君は何者?
アーヤに抱きついて、お姉ちゃんと連呼したシオンの一人称は俺であった。
容姿からは女の子にしか見えない。ということは、俺っ子か?
頭の中がこんがらがってきた。隣のユーグリットも同様のようで、難しい顔をして、二人の姿を見ていた。
「えっと、シオン……くん? ちょっといいかな?」
シオンはアーヤに引っ付いたまま、顔だけを僕に向けてきた。
「あのね。アーヤは、君のお姉さんではないよ?」
「お姉ちゃんだよ! 俺のお姉ちゃんだ!」
「う~ん……。アーヤは僕の娘だけど、君のことは知らないよ? 人違いだよ」
僕の言葉でシオンは目を瞬いた。
「お姉ちゃんのお父さんなの?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、お父さんだ!」
「お父さん!?」
何で僕がお父さんなんだ? いや、アーヤが姉なら、その親の僕はお父さんになるか。
いやいやいや。アーヤ以外に僕の子供はいない。
「ユージンさん、まさか隠し子が……」
ユーグリットが何かを察した顔をした。ぶん殴りたくなった。
「隠し子なんて、いるわけないでしょ? この子の勘違いだよ」
「確かに、ユージンさんに限って、その様なことはないでしょうね。となると、この子は……。この子?」
ユーグリットの目が鋭くなった。これは間違いない。
「シオンとか言ったな? その子から離れろ。今すぐに」
「もう……。ユーグくん、すぐに敵視しないの。色々と訳ありなんだから」
「どこぞの馬の骨とも分からん輩を庇うのですか!?」
「君と違って、邪念がなさそうだからね。とりあえず、この子をどこかに保護しよう。とは言っても……」
シオンを見ると、アーヤにひしとしがみついたまま、離れる様子は全くない。となると、できることは少ない。
「とりあえず、僕の家に行こうか。ユーグくん、付いてきてくれる?」
「言われずとも、付いて行きます。皆は先に帰ってくれ」
ユーグの指示に従った兵士が去っていく。僕達も家に行こう。四人で家へと向かった。
・ ・ ・
僕達家族と、シオン、厳めしい面のユーグリットでキッチンのテーブルを囲んでいた。
シオンはアーヤの隣に座って、不安げな表情を浮かべている。とても男の子には思えない顔だ。
セシルも話を聞いた時は驚いており、今でも半信半疑のようだ。
「う~む。男には見えん。本当に男なのか?」
「気にするところは、そこじゃないでしょ?」
「分かっているよ。アーヤに弟がいる訳がない。となると、シオンの勘違いだ」
「だよねぇ。でも、聞いてくれそうにないんだよ……」
シオンを見ると、またアーヤにピトッと引っ付いた。その様子から、アーヤの事を本当に姉だと思っているようだ。
どうしたものだろうか。無理矢理引き離すのは、気が引けるが。
「ユージンさん、この子は私達が保護します。悪いようには致しません」
「うん。そうだね。そうしてもらって」
言いかけた僕の言葉を、家に転がり込んできたヤツの声でかき消された。
「お屋形様! 姫様に男が抱き着いたというの本当でございますか!? 不貞な輩は、どこのどいつだ!?」
歯を剥き出しにしたライカが、怒りを露にし、部屋の隅々まで目を向けた。
目的の相手が見つからなかったのか、目を丸くして僕を見てきたので、シオンをちらりと見た。
「ん~……? この娘が、姫様に抱き着いた男なのですか?」
「うん。そうなんだよ」
「いやはや、お屋形様。ご冗談もほどほどにしてくだされ。このような娘子が男な訳がありますまい」
ライカがからからと笑った。確かにそうだ。僕達は一人称で男と決めつけてしまった。本当は女の子かもしれない。
「そうだね。女の子かも知れないね」
「どうしても不安ならば、拙者が確認いたそう」
「どさくさに紛れて、何言ってんの!? ライカくんに任せる訳がないでしょ!?」
あわよくばとの、いやらしい気持ちを抱いてそうなライカに厳しく言った。ただ、性別がどちらかは気になる。どうしたものか。
「ユージンさん、私にお任せください。そこのストーカー男と違って、私は一途な男。過ちはありませ」
「却下」
「ユージンさん!?」
一途なことは知っているが、この男も油断ならない人物には違いない。ならば、確認する方法は。
「シオン、君は男なのか?」
セシルが当たり前の事を、当たり前に聞いてくれた。変態どもの言動のせいで、普通に確認することを忘れていた。
「男だよ」
「だそうだ? 良かったな、二人とも」
セシルの煽りに、二人が鬼のような形相に変わった。男がアーヤに寄り添っているなど、この二人には許しがたいことなのだろう。
「二人とも、子供にそんな顔をしないの。で、話は戻るけど、アーヤは君のお姉さんじゃないんだよ?」
「お姉ちゃんだよ。だって、俺、覚えてるから」
「何を覚えてるの?」
「えっと~……。あれ? なんだっけ?」
思わず椅子から滑り落ちそうになった。何で姉か本人が分かっていなかったのだ。
じゃあ、アーヤが姉である証拠は何もない。ユーグリットに保護してもらおう。
「記憶がないなら、仕方がないね。アーヤは君のお姉さんじゃないよ。それは間違いないから」
「でも」
「それでも、だよ。さ、ユーグくん、お願いね」
頷いたユーグリットが立ち上がるとシオンの手を掴もうとした。その手をアーヤが遮った。
「皆、ちょっと待って? この子、誰も知り合いがいないんだよ? このままじゃ、可哀想だよ。しばらく、家に置いてあげようよ」
「アーヤ、そうは言っても、家族じゃないんだから。ユーグくんにお願いしようよ」
「だって、この子、怖がってる。助けてあげようよ?」
「だから、ユーグくんに」
「お願い!」
アーヤは僕に懇願した。だからって、聞いてあげる訳には。
「ユーたん、少しの間くらい置いてやってはどうだ? アーヤがここまで言うのだ」
「でも……」
助ける事が悪いとは言わないのだが、どこかで心が抵抗している。それが何なのか。分からないが、モヤモヤする。
「ねぇ、パパ?」
僕の目を覗き込むように見つめてきた。アーヤの思いに答えてあげたい。そう思うのだが。
「ユーたん?」
「パパ?」
二人が僕を追い詰める。答えが出せない僕を急かしている。
このまま、二人に従ってしまえば、楽になれるのか? このモヤモヤが晴れるのか?
二人の視線が痛い。僕の答えを待っている。自分達が求める答えを。
「……好きにしたらいい。ちょっと出てくる」
「あっ!? パパ!?」
アーヤの僕を引き留める声を無視して家を出ていった。親としてあるまじき行動。そんなこと、分かっている。分かっているのに、納得できなかった。
苛立ちだけが募り、暗くなった路地を当てどなく歩いた。




