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お見合い対決

 結婚PRだと?


「父上! さすがにそれは!」

「黙れ! この際、ここではっきりさせようと言っているのだ!」


 一体、何を言っているのだ、この人は。


「あの~」

「何かね?」

「辞退してモガッ!?」


 ユーグリットの手が僕の口を塞いだ。

 これ以上、助ける義理はない。というか、助けるとこっちがピンチになりかねない。

 手を振りほどいて、ユーグリットに耳打ちをする。


「もう、これ以上は無理だよ。アーヤが勝ったら、婚約者になっちゃうじゃん」

「そこは上手く回避しますから。今だけ、ご容赦ください」

「さっきから一回も回避できてないじゃん。これ以上、変な話になったら、即、帰るからね?」

「構いません。重ね重ね、ありがとうございます」


 作戦会議を終えた僕達を、怪訝そうな顔でユーグリットの父親が見ていた。


「その話、お受けします」

「うむ。ウルド卿もよろしいかな?」


 相手の父親も了承した。


「それでは、始めよう。ミラ嬢、ユーグリットのことをどう思う?」

「お話しで聞いていた以上に、魅力的な方だと思います。涼やかなお顔をされてますが、どこか情熱的なものを持ち合わせている。そのような感じです」

「ふむ。ならば、アーヤ嬢はどうだね?」


 一同の視線がアーヤに向いた。

 アーヤはきょとんとしており、事態を全く理解していないようだ。


「アーヤ、ユーグくんのこと、どう思う?」

「ユーグお兄ちゃん? すきだよ~。やさしいし~、おもしろいし~、ちょっとキモいから」


 三段目で綺麗に落としたね。偉い偉い。

 横にいるユーグリットは満足そうに頷いている。キモいと言われたのだぞ? 落とされたのに、何故その顔ができる。

 アーヤのPRが終わったので、ユーグリットの父親が目を閉じて、頷いた。


「それでは、特技を見せてもらおう。では、ミラ嬢から」

「はい。それではダンスを披露させていただきます」


 部屋に置かれていたピアノの椅子にウルド卿の奥さんは座ると、ピアノを弾き部屋に音が流れた。

 淑やかなメロディーに乗って、ミラが華麗に舞う。その姿は八歳児とは思えないものだ。

 数分に渡った小さな舞踏会が終わると、思わず拍手をしてしまった。


 これはすごい。貴族の社交界ではダンスは必須だ。これだけ踊れれば、社交界の花になれるだろう。


「ミラ嬢、素晴らしいダンスだった。さて、アーヤ嬢はどうかな?」


 アーヤの番だが、何をしたら良いのか分からない。

 最近は剣の稽古にはまっているから剣技を見せるのはどうだろうか。いや、さすがにそれは不味いか。

 悩んでいると、ティーカップに注がれたお茶が目に入った。


 これだ。


「アーヤ、皆にお茶を淹れてあげて」

「え? いいの?」

「うん。お願いね」

「わかった~!」


 アーヤが言うと、茶器とポット、やかんが運ばれてきた。


 やかんからお湯をカップとポットに少し注いで、茶器を温めた。

 次に人数分の茶葉をポットに入れて、お湯を注ぐ。

 茶葉を蒸らして数分経つと、ゆっくりとお茶をカップに注いだ。


「は~い。できたよ~」


 アーヤの入れてくれたお茶が全員に行き渡ると、最初にユーグリットの父親が飲んだ。


「むっ? 美味い……」


 ウルド卿の家族も紅茶を飲みだした。全員が驚きの顔を見せている。これが少女の淹れたお茶とは思えないのだろう。

 アーヤのお茶入れのテクニックはヴィヴレット譲りのものだ。お茶にうるさいヴィヴレットの手ほどきを受けたのだ。そんじょそこらの人が淹れるのとは訳が違う。

 娘に心の中で賛辞を送って、お茶を飲んだ。


「む~……。これで最後にしよう。結婚とは何だと思う?」


 ユーグリットの父親がかなりストレートな質問をしてきた。

 その目はミラに向いている。ここでも、ミラは動じることなく、毅然とした態度をしていた。


「家族繁栄のためです。両家にとって、メリットのある関係を繋ぐためのものです」

「なるほど。では、アーヤ嬢。君はどう思うかね?」


 一同の目がアーヤに向く。どう答えるのだろうか。すごく気になる。


「けっこんはねぇ~、すきな人とかぞくになることなんだよ。だから、けっこんする人は、だいすきな人じゃないとダメなんだよ」


 アーヤの言葉に胸が締め付けられた。昔、僕が言った言葉だ。

 それを覚えていたのか、理解してくれたからなのか。いや、どちらでも構わない。結婚を大事なことだと理解してくれている。それだけで、満足だ。

 セシルと目を合わせて、笑みを浮かべ合った。


「さて、二人の話は終わったな。ユーグリット、お前に相応しい相手だが」


 ユーグリットの父親は何と言うのだろうか。固唾を飲んで、次の言葉を待っていると、アーヤが声を上げた。


「ねぇ、ミラちゃん、いっしょにあそばない?」

「えっ?」

「パパ、いいでしょ~?」


 全員の目が僕に集中した。


「えっと~……」


 なんて答えれば良いのだろう。重要な話をしている最中だ。終わるまで我慢させようか。


「アーヤ、もうちょっと待ってね」

「え~。ミラちゃんもあそびたいでしょ? だって、つまんないもん」


 アーヤの言葉で我に帰った。僕達は一体、何をしているんだ。

 子供のことを無視して、勝手に比べて。どちらが上だとか、下だとか、そんなことをしてどうするんだ。

 子供には子供の生き方がある。親が敷いたレールに乗せるにはまだ早いはずだ。


「うん。ミラちゃん、一緒に遊んでもらってもいい? アーヤ、あんまりはしゃがないようにね」

「は~い! じゃ、ミラちゃん、いこ~」


 アーヤはミラの元まで行くと、手を引いて部屋を出て行った。

 その光景を見送り終えると、全員が僕を見ていることに気が付いた。


「あの、この話はここまでにしませんか?」

「何故だね? この話はソーディアス家の未来に関わる重大なことだぞ?」

「もちろん、分かってます。でも、アーヤにもミラちゃんの未来にも関わる話だということを忘れてはいませんか? そして」


 ちらりとユーグリットを見る。


「ユーグくん、個人の人生にもです。先ほど、アーヤが結婚は好きな人と家族になることだと言いました。これは僕もそう思います。ミラちゃんが言ったように家族の繁栄も大事かもしれません。じゃあ、家族の繁栄ってなんですか? 地位や名誉? それとも、お金ですか?」


 一呼吸して、ユーグリットの父親の目をしっかりと見据える。


「家族、皆で笑顔になれることだと、僕は思います。どんな時でも、笑いあって生きていける。好きな人と家族になれば、笑顔にならない訳がないですよ。結婚は大好きな人とするものです。だから、僕達はこれ以上、話すべきではないと思います」


 部屋に沈黙が訪れた。

 僕の言葉は届くだろうか。家のことを重んじるのは分かる。でも、一個人の幸せも考えて欲しい。

 ユーグリットだけでなく、ミラも、そしてアーヤのことも。


 ユーグリットの父親は眉間にしわを寄せて、ゆっくりと口を開けた。


「……今日はここまでにしよう。今日は集まってもらい、礼を言う。すまないが、先に失礼させてもらう」


 席を立つと、静かに部屋を去って行った。


「父上……。ユージンさん、ありがとうございます。まさか、父上が思い留まるとは」

「ユーグくんのためだと思うよ。幸せになって欲しいから。僕なら、そう思うかな」

「父上が……」


 呟いたユーグリットの瞳は微かに滲んでいた。

 父親が自分のことを思ってくれた。本当に嬉しい事だと思う。

 今日は厄介ごとに巻き込まれたけど、ユーグリットの家族の絆を確認できたから良かったとしよう。


     ・     ・    ・


 朝早くに目が覚めた。


 外からはセシルとアーヤの声が聞こえる。そこにドアを叩く音が混じってきた。

 一階のドアを叩かれているようだ。階段を下りて、診療所のドアを開ける。


 そこにはフード付きのマントを羽織った、ユーグリットがいた。


「あれ? もう、お仕事?」


 見れば、ユーグリットだけでなく、四人の兵士の姿があった。


「実は……。しばしのお別れを言いに来ました」

「え? どうして? どこか行くの?」

「国を離れて、剣の修行に行ってまいります。おそらく、一年は帰ってこれないかと」

「そっか。行ってらっしゃい。気を付けてね」

「えっ!? それだけですか? 何でとか?」


 慌てふためくユーグリットを見て、どうやら聞いて欲しそうなので、仕方がなく聞くことにした。


「じゃあ、何で?」

「あのお見合い以降、アーヤちゃんとミラ嬢にご執心になられまして。いつデートをするのかなど、事細かに聞いてくるようになったので、熱が引くまで距離を置くことにしたのです」


 要は逃げるということか。


「分かった。行ってらっしゃい」

「ユージンさん!?」

「もう……。大体、何を考えているのか分かったよ。セシルー! アーヤ! ちょっと来て!」


 二人は来ると、ユーグリットの存在に気付くと挨拶をした。

 ここに来た経緯をセシルに話すと、しきりに頷いた。


「そうか。気を付けてな」

「セシル隊長!?」

「まったく。アーヤ、ユーグリットが旅に出るそうだ。何か言ってやってくれ」


 セシルも分かっていたようだ。ユーグリットはアーヤに会いに来たことを。

 事態を理解していないアーヤは何と言うのか。


「いってらっしゃ~い! 気をつけてねぇ」

「はふ~ん、ひゃわぃひぃ~……。はっ!? ユージンさん、セシル隊長、アーヤちゃん、行ってまいります」


 ユーグリットはマントをひるがえして、朝日の差す方へ歩いて行った。


「行っちゃったね」

「行ったな。さて、朝食にしよう。アーヤ、手伝ってくれ」


 ユーグリット本人には大変な話なのに、我が家は早速いつもの朝へと変わってしまった。

 気を付けてね、良い旅を。旅先で良い人に出会えると良いね。というか、見つけて欲しい。

 太陽に願って、キッチンへと向かった。

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