最高の料理
ピザの大食い大会は、街の中央公園で開催されていた。
すでに観覧席は埋まりつつある。適当な所に腰かけて、出場者の登場を待っていた。
周りを見ていると、広場の中を歩くユーグリットを見つけた。
「おーい! ユーグくん!」
声を掛けると気が付いたようで、僕達の傍に小走りで近づいてきた。
「ユージンさん、セシル隊長、アーヤちゃん、こんにちは。どうしたのですか? このような所で?」
「今日ある、ピザの大食い大会を見に来たんだ。ライカくんが出場するんだよ」
「あいつ……。もし、よろしければ、ご一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」
「うん、良いよ」
断る必要がないので、快諾した。
開催者が挨拶をすると、会場から大きな拍手が上がった。
司会者が出場者の名前を呼び、壇上へと上らせていく。そこにはこちらに小さく手を振るライカがいた。
司会者が観客に声が行き渡るように、大声を上げた。
「さぁ、今から、ピザの大食い大会を開催いたします! 飛び入りの参加も、まだ受け付けております! さぁ、どなたかいらっしゃいませんか!?」
司会者が観覧席を見るが、誰も手を上げなかった。
それもそうだろう。出場者を見れば、やる気も失せる。
筋肉ダルマのような男性に、見るからに大食いな肥満体な男性が何人もいる。
その中で細身なのはライカと、食が細そうなひょろ長い男性だ。この中に入るのは、勇気がいる。
「ライカさ~ん! 頑張ってぇ~!」
アーヤの可愛らしい声がライカに届いたようで、頬をだるんだるんに緩ませている。
「私も参加するぞ!」
隣からの大声に肩が跳ねてしまった。
ユーグリットが険しい顔をして手を高々と上げている。
これはまさか。
席を立つと、司会者の言葉を無視するように壇上に上がった。
ユーグリットがぎろりと睨みつけたのは、ライカだ。
アーヤの応援が面白くなかったのだろう。ユーグリットが対抗心を燃やしたのだ。
面白い展開になってきた。どんな死闘が繰り広げられるのか、楽しみだ。
「それでは、出場者も出揃ったことですし、早速、大食い大会を始めましょう! それでは、出場者は席に座ってください!」
ライカとユーグリットを入れて、総勢十名が並んだ。
ピザが次々とテーブルに置かれていく。見るからに熱そうだ。
司会者の合図と共に、一斉に食べ始めた。
ユーグリットとライカはピザを手にすると、一気に頬張った。
出場者の多くは、早々に一枚を食べ終わり、次のピザを食べ始める。
ピザのチーズは腹に溜まるに違いない。何枚食べられるのだろうか。見ているだけで、お腹がいっぱいになってきた。
三枚目を完食すると、次に出てきたピザを見て、出場者のみならず、観覧席も引いた。
赤い。チーズの上に赤黒い液体が掛けられている。これは、きっとヤバいやつだ。
「三枚目からは、激辛ソースを振り掛けたピザになります! 果たして、これを食べきることができるかぁ!?」
出場者の多くがピザを口に含んだ時、顔を歪めた。
二人も同じようで、咳き込んでいる。
ここで、一人が脱落した。一枚目を食べることができた者も、二枚目で脱落した。
激辛ピザは三枚まで続くようだ。
汗だくになりながらピザを食べ続ける二人を見たアーヤが声を上げた。
「ユーグお兄ちゃん! ライカさん! 頑張れ~!」
その声にすかさず反応した二人が、キメ顔を僕達に見せた。
ぶれないな、この二人。
アーヤの応援のお陰か、二人とも激辛ゾーンを突破した。この時点で、ピザが六枚胃袋に入っていることになる。
想像するだけで、食欲が満たされてしまう。その時、鼻を摘まんでしまう異臭が漂ってきた。
観客席が、どよめきだした。その臭いの発生源は。
「さぁ! 七枚目からは、ブルーチーズのピザだぁ! この臭いはすごい! はちみつを掛けると美味ですが、ここに来てこの臭いに耐えられるか!」
うぉえっ! この臭いはキツイ。ここまで食べきった猛者達も、気力を萎えさせるこの臭いに顔色が悪くなっている。
げんなりする人達が多い中、真っ先にピザを喰らいだしたのは、ユーグリットとライカだ。
ここに来てもなお、食べ続けることができるなんて。アーヤに対する執着心と、二人の対抗心のすごさが伺えた。
ブルーチーズのピザを前にして、巨漢達が次々とギブアップしていく。
食べることができた者も、七枚目を越えることができず、手を止めていった。
そうこうして、ユーグリットとライカ、あと何故か残っている細い人。この人はまだ激辛ゾーンだ。
この二人の戦いが実質の決勝戦だろう。二人に観客から応援の声が投げかけられる。
僕達も大きな声で二人を応援した。アーヤも精一杯の声を出しているが、二人はそれに反応しなかった。
もう、無我の境地なのかもしれない。勢いに任せた大食いは、遂に九枚目に突入した。
このまま、どこまで食べられるのだろうか。会場が熱狂し、大歓声を上げた。
・ ・ ・
ピザの大食い大会が終わると、僕達は裏手に回って二人を労いに行った。
「ユーグくん、ライカくん、お疲れ様。残念だったね。まさか、あんな細い人が勝つなんて思わなかったよ」
二人は十枚目の途中でテーブルに突っ伏して、リタイアとなってしまった。残ったのは細い人で、黙々と食べ、十枚目を食べきり優勝となった。
細い人が淡々と食べる姿を見るだけとなった時のグダグダ感はすごかった。
「くっ! こいつに勝てなかったとは。屈辱だ。うっ!?」
「それは拙者のセリフだ。ライカ、一生の不覚。うっぷっ!」
二人共、限界なのか舌戦はヒートアップすることはなかった。
普段から、こんな感じだったらやかましくないのに。
「二人共、すご~い! いっぱい食べたね! カッコ良かったよ!」
ユーグリットとライカの顔が、だらしなくたるんでいる。
アーヤ、そんなこと言っちゃダメでしょ。と、たしなめたくなるが、今日ぐらいは良いか。
「ねぇ、パパ、胃薬あげようよ? 食べすぎも、体に悪いんでしょ?」
「え? う~ん……」
「も~う。私達のために頑張ったんだから、あげようよ」
ライカはそうかもしれないが、ユーグリットは完全に対抗心からだ。
とは言っても、頑張った事には変わりないか。アーヤのお願いに応えよう。
「分かった。じゃあ、家においで。歩ける?」
ふらつく二人を伴って、我が家へと向かった。
・ ・ ・
胃薬を飲み、胃袋が落ち着いたのか顔色が良くなっていた。
僕達は夕食を食べ、二人はお茶を飲んで、穏やかな時を過ごしていた。
「二人共、ホント、よく食べれたよね。見てるこっちが、お腹いっぱいになったよ」
「まったくだ。ユーグリット、ライカ、今日は男を見せたな。頼もしかったぞ」
今日のことで盛り上がっていると、ライカの表情が急に曇った。
もしかしたら、具合が悪くなったのかもしれない。
「ライカくん、大丈夫?」
ライカは首を力なく振ると、勢いよく頭を下げた。
「御屋形様! 偉そうなことを言っておきながら、何も得ることができず面目次第もございません! 御屋形様たちに美味しいものを食べてもらうことができず……。申し訳ございません!」
「ライカくん……」
僕達、家族のために本当に頑張ってくれたのだ。
そこまでしてくれた人が、頭を下げるようなことをして欲しくはない。
ライカに声を掛けようとした時、アーヤが先に口を開いた。
「ライカさん、ありがとう。でもね、私、どんな美味しいお店よりも、美味しい料理を食べてるんだよ? ママの料理。それにね」
アーヤは僕達に目を向けると、にっこりと笑った。
「皆と食べるご飯が、一番美味しいよ。だから、謝らないで良いんだよ?」
アーヤの心優しい言葉に、僕達の顔に笑みが浮かんだ。
そうだ。皆での食事が一番、美味しいと思う。アーヤはそう思ってくれていたのか。
どんな美味しい料理でも一人では味気ない。料理は食材や調味料だけでなく、食べる人達の感情で味が変わるのだ。
僕達はいつも最高級の料理を堪能していた。一人では到底味わえない美味を。
「アーヤの言う通りだね。そうだ、お酒があったはずだから一緒に飲もうか? 二人の頑張りを祝してさ」
「そうだな。私も参加させてもらおう」
僕の提案にアーヤが不満そうな声を上げる。
「ひど~い。私だけ除け者にして~」
「アーヤも飲める歳になったらね。それまでは、お茶で我慢して」
「分かってるよぉ。言ってみただけ」
いじけたアーヤに一同、声を上げて笑った。
世界で一番美味しい料理は更にその味を良くしていく。その味に酔いしれて、僕達は最高の夜を過ごしていった。




