旅立ちの日
モンスターの襲撃から丸一日が過ぎた。
魔力を使い果たした僕は気絶して、ユーグリットの屋敷へと運ばれ、そこで目を覚ました。
アーヤも気を失ったため、僕と同じように屋敷に運ばれて、別の部屋で休んでいるが、目は覚ましていない。
何でこんなことに。
考えても仕方がない。もう、終わってしまったことだ。これから、どうするべきかを考えなければ。
そう思い、セシルとユーグリット、ライカの四人で話し合いをすることにした。
が、皆、一様に沈痛な面持ちをしている。
それもそうだろう。僕達は一方的にやられて、シオンまで連れ去られてしまったのだ。
敗北感がぬぐえないまま、建設的な話をするには、まだ早いのかもしれない。
いや、ここで話し合わなければならない。心が痛み、その苦しみを忘れないうちに、僕達は決めないといけないのだ。
そのためには、僕は語らなければならない。アーヤが何者なのかを。
「ユーグくん、ライカくん。アーヤの事なんだけど……」
二人の視線が僕に向いた。
言ってしまえば、この二人との関係が壊れるかもしれない。だが、ここで言わなければ、命を賭けてくれた二人に申し訳がたたない。
意を決して言う。
「実は……、アーヤは普通の子じゃない。アーヤは女神によって勇者として作られた子供なんだ。そして、僕はアーヤを育てるために、この世界に呼ばれた人間なんだ。信じられないかもしれない。でも、本当のことなんだ。今まで、黙っててごめん」
言ってしまった。セシルは目を伏せて、憂いた表情を浮かべている。
信じてもらえる訳がない。こんな荒唐無稽な話を。嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐けと言われそうだ。
「なるほど。ユージンさんに、そのような事情があったとは」
「御屋形様、ご苦労をなさっていたのですね。姫様はその話をご存じなのですか?」
二人は、さも当然のように言葉を返してきた。
どうして、そんな反応ができるのか理解できない。馬鹿馬鹿しいと一蹴されてもおかしくないのに。
呆気に取られていると、ユーグリットが自分の胸を誇らしげに叩いた。
「ユージンさん、我々が疑っていると思っているのですか? 心外ですね。ユージンさんのお言葉なら、信じます。嘘だと言っても、信じますよ」
「同じく。お優しい御屋形様を信じなくて、何を信じろと申されるのですか?」
二人の熱い視線に思わず目を逸らしてしまった。
そんな風に思ってもらえるなんて、考えてもいなかった。僕に全幅の信頼を置いてくれた二人に、深々と頭を下げる。少しでも、この感謝の思いを伝えたくて。
「ありがとう、二人共。本当にありがとう」
「頭を上げてください。ユージンさんと、アーヤちゃんの生い立ちは分かりました。もしや、シオンも同じなのですか? あの人とは思えぬ姿。そして、黒騎士がアーヤちゃんだけでなく、シオンも勇者と呼んでいましたが?」
「うん、アーヤとシオンは勇者だ。女神によって作られた存在なんだ。話によれば、体に何かを組み込まれて、その力を引き出しているようだけど、細かなところまでは分からないんだ」
「気にはなりますが、分からない以上、仕方がありませんね。ユージンさん、これから、どうされるおつもりですか?」
どうするか。それを決めなければならない。そのための場なのだから。
「僕は、シオンを助ける。どこにいるかは分からないけど。でも、魔王に近づけば、見つかる気がするんだ。多分、ヤツはそれを待っている気がする」
「ユーたん、まさか、一人で乗り込むつもりではないだろうな?」
セシルの問いに首を横に振り、目をじっと見据えて、僕の意志を伝える。
「一人で行くつもりだよ。皆を巻き込むわけにはいかないし。それに……」
隣の部屋で寝るアーヤのことを思い浮かべる。
正義感の強いアーヤのことだ。目が覚めて、事の次第を知れば、シオンを助けに行くと言って聞かないだろう。
だから、怖いのだ。僕が死ぬことより、アーヤの身に何かある方が余程怖い。だから、アーヤだけは守りたい。アーヤのことだけは。
「アーヤを巻き込みたくないから」
「……アーヤはそれを望まないと思うが?」
「そうだね。多分、聞いてくれないと思う。だから、皆には残って欲しいんだ。残って、アーヤを守って欲しい。勝手なお願いだってことは分かっている。だけど、お願い」
「ユーたん……」
僕の決意を聞いたセシルは、それ以上何も言わなかった。
分かってくれて嬉しい。セシルなら、きっとアーヤを止めることができるはずだ。
「御屋形様、拙者はお供いたします」
「えっ?」
思わぬ言葉に、声を上げた。
ライカが軽やかに笑った。
「シオンは拙者の弟分です。兄貴分がそれを助けずして、どうしましょうぞ。ここで行かねば、一生の汚点となります。何卒、拙者をお供に連れて行ってください」
「ライカくん……」
「それに、御屋形様だけでは心配にございます。拙者、旅には慣れておりますので、必ずやお力になれます」
「良いの? 本当に?」
「もちろんです。必ずや、シオンを助けて、この街に帰って来ましょう」
ライカの言葉に、笑みが零れてしまった。
シオンを助けるために、僕と死地に向かおうとしてくれている。その熱い思い、受け止めてあげたい。
「分かった。ライカくん、一緒に行こう」
「はっ!」
「じゃあ、出発の日取りは」
「お、お待ちください」
ユーグリットが困惑気味に僕に声を掛けた。
「私も行きます。行かせてください」
「ユーグくん……。いや、君には残って、アーヤのことを守って欲しい」
「な、何故ですか? 私もお役に立てます」
「皆がいなくなったら、誰がアーヤの傍にいてくれるの? 残って、アーヤのことを支えて欲しい。ユーグくんなら、きっと守ってあげられるから」
「ユージンさん……。分かりました。アーヤちゃんは、必ず私がお守りいたします」
爽やかな笑顔を見せたユーグリットに対して、ライカが鋭い視線を向けた。
「貴様、拙者がいぬまに、姫様にちょっかいを出すなよ?」
「ふん。お前ではあるまいし。私がそのようなゲスな真似をする訳がないだろう」
「ゲスとはなんだ!? やはり、貴様とは白黒つけねば!」
始まってしまった。だが、このような時だからこそ、この二人のいつものやり取りに落ち着いてしまう。
ただ、このままだと決戦の火ぶたが切って落とされそうなので、手を叩いて静かにさせる。
「はいはい、そこまで。セシル、ユーグくん、アーヤのことは頼んだよ。ライカくん、悪いんだけど、旅支度をお願いしていい?」
「承知。それでは早速。おい、支度金を寄こせ」
「お前、それが人に物を頼む態度か!?」
言い合いをする二人に呆れていると、セシルが寂しそうな目で僕を見ていた。
言いたいことがいくつもあるだろうに、それを堪えてくれている。
「セシル、ごめんね。でも」
「分かっている。必ず、戻ってきてくれ。そして、皆で楽しく過ごそう」
覚悟を決めてくれたのか、セシルの浮かべた表情は晴れ晴れとしたものだった。
その願い、必ず叶えて見せる。僕はヴィヴレットにも誓ったのだ。僕達家族が、穏やかな日々を送ることを。
「必ず、帰ってくるよ。だから、留守はよろしくね」
「ああ。診療所も新しくしないとな。やることは山積みだ」
「だね。アーヤのこと、よろしく頼んだよ」
言うと、そっと近づき、優しく抱きしめた。
この温もりと離れるのは辛い。でも、シオンの境遇を考えれば、そんなことは言っていられない。
シオンは家族だ。家族の一大事を救うのも、残された家族の役目なのだから。
セシルの唇にそっとキスをして、僕の家族を守りたいという想いを伝えた。
・ ・ ・
王都の門を抜けて、朝日が眩しい城下町をライカと共に歩く。
結局、旅支度をするのに丸一日掛かってしまったので、出発は早朝にしたのだ。
リュックを背負って、慣れ親しんだ町並みを歩いていく。そこかしこに、色々な思い出が詰まっていることを知った。
今から、この町を離れようとしている。十年以上、過ごした町から出て、過酷な世界へと旅立つのだ。
考えれば不安しかない。立ち込めるのは暗雲だけだ。だが、その先には、朝日のように眩い希望が隠れている。
僕達の行く手には、どれだけの苦難が待ち構えているのだろうか。そして、その苦難の一つにヤツが。
「御屋形様?」
「あっ。何でもないよ。さ、早いところ町を出ようか。決心が鈍りそうだし」
「はっ! 御屋形様、良い朝日にございますな」
ライカの言う通りだ。
幸先の良い出発かもしれない。それなら、朝日に願おう。シオンが無事にいてくれることを。そして、誓おう。僕達は必ずここに帰ってくると。
この太陽が、僕達の旅路を照らす希望のように見えた。
「ライカくん! 行こう! シオンを助けに!」
僕達は確かな一歩を踏み出して、王都を後にした。
おや? 町の出口に誰かいるぞ?
この早い時間に、僕達と同じように出かける人がいるのか。
朝日によって逆光となっているため人であることは分かるが、どんな人かまでは分からない。
この旅で交わす最初の挨拶をしようと、口を開いた。
その口は僕の視線の先にいる人を見て、締まるどころか、大口を開けてしまった。
なんでここに。ここにいるんだ。
「ア、アーヤ?」
僕の行く手に、アーヤが仁王立ちしていた。
険しい顔をしており、見るからに機嫌が悪そうだ。
まさか、出発がバレてしまっていたのか? なんてタイミングが悪いんだ。
「パパ、どこに行く気?」
黙って、アーヤに近づく。ここで下手に言葉を交わせば、僕の決心が揺らいでしまうから。
アーヤの横を通り過ぎようとした。
「私、行くから」
足を止めて、振り返る。
そこには、アーヤだけでなく、ユーグリットとセシルがいた。
「二人共? まさか……」
セシルを見ると、苦笑いを浮かべており、ユーグリットとライカの目が泳いでいた。
こいつら、まさか。
「御屋形様、申し訳ございません。姫様から、出発を遅れさせるよう、お願いされまして」
「へぇ~、だから、支度が遅れたのかぁ。で?」
冷たい視線は、そのままユーグリットへ向いた。
僕とまともに目を合わさず、挙動不審気味に答えてきた。
「わ、私は、アーヤちゃんを守れと言われましたので。アーヤちゃんが旅に出るなら、それをお守りするのが、私の役目です」
屁理屈をこねたユーグリットを庇うように、セシルが僕を見て言う。
「ユーたん、アーヤの話を聞いてあげてくれないか? アーヤの決意を。何も話さずに行ってしまうのは、やはり可哀そうだ」
「セシル……」
僕を見つめるアーヤを見つめ返した。
その目から分かる。何をしようとしているのか。生まれてからずっと一緒にいるのだ。それくらい分かるから。だからこそ。
「アーヤはここに」
「パパ、私は大人だよ? 私は自分の意思で、シオンを助けに行くの。だから、止めないで」
「大人って言っても……。シオンなら、僕達が必ず助けてくるから。だから、待っていて?」
僕の願いを、アーヤは首を横に振って拒否をした。
「シオンだけじゃないの。クラトス先生や、レモリーさんにも言わなきゃいけない事があるの。だから、私、行く。絶対に」
「アーヤ……」
「それにパパ、言ってくれたでしょ? 何があってもパパが守ってくれるって。あの時の言葉、嘘じゃないよね?」
確かに言ったが、それをここで持ち出されては困る。
返す言葉に窮してきた。だからって、アーヤを危険な目に会わせるなんてことが。
「シオンも家族だけど、パパも家族なんだよ? 家族が大変な時は支え合う。これがモトキ家の家訓じゃない?」
その通りだ。僕が言い続けてきた言葉だ。
僕が家族。言われれば、そうだ。僕一人で何でもかんでも、背負おうとしていた。それで、家族が不安になるとは考えず。
それなら、皆で一緒に考えて納得できる答えを出して、前へ進もう。それが家族というものだから。
「セシル、本当に良いのかい? アーヤを行かせて」
「無論だ。アーヤの剣技ならば、大抵の敵はものともしないだろう。それに、家族を助けたい気持ちは私もある。その願い、アーヤに託している」
「そっか。分かった。アーヤ、絶対に守って欲しい事がある。聞いてくれる?」
十七年間、一緒に過ごしてきた娘を見て思う。僕は君の父親になれて良かった。心の底から、そう思っている。
嬉しい時もあれば、悲しい時もあった。それでも、一緒に生きてきたことを、一度も後悔したことはない。
だから、伝えたい。どうしても、守って欲しいことを。
「生きて欲しい。それ以外は何も望まない。良いね?」
「パパ……。うん! 約束する!」
「うん。もし、何かあったら、そこの二人を盾にするように。僕を裏切った罰は重いよ?」
二人をじろりと見て、恨みの念を送る。
曖昧な顔をしている二人には、僕の盾にもなってもらおう。肉体派だし、丁度いい。
「さてと、じゃあ、出発しようか。皆、頑張ろうね!」
「うん!」
「はい!」
「はっ!」
全員が納得した答え。それは僕達でシオンを助けに行くことだ。
何と心地よい事だろう。僕が背負っていた重荷を皆が支えてくれているからに違いない。
皆が手を取り助け合えば、過酷な旅を乗り切ることができる。何の確証もないことだが、心がそう言っている。
シオン、必ず迎えに行くから。もう少しだけ待っていて。
一緒に帰って、また楽しく暮らそう。幸せな人生を送ろう。僕達には、その権利があるのだから。
雲一つない青空を眺め、同じ空の下にいるシオンへと語り掛けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
感想等がございましたら、是非ともお寄せください。
宣伝になりますが、拙作「俺、勇者のパパになる」も今作品と同じくハートフルストーリーで少しだけ繋がりがあります。
もし、よろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。
お付き合いいただき、まことにありがとうございました!




