表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/72

君に問う

 家を出て、ふらふらと町の中を彷徨って辿り着いたのは、クラトスの宿屋だった。


 宿屋のドアを開けると、クラトスとレモリーが出迎えてきた。


「いらっしゃい。お? なんだ、ユージンか」

「あら? ユージンくん、いらっしゃい。一人?」


 レモリーの問いに頷くと、カウンターに座り料理を注文する。

 何かを言いたげだったようだが、レモリーは調理場に向かった。


 目を伏せていると、お酒の入ったジョッキが僕の前に置かれた。目を上げると、レモリーが微笑んでいた。


「何があったのか分からないけど、ユージンくんの暗い顔は見たくないわね。あなた、ユージンくんの話を聞いてあげなさい」

「仕方がないなぁ。ユージン、何でも言ってくれ。優しく受け止めてやるぞ?」


 冗談めかして言うと、僕の横の席に腰かけた。

 クラトスと乾杯を交わすと、お酒を飲んだ。お酒の香りのせいか、クラトスの人柄のせいか。どちらかは分からないが、今日の出来事をぽつりぽつりと語った。


 僕がどう思ったのか、何を感じたのか。言ってどうする、と自分でも思いながら、全てを語った。

 出せるものは全て吐き出した。そのはずだが、まだモヤモヤは晴れない。僕の中で消化できない感情に苛立ちを覚える。


 黙って聞いてくれたクラトスが、おもむろに口を開いた。


「ユージン、それは嫉妬だな」


 思いもよらぬ言葉に、目を大きく開いた。嫉妬? どうして、僕が嫉妬していることになるんだ。


「僕、嫉妬なんてしてませんよ?」

「分かってないなぁ。アーヤちゃんを取られてしまったって、心のどこかで思ってしまってるんだよ。女の子に見えるような子でも男だ。一人娘が、男を守る姿を見て、悔しかったんだよ」


 悔しい? 僕がシオンに嫉妬したのは、アーヤがシオンを庇ったから? 良い事じゃないか。人を守りたいと思えるなんて。優しい子に育ったって、喜べることじゃないか。

 なのに、気が重くなる。嫉妬するなんてことが。


「僕は……嫉妬なんて」

「してないって思うのは自分だけさ。俺だって、あんな可愛い娘が、男を連れてきたら嫉妬するよ。まあ、その前に男を、一発ぶん殴るだろうけどな」

「殴るって」

「まあ、殴るってのは大げさだけどな。でも、娘の事を大事に思っているから湧く感情だぜ? 誇らしい感情だと思うけどな」


 くくくっ、と楽しそうに笑うとお酒を飲んだ。

 娘を思うが故の感情か。大事な人が、自分の前で他の人を、それも男の子を庇った。楯突いたように思ってしまったのかもしれない。それで捻くれてしまった。

 何とも、子供っぽい話だ。思えば思う程、恥ずかしくなってきた。


「僕、まだまだ子供ですね。こんなことで、へこむんですから」

「親はいつまでも子供は子供と思っているけど、子供は成長するんだよ。子供の反抗は成長の一貫だからな。大人になろうとしている子を認めてやれよ」

「そうですね……。大人になろうとしている子供に、情けない姿を見せちゃったな」

「気にすんなって。それだけ愛情が深かったから、傷ついてしまったんだよ。その事は、アーヤちゃんもセシルさんも分かってくれるって」

「だと、良いんですけど」

「いつまでも、うじうじすんな! 酒飲め、酒を。んで、家に帰ってしっかり話してこい」


 クラトスが笑いながら、僕の顔にジョッキを押し付けてきた。そんな僕を見てか、レモリーがクラトスを一喝した。

 いつもの光景に自然と笑みが零れる。ああ、この人達と出会えて本当に良かった。僕の人生、この人達に何度救われた事だろう。

 今まで抱えていた不快感が、どこかに消えていくのが分かる。笑うのって、こんなに楽しいことに気づいた。


「お? やっと笑ったな。んじゃ、飯食って、腹を決めろよ。どうするか。お前の答えなら、皆は納得してくれると思うぞ? それでも納得でしてくれないなら、とことん話し合え。そうして、分かり合え。お前ならできるさ」

「はい! いつも、ありがとうございます。僕、お二人に出会えて、本当に良かったです。これからも、よろしくお願いします」

「おいおい、何か気持ち悪いな? まあ、ユージンのお陰でこっちも良いことづくめだからな。こっちこそ、よろしく頼むぜ」


 二人で乾杯をしていると、レモリーが料理を僕達の前に並べた。頼んでいない料理がいくつもある。これは? と問いかけるようにレモリーを見ると、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「私もユージンくんに出会えて良かったわ。これからも、皆で楽しく暮らしましょうね」

「もちろんです。あぁ、もっとここにいたいなぁ」

「逃げちゃダメよ? 食べたら、家に帰りなさい。それで、また明日、来てちょうだい。楽しみにしてるから」

「分かりました。では、いただきます!」


 並んだ料理を皆で食べて、舌鼓を打つ。優しい人達と過ごす時間の輝きに僕の心は満たされ、一つの答えを導き出した。


       ・      ・       ・


 家のドアを開けると、診療室に真っ先に顔を見せたのはアーヤであった。


「パパ!? 良かった……」

「ユーたん! 急に出て行って心配したのだぞ?」


 二人は僕が帰ったことでホッとしたようだ。僕も同じ立場なら、そう思う。ここは素直に謝ろう。


「ごめん、二人共。勝手に出て行っちゃって。シオンはいる?」


 名前を呼ばれたからか、シオンが顔を見せた。

 まだ、不安そうにしている。話を打ち切るように出て行ったのだ。自分のせいかと、どこかで思っているのかもしれない。


「セシル、アーヤ。ちょっと二階に行っててもらえるかな? 僕、シオンと話がしたいんだ」

「パパ、そんなに嫌なの?」

「話がしたいんだ。お願い」

「パパ……。シオン、パパと話をして。私、二階に行っているから」


 アーヤはシオンに言い聞かせると、二階へと上がって行った。

 残されたシオンは不安に襲われたのか、おどおどしている。


「シオン、落ち着いて。怒ったりしないから」


 優しい声色で、言葉を選んだ。元々、怒鳴るつもりはないが、言って安心させたかった。


「シオン、アーヤの事、どう思っている?」

「えっ? お、お姉ちゃんのこと?」

「うん。どう思っているのか、聞かせてくれない?」

「えっと……」


 シオンは必死に考えているようで、首を何度も捻りながら答えを探していた。

 熟考の後、顔をパッと明るくさせた。


「好きだよ! すごく、好き!」

「そっか。好きなんだね。じゃあ、シオンにお願いしたいことがあるんだ? 良いかな?」


 シオンに問うと、大きく頷いた。

 今から言う事は、大事なことだ。これだけは守って欲しい。それ以上のことは求めない。それだけを守ってくれれば。


「アーヤのことを、守って欲しい。あの子には、これから大変なことがいっぱいある。一人じゃ乗り越えられないことが出てくると思う。そんな時、君に守って欲しい。助けてあげて欲しいんだ。アーヤのために」

「お、俺がお姉ちゃんのことを、守……る?」

「もちろん、僕達も助ける。だけど、シオンにも頑張って欲しい。どうだい? できるかい?」


 シオンは顔を伏せた。僕がプレッシャーを掛けたことは認めよう。

 ただ、アーヤと一緒にいるというなら、守り抜いてくれる覚悟はして欲しい。親の勝手な願いだということは重々承知している。だが。


「……ける」

「ん?」

「助ける! お、俺、お姉ちゃんを助ける! 何があっても、助けるから! お姉ちゃんを守るから! だから、一緒にいたい!」

「その言葉、信じても良いんだね?」


 引き締めた表情で、しっかりと頷いた。

 そこには、先ほどまで怯えていた気の弱そうな少年はいなかった。一人の男が僕の前にいる。この子なら、アーヤを助けてくれるだろう。これだけ、慕う子がいてくれるなら。


「シオン、今日から僕達は家族だ。アーヤのこと、頼んだよ」

「ほんと!? お姉ちゃんと一緒にいて良いの? やった~!」


 喜びを爆発させているシオンの今後を考える。記憶がないなら、勉強させるのも良いかもしれない。できれば、強くなって欲しいから、セシルに鍛えてもらおうか。でも、あまり逞しくないなぁ。

 と、色々と考えることはあるが、今すべきことは。


「二人共~! そこにいるんだろう? 出てきなさい」


 苦笑いの二人が階段から姿を見せた。やっぱり隠れていたか。


「ユーたん、意外に察しが良いな。バレるとは思っていなかったぞ」

「まったく……。一緒に暮らしているんだから、それぐらいは分かるよ。アーヤ?」


 苦笑いを浮かべていたアーヤが、目を丸くした。

 僕のもう一つのお願いを聞いてもらおう。これができてからこそ。


「シオンのこと、守ってあげてね。僕達、家族は助け合って生きて行くんだ。誰かが辛いときは、寄り添ってあげるんだよ? できるよね?」

「パパ……。当たり前じゃない。私、パパのことも守っちゃうからね。体力ならパパに負けないんだから?」

「うっ!? ま、まあ、ということで、シオンが家族の一員となりました。よろしくね、皆。はい、拍手~」


 皆で拍手をし、新しい家族の誕生にとびきりの笑顔を見せた。

 これから、どんな生活が始まるのだろうか。シオンの今後を考えれば、イベントごとがいくつも頭に浮かぶ。

 良い事だけじゃなく、悪い事も出てくるだろう。どれだけ考えても、それを上回ることが出てくるはずだ。


 ただ、間違いない事は、今まで以上に笑いが絶えない家庭になることだ。

 シオンが最初にもたらしてくれた幸せは、その無邪気な笑みだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ