想いの先
ライカが手にした槍がしなり、ユーグリットに襲い掛かった。
目で捉えることのできない速さで繰り出された突きは、ユーグリットの胸を貫いた。
と思った。だが、ユーグリットには槍が届いていなかった。見れば、ユーグリットは一歩下がっていたのだ。
あの速さの攻撃を見切るとは、流石は晴天の騎士だ。
「いきなり、仕掛けてくるとは。その恰好、ヒノ国の者だな? 不意打ちとは、礼節に欠けている」
「貴様のような鬼畜に、礼など不要! さぁ、尋常に勝負!」
「鬼畜とは心外だな」
「何を言う! 姫だけでなく、多くの娘を泣かせたと聞いたぞ!? 鬼畜のような所業ではないか!?」
女の子を泣かせただと。ユーグリットへ不信感満載の視線を向ける。
僕の視線に気が付いたのが、必死に取り繕ってきた。
「ち、違うのです。何人も女性が言い寄って来まして。もちろん、丁重にお断りいたしましたが、泣かれる女性も多く」
「やはり泣かせているではないか!」
「お前は黙っていろ! ユージンさん、信じてください。姫君の件も、失礼がないように断ったつもりです」
ユーグリットの言葉に、しばし唸る。
嘘を吐く男ではないの確かだ。となると、色々と誤解があるのかもしれない。
「ええい! 適当なことを言って、言い逃れをするつもりだろう! 表に出ろ! 白黒はっきりとつけるぞ」
「あ、ライカくん、ちょっと」
僕の呼びかけは虚しく、二人はさっさと外に出て行ってしまった。
このままでは、本当に血を見ることになるかもしれない。それは嫌だ。ライカも根は真面目だ。そんな人達に争ってほしくはない。
慌てて僕も外に行く。
二人は道路の真ん中で見合っている。
「槍を引けば、今回は見逃すが?」
「できぬ相談だ。貴様の命を貰い受ける。そして、拙者は姫と結ばれるのだ!」
「ん? お前、まさか、ライカとかいう名ではないか?」
「ああ、そうだ。拙者の名を、その魂に刻みつけ、冥府に送ってやろう!」
「姫からお前の話は聞いている。どうやら、ストーカーじみた事をしていたとな」
ストーカー? 気になるワードが飛び出てきた。
「ユーグくん、どういうこと?」
「姫に求婚されて、断りを入れる際に言われたのです。ライカの執着が恐ろしいと。夜にどこからか、呪詛のように愛をささやく声がするとか、寝所に向かって恋文付きの矢が撃ち込まれたとか。はっきりと見た者はいないようですが、まず間違いないと」
「えぇ……。ライカくん、それ本当?」
ユーグリットに向けていた疑いの目は、そのままライカへと向いた。
ライカの顔色が悪いことが手に取るように分かった。疑いが確信に変わった瞬間だった。
「た、例え、それが事実、いや、妄言に違いないが、愛ゆえの行動に思えるが?」
「ふんっ! 愛とは押し付けるものではない。愛は一人で築くものではないのだ!」
「ぐっ!?」
ユーグリットの正論にぐうの音も出なかったようだ。
素晴らしい言葉だ。だが、ユーグリットがそれを実践できているかは分からない。
「だ、だが、姫は約束してくださった! 貴様を殺した暁には、私と結ばれてくださると!」
「なるほど。それが私を殺しに掛かる動機か。忠誠心でもなく、愚かな私欲で挑みかかるとは、呆れて物も言えない」
「し、私欲だと!? 黙れ! いざ、勝負!」
ライカは槍を大きく振るうと、低く構えた。
ユーグリットはため息を吐き、双剣を抜いた。
不穏な空気が漂う。肌がひりついてきた。このままでは確実に鮮血が舞う。止めたいが、止める言葉が思いつかない。
お互いが見合って、気の読み合いが始まっているようだ。
もう時間がない。二人の間に入ろうとした時、パタパタと足音が近づいてきた。
「パパ~!」
アーヤがこちらに向かってきた。
「アーヤ、どうしたの?」
「患者さんが来たよ。早く見てあげて」
それはいけない。早く診療所に戻らなければ。
だが、二人のことも心配だ。どうしたものか。悩んでいると、二人のただならぬ雰囲気にアーヤが気づいたようで、二人の顔を交互に見やった。
「ユーグお兄ちゃん、どうかしたの?」
「い、いや、アーヤちゃん、これは」
「ライカさんも、どうしたの? 二人とも怖い顔してるよ?」
不安げな表情を浮かべるアーヤを見て、二人は武器を収めた。
「何でもないよ。ちょっと、言い合いになっただけだよ」
「う、うむ。姫様が思っているようなことはしておりませぬぞ」
ぎこちない笑みを浮かべると、二人で乾いた笑い声を上げた。
アーヤのお陰で、今回は治まった。とはいえ、根本的な解決にはなっていない。
僕達が去れば、また決闘が始まってしまうだろう。
二人を止める方法がないか。思案しても、答えがでない。
諦めかけた時、遠くからライカに呼び掛ける声が聞こえた。
何事か。声の主に視線が集中する。その人の服装はライカと同じく、和服のようなものだった。
「ライカ殿でござますな? 姫からの手紙にございます。お読みください」
「姫様からだと!?」
手紙を奪うようにして手に取ると、封を開けて、かじりつくように読みだした。
目を見開いて読む姿が恐ろしい。余程、姫のことが好きなのだろう。
突如、ライカが天を仰ぎ見た。手を力なく垂らすと、その手から手紙が落ちた。
気になるので拾い上げる。
「なになに?」
手紙を読むと、
『私、結婚しちゃいました☆」
と書かれている。
それ以外は、ユーグリット殺害の命令はなくなったということと、近衛兵の配置転換のことが書かれている。
帰ってきても、お前の居場所はここにはないぜ。的な事を言っているようだ。
哀れ。哀れ過ぎる。ここまで頑張ってきたライカが、本当に可哀そうだ。
ライカは昇天しかけている。こうなると、僕の魔法ではどうしようもない。
心的外傷で逝きかけているライカに掛ける言葉が見つからずにいると、アーヤがライカに近寄った。
「ライカさん、大丈夫? 顔色、悪いよ? 嫌なことがあったなら、言った方が良いよ? 私が聞いてあげるから」
しっかり者に育ったアーヤが、自分の胸をトンと叩いた。
その姿を感慨深く見ていると、ライカが地に膝をついて、おいおいと泣き出した。
「大丈夫だからね。大丈夫、大丈夫」
ライカの頭をアーヤが何度も撫でて、優しい言葉を掛ける。
その光景に、先ほどまで殺伐とした空気は微塵もなくなっていた。
ユーグリットは振り返ると、そのまま去って行った。言葉を掛ける必要がないと思ったのだろう。ユーグリットなりの優しさだ。
アーヤが僕をちらりと見て、頷いた。
ここは任せろということだろう。僕は家に帰って、患者を診ることにした。
・ ・ ・
診療所のドアがノックされたので、招く声を上げる。
入ってきたのはライカであった。
「あれ? ライカくん、いらっしゃい」
「御屋形様、拙者、お願いしたい事がございます」
「何?」
問うと、すさまじい勢いで地に膝を着いた。
「このままお仕えさせてはいただけないでしょうか? 祖国に帰ることも考えましたが、ここで御屋形様の下で働きたいと」
「要は、アーヤの近くに居たいってことだね?」
「うっ!?」
きまりが悪そうに、目を逸らした。
姫様と慕うくらいだ。僕に仕えると言っているが、狙いはアーヤに違いない。
「仕えるとか考えなくて良いから。この町の住人になって、隣人で良いでしょ?」
「御屋形様……。ありがたき、お言葉!」
「でも、アーヤに変なことをするのはなしだよ?」
「も、もちろんでございます。見守ることに徹します」
それが怖いのだ。まあ、悪い人ではないし、行き過ぎなければ問題ないだろう。
とはいえ、野放しだと不味いので、セシルと一緒に脅しは掛けておこう。
「じゃ、これから、よろしくね。ライカくん」
「はい! よろしくお願い申し上げます!」
こうして、変な人が僕の周りに増えたことになった。
変ではあるが、憎めない人ばかりだということを考えると、悪い事ではない。
多くの人と出会うことは、人を成長させる。
この出会いが僕達に、アーヤにとって良いものになればいいなと思った。
「姫様、必ずお守りいたしますぞ……」
大丈夫か、これ?




