいるのかい・・・?」母親がダルそうに声を出した。




「いるんだったらさっさと返事をしな!喉が渇いたんだよ!水・・水を持ってきな!」




想像とは違い荒れた口調だった。





弾は小声で色葉に伝える

「色葉、自分の事は少しお母さんに黙っておいてくれないかい?お母さんに挨拶する準備をするからね」と頭をぽんぽんと撫でた。





「うん、わかった!お母さんにお水あげてくるね!」色葉は楽しそうに母の元へ走って行った。







弾は家から少し離れた場所で、火を起こし始める。




「持ってきたぞ」茶々丸は松ぼっくりを沢山拾ってきた。




「ありがとう、これですぐに火が付く」





少量の米と、土鍋を出し手際よく粥を作る。





しばらくすると、グツグツと粥が煮立ってきた。

土鍋のふちから米の泡がふくまで・・・食べ頃を待つ。

お米の甘い香りが広がってくる。





「めずらしく、お茶じゃねんだな」




「あぁ、それどころじゃない。

何か食べさせないと。

もちろん薬も飲ませる」





粥が出来上がる頃、色葉を呼んだ。





「これから君のお母さんに薬を渡してくるよ。薬を飲めばきっと元気になる。もう少しここで待っていてくれるかい?

このねずみと遊んでてくれ」





「お、おおおおおい!俺はおもちゃじゃねーぞ!」





茶々丸は色葉のもとへ。





「可愛い、ねずみさん!美味しい木の実あげるね♪」




「うん!!!」




一瞬で色葉に懐いた、茶々丸であった。






―“コンコン”戸を叩く。




「ごめんください」




「誰だい?」




「雪村弾と申します」




「何のようだい?」迷惑そうな声だ。




「旅の途中、娘さんと知り合いまして・・・大変お母様を心配なさっていた。私は薬売りをしておりまして」




「だから!何のようだい?」




「まったく、困った子だよ。私の事は構わないで頂けます?大丈夫ですので」母は呂律が回っていなかった。




「体調が良くないと、伺いましたが。良かったら話していただけませんか?」





「・・なんの問題もないよ、帰っておくれ」母はかたくなだが、弾は話しを続けた。





「そうそう、粥を作ったのですが・・・良かったら食べませんか?どうぞ温かいうちに」





「お粥を・・・?あんた、目的はなんだい?うちには米代を払う金なんてないよ」





「いえ、銭をもらおうなんて思っていません、どうか安心なさって。

部屋に上がらせて頂きますね」そう言って、戸を開けた。





「ちょっ!あんた何なんだい?出てっておくれ!」部屋に入ってくる弾に、母親はますます声を荒げる。





「すみません、粥が熱かったもので・・上がらせてもらいました」





弾は、腰袋から薬草を取り出し、数種類の薬草を選び始めた。

とても楽しそうに。

弾はいつもそうなのだ。

涼しげな顔をして、楽しくてたまらないと言った表情で薬草を選ぶ。





そして小さな小鉢を使い、草をすり潰し始めた。




「もう、いい。頼むから帰っておくれ。ったく、何なんだい」




母の言葉なんて気に止める事なく、弾は薬草をすり潰し続けた。





薬草の香りはたちまち部屋中に行き届く。

母はその不思議な香りに気が付くや、しばらく黙った。





「・・・これは・・・何の香りだい?」




「薬草ですよ、今あなたにぴったりな茶を作っている。きっと気に入るはずだ」





―香りは、すでに母の病に行き届く。





すり潰した薬草をアツアツの粥の中へ入れ

ゆっくりとかき混ぜた。





「急遽作ったもので、味の保障はできないが・・・。

あなたの体はきっと喜ぶ」そう言って、粥を器によそい母の手に渡した。






「さぁ、まだ少し熱い、気を付けて召し上がってください」




母は、されるがままに粥の香りを確認した。





「急にこんな事をされても・・・」と、しばし困った様子だが。




「さぁ、食べるといい」弾は食べる事を強く促した。




するとようやく、おぼつかない手で一口食べた。




じわ――っと体中に香りが、染みわたって行く・・・





そして一口、また一口と口へ運ぶ。

止まらなくなる。





我を忘れたように、粥はどんどん無くなって行った。




“なんだい、この食べ物は?”




母は、不思議な感覚を味わっていた。




体は温まり意識がふわふわとする。

なんて心地が良いんだろう。

まるで、夢に引きずり込まれるような・・・




ふわふわとした、感覚の中

香りが芯まで染み渡っていく事を感じた。






ーすると、その時だった。




突然、物凄い叫び声が響き渡る。





「ギャー―――!」色葉の叫び声のようだ。

腹から叫ぶその声はただ事ではない予感がした。




心地良さを感じていたのはつかの間。

母は一瞬で現実へ引き戻された。





「コルァァァァ待て!ぶん殴ってやる!こっちへ来い!」




色葉を怒鳴る男の声。




色葉がまた盗みを?




母は震える手で、壁をつたいながら外へ出た。

色葉の叫び声は続いている。




「申し訳ありません、うちの子が何かしてしまったようで!

どうかお許しを!お許しを!」と母は叫んだ。





そして、とっさに巻いていた目隠しを取った。




ぼんやりと景色が目に映る。




少し遠くに、見えた。

色葉が男に力いっぱい殴られている姿が。

容赦なく、力いっぱいぶん殴られ色葉の顔は歪んでいた。





“どうか、堪忍してやってください”




母は体を震わせた。おぼつかない足取りで色葉の元へ走った。




「申し訳ありません、どうかお許しを!殴らないで!全部私のせいなんです!

どうか、どうか!」必死に叫び走った。




だが、何故か一向に色葉に近づく事はできない。




走って、走って。

叫んで、叫んで、叫び続けても。




どれだけ走れば、辿りつけるのか。




野を越え、山を越え、走り続けているのに

なぜ、辿りつかない?




まるで悪い夢でも見ているようだ。




母は大きく転んだ。

転んだ事など、どうでもいい。




がむしゃらに起き上がり、色葉の元へ急ごうとした。




だが・・・




“不思議”




気が付けば家の前に戻っていた。

色葉と、色葉を殴る男の姿も消えていた。

辺りは静まりかえっている。





「あれ・・・私何しているんだろう。悪い夢でも・・・」母はつぶやいた。




辺りを見回すが

目の前には自分の家があるだけだ。




母は激しく鼓動する胸をおさえ、しゃがみ込んだ。

荒くなった呼吸が収まらない。




すると、障子の穴から

部屋の中にいる色葉が見えたような気がした。




近づいて覗いてみると、色葉が絵を描いている。




一体どういう事・・・?




狐につままれたような、神隠しのような。




しかし、久しぶりに見る我が子の姿。

こんなに大きくなって。




殴られているのかと思ったから

安心して、ほほ笑んだ。




“変な一日だね”




「お母さん!絵を描いたよ!見て!」と色葉が言った。

母は必死に穴覗いた。





「見せておくれ」




だが、別の誰かも返事をした。




「どうやって?どうやって見ろって言うんだい?

母さんはね、目が見えないんだよ!

何回言ったらわかるんだい!まったく嫌味な子だね!

あっちへ行きなッ!」そう言って、壁を叩きながら怒鳴りつける自分の声が聞こえた。





障子の穴から部屋を見渡すと荒れた自分の姿が目に映った。




色葉を見ると、自分の描いた絵を見ながら涙を流していた。

母親は自分の姿に、唖然とした。





覚えのある日常の風景。色葉が涙を流していたなんて知らなかった。





色葉の気持ちを考えると切なくて、心臓がより激しく鼓動した。

目を背けたくなったが、もう一度、色葉を覗いてみると、絵を静かにしまっている姿が目に映る。




見ていられなくなった。

母は耐えきれず障子を思い切り開けた。




「色葉ッ!」わが子の名を叫ぶ。




そして、また不思議。




色葉の姿はとたんに消えた。





“次から次へと、いったい何なんだい・・・”





部屋も、荒れた自分の姿も、全部消えた。

今は、とても広い部屋が、目の前に広がっている。




何もない薄暗いだけの、だだっ広い部屋。

薄暗くて奥は見えないが、とても広いって事だけわかる。





しかし。

よく見ると・・・薄暗い部屋の奥に色葉がぽつんと立っているのが見えた。




「色葉!」

母は走り色葉の元へ駆け寄った。

そして床に膝を付き、肩を抱いた。





「色葉ごめんね。大丈夫?

お母さんちょっとおかしかったね。これからは色葉と一緒に頑張るから

絶対にがんばるから。

お母さん許しておくれ」必死に謝った。




色葉は優しい顔で母を見ていた。




そして、色葉が口を開いた。




「お母さんは真っ暗なんだよね。目が見えないから。

だからお母さんの為に綺麗な絵を描いたの。

でも見せられなくて・・・どうしたらいいかわからなかった。ごめんね」





「色葉が謝る事じゃないよ!そんな気持ちをわかってあがられなかったね、本当にごめんなさい」母は涙を流し何度も頭を下げた。





「お母さん、絵を見てくれる?」




「うん!見たいよ!見せてくれるかい?」母は涙でぐちゃぐちゃの、笑顔で言った。





すると部屋に光が差し込み始める。

次第に部屋全体が光に満ちて行った。





光に溢れたこの広い部屋。





見渡す限り、色葉が描いた絵が

壁一面びっしりと浮かび上がった。





それは、それは、たくさんの絵。

母はしばらく言葉を失った。

母が驚いた事、こんなに沢山の絵を送り続けていてくれた事。





そして。





目の前に広がる色葉の絵は、七歳の娘が書いた物とはとても思えない天才的な物だったからだ。





“娘は、天才”





母の心のつぶやきは、震えていた。




「・・・こ、これは色葉が描いたのかい?」




「うん!お母さんに綺麗な物を見せたくて描いたんだ!色はね、葉っぱとか木の実をつぶして付けたの!」弾ける笑顔で答えた。





母は信じられないような顔で色葉の顔を見ては

そしてまた絵を見た。





何度見ても、信じられないほど美しい絵だった。




それは例えようもない、絵が生きているとしか言いようがない美しさ。

まるで窓から美しい景色を見ているようだ。

風が吹いたり、音がしたり、そんな事が今にも起こりそうな生きている絵。





母はある一枚の絵に気が付いた。





まだ目が見える頃に色葉と見に行った

隣町の桜の木。

桜が満開でとても綺麗な思い出。

その桜の木の絵だとすぐにわかった。

こんな事を思い出すのは、どれだけ久しぶりか。





「こんな素敵な絵をお母さんのために描いてくれていたんだね!嬉しいよ!何より一番嬉しい!」何度も何度も、感謝を色葉に伝えた。





そして、色葉からゆっくりと手を離した。

手を合わせ、絵に向かい深く、深く、頭を下げた。





“我が娘の偉大な絵”




床にはポタポタと涙が落ちた。







―母はゆっくりと目を覚す。




布団に横たわっているのは、現実の自分。

目の前は相変わらず真っ暗だ。

だが目が見えない絶望感は無くなっていた。

きっと、もう、大丈夫。




隣には、弾がいる気配がした。

母親は弾に話しかけた。





「あの子、そんなに凄い絵を・・・?」




「えぇ。それはもう、見た事のないほどの絵を」




「そう・・かい・・・」




「雪村弾さんって言ったっけ・・・ありがとう。

もう少ししたら起き上がるよ」




「ええ。

色葉はとても素直ないい子だ。あの子がいれば・・・大丈夫」




弾は立ち上がり、部屋から出て行く。





「もう、二度と倒れ込まないから・・・」




母は、ゆっくりと起き上がった。








―所は変わり森の中




「おーい、色葉!」




弾は、色葉を探した。




「兄さん!こっちだよ」色葉が走り寄ってきた。




「色葉、きっとお母さんはもう大丈夫!すぐに元気になる!

一人になんてならないよ」そう言うと、色葉の笑顔はますます弾けた。





「本当に・・?本当に本当?ありがとう!」元気いっぱいにお礼を言った。




「そうだ、色葉の絵をよかったら一枚くれないかい?

こんな素敵な絵、他の人にも見せてあげたらいいんじゃないかな?ってそう思うんだ。

どうだい?」





「他の人にも・・・?

うん!沢山のたくさーんの人に見てもらいたい!」





そう言って、色葉は家に走って帰った。

しばらく待つと色葉は嬉しそうな顔をして絵を持ってきた。





「はい、これ!一番好きなの!これあげる!

これが一番人に見てほしい絵だよ!」





色葉がくれた絵は、とても綺麗な桜の絵だった。





「これも、すごく綺麗な絵だ!ありがとう」




色葉は嬉しくて、嬉しくて、飛び跳ねた。






「では、色葉。達者でな。お母さんによろしく」




「うん!兄さん、ありがとう!本当にありがとう!

そして、ねずみさん!

必ずまた会いに来てね!」





いつまでも手を振り、見送ってくれた。







―夕暮れ時の白火の村。





白火の村の村長、大村は行きつけの小さな居酒屋でブツブツと小言を言っていた。





「おい、聞いたか?

また村の若い者が出て行ったとさ、年寄ばかりじゃ村は死んで行く一方。

ハァ~何をやっても灰に押しつぶされて行くような気分じゃ」と愚痴を言いながら、おちょこに入った酒を飲み干す。





「ごめんください」弾がやって来た。




「村長の大村どのは、ここにいると伺ったものですから」




「お~これはこれは、旅人ではないか!村はどうじゃった?わしに何か用か?酒を一杯どうだ?」少し慌てた様子だった。




「ありがとうございます」




「ここは本当に素晴らしい村で感激しました。おかげで薬草もたくさん取れて、こんなに良い村だとは知りませんでした」




「うんうん。なかなか良い場所じゃろ?是非ほかの人にもこの村の事を教えてやってほしい」




「えぇ、もちろんです」大村は満足げな顔だ。




「しかし、あの大根を盗んだ少女の話しなのですが・・・」と弾が話を切り出すと、村長の顔は途端に険しくなった。




「あの子の才能を・・・ご存じで・・?」




「と、申すと?」




弾は絵を取り出した。





「あの子が書いた物です」色葉から貰った桜の絵を見せた。





「こ、これは・・・」




「私はこれから芸術品や骨董品の店が多く立ち並ぶ黄乃松(きのまつ)という都へ行く予定なんですが・・。この絵を見てもらおうと思っています。

色無き村の少女が描いたと知ったら、誰もが驚くでしょうね

一躍時の人となる事だろう」





村長は固まった。




「今日はこの事を伝えたくてね。

大村どのも心の準備が必要でしょう、才能ある子を育てる事は大きな責任がありますからね。

では、夜も更けて来ましたので私はこれで失礼します。本当にいい旅になった。

ありがとう」





「あ、あ・・・旅人よ、気を付けて行くんじゃよ。またいつか」立ち上がり弾を見送った。




「えぇ、またいつか」




店に残った村長は何か思い込んだ顔のまま、また酒を一杯飲み干した。




「あの子供が・・・・」




弾は、色葉が邪見にされぬよう釘を打ったのだ。

それにもちろん才能も守ってやりたかった。

幸せになってほしかった。

それだけだ。





ーー村を出た二人。

辺りはすっかり真っ暗だ。





「甘酒・・・飲みたいな」茶々丸がつぶいた。




「だな!」




「そうだ!この大根、あの茶屋のばあちゃんに

食べさせてやろぜ!白火大根が好きだって言ってたもんな」





「おぉそうだな。団子の礼をしに行こうか」





「俺たちの旅は寄り道ばかりだ。

でもこの旅は、始まったばかり!

ゆっくり行こうぜ!」





二人の笑い声が、この静かな村に響いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ