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新しい家族

 威嚇する大蛇と、傷を負ったセシルの間にアーヤは立つと目をきつくして、声を張り上げた。


「ひどいことしないで! ママをきずつけないで!」


 アーヤの小さな体からは想像できない大きな声だった。

 普段の優しいアーヤとは思えない。そんなアーヤが顔を強張らせ、必死にセシルを守ろうとしている。

 しまった。このままでは、アーヤに危険が及んでしまう。


 魔法を発動させるために、杖の先に神経を集中させようとした時、大蛇の動きが止まったことに気づいた。

 先ほどまで口を開けて低い声を上げていたのが、今では身を少し引いている。

 どういうことだ? いや、今は一刻も早く魔法を。


 杖に魔力が集まった。と同時に、観客席からステージに向けて何かが放り投げられた。


「セシル隊長! それを!」


 ユーグリットの声だ。宙を舞うのは一振りの剣だった。

 その剣をセシルは左手で掴むと、一度空を斬った。

 まさか、セシルはモンスターと戦う気なのか? 利き腕の右手ではなく、左手で戦おうとしている。

 危険すぎる。ここは僕の魔法でなんとかしないと。


「アース」


 魔法の詠唱が終わる前に、大蛇に動きがあった。

 伸ばした首が胴体から外れて床に落ちた。それに合わせて、胴体にも幾筋もの赤い線を浮かぶと、そこから体が輪切りにされていった。

 気づけば、大蛇の前にセシルが立っており、左手に握った剣をだらりと垂らしている。


 その剣を手放すと、セシルはアーヤを抱きしめた。


「アーヤ、すまない。怖い思いをさせてしまって。ありがとう。私を助けに来てくれて」

「ママ……。ううん、こわくなかったよ。アーヤ、いいこだから、なかないもん」

「そうか。アーヤは良い子だな」


 セシルは優しくアーヤの頭を撫でている。その姿は正しく親子のようであった。

 見惚れている場合じゃない。セシルの傷を癒さないと。駆け出した僕の視界の端で、二つ頭のモンスターが体を起こしたのが見えた。

 モンスターは咆哮を上げると、こちらに敵意を向けた。


 その刹那、モンスターは二つの頭を同時に失った。

 そして、炎に巻かれて体を焼き尽くしていく。これは一体?


「遅くなってしまい、申し訳ございません。皆さん、ご無事ですか?」


 ユーグリットが客席からステージに向かってきていた。


「すみません。助けが遅れてしまって」

「いや、ナイスタイミングだった。魔法剣の扱いも以前より良くなっているではないか。研鑽を怠っていないようだな」

「いえ、まだ未熟者です。セシル隊長、お怪我をされたのですか!?」

「ん? 体が鈍っている証拠だな。また体を鍛えなければ。ユーたん、魔法で治してくれないか?」


 セシルの問いかけに慌てて応じる。すぐに近づくと、杖を向けて魔法を唱える。

 淡い光がセシルの傷を癒していく。その光景をアーヤは覗くようにして見ており、傷が治るとその腕に抱き着いた。


「ママ、なおってよかったね! ママもなかなかったから、いいこだね。いいこ、いいこ」


 そういうと、セシルの腕を引っ張って膝を着かせると、頭を何度も撫でた。

 思わず、その行為に笑いがこみ上げてきた。僕は声を出して笑い、セシルは小さく笑った。

 そうして思った。これが家族の光景だと。


 親子が同じ感情を抱いて、同じ時を刻む。それがどれだけ尊く、どれだけ喜ばしい事か。

 今、この一瞬で僕達は間違いなく家族になれた。僕達の前では、血の繋がりなど些細なことだ。

 心で繋がった僕達は家族の絆を確かめるように、皆で笑いあった。


      ・      ・      ・


「ねぇ~、ママ~。いっしょにねよ~」


 我が家で三人で夕食を終えて、まったりしているとアーヤが言った。

 サーカスの騒動を終えて、セシルを連れて家に帰ってからずっとこんな感じだった。

 完全に懐いている。セシルのことをママと素直に思えるようになったのだろう。だからこそ、全力で甘えている。

 なんか少し寂しくなってきた。


「う~ん……。ユーたん、どうしたらいい?」

「セシルが良ければ、泊っていきませんか? ね? アーヤ?」


 アーヤに言うと、目を輝かせてうんうんと頷いた。


「パパもいいって。ママ、はやくはやく~」

「分かった。その前にお風呂にしよう」

「は~い。パパもいっしょにはいろ~?」


 思わず噴き出しそうになった。

 一緒にお風呂に入るだって? それはセシルと一緒に入ることに繋がるじゃないか。

 流石にそれは照れる。というか、その根性がない。とりあえず、今回は逃げることにしよう。


「あ、パパ、クラトスさんの所に忘れ物しちゃってた。アーヤはセシルと一緒に寝ていてね」


 言うが早く家を飛び出ると、クラトスの宿屋へと向かった。


      ・       ・      ・


 クラトスの宿屋の食堂はお客さんで賑わっており、クラトス達に捕まって何だかんだと話をさせられてしまった。

 話題の中心はもちろん僕の結婚話で、祝福とからかいを受け続けた。


 夜も更けてくると、一人、また一人と食堂を去って行き、残ったのは僕とクラトスとレモリーだけになった。

 キッチンの片づけを終えたレモリーが、珍しくジョッキを持って僕達のテーブルに着いた。


「ユージンくん、改めておめでとう。本当に良かったわ。ユージンくん、鈍感だから心配していたのよ」

「そうそう。俺達、皆で心配していたんだからさ。良かった良かった」

「あなたは残念だったわね。賭けが外れたんだから」


 レモリーは言うと、クラトスに冷ややかな視線を向けた。

 賭けとは何だ?


「何を賭けていたんですか?」

「ユージンくんが誰と結婚するか、皆で賭けていたのよ。本当に酷い話よね」

「……クラトスさん」


 レモリーに倣って僕も冷たい視線を向けると、クラトスは乾いた笑いをした。


「いやぁ、だってさぁ、ユージンのこと好きな子が何人もいたから、ついついそういう話になっちゃって」

「へぇ~……。で、賭けに負けたという事ですか」

「ま、まぁ、そういうことだね。……くそ、ダナンさんの一人勝ちだよ」


 ぽつりとこぼした言葉を聞き逃さなかった。

 まさか、ダナンまで僕の結婚話で賭けをしていたとは。皆は僕のことをなんだと思っているんだ。

 冷たい視線を更に冷やすと、クラトスは視線を僕から外した。この人、逃げた。


「でも、サーカスに行って正解だったわね。トラブルはあったにしても、それで打ち解けたんだから」

「そうですね。アーヤがセシルに懐いてくれて嬉しいです。やっぱりママが欲しかったんでしょうね。少し妬けちゃいましたよ」


 少しセンチメンタルになってしまった。

 アーヤはあまりママの事を僕に聞いては来なかった。遠いところに行ったという言葉を、子供ながらに理解したのかもしれない。

 だからこそ、ママという存在のセシルにあれだけ懐いているんだろう。


「アーヤの気持ち、理解しているつもりだったんですけどね。僕だけじゃ足りなかったんでしょうね」


 お酒のせいか心の隅にある暗い思いが口から漏れ出した。

 セシルがアーヤに懐いて嬉しかった。その事に嘘はない。でも、それは今迄アーヤに悲しい思いをさせていたことでもある。

 突き付けられた現実に思わずため息が漏れた。


「そんなことある訳がないだろう」


 クラトスの声に伏せた目を上げた。


「ユージン。アーヤちゃんはお前に不満があったとでも思っているのか? そんな子が、あんなに笑顔になる訳がないだろう。お前がいたから、お前だからこそ、アーヤちゃんはあんなに明るい子に育ったんだ。それにな」


 クラトスは一間を置くと、優しく微笑んだ。


「アーヤちゃんなりに、家族のことを考えているんだと思うぞ。パパがいて、ママがいて。一つの家族を築こうとしているんじゃないか? 更に素敵な家族を……な」

「クラトスさん」

「ユージンもそうだろう? 誰にでも幸せになる権利はある。だが、幸せは転がっては来ない。お前達は二人で幸せを掴もうとしているんだ。そんな二人の間に不満なんてあるもんか」


 そう言うと、クラトスはジョッキに残ったお酒を飲み干すと、今日一番の笑みを見せた。


「だからな、おめでとう。お幸せにな。……て、まだ早いか。まぁ、前祝だ。ユージン、レモリー、もっと飲もう」

「そうね。今日くらいは良いわね。ユージンくん、まだ帰さないわよ」


 二人は同時に笑い声を上げた。

 僕のことを心の底からお祝いしてくれているんだ。そんな人達と少しでも一緒にいたい。


「はい。今日はとことん飲みましょう」

「お? ユージン、言ったな。なら、もっと話を掘り下げようか。レモリー。お酒持ってきて、お酒」


 明るい笑みで満たされた小さな祝賀会は、夜遅くまで続いた。

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