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覚醒の時

 クラトスが目深に被っていたフードを上げ、にこやかな笑みを浮かべた。


「どうだ? ビックリしたか?」


 クラトスが何かを言っている。何を言っているのだ? どうして、クラトスがヴァベルの格好をしているんだ。

 理解ができない。アーヤも同じようで、ただ茫然としている。


「あれ? 反応なし? もっと、驚こうぜ? 俺がヴァベルなんだぞ?」

「な、何を言っているんですか? ヴァベルがクラトスさん? そんな馬鹿な……」

「ははっ。いい加減に信じてくれよ。お前とずっと一緒に過ごしてきた、クラトスで間違いないぜ」


 嘘だ。そんな話、信じられるか。クラトスが、僕を騙すはずがない。

 だって、あれだけ一緒にいたじゃないか。一緒に笑ったじゃないか。僕を励ましてくれたじゃないか。

 そんな人が。


「嘘だ! 何かの間違いだ! お前はクラトスさんじゃない!」

「まったく……。まあ、お前がどう思おうが、関係ないか。さぁ、アーヤちゃん。おはようの時間だよ」

「ア、アーヤに近づくな。アーヤは僕が守る!」

「そうか。じゃあ、ユージンの相手は俺がしてやるよ。アーヤちゃん、あっちを見てよ」


 クラトスが僕達の後ろを指さした。

 その先を追って振り返ると、路地の奥から馬に乗った騎士が三人、こちらにゆっくりと近づいて来ていた。

 黒の全身甲冑に、黒い馬。漂う空気まで黒く、存在自体から悪意を感じる。


 ゆっくりと迫る三騎士の内の、一人が残像を見せる速さで、アーヤの目の前に迫った。

 黒騎士の振り上げた剣が、陽の光で鈍く光る。


 高速で振り下ろされた剣が、キィンと高い音を立てて、アーヤの直前で止まった。

 黒騎士の剣を防いだのは。


「お姉ちゃんに! 手を出すな!」

「シオン!」

「お父さん! お姉ちゃんを!」


 言い残すと、黒騎士に飛び掛かった。

 シオンが双剣を巧みに操り、黒騎士を翻弄していく。


「おや? 無事だったか。まあ、そっちの方が面白いな」


 クラトスの声で我に返った。アーヤを助けなければ。そのためにシオンは立ち向かったのだ。

 すぐにアーヤを避難させて、シオンを助けないと。


「アーヤ、行くよ!」


 事態を理解できていない。いや、理解を拒んでいるアーヤの手を引っ張る。

 ふらついたアーヤの体を支えた時、視界の端で二体の黒騎士が迫る姿が見えた。

 せめて、アーヤだけでも。アーヤを守るために覆いかぶさる。


 覚悟した痛みが訪れることはなかった。目を開けると、二人の男が僕達の前に立ち、黒騎士と対峙していた。


「ユーグくん! ライカくん!」

「ユージンさん、早く逃げてください!」

「御屋形様! 姫様を!」


 シオンだけでなく、ユーグリットとライカも助けに来てくれた。

 絶対に助けに戻る。だから、死なないで。戦う背中に願って、アーヤの肩を抱いて走り出した。


「ユージン、逃げんなよ。そっちは、危ないぞ」


 何かを言っているが、そんなの聞いている暇はない。

 この場を離れることが先決だ。


「アーヤ、走って!」

「パパ……。私……」

「良いから!」

「う、うん!」


 生気が戻ったアーヤの目を確認して、前に向き直った。

 走る僕達の頭上を影が通り過ぎた。その時、地面を震わせる衝撃音が響いた。僕達の行く手に姿を見せたのは、燃えるような赤い髪に灰色の肌をした男。

 右肩から手に掛けて、岩石で覆われているのか、左手に比べて一回り大きく、ごつごつとしている。


「そっちの女が勇者か」


 灰色の肌の男が言った。

 まずい、アーヤ!


「ふん!」


 男の右腕がしなり、隕石のような力強さで拳が振るわれる。

 アーヤを!


「ごぼっ!」


 左半身が電気を流されたかのような痛みが走った。

 地面を転がり、ゴミクズのように横たわる。痛みで片目しか開かない。


 アーヤが僕を見ている。叫んでいる。瞳を潤ませている。

 声は聞こえない。でも、アーヤは僕を呼んでいる。僕を思って声を上げている。

 こんなところで死んでたまるか。僕がアーヤを守るんだ。絶対に。


 灰色の男の剛腕がアーヤの頭にめり込んだ。


「あ……、あ……、あ……。アーヤーーーーー!」


 くそっ。痛みで魔法のイメージが飛んでしまう。落ち着け、落ち着くんだ。

 僕はムンドルグの力があるお陰で、痛みが和らぎつつある。すぐに自分に回復魔法を掛けて、次にアーヤを。今なら、まだ間に合う。今なら。


 男の拳が、倒れたアーヤに打ち込まれた。


「そ、そんな……」


 アーヤ。アーヤ。アーヤ。どうして、こんなことに。

 灰色の男がこちらに振り向くと、不機嫌そうな声を上げた。


「おい、ヴァベル! 本当にこいつが勇者なのか!? ただの女じゃねぇか!」

「くっくっく……」


 クラトスの低い笑いが聞こえた。こいつら、絶対に。絶対に許さない。


「シオン!」


 ライカの声だ。首を動かして、声のした方を目で追う。

 黒騎士の一体の剣がシオンをくし刺しにし、天高く掲げていた。

 そのシオンを黒騎士は地面へと叩きつけた。


 何でこんなことに。僕達が何をしたって言うんだ。

 こんなの酷すぎる。何で僕達がこんな目に。


「くそぉ……」


 涙が頬を伝って、地面にシミを作った。

 もう、この光景を見たくない。目を閉じて逃げようとした。

 閉じるまぶたの隙間から見えたのは、ふらりと立ち上がったシオンの姿であった。


「シ、シオン?」


 立ち上がったシオンはよろめきながら、黒騎士に近づいた。

 行ってはダメだ。逃げるんだ。逃げるんだ。


「シオン! 逃げろ!」


 僕の声は黒騎士の剣を止めることはできず、シオンの首目掛けて一閃された。

 絶望の瞬間を見るかと思った。だが、絶望は訪れなかった。シオンの右手が、黒騎士の剣を握りしめていたのだ。


 シオンの右半身が青白く光っている。

 右手がクリスタルのように輝き、鋭い爪が生えていた。猛獣のように大きく太い爪をした右手が、黒騎士の剣を握りつぶした。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 シオンが咆哮を上げ、黒騎士の一体を切り裂いた。

 黒騎士が発した絶叫は、身震いしたくなるような低くおぞましい声だった。


「なるほど。あいつには、コキュートスの氷狼を組み込んだか。捕えるのは苦労しただろうな」

「な、何を?」

「くくっ。シオンは第三世代の勇者だ。体の一部だけを変化させることができるな。まあ、制御はできていなさそうだが」

「シオンが……勇者だと?」

「そうだ。シオンが何故、アーヤを姉と慕ったか分かるか? あいつも女神から生まれた存在だからだよ。本能で姉だと分かったようだな。お陰で、面白いものが見れた」


 シオンが女神から作られた。そんなことがあるなんて。

 情報を処理できない。話に付いていけていない。そんな僕をクラトスは、にたりと笑ってみた。


「ユージン、お楽しみはこれからだ。見ろよ。遂に覚醒の時だ」


 クラトスがあごでしゃくった先を見る。そこには、顔をうつむけたアーヤが立っていた。

 良かった、無事だった。でも、様子がおかしい。これでは、先ほどのシオンと同じ。


「頑丈な女め! 死ね!」


 灰色の男の鉄拳がアーヤの左腕に打ち付けられた。

 こちらまで痛みを感じそうな一撃は、アーヤの細い左手で静止していた。

 うつむけた顔を上げたアーヤの瞳は、赤く染まっていた。


 その時、アーヤの左胸から血が噴き出した。噴き出した血は、地面に落ちることなく、体の至る所にかかった。

 更にその箇所から血がシミのように広がって、全身を包んでいく。気づけば、体中が赤黒く染まり、至る所から血管のような赤い光を放つ線が左胸へと集まっていた。

 噴き出した血が顔にも掛かり、アーヤの顔を覆っていく。


 顔面が血に覆われた時、鬼のように凶悪な面が浮かび上がった。

 その面が口を開き、雄たけびを上げた。


「オオオオオオオォォォォォォォォ!」


 咆哮と同時に、灰色の男が宙へと舞った。

 アーヤの拳が高々と上がっている。全く目で追えなかった。


「オオオオオンンンンッ!」


 落下する男に向け、アーヤが飛び掛かった。空中で殴りつけ、蹴り、頭を掴んで地面へと叩きつけた。

 圧倒的な暴力。微塵も容赦がない。あれがアーヤ? あれが勇者?


「くっくっくっ。オーガを組み込むとはな。神と同等の力を持つ化物を、よくもまあ。さて、ユージン。舞台は整った。後はお前だけだ。見せてみろよ。お前の決意を」


 手を広げたクラトスが、憎らしい笑みを浮かべた。

 何が舞台だ。こんな酷いことをして、笑ってられるなんて。こいつは僕の知っているクラトスでは。


「なぁ、ユージン? アーヤちゃんにシオンの命は、俺の気分次第で決まるんだ。どうだ? 俺を倒したくなってきただろう?」


 こいつは、どこまで。血も涙もない。こんなヤツに僕は。僕はあんなに慕っていたのか。

 浮かぶ思い出はどれも綺麗だ。皆が笑って、馬鹿なことを言って、そしてまた笑って。笑った記憶しか浮かばない。

 それが、嘘だったなんて。今まで、僕達を騙していたなんて。


「はぁ、つまらん。せっかく、セシルさんまで殺したのに。見ろよ、あの家。って、もう残っていないか」


 セシル? セシルを殺した。アーヤもシオンも殺そうとしている。

 何だ、こいつは。こんなヤツは知らない。僕の記憶の中に存在しない。僕の中でクラトスという人は死んだ。

 目の前にいるのはクラトスではない。こいつは許せない。こいつだけは。

 よろめきながら立ち上がる。大きく息をして、心を落ち着かせる。


 ヴィヴレットさん、あなたに遺していただいた力を今、使います。

 僕の前に立ちはだかる、こいつを。


「ムンドルグ! 僕の声に応えろ! 僕が求める、力を顕現せよ!」


 地面に幾筋の緑色の光が走り、僕の背後に光る巨大な樹が現れる。ムンドルグがその力を見せたのだ。

 そう、僕はこいつを。こいつを。


「来い! 一角仁王いっかくにおう!」


 光る巨大樹が更に光を放ち、その中から現れる一角仁王。

 額から一本の角を生やした、猛々しい顔をした巨人。木目の肌に、樹木と緑の葉で出来た鎧を身にまとった巨人が、地を震わせる咆哮を上げた。


「お前は、僕が……殺す!」


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