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愛を結ぶ日

 結婚式をあげる教会近くの宿屋の一室に僕はいた。

 借りた白のタキシードを着て、姿見鏡の前で自分の格好を今一度確認する。


 正直、似合っているか分からない。おかしくは見えないが、ビシッと決まっているかと言われると何とも言えない。

 しばし、自分と格闘しているとドアがノックされた。


 部屋に入ってきたのはヴィヴレットとアーヤであった。


「おぉ、なかなか様になっておるではないか」

「パパ、かっこいい~」


 二人から嬉しい言葉をもらった。少し気恥ずかしくなる。


「ありがとうございます。似合っているか、少し不安だったんですよ」

「杞憂ですんだのぉ。もっと、ちんちくりんに見えるかと思って期待していたのじゃがの」

「もう、からかわないでください。あ、今日はアーヤのことお願いします」

「気にするでない。お主は自分のことを心配しておれ。失敗すると恥ずかしいぞ?」


 いやらしい笑みを浮かべるヴィヴレットを半目で見つめる。

 確かに失敗すると恥ずかしい。スピーチのためにカンペを作っておこう。


「大丈夫ですよ。僕の晴れ姿を楽しみにしていてください」

「ならば、楽しみにしておるぞ。ちと、席を外すぞ。アーヤ、少し待っておれ」


 そう言うと、ヴィヴレットは部屋を出て行った。

 二人きりになると、アーヤが僕に声を掛けてきた。


「ねぇ、パパ」

「ん? どうかした?」

「あのね。ばぁばに、まほうをかけて」

「魔法? どうして?」


 小首を傾げた僕に、アーヤは少し表情を曇らせた。


「ばぁば、ないてたの。だいじょうぶって、いってたけど……」

「泣いてたの?」


 嬉し泣きだろうか。僕が一人前になったことで、感極まったのかもしれない。

 とても嬉しいことを、アーヤに伝えなければ。


「嬉しくても泣くんだよ? 嬉し泣きって言うんだ」

「うれしいのに、なくの?」

「そう。だから、安心して良いよ。そうだ。アーヤ、おいで。抱っこしてあげる」


 アーヤを抱きかかえて、姿見鏡の前に立った。

 昔はあんなに小さかったのに、今ではこんなに大きくなっている。

 僕が結婚できるのは、アーヤと一緒にいることを選択したからに違いない。あの時、逃げていたら、こんな幸せはなかっただろう。


 僕に幸せをもたらしてくれた天使を鏡越しに見つめる。


「アーヤ、ありがとう。僕と一緒にいてくれて」


 不思議そうに僕を見つめるアーヤに、心からの笑顔を見せる。

 今日はいっぱい笑うだろう。それこそ、腹筋が割れるほど笑って、涙を流すかもしれない。

 だからこそ、この世界に来てから一緒にいるアーヤに、アーヤだけに今日初めての笑みを見せたかった。


「これからも、一緒だよ。ずっとね」


 アーヤは笑顔を咲かせると、元気よく頷いた。


      ・       ・      ・


 教会の扉が開いた。


 祭壇に向かってゆっくりと歩く。横目で見ると、皆が僕を優しい笑みで見つめている。

 それだけで、目頭が熱くなってきた。祝いの言葉よりもずっと心に来るものがある。そんな人達の前で恥ずかしい恰好は見せられない。

 背筋を今一度伸ばして、胸を張って一歩一歩進み、祭壇の前に立った。


 振り返ると、教会のドアがゆっくりと開く。

 白のウェディングドレスに身を包んだセシルと、黒のタキシードを着たガーウェイがそこにはいた。

 二人は静かに一歩ずつ祭壇に。僕に向かって歩いて来ていた。


 誰もがセシルの姿に見惚れている。僕も同じだ。女神と言っても過言ではない。

 白ユリのように美しい花嫁が、僕の元へと近づく。


 ガーウェイの手を離れたセシルは、そのまま歩き僕の横に立った。

 ベールで顔を隠しており、薄っすらとしか表情が見えないが、微笑んでいるに違いない。


 神父が誓いの言葉を口にした。

 健やかな時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、愛することができるかと問われた。

 答えは決まっている。心からの言葉を伝えるために、胸を張り腹に力を入れて、声を上げる。


「はい! 誓います!」


 神父が優しく微笑むと、次はセシルに問いかけた。

 セシルはちらりと僕に目を向けたのが見えた。口元が緩んでいる。


「はい、誓います」


 僕らは誓い合うと、向き合って薬指に指輪を通していく。

 二人の指に誓いの証ができると、セシルの顔を隠していたベールをゆっくりと上げる。

 見慣れていた顔なのに、ドキリとした。思わず生唾を飲んでしまう程の麗しさだ。


 僕を見つめるセシルが目じりを下げた。

 それを見て僕も思わず、ほころぶ。緊張していたのが、嘘のように軽くなった。

 セシルが瞳を閉じて、気持ち顎を上げた。


 僕は人生で初めてのキスをする。それが、大好きな人となんて、僕はどれだけ幸せ者なのだろうか。

 自分でも驚いてしまう程、落ち着いている。セシルの魔法に掛ったように引き寄せられて行き、唇が触れあった。

 

 その瞬間、言い知れぬ幸福感に包まれた。ああ、これがキスというものなのか。恋よりもずっと甘く、とろけるような心地よさだ。

 もっと味わいたい。唇をゆっくりと重ねると、その甘さに酔いしれる。きっとセシルも同じ感情を抱いてくれているだろう。


 僕とセシルの口付けは長く深いもので、抱いている想いを交わし続けた。愛の誓いを更に強く結ぶように。


      ・      ・      ・


 クラトスの宿屋での二次会を終えて、クタクタになりながら家路についていた。


「ユーたん、大丈夫か? 飲み過ぎたのではないか?」

「まあ、何とか大丈夫です。今日は楽しかったですね。本当に幸せでした」

「そうだな。本当にそう思う。かつての私からでは、想像もできない程に幸せだ。ユーたん、ありがとう。君に出会えたお陰だ」


 真っ直ぐな瞳に思わず照れ笑いを浮かべてしまう。

 少し恥ずかしいが、僕も想いを言葉にしよう。


「僕こそ、ありがとうございます。セシルに出会えて、たくさんの幸せをもらいました。僕もいっぱいお返ししますね」

「ならば、私はもっと与えよう。そうしたら、ずっと幸せが続くな」

「確かに」


 言うと、二人で笑った。幸せとは一人では築けないものだ。もらったら、その分。いや、それ以上を返したい。そうして、本当の幸せを築いていこう。

 改めて、幸せを感じていると、セシルがはたと笑うのを止め、僕に一歩近づく。と、人差し指で僕の唇を押さえた。


「これからは敬語は禁止だ。良いな?」


 ウィンクをしたセシルを見て、噴き出してしまった。当たり前だ。もう、夫婦なのだから。


「そうだね。うん、分かった。セシル、これからもよろしくね」

「ああ、こちらこそ、よろしく頼む。……ユーたん、今日は……どうする?」


 今日は? その言葉の意味を理解した時、顔から火が出たのではないかと思う程、熱を持ってしまった。

 そうだ、今日は結婚初夜なのだ。アーヤはヴィヴレットの所に預けているので、本当に二人きりの夜になる。


「そ、そうだね。今日は~……」


 僕だって知らない訳ではない。セシルだって、そうだろう。

 だけど、本当にそれで良いのだろうか。もっと、すべきことがあるのではないだろうか。

 思いついた。もっと、もっとしなければならないことが。


「セシル……。今日はお話ししない? 話したいんだ、僕のこと。どんな世界で、どんな風に生きて来たのかを。もっと僕のことを知って欲しいんだ」

「……ぷっ」


 セシルは噴き出すと、腹を抱えて笑い出した。

 そんなに面白い事を言ったつもりはない。


「やはり、私が惚れた男だよ、ユーたんは。そんな夜を迎えるなんて、予想だにしなかった。人生で一番甘い夜を過ごせそうだ。ユーたん、洗いざらい喋ってもらうぞ?」

「そう言われると、ちょっと……。ん~、分かった! 何でも話すよ。だから、もっと」


 好きになって欲しい。セシルに聞こえないように、ポツリと呟いた。

 不思議そうな表情のセシルの手を握って、再び家路へと着く。


 何から話そうか。話したいことはいっぱいある。あり過ぎて困る程だ。

 今日一日では到底話せない。でも、それでいい。僕達にはこれから、いくらでも時間があるのだから。


「ユーたん、最初に聞きたいのだが?」

「何?」

「私と出会った時、どう思った?」

「えっ!?」


 家に着く前から追い詰められてしまった。

 この調子だと、無事に朝を迎えられる気がしない。慎重に言葉を選ぶために唸り声を上げた。

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