幼女とのお見合い
食事会という事で、見苦しくない格好におめかしして、ユーグリットの家の前に立っていた。
王都の中心部近くは貴族の邸宅が多い。
ユーグリットの実家も例には漏れず、高級住宅街にあった。
周りの屋敷も大きいと思ったが、ユーグリットの家ははそれの倍はあった。
そんなに大きくてどうするのだろう。僕が貧乏人の感覚しかないから分からないのかもしれない。
門の前で突っ立っていると、屋敷から若いメイドが近づいてきた。
「モトキ様ですね? どうぞ、こちらへ」
門が開くと、屋敷に招かれた。
屋敷のドアをくぐると、そこには豪奢なもので埋め尽くされたホールが迎えてくれた。
置かれている花瓶や調度品、絵画など、どれからも金の匂いが漂ってくる。
辺りを見回していると、顔を明るくしたユーグリットがこちらに向かってきていた。
「ユージンさん、セシルさん、アーヤちゃん、ご足労いただき、ありがとうございます。それでは、早速向かいましょう」
ユーグリットに急かされると、ダイニングホールへと連れていかれた。
長テーブルの最奥に厳めしい面構えの男性が、僕達に鋭い視線を向けた。
「父上、モトキさん一家に来ていただきました」
やっぱり、この怖い人がユーグリットのお父さんなのか。
引きそうな気をぐっと堪えて、ぎこちない笑みを見せる。
「お招きいただき、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
僕が言うと、ユーグリットの父親は席を立って、僕達に近づいてきた。
「セシル嬢、久しいな。まさか、このような形で会うことになるとはな」
「ソーディアス卿、ご健勝のようで何よりです。この度は私達家族をお招きくださり、ありがとうございます」
「気にするな。どうせ、ユーグリットが無理を言って連れて来たのだろう? 君がセシル嬢のご主人か。ヴィヴレット殿の愛弟子と聞いているが……」
多分、期待していた人物とは違うのだろう。
僕がその立場なら、そう思ってしまうに違いない。ヴィヴレットの弟子だと、こういう悲しい事態になることを知った。
「それで、そちらの娘さんが……ぬっ!?」
ぬっ?
「本当に君の娘かね?」
「失礼ですよ! 正真正銘、僕の娘です」
「そうか……。む~、これは」
怖い顔の男性にじろじろと見られているアーヤが可哀そうだ。
と、本人を見たが、特に気にしている様子はない。ここまで物怖じしない子だったとは。
ユーグリットの父親は腕組みをして、唸り声を上げた。
「ユーグリット、確かにお前の言う通りかもしれん」
「では!?」
「いや、そう断ずるのは、まだ早い。どちらが、お前に相応しいか、見定めなければならぬ。お相手のご家族も今日は招いているから、そこで判断しよう」
「招いていたのですか!?」
「逃げ回る、お前が悪いのではないか。顔すら合わせていないのだ。それまでは、しばらく談笑しているといい」
ユーグリットの父親はそういうと部屋を後にした。
ドアが閉じた瞬間、ユーグリットを睨みつける。
「ユーグくん……」
「お、お待ちください。まさか、このようなことになるとは」
「じゃあ、帰るね。セシル、アーヤ、行こう」
「ユージンさん、何卒、お留まりください。このままでは、本当に結婚させられかねません」
「それも一つの幸せの形かも知れないでしょ? 僕らは祝福するよ」
「そんな投げやりな祝福は欲しくありません。私は自分の想いを貫き通したいのです」
だから、結婚して欲しいのだ。
とは言っても、望まぬ結婚は可哀そうだ。ユーグリットにも幸せになる権利はある。ここは助けてあげよう。
「分かったよ。じゃあ、ご飯だけ食べて帰るからね? それで良いよね?」
「はい。本当に頭が上がりません。ありがとうございます」
本当に大丈夫なのだろうか。多分、大丈夫じゃない気がする。
その時は、ユーグリットを置いて、早々に退散しよう。メイドに案内されて椅子に座る。
居心地があまり良くないので、部屋の中を見回した。
その時、ドアがガチャリと音を立てて開いた。
ドアから現れたのは、いかにも貴族然とした男女とまだ幼い少女だった。
少女は金髪の立てロール。ぱっちり開いた目からお人形のような可愛さがある。ただ、どこか勝気なように見える。
三人は僕達の向かい側の席に通された。
椅子を立って、家族の紹介を済ませると、一同着席した。
アーヤの真正面に座った少女が、アーヤに目を向ける。
その視線に気が付いたのか、アーヤはぱっと笑みを浮かべた。
「はじめまして、アーヤだよ。よろしくね」
「ふ~ん……。私はミラ。今日はよろしくね」
「うん! どんなご飯だろうね。楽しみだねぇ」
期待に胸を膨らませているアーヤとは違って、ミラはやや冷めた目をしている。
ぱっと見、可愛らしい少女だ。アーヤには負けるが将来が楽しみな美少女に違いない。
横に座るユーグリットに耳打ちをする。
「可愛いじゃない。ユーグくんはどう思う?」
「可愛いとは思いますが、アーヤちゃんには及びませんね。温室で育った花より、野原で雨風に吹かれ育った逞しい花の方が好きです」
褒めているのか? 良くは分からないが、アーヤへの想いが変わらなかったことに肩を落とした。
うなだれていると、ユーグリットの父親が部屋へと入ってき、席に着いた。
「両家ともお揃いのようだな。それでは食事会にしよう」
普通に食事会が始まった。
これは良いことかもしれない。食事を終わらせて、さっさと帰れる。それ以降はユーグリットに頑張ってもらおう。
「さて、ユーグリット? 今日はお前のための食事会だぞ? せっかく来ていただいたのだ。何か言う事はないのか?」
「は、はい! 本日は私のような者のために、お集まりいただき、ありがとうございます。どうぞ、料理を楽しんで」
「そういうことではない。どちらを選ぶのかだ。無駄に時間を掛けさせるのは失礼ではないか?」
「ち、父上。お言葉ですが、結婚とは簡単に決めて良いものではない」
「お前も男なら、覚悟を決めろ。ミラ嬢もそのことを理解してきている。お前が良いと言えば、それで終わりだ。それに……」
ユーグリットの父親がアーヤを一瞥した。
「どれだけ可愛らしかろうと、貴族としての嗜みを身に着けていないようでは、相手として相応しくはない」
きっぱりと言い切った。失礼な言葉だが、今はありがたい。
貴族と結婚するならば、色々と教養が必要になるのだろう。
アーヤのことだ。学べばすぐにできるようになるに違いないが、逃げ口上にできるので余計なことは言わないようにしよう。
「そうですね。我が家は一般家庭ですので。それでは後はご両家でよろしく」
席を立とうとした僕の服が強い力で引っ張られた。
鬼気迫る表情でユーグリットが僕を見ている。僕に去られると大変なことになるのだろう。
仕方がない。できるだけ助けることにしよう。
「ユーグくんも簡単に答えが出せないのではないのでしょうか? ミラちゃんは魅力的な女の子ですが、会ったばかり」
「私は一向に構いませんわ。ユーグリット様、このまま教会に行っても良いのですよ?」
八歳とは思えない程のしっかり具合だ。
当日に結婚式か。なんか既視感を覚えた。
何だったか。思い返していると、セシルが声を掛けた。
「流石に当日に結婚式とは早急ではないだろうか? 愛を確かめるのは、じっくりと時間を掛けるべきだ」
セシルが良い事を言った。その通り。当日に結婚式を挙げようとするなど、言語道断だ。
……セシル、あなたがやったことと変わりありませんよ。
「セシル隊長の言う通りです。どちらも素敵な方だということが、分かっていただけたと思います。だから、結婚の話はこれからの進展次第で」
「馬鹿者! そう言って、逃げる気だろう!? ならば、今日、ここで決めたくなるようにしてやろう」
「!?」
「結婚PR合戦の開始だ!」
ん?




