父と婿
教会の中はステンドグラスから入る陽の光で照らされていた。
僕とセシルが今いる教会はこじんまりとしたもので、長椅子が六つ並んでいるだけだ。
「ねぇ、セシル? 本当にここで良いんですか? もうちょっと大きな所でも大丈夫ですよ?」
結婚にかなりの憧れを抱いていたセシルとしては、ここでは不満ではないかと思って聞いた。
一応、貯蓄もあるので、少し無理をすれば、もうちょっとグレードの高い教会で結婚式をあげることができる。
僕の問いにセシルは首を横に振った。
「いや、ここが良い。私が思い描いたのは、煌びやかなものではなく、慎ましいものだ。ここが私には一番だ」
「そうですか。なら、ここにしましょう」
「ありがとう、ユーたん。……急な話ですまないのだが、実は今日、会って欲しい人がいるのだ。時間は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。あの、会って欲しい人って?」
セシルに問いかけた時、僕の背後から足音が聞こえた。
振り返ると、偉丈夫で口の周りに整ったヒゲを生やした男性が僕達に近づいて来ていた。
「お父様、ご足労いただき、ありがとうございます」
セシルが言うと、男性は立ち止まった。
「いや、こちらこそ、すまない。時間がなかなか取れなくてな。今日の今日になっての連絡になってしまった。そちらの彼が、婚約者かな?」
良く通る低い声だなぁ。などと呆けて聞いていたので、慌てて頷く。
「ユージン・モトキと言います。あの、セシルさんのお父様なんですか?」
「ああ、そうだ。私の名はガーウェイ・ヴァージル。聞いたことはないかな?」
「えっと……」
正直、聞いたことがない。小首を傾げていると、セシルが見かねてか間に入ってくれた。
「お父様は、この国の中将だ」
「中将!? 軍の偉い方ってことですよね?」
そんな人がセシルのお父さん? いや、セシルは両親をモンスターに殺されたと言っていた。
だとしたら、この人は? 疑問符を浮かべている僕を見て、ガーウェイが笑った。
「軍を知らないことは、良い事でもある。戦のような暗い話題はない方が良いからな。セシル、少し席を外してもらえるか? ユージンくんと話がしたいのでな」
「分かりました。では、私は外でお待ちしております」
「すまんな。ユージンくん、椅子に腰かけて話さないか?」
ガーウェイの言葉に促されて長椅子に腰かけると、僕の隣にガーウェイが座った。
本当に大きな人だ。その体格を見るだけで物怖じしてしまいそうだ。だが、発する空気は穏やかで、隣にいるのが心地よく感じた。
「正直に聞くが、セシルのことをどう思っている?」
ド直球な質問に胸が大きく鳴った。なんて返せば良いのだろうか。
いや、変に言葉を選ぶ必要はない。思ったことをそのまま伝えよう。
「とても大事な人です。僕を真っ直ぐに見てくれて、そして受け入れてくれて。……離したくない人です」
「そうか。セシルは少し……いや、かなり一本気なところがあるからな。迷惑を掛けたんじゃないか?」
かなりどころではないかもしれない。でも、それは僕のことが好きだからこそのことであって、今となっては迷惑とは思っていない。
「迷惑じゃないですよ。嬉しい事でした」
「ならば、良かった。戦い方もそうだが、思い込んだら一直線な娘でな。結婚も無理やりこぎつけたのではないかと、心配していたのだ」
無理やりかと言われると、無茶苦茶な求婚ではあった。
それも、今となっては楽しい思い出だ。心から結婚したいと思っている。
「ご心配されるようなことはありませんよ。本当に良い人です」
「ありがとう。……気になっているとは思うが、私とセシルに血の繋がりはない。私は軍人を務めながら、ある孤児院の院長もしていてな。セシルから話は聞いているかもしれないが、そこは兵士を養成するための孤児院と言っても良かった」
ガーウェイの言葉に、思わず手を握り締めてしまった。
この人がセシルを国に忠実な兵士として作り上げたのか。何とも言えない感情が沸々と沸いてくる。
「どうやら、聞いていたようだな。気に食わないのは分かる。私がやっていることが、非道だということも分かっている。それを言いつくろう気はない。セシルを兵士に育てたことに違いはないのだから……」
僕は返す言葉がなく、頷くこともできなかった。
「そんな私をセシルは父と呼んでくれた。地獄のような戦場に送り出した男をだ。私は恨まれて当然な人間で、剣を突き付けられることはあっても、ヴァージンロードを共に歩いてくれと言われるとは思ってもいなかった」
横目でガーウェイを見ると、少し目を伏せて優しい表情をしていた。
「君はどう思う? 私のような男が花嫁と共に歩くのは。正直に言って欲しい。君の中でどこか抵抗があれば、私は辞退する。セシルの幸せに泥を付けたくないのだ」
「僕は……」
僕はどう思っているのだろう。話を聞いた時は、心がざわついた。でも、ガーウェイの心を聞いて、怒りや嫌悪という感情は生まれていない。
セシルの幸せに泥を付けると言ったが、セシルはガーウェイと一緒に歩きたいと言った。それをセシルは幸せだと思っている。それなら僕も幸せに思うはずだ。セシルの心からの笑みを思えば、拒絶する要素は何もなかった。
「僕も歩いて欲しいです。セシルはガーウェイさんと共に歩きたいと思っています。きっとそれが幸せだと思っているんです。セシルが幸せなら、僕も幸せです。だから、一緒に歩いて欲しいです」
「ユージンくん……。セシルは本当に優しい人を見つけたものだ。いや、大事な娘が選んだ男だ。その目に狂いはない。父親として、これ程嬉しい事はないよ」
言うと、大口を開けて笑った。僕は照れくさくなって、頭をかいた。
笑い終えると、清々しい顔つきで僕を見つめてきた。
「セシルを頼む。幸せにしてやって欲しい。君になら、きっとできる」
ガーウェイの言葉を聞き、セシルから聞いた過去を思い出す。
幸せとは程遠い世界で生きていた。孤児院で共に過ごした者が死ぬ横で、モンスターと命を賭けた死闘を続けるという、悲惨な人生だった。
そんな辛い思いをした人が、僕を愛してくれている。僕と一緒になることを幸せだと思ってくれている。そう、僕だからこそ、セシルを幸せにできる。
「幸せにします。絶対に」
僕の返答に満足したようで、柔和な笑みを浮かべると椅子から立ち上がった。
「その言葉が聞きたかった。さて、私は仕事に戻るとするか。結婚式でまた会おう」
「はい。お待ちしております」
外に出ていくガーウェイの背に頭を下げる。
セシルの今を作ってくれたのは間違いなくガーウェイだ。兵士として育てられたのは間違いないが、愛情も注いでくれていたのだろう。
だから、兵士ではなく、一人の女として生きていく道を見つけることができたに違いない。
ガーウェイが去ったドアからセシルが顔を覗かせた。
「ユーたん、帰ろうか。クラトスさんの所に、アーヤを迎えに行かないとな」
「もう、そんな時間でしたか。じゃあ、ついでに食事にしませんか?」
「そうだな、そうしようか」
教会のドアを出てセシルの横に並ぶ。少し楽しそうな顔をしていたので問いかけることにした。
「楽しそうだけど、何かあったんですか?」
「楽しかったというよりは、嬉しかったかな。お父様が照れくさそうに、私の願いを聞いてくれたことが。今まで、見たことがない顔だった」
そういうと、ふふっ、と小さく笑った。セシルとガーウェイの関係が微笑ましくて、僕も笑みがこぼれた。
大事な人達に祝福される結婚式が待ち遠しい。皆、どんな顔をしてくれるのだろ。ヴィヴレットは、ユーグリッドは、クラトスは。
きっと、とびきりの笑顔で祝ってくれるに違いない。それなら、僕達も幸せに満ちた笑みを見せよう。そうすれば、皆が幸せになれるはずだ。
春の日差しのように穏やかで温かな結婚式にしてみせる。そう、心に誓った。
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