姫君への思い
ライカはアーヤの手を握ったまま、恍惚とした表情を見せている。
「ああ、なんとお美しい。艶のある御髪に、珠のようなお肌。おとぎ話から出て来たようだ。正しく、姫様!」
興奮するライカを見て、アーヤもやや困惑顔だ。
「パパ、私がお姫様だって。おかしな人だねぇ」
「うん、おかしな人だね。ほら、ライカくん、手を離しなさい。これ以上、変なことをするようなら、追い出すよ?」
僕の言葉で我を取り戻したライカは、何度も地面に頭をこすりつけた。
「ぶ、無礼なことをしました! 何卒、ご容赦を!」
「分かったんなら、良いよ。僕の家族に変なことをしないでね」
「委細承知しました! 御屋形様!」
「御屋形様!?」
御屋形様って、この人、僕の家臣にでもなったつもりか?
この人、なかなかヤバいかもしれない。このまま、置いておくのも。
「あの、ライカくん?」
「いかがなされました、御屋形様? 何でも申しつけてください」
「あ~、先ずは、その呼び方を変えてくれない?」
「姫様の御父上を御屋形様と呼ばずして、何と呼びましょうぞ!?」
「その姫って言うのもさぁ」
「姫は姫です! 拙者、姫様の為ならば何でもいたす所存です!」
こいつ、やべぇヤツだ。アーヤを慕っているようだが、こんな怪しい人と同じ屋根の下に置く訳にはいかない。
やんわり断っても、この人には通用しなさそうだ。ビシッと言おう。
「ならば、ここから出ていくことだな」
「言われちゃった!」
僕が言うべき言葉をセシルに持っていかれてしまった。でも、僕が言うより迫力があるのは間違いない。
目をひん剥いて驚いているライカに追い打ちを掛けよう。
「泊まる所なら、僕が探してあげるから。とりあえず、そこに行こう」
「うう、御屋形様、奥方様。このライカ、何があろうとも姫様をお守りすることを」
「はいはい。さっさと行こうね」
首根っこを掴んで、ライカを我が家から退場させた。
・ ・ ・
クラトスの宿屋へとライカを連行した。
お昼はとうに過ぎており、お店にはクラトスとレモリーしかいなかった。
「よぉ、ユージン、どうした? セシルさんと喧嘩でもしたかぁ?」
「してませんよ。ちょっと、お願いがあってきました。この人を宿屋に、しばらく置いてもらえないでしょうか?」
「ん? 見ない顔だねぇ。旅人さん?」
「ヒノ国から来たらしいんですが、泊まる場所もないようで」
「そりゃあ、大変だねぇ。良いよぉ。お代は後払いで良いから」
クラトスはからからと笑った。やっぱり優しい人だ。頼って正解だった。
「だってさ。ライカくん、良かったね」
「拙者は御屋形様の」
「ここからも追い出すよ?」
「うっ!? 致し方ありませぬ。クラトス殿、お世話になります。この御恩、必ずお返し致します」
深々と頭を下げた。礼儀はなっているようだ。ただ、変な人間に変わりはない。
美点を消し去る程の汚点を持つライカを見ていると、傍に水の入ったコップを持ったレモリーが立っていた。
「旅人さん、どうぞ。お腹空いてない? 空いているなら、何か作るわよ?」
相変わらずの破壊力抜群の笑みを見せた。
この妖艶な笑みを見てしまえば、大抵の男はいちころだ。
「かたじけのうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
おや? 至って普通だぞ。少しは緊張するかと思ったが。
「ねぇ、ライカくん。何か感じなかった?」
「何か……でございますか? うむ~、お綺麗な方でございますね」
綺麗な方。間違っていない。誰が見ても綺麗だろう。なのに、先ほど、アーヤに魅せられたような変人にはなっていない。
何か基準があるのだろうか。それを深堀する気もないので、黙って席に座らせる。
「あ、聞きそびれてたんだけど、ヒノ国から何しに来たんだっけ?」
聞けずじまいだったことを思いだしたので聞いた。
遠路はるばる来たのだ。余程のことがなければ、ここまで来ないだろう。
「拙者、人を探して参った次第です」
「人探し? この国の人なんだ? どんな人なの?」
「血も涙もない鬼のような男です。あの男に何人もの女が泣かされ、それ以上の男が倒されたのです。災厄といっても過言ではございませぬ」
迫真の顔で語るライカを見て、身震いしてしまった。
とんでもない人がいたものだ。そんな恐ろしい人が、この国にいるとは。
強張った僕を余所に、クラトスがジョッキをあおりながら、ライカに問いかけた。
「んで? その男を探して、どうすんの?」
「お命を貰い受けます。それが、拙者が受けた命。姫と交わした愛の約束にございます」
「愛の約束? 気になるから聞かせてよ?」
興味津々のクラトスはライカの話に食いついた。
僕も同じく興味がある。お姫様と約束を交わすなんてロマンチックだ。
「はい、それでは。拙者は王室の近衛兵で、常に姫のお傍で身辺の警護を務めておりました。愛する姫に仕えることができる。それだけで、満足しておりました。この関係もいずれは終わると分かってはいたのですが、崩壊は突如として訪れたのです」
テーブルの上に乗せた手が、わなわなと震えだした。
顔は平静だが、怒りが湧いているのだろう。余程、許しがたいに違いない。
「異国の者が武者修行にやってきたのです。その武勇に我が国の猛者達は次々と打倒されていきました。いよいよ、戦う者がいなくなり、拙者の出番になった時、姫が言ったのです。私の夫になって欲しいと」
「急展開だね。何で、お姫様はそんな事を言ったのかな?」
「国の面子を守るためでございます。もし、このまま異国の者に蹂躙されるようでは、他国に侮られてしまう。それを回避するために、姫は己の身を捨てる覚悟をしたのです」
「なるほど。試合を終わらせるためだったんだね。それから?」
ここまで来ると、興味津々どころではない。
ライカの語りを真剣に聞き入る。
「ですが、姫の思惑は外れたのです。男は姫の求婚をにべもなく断ると、去って行きました」
「じゃあ、結婚せずに済んだじゃん? 良い事じゃないの?」
「それが違うのでございます。姫自ら求婚するなど、先ずないのです。それを断られたとなると、これも国の沽券に関わります。国の事を思った姫の行動が、仇となってしまったのです」
「それで、お姫様の求婚を断った人を探して、その事をなかったことにしようって感じ?」
ライカは目を閉じて、静かに頷いた。
国のために取った行動で、国が他国から笑いものにされてしまう。姫が可哀そうになる。
だが、そのために人を殺すのは何か違う気がする。
「ありがとう、話してくれて。もし、その人を見つけたら、命を狙うの?」
「はい。姫は涙ながらに、拙者に頼み申されたのです。それが終われば、私と結ばれたいと。だから、拙者は必ず、ヤツの息の根を止めなければならんのです」
ライカの目には確かな決意の光が灯っていた。
これを止めるのは難しいかもしれない。強い思いを持った人の考えを変えるのは、とても難しいことだ。
思いとどまる言葉を出せぬまま、時が過ぎようとした時、ドアが開いた。
「こんにちは。お昼を過ぎてしまいましたが、何か食事をいただけないでしょうか?」
ユーグリットだ。昼の休憩時間が遅くなってしまったのだろう。
僕達の存在に気が付くと、爽やかな笑顔を見せた。
「ユージンさん、いらしていたのですか。おや、そちらのお人は?」
ユーグリットの声でライカが振り返った。
その時、ライカの目が見開いた。
「見つけたぞ! 我が怨敵! ユーグリット!」
ライカが吠えると、槍を手に取った。




