表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/72

旅立ちの日

 モンスターの襲撃から丸一日が過ぎた。


 魔力を使い果たした僕は気絶して、ユーグリットの屋敷へと運ばれ、そこで目を覚ました。

 アーヤも気を失ったため、僕と同じように屋敷に運ばれて、別の部屋で休んでいるが、目は覚ましていない。


 何でこんなことに。

 考えても仕方がない。もう、終わってしまったことだ。これから、どうするべきかを考えなければ。

 そう思い、セシルとユーグリット、ライカの四人で話し合いをすることにした。


 が、皆、一様に沈痛な面持ちをしている。

 それもそうだろう。僕達は一方的にやられて、シオンまで連れ去られてしまったのだ。

 敗北感がぬぐえないまま、建設的な話をするには、まだ早いのかもしれない。


 いや、ここで話し合わなければならない。心が痛み、その苦しみを忘れないうちに、僕達は決めないといけないのだ。

 そのためには、僕は語らなければならない。アーヤが何者なのかを。


「ユーグくん、ライカくん。アーヤの事なんだけど……」


 二人の視線が僕に向いた。

 言ってしまえば、この二人との関係が壊れるかもしれない。だが、ここで言わなければ、命を賭けてくれた二人に申し訳がたたない。

 意を決して言う。


「実は……、アーヤは普通の子じゃない。アーヤは女神によって勇者として作られた子供なんだ。そして、僕はアーヤを育てるために、この世界に呼ばれた人間なんだ。信じられないかもしれない。でも、本当のことなんだ。今まで、黙っててごめん」


 言ってしまった。セシルは目を伏せて、憂いた表情を浮かべている。

 信じてもらえる訳がない。こんな荒唐無稽な話を。嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐けと言われそうだ。


「なるほど。ユージンさんに、そのような事情があったとは」

「御屋形様、ご苦労をなさっていたのですね。姫様はその話をご存じなのですか?」


 二人は、さも当然のように言葉を返してきた。

 どうして、そんな反応ができるのか理解できない。馬鹿馬鹿しいと一蹴されてもおかしくないのに。

 呆気に取られていると、ユーグリットが自分の胸を誇らしげに叩いた。


「ユージンさん、我々が疑っていると思っているのですか? 心外ですね。ユージンさんのお言葉なら、信じます。嘘だと言っても、信じますよ」

「同じく。お優しい御屋形様を信じなくて、何を信じろと申されるのですか?」


 二人の熱い視線に思わず目を逸らしてしまった。

 そんな風に思ってもらえるなんて、考えてもいなかった。僕に全幅の信頼を置いてくれた二人に、深々と頭を下げる。少しでも、この感謝の思いを伝えたくて。


「ありがとう、二人共。本当にありがとう」

「頭を上げてください。ユージンさんと、アーヤちゃんの生い立ちは分かりました。もしや、シオンも同じなのですか? あの人とは思えぬ姿。そして、黒騎士がアーヤちゃんだけでなく、シオンも勇者と呼んでいましたが?」

「うん、アーヤとシオンは勇者だ。女神によって作られた存在なんだ。話によれば、体に何かを組み込まれて、その力を引き出しているようだけど、細かなところまでは分からないんだ」

「気にはなりますが、分からない以上、仕方がありませんね。ユージンさん、これから、どうされるおつもりですか?」


 どうするか。それを決めなければならない。そのための場なのだから。


「僕は、シオンを助ける。どこにいるかは分からないけど。でも、魔王に近づけば、見つかる気がするんだ。多分、ヤツはそれを待っている気がする」

「ユーたん、まさか、一人で乗り込むつもりではないだろうな?」


 セシルの問いに首を横に振り、目をじっと見据えて、僕の意志を伝える。


「一人で行くつもりだよ。皆を巻き込むわけにはいかないし。それに……」


 隣の部屋で寝るアーヤのことを思い浮かべる。

 正義感の強いアーヤのことだ。目が覚めて、事の次第を知れば、シオンを助けに行くと言って聞かないだろう。

 だから、怖いのだ。僕が死ぬことより、アーヤの身に何かある方が余程怖い。だから、アーヤだけは守りたい。アーヤのことだけは。


「アーヤを巻き込みたくないから」

「……アーヤはそれを望まないと思うが?」

「そうだね。多分、聞いてくれないと思う。だから、皆には残って欲しいんだ。残って、アーヤを守って欲しい。勝手なお願いだってことは分かっている。だけど、お願い」

「ユーたん……」


 僕の決意を聞いたセシルは、それ以上何も言わなかった。

 分かってくれて嬉しい。セシルなら、きっとアーヤを止めることができるはずだ。


「御屋形様、拙者はお供いたします」

「えっ?」


 思わぬ言葉に、声を上げた。

 ライカが軽やかに笑った。


「シオンは拙者の弟分です。兄貴分がそれを助けずして、どうしましょうぞ。ここで行かねば、一生の汚点となります。何卒、拙者をお供に連れて行ってください」

「ライカくん……」

「それに、御屋形様だけでは心配にございます。拙者、旅には慣れておりますので、必ずやお力になれます」

「良いの? 本当に?」

「もちろんです。必ずや、シオンを助けて、この街に帰って来ましょう」


 ライカの言葉に、笑みが零れてしまった。

 シオンを助けるために、僕と死地に向かおうとしてくれている。その熱い思い、受け止めてあげたい。


「分かった。ライカくん、一緒に行こう」

「はっ!」

「じゃあ、出発の日取りは」

「お、お待ちください」


 ユーグリットが困惑気味に僕に声を掛けた。


「私も行きます。行かせてください」


「ユーグくん……。いや、君には残って、アーヤのことを守って欲しい」

「な、何故ですか? 私もお役に立てます」

「皆がいなくなったら、誰がアーヤの傍にいてくれるの? 残って、アーヤのことを支えて欲しい。ユーグくんなら、きっと守ってあげられるから」

「ユージンさん……。分かりました。アーヤちゃんは、必ず私がお守りいたします」


 爽やかな笑顔を見せたユーグリットに対して、ライカが鋭い視線を向けた。


「貴様、拙者がいぬまに、姫様にちょっかいを出すなよ?」

「ふん。お前ではあるまいし。私がそのようなゲスな真似をする訳がないだろう」

「ゲスとはなんだ!? やはり、貴様とは白黒つけねば!」


 始まってしまった。だが、このような時だからこそ、この二人のいつものやり取りに落ち着いてしまう。

 ただ、このままだと決戦の火ぶたが切って落とされそうなので、手を叩いて静かにさせる。


「はいはい、そこまで。セシル、ユーグくん、アーヤのことは頼んだよ。ライカくん、悪いんだけど、旅支度をお願いしていい?」

「承知。それでは早速。おい、支度金を寄こせ」

「お前、それが人に物を頼む態度か!?」


 言い合いをする二人に呆れていると、セシルが寂しそうな目で僕を見ていた。

 言いたいことがいくつもあるだろうに、それを堪えてくれている。


「セシル、ごめんね。でも」

「分かっている。必ず、戻ってきてくれ。そして、皆で楽しく過ごそう」


 覚悟を決めてくれたのか、セシルの浮かべた表情は晴れ晴れとしたものだった。

 その願い、必ず叶えて見せる。僕はヴィヴレットにも誓ったのだ。僕達家族が、穏やかな日々を送ることを。


「必ず、帰ってくるよ。だから、留守はよろしくね」

「ああ。診療所も新しくしないとな。やることは山積みだ」

「だね。アーヤのこと、よろしく頼んだよ」


 言うと、そっと近づき、優しく抱きしめた。

 この温もりと離れるのは辛い。でも、シオンの境遇を考えれば、そんなことは言っていられない。

 シオンは家族だ。家族の一大事を救うのも、残された家族の役目なのだから。


 セシルの唇にそっとキスをして、僕の家族を守りたいという想いを伝えた。


       ・       ・       ・


 王都の門を抜けて、朝日が眩しい城下町をライカと共に歩く。


 結局、旅支度をするのに丸一日掛かってしまったので、出発は早朝にしたのだ。

 リュックを背負って、慣れ親しんだ町並みを歩いていく。そこかしこに、色々な思い出が詰まっていることを知った。

 今から、この町を離れようとしている。十年以上、過ごした町から出て、過酷な世界へと旅立つのだ。


 考えれば不安しかない。立ち込めるのは暗雲だけだ。だが、その先には、朝日のように眩い希望が隠れている。

 僕達の行く手には、どれだけの苦難が待ち構えているのだろうか。そして、その苦難の一つにヤツが。


「御屋形様?」

「あっ。何でもないよ。さ、早いところ町を出ようか。決心が鈍りそうだし」

「はっ! 御屋形様、良い朝日にございますな」


 ライカの言う通りだ。

 幸先の良い出発かもしれない。それなら、朝日に願おう。シオンが無事にいてくれることを。そして、誓おう。僕達は必ずここに帰ってくると。

 この太陽が、僕達の旅路を照らす希望のように見えた。


「ライカくん! 行こう! シオンを助けに!」


 僕達は確かな一歩を踏み出して、王都を後にした。


























 おや? 町の出口に誰かいるぞ?

 この早い時間に、僕達と同じように出かける人がいるのか。

 朝日によって逆光となっているため人であることは分かるが、どんな人かまでは分からない。


 この旅で交わす最初の挨拶をしようと、口を開いた。

 その口は僕の視線の先にいる人を見て、締まるどころか、大口を開けてしまった。

 なんでここに。ここにいるんだ。


「ア、アーヤ?」


 僕の行く手に、アーヤが仁王立ちしていた。

 険しい顔をしており、見るからに機嫌が悪そうだ。

 まさか、出発がバレてしまっていたのか? なんてタイミングが悪いんだ。


「パパ、どこに行く気?」


 黙って、アーヤに近づく。ここで下手に言葉を交わせば、僕の決心が揺らいでしまうから。

 アーヤの横を通り過ぎようとした。


「私、行くから」


 足を止めて、振り返る。

 そこには、アーヤだけでなく、ユーグリットとセシルがいた。


「二人共? まさか……」


 セシルを見ると、苦笑いを浮かべており、ユーグリットとライカの目が泳いでいた。

 こいつら、まさか。


「御屋形様、申し訳ございません。姫様から、出発を遅れさせるよう、お願いされまして」

「へぇ~、だから、支度が遅れたのかぁ。で?」


 冷たい視線は、そのままユーグリットへ向いた。

 僕とまともに目を合わさず、挙動不審気味に答えてきた。


「わ、私は、アーヤちゃんを守れと言われましたので。アーヤちゃんが旅に出るなら、それをお守りするのが、私の役目です」


 屁理屈をこねたユーグリットを庇うように、セシルが僕を見て言う。


「ユーたん、アーヤの話を聞いてあげてくれないか? アーヤの決意を。何も話さずに行ってしまうのは、やはり可哀そうだ」

「セシル……」


 僕を見つめるアーヤを見つめ返した。

 その目から分かる。何をしようとしているのか。生まれてからずっと一緒にいるのだ。それくらい分かるから。だからこそ。


「アーヤはここに」

「パパ、私は大人だよ? 私は自分の意思で、シオンを助けに行くの。だから、止めないで」

「大人って言っても……。シオンなら、僕達が必ず助けてくるから。だから、待っていて?」


 僕の願いを、アーヤは首を横に振って拒否をした。


「シオンだけじゃないの。クラトス先生や、レモリーさんにも言わなきゃいけない事があるの。だから、私、行く。絶対に」

「アーヤ……」

「それにパパ、言ってくれたでしょ? 何があってもパパが守ってくれるって。あの時の言葉、嘘じゃないよね?」


 確かに言ったが、それをここで持ち出されては困る。

 返す言葉に窮してきた。だからって、アーヤを危険な目に会わせるなんてことが。


「シオンも家族だけど、パパも家族なんだよ? 家族が大変な時は支え合う。これがモトキ家の家訓じゃない?」


 その通りだ。僕が言い続けてきた言葉だ。

 僕が家族。言われれば、そうだ。僕一人で何でもかんでも、背負おうとしていた。それで、家族が不安になるとは考えず。

 それなら、皆で一緒に考えて納得できる答えを出して、前へ進もう。それが家族というものだから。


「セシル、本当に良いのかい? アーヤを行かせて」

「無論だ。アーヤの剣技ならば、大抵の敵はものともしないだろう。それに、家族を助けたい気持ちは私もある。その願い、アーヤに託している」

「そっか。分かった。アーヤ、絶対に守って欲しい事がある。聞いてくれる?」


 十七年間、一緒に過ごしてきた娘を見て思う。僕は君の父親になれて良かった。心の底から、そう思っている。

 嬉しい時もあれば、悲しい時もあった。それでも、一緒に生きてきたことを、一度も後悔したことはない。

 だから、伝えたい。どうしても、守って欲しいことを。


「生きて欲しい。それ以外は何も望まない。良いね?」

「パパ……。うん! 約束する!」

「うん。もし、何かあったら、そこの二人を盾にするように。僕を裏切った罰は重いよ?」


 二人をじろりと見て、恨みの念を送る。

 曖昧な顔をしている二人には、僕の盾にもなってもらおう。肉体派だし、丁度いい。


「さてと、じゃあ、出発しようか。皆、頑張ろうね!」

「うん!」

「はい!」

「はっ!」


 全員が納得した答え。それは僕達でシオンを助けに行くことだ。

 何と心地よい事だろう。僕が背負っていた重荷を皆が支えてくれているからに違いない。

 皆が手を取り助け合えば、過酷な旅を乗り切ることができる。何の確証もないことだが、心がそう言っている。


 シオン、必ず迎えに行くから。もう少しだけ待っていて。

 一緒に帰って、また楽しく暮らそう。幸せな人生を送ろう。僕達には、その権利があるのだから。

 雲一つない青空を眺め、同じ空の下にいるシオンへと語り掛けた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


感想等がございましたら、是非ともお寄せください。

宣伝になりますが、拙作「俺、勇者のパパになる」も今作品と同じくハートフルストーリーで少しだけ繋がりがあります。

もし、よろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。


お付き合いいただき、まことにありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ