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キャンプに行こう

 穏やかな日差しの下、先頭を歩く女性の先生の後ろを十名の生徒が歩き、その後ろに男性の先生が二人、更に後ろに僕達はいた。


「皆、あともうちょっとで、キャンプ場に着くから頑張ってね」


 先生の言葉に生徒達が疲れた声を上げた。

 王都を離れて四時間。長時間の移動は子供達には辛いだろう。かくいう僕も、やや疲れている。

 滲む汗を拭うと、横を歩く涼しい顔をした二人に言う。


「二人共、まったく疲れてなさそうだね。荷物をいっぱい持っているのに」


 ユーグリットとライカが背負う荷物を見る。

 荷物は背中に収まらず、頭を越える程の大荷物だ。


「この程度で疲れるような、軟な男ではありませんよ」

「なんのこれしき。拙者にとっては、朝飯前でございます」


 力自慢を二人はし合うと、視線をぶつけて、火花を散らした。

 いつものことながら疲れる。仲良くしたら良いのにと思うが、恋のライバルに言っても無駄だろう。

 半日もせず、この疲れ。三日も一緒にいたら、僕は疲れで干物になってしまうかもしれない。


 どうして、こんなことに。ため息を吐いて、先日のことを思いだした。


      ・      ・      ・


「キャンプ?」

「うん! 課外授業で行くの!」


 アーヤが楽しそうに僕に話したのは、学校のクラスで計画された課外授業のキャンプであった。

 王都を離れて、キャンプ場のある近くの森まで行くというものだ。


「でね、先生から、パパにお願いがあるんだって」

「パパに?」

「うん。一緒にキャンプに来て欲しいんだって。魔法使いの人が来れなくなったらしいの」


 おそらく、怪我をした時などに備えるためだろう。クラトスの狩りに連行されるから、連れて行く必要があることは分かる。

 特に子供達だと何をするか分からないから、魔法使いは必須と言っても良いだろう。

 アーヤの話によれば、二泊三日のキャンプらしい。数日、診療所から離れることになるが、どうしたものか。


「ユーたん、一緒に行ってやったら、どうだ? 何かがあったら大変だ。私も薬の知識は多少ある。不安ならヴィヴレット様にお願いして、代診の魔法使いを呼ぶのはどうだ?」

「そうだねぇ……。分かった。じゃあ、ヴィヴレットさんに代診の先生をお願いしてみるよ」


 キャンプに同行してくれとは頼みづらいが、王都内なら都合がつく魔法使いもいるだろう。

 あとで魔法大学校に行って、お願いしよう。


「パパ、ありがとう。先生に伝えるね」

「うん。そういえば、大人は僕と先生だけ?」

「先生が三人とパパだから、四人だね」


 連れて行く生徒が十名だから、十分過ぎる人数だろう。

 これなら、クラトス達との狩りの時のように、荷物持ちにならずに済むだろう。

 キャンプなら狩りの時に何度も経験しているので、不安はない。不安はないのだが、何かを感じる。何だろうか。


「パパ、どうかしたの?」

「何でもないよ。キャンプ、楽しみだね」

「うん!」


 虫の知らせなのか何なのか。何だろう。何かが起こりそうな気がしてならない。


      ・      ・      ・


 あの時の嫌な予感の正体は、この二人の存在であった。


 アーヤが世間話で交わした内容をしっかりと覚えていたのだ。それも、二人共が。

 そして、引率の先生から無理やり荷物を奪う形で、キャンプについて来てしまった。

 表向きは荷物持ちだが、その実、アーヤに良い所を見せたいという、邪な気持ちを抱えている。


 このような者達が後ろにいるとは露知らず、アーヤは楽しそうに女子とお喋りをしていた。

 流石はアーヤだ。長時間歩いているのに、疲れを感じさせていない。

 女子の会話に男子が混ざっているのが見えた。楽しいのか、笑い声が聞こえてきた。


 僕の両隣から、全身の毛が逆立つような強烈な殺気を感じた。

 そっと目を向けると、ユーグリットが厳めしい表情で男子生徒を睨みつけている。

 もう一人を見る。ライカの目が据わっていた。何やら、口から物騒な言葉が漏れだしている。


 たかが男子との談笑で、この始末だ。何事もなくキャンプが終わるとは思えない。

 先が思いやられる。もう、ため息しか出なかった。


      ・      ・      ・


 食事を終え、焚火を囲んで歌を歌い、今日が終わろうとしていた。


 テントの設営は終わっている。女性の教師と女子五人が一つのテント。男子生徒五人が一つのテントで、僕達大人五人はまた別のテントで寝る。そう、寝るはずだ。

 なのに、ユーグリットとライカは女子のテントの傍に立っている。何を考えているのか、容易に分かる自分が嫌だ。


「ねぇ、ユーグくん、ライカくん、心配しなくても大丈夫だよ。テントで寝よ?」

「ユージンさん、失礼ですが、少し迂闊ですよ? 私がいなければ、女性が無防備になるのですよ?」

「いや、ここ、モンスターいないから」


 女性を守るとは方便に違いない。もう一人の守護神面している、ライカが何度も頷いている。


「御屋形様、まだ幼いとは言え、男は男です。夜這いを掛けるやもしれません。女生徒の操は拙者がお守りいたす」


 お前も男だぞ。と、言いかけた言葉は飲み込んだ。多分、言っても無駄だろう。

 まあ、万が一に備えるのは悪くはない。この二人なら、多少の危険は物ともしないはずだ。


「じゃあ、僕は寝るね。二人共、程々にしてね」


 手を振って、自分のテントに入り、寝袋の中に潜り込んだ。

 森の静寂に耳を傾け、眠りの世界に落ちようとした。


「おい、どこに行く?」

「怪しいヤツめ。ひっ捕らえるぞ?」


 何事かと慌てて寝袋から飛び出して、外に出る。そこには二人の男子生徒に詰め寄る、ユーグリットとライカがいた。


「子供相手に何やってんのさ!? さっさと寝るよ!」


 僕の怒号が森に響き、何かと理由をつける二人を連れて、テントへと向かった。


      ・      ・      ・


 二日目は森の中を散策し、野草や昆虫の生態の観察をするというものだた。


 生徒達が三班に分かれて、それぞれに先生がついて、森の中を見て回っている。

 僕達は何かがあった時のために、キャンプで待機をしていた。


「ユージンさん、先生だけでは不安ではないでしょうか? 私も同行」

「しなくて良いよ」


 しょげるユーグリット。


「御屋形様、拙者、夕食のために野草を取って」

「こなくて良いよ。僕達は待機なの。分かる?」


 ライカに言うと、あからさまに落ち込んだ。

 どれだけ、アーヤに良い所を見せたいというのだろうか。

 ため息を吐いた時、吐き出した息が白いことに気づいた。


「あれ? 急に寒くならなかった?」


 周りを見ると、急にもやが掛かりだした。

 これは不味い。視界が悪くなったら、遭難するかもしれない。皆にキャンプに戻るように言おう。

 声を上げるために口を開けた時、僕の口が塞がれた。


「お静かに。これは……」


 ユーグリットが顔を強張らせて言った。

 横目でライカを見ると、こちらも表情を固くしている。


「ゴーストの発する冷気です。むやみに声を上げれば、狙われてしまいます」

「えっ? じゃあ、アーヤ達を探さないと」

「はい。私が注意を引き付けます。その間に、皆を探して森を出てください。おい、お前も探しに行け」


 ユーグリットはぶっきらぼうにライカに言うと、キャンプから離れて行った。

 ライカは口に人差し指を立てているので、それに従う。


「はあああぁぁぁぁ!」


 ユーグリットの声が森に轟くと、一陣の風が吹き抜けた。

 これはユーグリットの魔法剣が作り出した風の力だ。ユーグリットは魔力の凝縮した魔石で作られた剣を使って、魔法を発生させることができる。

 風と火の魔力が込められた双剣から繰り出された魔法剣で、ゴーストを攻撃したに違いない。


 周りに満ちていた冷気が失せていくのが分かる。ゴーストはユーグリットに狙いを定めたのだ。

 今の内に、僕達でアーヤ達を探しに行こう。


「御屋形様、手分けして探しましょう。我らならば、ゴースト程度に苦戦はしません。御屋形様の魔法であれば、容易に蹴散らせます」

「分かった。ライカくんなら大丈夫かと思うけど、気を付けてね」

「有難きお言葉。それでは」


 風のように駆け出したライカとは違う方向へと僕は走った。

 まだ、周りには薄っすら靄が掛かっている。ゴーストがいるのかもしれない。

 声を上げて良いものだろうか。躊躇していると、草を踏みしめる音が聞こえた。


 振り向くと、靄からフードを目深に被ったロングコートの人がこちらへと近づいて来ていた。

 コートの色は鮮やかな真紅で、黒と金の刺繍が施されている。

 更にこちらに近づくと、フードの陰から顔が見えた。いや、顔ではなく面だ。目つきの鋭い、骸骨の面。


 本能的に危険だと悟った。

 怪しげな風貌なだけではない。漂う空気が、淀んでいるのだ。今まで、感じたことがない気を放っている。

 仮面を被った何者かが、足を止めた。


「そう緊張するな。勇者の父親よ」


 男はくぐもった低い声で、僕の正体を告げた。


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