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お見合い話

 朝日が窓の隙間から差し込み、僕の意識を覚醒させようとする。


 まどろみはなかなか晴れることはなく、光を嫌ってか反射的に寝返りを打った。

 空気の澄んだ朝、鳥のさえずりと共に耳に届いたのは、セシルとアーヤの声であった。


「ふっ! はっ!」

「やあー! とぉー!」


 二人の発する声を聞いて、段々と目が覚めてきた。

 あくびをし、窓を開けると、家の横にある洗濯物を干す小さな庭で、セシルとアーヤが並んで木製の剣を振っていた。


 セシルの閃光のような剣技の横で、アーヤが拙いながらも必死で剣を扱っている。

 朝から精を出している二人に声を掛けよう。


「おはよう」


 窓から顔を出して二人に言う。


「ユーたん、おはよう」

「パパ~、おはよ~」


 二人はタオルで汗を拭うと、家の中に入った。僕も一階に降りるとしよう。

 一階のキッチンでは、セシルが朝食の準備をしている。アーヤはそれを手伝うために、お皿の準備をしていた。


 アーヤが剣を学び始めて、もう半年が過ぎていた。

 魔法使いになりたい衝動がなくなってしばらく経った時、次の憧れはセシルに向いたのだ。

 セシルが朝にこっそりと剣を振っていたのをアーヤが見ていたようで、自分も同じように剣士になりたいと言い出してしまった。


 これには正直、かなり悩まされた。

 剣ならば、魔法と違って適正の問題はクリアしやすいだろう。アーヤは運動神経も抜群に良いことから、学べばかなりの剣士になれると思う。

 だからこそ、困ったのだ。結局は、アーヤの自主性を尊重するということで、セシルの剣を学ぶこととなった。


 アーヤの剣技は素人の僕から見ても、可愛らしいものにしか見えない。

 だが、セシルはアーヤの上達の早さが尋常ではないと言っていた。八歳の女の子とは思えないと。

 その言葉は僕を少し不安にさせた。力を持つことは悪い事ではない。そう思いつつも、嫌な想像をしてしまう時がある。


 勇者。この二文字が僕を苦しめているのだ。


 セシルの横で朗らかな笑みを浮かべているアーヤを見て、少しだけ胸が苦しくなった。


      ・      ・      ・

 

 患者もいないので、家族三人で午後のお茶を楽しんでいた。


 談笑をしていると、診療所のドアが開いた音がしたので、顔を覗かせると顔色の悪いユーグリットがそこにいた。


「ユーグくん? 大丈夫? 体調悪いの?」

「ユージンさん……。お話を聞いていただけないでしょうか?」


 こくりと頷いて、キッチンに招く。

 ユーグリットは暗い表情で、ゆっくりと口を開いた。


「実は……、私に見合いの話が来ておりまして」

「そうなの? おめでとう、良かったね」

「良い訳がありません。私は心に決めた方がいるのです。心を捻じ曲げてまで、結婚したくはありません」


 カッコいい言葉を言い放つと、アーヤに向けてしたり顔を見せた。

 是非とも捻じ曲げて欲しい。とは言えなかった。


 ユーグリットの愛情は本物だということは分かる。三年間もアーヤのことを狙っているのだ。執念と言えるかもしれない。

 今のところ、求婚はしていないようだが、するのも時間の問題かもしれないので、ここらで身を固めて欲しい。


「じゃあ、断ったら良いんじゃないの? お見合いなんだから」

「ところが、そうはいかないのです。この縁談は父上が自ら探してきたものでして。簡単に断ることはできません」

「そっか。なら、受けるしかないね」

「ユージンさん!?」


 アーヤを守るためにユーグリットを突き放した。

 外堀を埋められているようなものだから、観念して欲しいものだ。


「お、お待ちください。そうしたら、私の想いはどうなるのですか? このまま悲恋に終われというのですか?」

「それも仕方がないよ。良い機会だから、結婚してみたら?」

「お試し感覚で言わないでください。結婚したが最後、離縁など父上が許さないでしょう」

「お父さんって怖い人なの?」


 僕の言葉にユーグリットは顔を強張らせて大きく頷いた。

 晴天の騎士と言われ、武勇に優れたユーグリットが恐れる程の父親か。そんな人がいる所にアーヤを嫁がせたくないな。

 心の中で一人納得していると、セシルがため息を吐いた。


「ユーたん、あまり冷たくしてやるな。ソーディアス卿はなかなかの堅物だからな。ユーグリットが苦手に思うのも仕方がない」

「さすがはセシル隊長! 私の恋を応援してくださるのですね!?」

「それとこれとは別だ。できれば、さっさと結婚してもらいたいところだ」

「酷い!」


 情けない顔で嘆いている。こうなると、晴天というより、曇天の騎士だ。


「ユーグお兄ちゃん、けっこんするの?」


 アーヤがきょとんとした顔で僕に問いかけた。

 満面の笑みで頷く。


「おめでと~、ユーグお兄ちゃん!」

「アーヤちゃん!?」


 追い打ちの上に、止めになりそうな攻撃をアーヤが放った。

 完全に沈んだようで、顔から生気を失っている。あまりいじめるのも可哀そうな気がするので、もう少し話を聞いてみよう。聞くだけだが。


「そういえば、どうして結婚話が持ち上がったの?」

「前々からうるさかったのですが、遂に業を煮やしたようで」

「で、勝手に見合い話が持ってきたってことか」

「はい。私には慕っている相手がいるとは言ったのですが」

「言ったの!?」


 とんでもない爆弾発言をしたぞ、この男は。


「で、で? まさか!?」

「そこまでは言っておりません。言ったのは容姿と性格ぐらいだけで」

「十分、ヤバい話じゃん!」

「ご安心ください。父上もそれ以上、突っ込んでは来ませんでした」


 最悪の事態は避けられたことに安堵した。

 下手をしたらアーヤを探し出して、結婚相手にされかねないのだから。


「で? お見合い相手はどんな人なの?」

「貴族の子女です。私は見ておりませんが、とても可愛らしいとのことでした」

「へぇ~、良いじゃない」

「八歳の少女ならば、大抵は可愛らしいのではないでしょうか?」

「年頃まで伝えてんじゃないか!」


 かなり重大なことを言っていたとは。というか、八歳児なら結婚するだろうと考えた父親の短絡さよ。

 僕に言えることは一つしかない。


「帰って」

「帰れ」

「かえってくださ~い」


 家族の息の合った退去勧告にユーグリットが驚愕している。

 本当に帰って欲しい。厄介事はごめんだ。セシルもそう判断したに違いない。アーヤはただ乗っかって来ただけだろう。


「お、お待ちください! 私を助けるために、ご助力ください! お願いいたします!」

「嫌だよ。絶対にろくなことにならないし」

「いえ。食事会に顔を出してくださるだけで良いのです。本当に来てくださるだけで良いので。あとは私が何とかします」


 本当に何とかできるのか甚だ疑問だ。父親の攻めに屈した男だぞ。

 汚物を見るような目をしていると、セシルが僕の肩に手を置いた。


「ユーグリットの言葉を信じてはどうだ? 大の男がここまでして頼んでいるのだ。応えてやるのも良い事だと思うが?」

「セシルがそこまで言うなら。分かった。ユーグくん、行くよ。本当に、お食事会なんだよね?」


 きつく念押しをする。


「もちろんです。お任せください。本当にありがとうござます」


 深々と何度も頭を下げると、足早に診療所を去って行った。

 言ってなんだが、本当に大丈夫なのだろうか。妙な胸騒ぎがしてならない。

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