序章
砂漠の空は広い。雲が湧くことすら少なく、ただ青く、ただ暮れてゆく。
夜だけは豪華な星が空を埋め尽くすが、昼間はただただ死を誘う灼熱と裏腹にどこまでも済んだ空が続くだけ。
そんな空に、一つの黒い影がよぎった。
砂漠に住まう鷹だろうか。それにしては大きいようだった。その羽ばたきは弱く、緩やかに砂丘に落ちてゆく。
「不憫な。こんな砂の中に落ちては命はなかろう」
それも自然の摂理。と初老の旅人は見上げたフードを下げた。
ざく、ざく。
ガラス質のきらめく砂を踏みしめて少しばかり進んだが、あの鳥の落ちてゆくさまがどうにも気にかかった。あまりに寂しく感じた。さほど遠くではないと思う。一つため息をつくと、男は鳥が落ちた場所に向かい始めたのだった。
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少しばかりの寄り道、と思ったのだが。落ちた鳥の姿がなかなか見つからなかった。今日はいつもに比べたら風はない。砂に埋もれきってしまうということはないはずなのだが…
幸い目指す彼の村は近い。夕刻も近く気温も落ち着いてゆくだろう。自身が危険に晒されることはほぼない余裕を持った荷物。むしろ星が出れば方角がはっきりして楽になるため、焦りはしなかったが、なぜ鳥ごときを探しに道をそれることなどしたのだろう。
いや、埋葬しようと?
埋葬など風が勝手にしてくれる。
助けようと?
なぜだろう。ただの感が働いたというだけで、慣れているとはいえ危険な砂漠の中にその姿を探す意味がわからずに自分に疑問を持ち始め、コンパスを取り出して方角を確認し、再度帰路を確認していたところ。
ザザ
大きく砂が動く音がした。砂丘の上から、滑り落ちるように影が転がり落ちるのが見えた。
マントをはためかせた人に見えた。
男は慌てて駆け寄り、崩れ落ちた砂に埋もれたうつ伏せの姿を抱き起こそうとする。
目を見張る。
人のよう、だ。
だが、その眉間の後ろから湾曲した2対の角が生えていた。そして、マントのように思ったものはコウモリのような翼。
瞬時恐怖でその人のようなものを突き放してしまった。
再度見るとその角と翼が幻のように消える。
地平近くの空をうつしたような薄青色の髪が散った。
腰を付きながら様子を伺うが動く気配はない。翼と角の消えた姿は年端もゆかない少年のようだ。
もう一度近づき、少年を抱き起こして揺さぶる。
少しだけ眉が動く。生きている。
これは、おそらく竜族だ。男はかつて一度だけ竜族を見たことがあった。
「もし?…君…?」
揺さぶり続けて水袋の水を含ませたが意識は戻らなかった。憔悴しきった、少女のように整った顔のその双眼から涙が溢れるのを見た。
その涙は、頬を伝い、砂の上に落ちたが染み消えることはなく、キラリと輝く内に虹を宿した碧石となった。