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命を燃やして

 一角仁王が威嚇するように低い唸り声を上げた。


 これが僕の力。アーヤを守るためにムンドルグの力を借りて、僕の魔力を凝縮した存在だ。

 一角仁王を見たクラトスの口角が吊り上がると、次いで大口を開けて声を出して笑った。


「いいぞ! ユージン! 予想以上だ! これが、霊樹王を従えた、お前の力か!」

「黙れ! 行け! 一角仁王!」


 杖を突きだし、一角仁王に標的を指示した。

 足を屈めた一角仁王が、雄たけびと共にクラトスに飛び掛かる。


 振り上げた拳をクラトス目掛けて、振り下ろした。圧倒されるような力強さで振るわれた剛腕は、クラトスの目の前で止まった。

 クラトスが手を突き出し、その先に見えない壁が現れているかのように、一角仁王の拳は宙で止まっていた。


「なかなかの力だ。だが!」


 一角仁王の拳が弾かれた。と同時に、クラトスも弾かれるように宙に飛んだ。


「ぐっ!? なんだ!?」


 地面に片膝を着いたクラトスが見た先には、地面から突き出た拳があった。

 一角仁王の足から地中に根差して作った、樹の拳だ。


「なるほど。さすがは霊樹王。あの一瞬で、地中から攻撃を仕掛けるとは。なら、こちらも本気で行くか」


 クラトスの手が一角仁王へと向けられると、白い炎が一角仁王を包んだ。

 一角仁王の絶叫が轟いた。


「流石に、これで!?」


 白い炎に焼かれた一角仁王が、クラトス目掛けて突進を仕掛けた。

 振りかぶった拳がクラトスにめり込む。


「がはっ!」


 吹き飛ばされたクラトスが、目を見開き、一角仁王の姿を凝視した。

 白い炎で焼ける鎧や体の樹皮をはぎ取ると、宙に放り捨てた。存在を消滅させるほどの力を持った白い炎は、一角仁王を焼き尽くすことができなかった。

 その姿を見たクラトスの瞳は、子供のように輝いていた。


「はははっ! まさか、炎をそうやって防ぐとはな。生命力に満ちた霊樹王ならではの戦闘スタイルだ!」

「黙れ! 一角仁王! 畳み掛けろ!」


 再び、一角仁王がクラトスに飛び掛かった。右手を大きく広げ、クラトスの体を握りしめる。


「ぐっ!? しまった!」

「握りつぶせ! 一角仁王!」


 一角仁王が吠えながら、全力でクラトスを握りしめた。骨を粉砕せんばかりの力が込められていく。


「ぐぅぅぅぬぅぅぅぅ! がぁぁぁ!」


 クラトスが絶叫した。そのまま、締め上げろ。そう指示しようとした時、一角仁王の足元から火柱が上がった。

 天を焦がさんばかりの炎に一角仁王が焼き尽くされていく。


「惜しかったな。流石に、この火力なら!? がああぁぁぁぁぁ!」


 クラトスが痛みにのけ反った。炎に巻かれながらも、一角仁王は倒れることなく、クラトスを握りつぶしていく。


「くっ! まさか、燃える端から、再生するなんて! がはぁぁぁ! こいつはぁ、厄介だぁ!」

「やれ! 一角仁王! そのまま、握りつぶせ!」

「がああああぁぁぁぁぁ!」

「やってしまえ!」


 そうだ。やってしまえ。殺してしまえ。僕達を裏切ったこいつを。僕を裏切ったこいつを。

 響く悲鳴が、僕の記憶を揺さぶってくる。こんな悲痛な声は聞いたことがない。いつも聞くのは、軽快な笑い声だ

 聞くだけで、こちらも気分が良くなる。自然と笑みが零れる。そんな声が。


「!?」


 僕は何を考えている。こいつは敵なんだ。紛れもなく、敵だ。

 見ろ、この惨状を。こいつが引き起こしたに違いない。僕の家族を奪ったのは、こいつなんだ。

 だから、こいつはここで、僕が。


 殺意が萎えていくのを感じた。

 それに呼応するかのように、一角仁王が崩れていく。

 僕の魔力を全て使い果たしたのだ。


 僕には殺せなかった。許せない。許してはいけない敵なのに、僕は。僕は。


「やれやれ。最後の最後で、手を抜くとはな。まあ、ユージンらしいか」


 見透かしたようなことを言われた。だが、言い返せない。だって、それが事実だから。


「残念だよ、ユージン。お別れだ」


 僕は最後を迎えるのか。セシル、ヴィヴレットさん、僕は。僕は何もできませんでした。ごめんなさい。

 頬を一筋の涙が伝った。懺悔の涙がこぼれ落ちた時、僕の頬に生暖かい水滴のように小さな何かが当たった。

 

「がっ!?」


 それはクラトスの胸から噴き上がった血だった。その胸からは、鋭い刃が飛び出ていた。

 口から血を噴き出すクラトスの背後から、姿を見せたのは。


「セシル!?」


 紛れもなく、セシルだ。死んでいなかったんだ。生きていてくれた。


「ごはっ! セ、セシルさん。まさか、死んでいな、がはっ!」

「甘く見られたものだな。殺気に即座に反応できない私ではない」

「そ、そうか。流石は、彗星のおとっ!?」


 クラトスの首に一筋の赤い線が浮かぶと、血が噴き上がった。

 仰向けに倒れたクラトスは、ピクリとも動かない。一体何が起きたのだ?

 いつの間にか、僕の前にセシルが立っていた。


「ユーたん、すまない。助けるのが遅れた。モンスターを倒すのに手間取ってな」

「セシル、僕は……」

「気にするな。それがユーたんだ。さぁ、アーヤとシオンを」


 パチパチと拍手が聞こえた。

 ぎょっとして、音の鳴る方を見ると、倒れていたはずのクラトスが立って拍手をしていた。


「いやぁ、ここまでやるとはねぇ。感心したよ」


 笑みをたたえて拍手をするクラトスに、セシルが訝し気な視線を向ける。


「何故、死んでいない?」

「死んだよ? でも、死にきれないんだよなぁ。出ておいで、レモリー」


 クラトスの陰から、すっとレモリーが姿を現した。


「俺は契約者なんだよ。レモリーとの、な。霊樹王に負けない程の精霊なんだぜ? 驚いたか?」

「そんな……。レモリーさんまで」

「ということだ。夫婦仲よく、お前を裏切っていたわけだ。さて、ネタ晴らしが終わった所で……。どうやら、あっちも終わったみたいだな」


 声に突き動かされて、振り返った。

 視線の先には、倒れたシオンと、膝を着いているユーグリットとライカがいた。

 三人の前には、巨大な馬に跨った六本腕の騎士が立っている。


「んで、こっちは」


 クラトスの視線を辿ると、灰色の肌をした男が地面に倒れ、それを見下ろしているアーヤがいた。

 アーヤは血に染まる前の姿で立ち尽くしている。


「時間切れみたいだな。まあ、最初にしては長く持った方か」


 肩をすくめて言うと、歯を見せて笑った。


「合格点だ。皆、俺の予想を上回っているぞ。さて、今日はここまでにしようか」


 言うと、クラトスは僕の目の前から一瞬で姿を消した。

 気付けば、シオンを肩に担いで僕達を見ている。低く、怪しい声が響く。


「ただで去ってはつまらんからな。シオンを預かって行くぞ」

「なっ!?」


 にやりと笑ったクラトスの首筋に剣が当てられた。

 黒騎士がくぐもった声で、唸った。


「待て。そいつは我々がいただく。あっちの勇者もだ」

「そいつは聞けないな。ここにいるヤツは、お前達の狙っているヤツじゃないぜ?」

「だとしてもだ。魔王様の邪魔をするヤツは生かしては」


 全身に鳥肌が立った。獰猛な獣に睨まれたような凄味によって、体が締め付けられる。

 この気を発しているのはクラトスか。こんな力をまだ持っていたとは。


「良い情報を教えてやる。お前たちの探す『世界との契約者』は西の大陸にいるぞ。すでに、あの娘とも接触しているようだ」

「……その言葉、嘘ではないな?」

「さぁな。真偽は、自分で確かめてくれ。てことで、さようならだ。ユージン、またな」


 シオンを担いだクラトスは一瞬で姿を消し、黒騎士は背中を見せ、悠然と去って行った。

 振り返るとレモリーも消えており、倒れていた男の姿もなくなっていた。


 残されたのは僕達だけ。蹂躙された僕達に残ったのは敗北と絶望であった。


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