旅人
我が家のキッチンで、家族三人とユーグリットで昼食を取っていた。
ユーグリットが旅から帰ってきたのは、二週間程前だ。
爽やかな顔立ちは変わらずだったが、どこか精悍になったように見えた。男として一回り磨きがかかったようだ。
職場は昔いた警備隊の隊長に戻り、今も城下町の見回りを行っている。
たぶんだが、アーヤと出会う機会を作るという、やましい邪念によるものだと思う。
「やはり、祖国は良いですね。慣れ親しんだ場所だからこそ、落ち着きます。ユージンさんの家は、殊更に癒されます。このまま住まわせてもらいたいほどです」
住まわせる訳がなかろう。と、言うのはアーヤの前では止めよう。
残念ながら、ユーグリットは旅先で女性と結ばれることはなかったようだ。僅かな希望が打ち砕かれたことが分かった時は、心の中で舌打ちをしたものだ。
「そういえば、あれから、お父さんはどうなったの? まだ、しつこいの?」
「いえ、どうやら、私の決意に折れたようです。私の思いが伝わったようで、安心いたしました」
まさかの国外逃亡をされたのだ。また、無理を言えば、今度はどのような暴挙に出るか分からないからだろう。
少しだけ、父親のことを憐れむ。
「ユーグお兄ちゃん、どんな所に行ったの? 海、見れた?」
「本当に色々だったよ。髪の色から肌の色、服装、暮らし方。この国とは全く別物だった。特に興味深かったのは、ヒノ国だね」
「ヒノ国? どんな所だったの?」
「国全体が海に囲まれていて、髪は黒くて、顔つきもあっさりしていて。どことなく、ユージンさんのようだったよ」
「そうなんだ! 行ってみたいね、パパ!」
どういう場所なのか興味が湧いた。前の世界でいう日本のような場所なのかもしれない。
「そうだね。行ってみたいね。ユーグくん、ヒノ国って遠いの?」
「遠いですね。半年がかりでしたし、船旅もありましたから快適な旅にはなりませんね」
「そっか。じゃあ、難しいね。少し興味が出たんだけどなぁ」
「なかなか刺激的な国でしたよ。決闘を何度も仕掛けられましたし」
「怖っ!?」
そんなに恐ろしい国だったのか。それを平然と言ってのけるユーグリットも恐ろしい。ユーグリットは、色々な意味で恐ろしい男だという事が分かった。
「まあ、決闘を仕掛けられたのは、私の責任でもあるのですが」
「えっ? まさか、偉い人の女の子に手を出したとかじゃ?」
「心外ですね。むしろ、逆ですよ。王室の姫が私に結婚を迫ってきたので、それを断ったのです。そうしたら、何人もの刺客が送られた始末です」
「お姫様の怒りを買ったってことなんだ。怖いね。もしかしたら、ここまで追いかけてくるかもね」
「恐ろしいことを言わないでください。流石に、ここまでは追ってこないでしょう。楽しかった思い出のままで終わらせたいです」
修行の旅が楽しかったのか。やはり、ユーグリットは武人なのだと思った。
ユーグリットの旅の話で、我が家の食卓は彩りを増した。
・ ・ ・
往診を終えて家路へと着いていると、道路の真ん中に人だかりができていた。
何事だろうか。人だかりの中に見知った、ダナンの顔があったので、近づいて話を聞くことにしよう。
「ダナンさん、何かあるんですか?」
「おお、ユージン。いや、実は人が倒れたようでな」
「えっ!? 人が!?」
慌てて人をかき分けると、そこには地面に突っ伏した人がいた。
一見して目立つ怪我はない。何かの病気だろうか。うつ伏せから、仰向けにさせた。
倒れていたのは若い男性だ。右目が髪で隠れるくらい伸ばしており、後ろ髪は紐で縛っている。
雰囲気から、顔立ちも良さそうだ。服装は、この辺では見ない格好だ。和服のようで、青い着流しに茶色の羽織物を着ている。
手には長い槍を持っており、こちらもあまり見たことがない形をしていた。
いや、そんなことを考えている場合じゃなかった。
呼吸はやや粗いが、顔色はそこまで悪くはない。何が原因だ。
男性が小さく唇を何度も開いている。
耳を近づけると、何かを呟いていた。
「み、みず……」
「水? 水ですか!? どなたか、水を持ってきてもらえませんか!?」
人混みの中から、一人の女性が水筒を差し出してくれたので、受け取って男性に飲ませる。
少しずつ、ゆっくりと飲ませると、男性は大きく息を吐いた。これで一先ずは大丈夫だろう。
どこかで休ませてあげた方が良いな。
考えていると、腹の虫がなった。僕ではない。僕の傍にいる男性の腹が、何度も大きく鳴っている。
この人、行き倒れだ。このまま、放っておくのも性に合わない。ダナンに声を掛けて、男性の肩を担いで我が家へと連れて行くことにした。
・ ・ ・
セシルが作った料理を男性は次々と食していく。
思った通りというか、顔立ちは良い。少し吊り目で、冷たく見えるが、そこがカッコよく見える。
男性は料理を食べ尽くすと、水を一気に飲み、喉を鳴らした。
「ぷは~! こんなに食べたのは、いつ以来だろう。いや、かたじけない。お陰様で、命を繋ぎ止めることができました」
「元気になったようで良かったよ。あ、僕はユージン・モトキ。この人は僕の妻のセシル。君の名前は?」
「これは失礼を。拙者の名は、ライカ。ライカ・イリュウと申す。此度は、拙者のためにご尽力いただき、誠にありがとうございました」
「ライカくんか。よろしくね」
「こちらこそ、お願いいたします。ここまで世話になっておいて、言いだしづらいのですが……」
ライカは頭をかいて、ぺこりと頭を下げた。
「お返しが何もできんのです! 金は底をついて、食事すらままならず。何とかこの国に辿り着いたものの」
「ああ、良いって。気にしないで。食事くらいで、そこまで恐縮しなくて良いから」
「ユージン様……。我が国では受けた恩には必ず報いるのがしきたり。この御恩、忘れはいたしませぬ」
「そんな仰々しくしなくても。そうだ。ライカくんは、どこから来た人なの? この辺の人じゃなさそうだけど?」
「拙者は、ヒノ国から参りました。この国より、遠い場所でございます」
ヒノ国。ユーグリットが行った国だ。
半年も掛かる旅を経てここまで来たのか。
ユーグリットの話では、過酷な旅だということだが。
「大変だったね。どうして、この国に来たの? 観光じゃなさそうだし、商売とかでもなさそうだけど?」
「あまり言うべきものでは、ありませぬが……。実は拙者」
ライカの言葉は、勢いよく開け放たれたドアの音によって遮られた。
「ただいま~!」
元気よくキッチンに駆けて来たアーヤが、ライカの存在に気付いた。
「患者さん? 初めまして、アーヤです」
自己紹介をし、綺麗なお辞儀をしてみせた。百点満点の挨拶だ。
十歳になった娘のお行儀の良さに感心していると、自己紹介を受けたライカが口をパクパクさせていた。
「あ、あ、あ……」
声にならない声を上げたかと思った時、雷のような速さで地に膝を着けて、アーヤの手を握った。
「拙者、ライカ・イリュウと申す! アーヤ様! 姫様と呼ばせていただきとうございます!」
「姫様!?」




