君に問う
家を出て、ふらふらと町の中を彷徨って辿り着いたのは、クラトスの宿屋だった。
宿屋のドアを開けると、クラトスとレモリーが出迎えてきた。
「いらっしゃい。お? なんだ、ユージンか」
「あら? ユージンくん、いらっしゃい。一人?」
レモリーの問いに頷くと、カウンターに座り料理を注文する。
何かを言いたげだったようだが、レモリーは調理場に向かった。
目を伏せていると、お酒の入ったジョッキが僕の前に置かれた。目を上げると、レモリーが微笑んでいた。
「何があったのか分からないけど、ユージンくんの暗い顔は見たくないわね。あなた、ユージンくんの話を聞いてあげなさい」
「仕方がないなぁ。ユージン、何でも言ってくれ。優しく受け止めてやるぞ?」
冗談めかして言うと、僕の横の席に腰かけた。
クラトスと乾杯を交わすと、お酒を飲んだ。お酒の香りのせいか、クラトスの人柄のせいか。どちらかは分からないが、今日の出来事をぽつりぽつりと語った。
僕がどう思ったのか、何を感じたのか。言ってどうする、と自分でも思いながら、全てを語った。
出せるものは全て吐き出した。そのはずだが、まだモヤモヤは晴れない。僕の中で消化できない感情に苛立ちを覚える。
黙って聞いてくれたクラトスが、おもむろに口を開いた。
「ユージン、それは嫉妬だな」
思いもよらぬ言葉に、目を大きく開いた。嫉妬? どうして、僕が嫉妬していることになるんだ。
「僕、嫉妬なんてしてませんよ?」
「分かってないなぁ。アーヤちゃんを取られてしまったって、心のどこかで思ってしまってるんだよ。女の子に見えるような子でも男だ。一人娘が、男を守る姿を見て、悔しかったんだよ」
悔しい? 僕がシオンに嫉妬したのは、アーヤがシオンを庇ったから? 良い事じゃないか。人を守りたいと思えるなんて。優しい子に育ったって、喜べることじゃないか。
なのに、気が重くなる。嫉妬するなんてことが。
「僕は……嫉妬なんて」
「してないって思うのは自分だけさ。俺だって、あんな可愛い娘が、男を連れてきたら嫉妬するよ。まあ、その前に男を、一発ぶん殴るだろうけどな」
「殴るって」
「まあ、殴るってのは大げさだけどな。でも、娘の事を大事に思っているから湧く感情だぜ? 誇らしい感情だと思うけどな」
くくくっ、と楽しそうに笑うとお酒を飲んだ。
娘を思うが故の感情か。大事な人が、自分の前で他の人を、それも男の子を庇った。楯突いたように思ってしまったのかもしれない。それで捻くれてしまった。
何とも、子供っぽい話だ。思えば思う程、恥ずかしくなってきた。
「僕、まだまだ子供ですね。こんなことで、へこむんですから」
「親はいつまでも子供は子供と思っているけど、子供は成長するんだよ。子供の反抗は成長の一貫だからな。大人になろうとしている子を認めてやれよ」
「そうですね……。大人になろうとしている子供に、情けない姿を見せちゃったな」
「気にすんなって。それだけ愛情が深かったから、傷ついてしまったんだよ。その事は、アーヤちゃんもセシルさんも分かってくれるって」
「だと、良いんですけど」
「いつまでも、うじうじすんな! 酒飲め、酒を。んで、家に帰ってしっかり話してこい」
クラトスが笑いながら、僕の顔にジョッキを押し付けてきた。そんな僕を見てか、レモリーがクラトスを一喝した。
いつもの光景に自然と笑みが零れる。ああ、この人達と出会えて本当に良かった。僕の人生、この人達に何度救われた事だろう。
今まで抱えていた不快感が、どこかに消えていくのが分かる。笑うのって、こんなに楽しいことに気づいた。
「お? やっと笑ったな。んじゃ、飯食って、腹を決めろよ。どうするか。お前の答えなら、皆は納得してくれると思うぞ? それでも納得でしてくれないなら、とことん話し合え。そうして、分かり合え。お前ならできるさ」
「はい! いつも、ありがとうございます。僕、お二人に出会えて、本当に良かったです。これからも、よろしくお願いします」
「おいおい、何か気持ち悪いな? まあ、ユージンのお陰でこっちも良いことづくめだからな。こっちこそ、よろしく頼むぜ」
二人で乾杯をしていると、レモリーが料理を僕達の前に並べた。頼んでいない料理がいくつもある。これは? と問いかけるようにレモリーを見ると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「私もユージンくんに出会えて良かったわ。これからも、皆で楽しく暮らしましょうね」
「もちろんです。あぁ、もっとここにいたいなぁ」
「逃げちゃダメよ? 食べたら、家に帰りなさい。それで、また明日、来てちょうだい。楽しみにしてるから」
「分かりました。では、いただきます!」
並んだ料理を皆で食べて、舌鼓を打つ。優しい人達と過ごす時間の輝きに僕の心は満たされ、一つの答えを導き出した。
・ ・ ・
家のドアを開けると、診療室に真っ先に顔を見せたのはアーヤであった。
「パパ!? 良かった……」
「ユーたん! 急に出て行って心配したのだぞ?」
二人は僕が帰ったことでホッとしたようだ。僕も同じ立場なら、そう思う。ここは素直に謝ろう。
「ごめん、二人共。勝手に出て行っちゃって。シオンはいる?」
名前を呼ばれたからか、シオンが顔を見せた。
まだ、不安そうにしている。話を打ち切るように出て行ったのだ。自分のせいかと、どこかで思っているのかもしれない。
「セシル、アーヤ。ちょっと二階に行っててもらえるかな? 僕、シオンと話がしたいんだ」
「パパ、そんなに嫌なの?」
「話がしたいんだ。お願い」
「パパ……。シオン、パパと話をして。私、二階に行っているから」
アーヤはシオンに言い聞かせると、二階へと上がって行った。
残されたシオンは不安に襲われたのか、おどおどしている。
「シオン、落ち着いて。怒ったりしないから」
優しい声色で、言葉を選んだ。元々、怒鳴るつもりはないが、言って安心させたかった。
「シオン、アーヤの事、どう思っている?」
「えっ? お、お姉ちゃんのこと?」
「うん。どう思っているのか、聞かせてくれない?」
「えっと……」
シオンは必死に考えているようで、首を何度も捻りながら答えを探していた。
熟考の後、顔をパッと明るくさせた。
「好きだよ! すごく、好き!」
「そっか。好きなんだね。じゃあ、シオンにお願いしたいことがあるんだ? 良いかな?」
シオンに問うと、大きく頷いた。
今から言う事は、大事なことだ。これだけは守って欲しい。それ以上のことは求めない。それだけを守ってくれれば。
「アーヤのことを、守って欲しい。あの子には、これから大変なことがいっぱいある。一人じゃ乗り越えられないことが出てくると思う。そんな時、君に守って欲しい。助けてあげて欲しいんだ。アーヤのために」
「お、俺がお姉ちゃんのことを、守……る?」
「もちろん、僕達も助ける。だけど、シオンにも頑張って欲しい。どうだい? できるかい?」
シオンは顔を伏せた。僕がプレッシャーを掛けたことは認めよう。
ただ、アーヤと一緒にいるというなら、守り抜いてくれる覚悟はして欲しい。親の勝手な願いだということは重々承知している。だが。
「……ける」
「ん?」
「助ける! お、俺、お姉ちゃんを助ける! 何があっても、助けるから! お姉ちゃんを守るから! だから、一緒にいたい!」
「その言葉、信じても良いんだね?」
引き締めた表情で、しっかりと頷いた。
そこには、先ほどまで怯えていた気の弱そうな少年はいなかった。一人の男が僕の前にいる。この子なら、アーヤを助けてくれるだろう。これだけ、慕う子がいてくれるなら。
「シオン、今日から僕達は家族だ。アーヤのこと、頼んだよ」
「ほんと!? お姉ちゃんと一緒にいて良いの? やった~!」
喜びを爆発させているシオンの今後を考える。記憶がないなら、勉強させるのも良いかもしれない。できれば、強くなって欲しいから、セシルに鍛えてもらおうか。でも、あまり逞しくないなぁ。
と、色々と考えることはあるが、今すべきことは。
「二人共~! そこにいるんだろう? 出てきなさい」
苦笑いの二人が階段から姿を見せた。やっぱり隠れていたか。
「ユーたん、意外に察しが良いな。バレるとは思っていなかったぞ」
「まったく……。一緒に暮らしているんだから、それぐらいは分かるよ。アーヤ?」
苦笑いを浮かべていたアーヤが、目を丸くした。
僕のもう一つのお願いを聞いてもらおう。これができてからこそ。
「シオンのこと、守ってあげてね。僕達、家族は助け合って生きて行くんだ。誰かが辛いときは、寄り添ってあげるんだよ? できるよね?」
「パパ……。当たり前じゃない。私、パパのことも守っちゃうからね。体力ならパパに負けないんだから?」
「うっ!? ま、まあ、ということで、シオンが家族の一員となりました。よろしくね、皆。はい、拍手~」
皆で拍手をし、新しい家族の誕生にとびきりの笑顔を見せた。
これから、どんな生活が始まるのだろうか。シオンの今後を考えれば、イベントごとがいくつも頭に浮かぶ。
良い事だけじゃなく、悪い事も出てくるだろう。どれだけ考えても、それを上回ることが出てくるはずだ。
ただ、間違いない事は、今まで以上に笑いが絶えない家庭になることだ。
シオンが最初にもたらしてくれた幸せは、その無邪気な笑みだった。




