近づけない二人
サーカスの中は人でごった返していた。
チケットを確認して席を探す。前列に近い場所が僕達の席であった。
こんないい場所を押さえてくれていたなんて。終わったら、もう一度ユーグリットにお礼を言わなければ。
人混みを縫って席に着いて一息つくと、セシルが席を立った。
「飲み物と軽食を買ってくる。少し待っていてくれ」
「それなら僕が行きますよ。セシルはアーヤと待っていてください」
「いや、ここは私に任せてくれ」
そう言うと、セシルはサーカスのテントの出口に向かっていった。
どこか余裕がなさそうに見えたのは気のせいだろうか。
いや、多分、気のせいではない。ちらりと横にいるアーヤを見る。
賑やかな空気に期待を膨らませている訳ではなさそうで、少しそわそわしている。
アーヤもか。二人して、意識し過ぎている。無理もない事だが、先が思いやられてしまう。
僕の視線に気が付いたのか、アーヤと目が合った。
「ねぇ、パパ。セシルさんは、ママ……なんだよね?」
「うん、そうだよ。アーヤ、あんまり無理して考えなくても大丈夫だよ。少しずつ慣れていこ?」
「うん……。でも」
アーヤの次の言葉は歓声にかき消された。
出口の方を見ると、華やかな服装の人々が手を振りながらテントの中に入ってきていた。
誰だろう。人気者のようだけど。
「アルフガンド王が見に来たのか」
セシルの声に反応した。
手にはジュースの入った木のカップと、ポップコーンを持っていた。
「王様が見に来たんですか?」
「それだけ、今回のサーカスはすごいのだろうな。楽しみになってきた。ア、アーヤも楽しみだろう?」
ぎこちない問いかけに、アーヤは小さく頷いた。
あの明るいアーヤの見る影もない。緊張がピークに達しているのだろう。
その顔を見て、セシルも曖昧な笑みを浮かべた。
アルフガンド王が主賓席に着くと、テントの中が暗転し、ステージの中央にスポットライトが当てられた。
煌びやかなスーツを着た座長がサーカスの開催を告げた。歓声と拍手に合わせるかのように、大勢のサーカス団員がステージに現れ、パフォーマンスを繰り出す。
思わず声を上げてしまう技の数々に、アーヤもセシルも目を輝かせていた。
パフォーマンスがどんどんダイナミックになっていくことから、そろそろ佳境に入ってきているのを感じる。
最後はモンスターのショーだったはずだ。ステージから団員が去って行くと、中央に座長が立った。
「さぁ、皆さま、お待ちかねのモンスターによるショーを開催いたします。その前に、皆さまの安全を確保したいと思います」
座長の言葉に合わせたかのように、六人の杖を持つ人がステージの端に散った。
「彼らの魔法で結界を張ります。これで、ご安心してステージを楽しむことができます。それでは、モンスターによる迫力のステージをお楽しみください」
一礼した座長が去って行くと、三つの大きな檻がステージに現れた。
檻には一つ目の二メートルはありそうな巨躯のモンスターいた。
二つ目には、こちらも同じく大きな蛇の姿があった。
最後の檻には、頭が二つのライオンようなモンスターが行儀よく伏せていた。
檻が開くと、一つ目のモンスターが大玉乗りを始めた。
その光景に観衆は目を丸くし、すぐに盛大な歓声を上げた。延々と続く拍手に気を良くしたのか、一つ目のモンスターは目を細めて楽しそうに芸を披露している。
次いで、蛇のモンスターは体をくねらせて、紐遊びのように色々な結びを見せた。
二つの頭を持つライオンのようなモンスターは立ち上がって、球を鼻の上に乗せ、二つの頭で交互に球を行き来させた。
モンスターが見せる妙技に拍手喝采であった。
「パパ、すごいね! モンスターさんたち、かわいいね!」
「モンスターにこんなことができたとはな。見に来て良かったな、ユーたん」
二人は僕を見て言ったので、笑みを浮かべて頷く。
うーん、できれば二人で感想を言い合ってもらいたいところだが。
二人の距離が少しでも縮まれば良いのに。と思っていると、ステージの端にいた魔法使いの一人が床に突っ伏した。
一人、また一人と倒れて行った。
その事態に観衆も気づいたのか、ざわめき始めた。
結界がなくなってしまったのか? となると、モンスターが暴れたりしたら、僕達に危険が。
だが、モンスターはしつけをされているようで、暴れるようには見えなかった。
モンスターに目を向けると、変わらず芸を続けている。
不安は残るが、あとはモンスターを檻に戻せば何事もなくサーカスを終えることになるだろう。
団員がステージに駆け寄ろうとした時、モンスターが動きを止めた。
先ほどまで見せていた、陽気な雰囲気はなくなり、体をだらりとさせて動きがなくなった。
僕達は何ごとか息を呑んだ。モンスター達がピクリと反応した。
「いかん! ユーたん、アーヤを!」
言った時には、セシルが飛び出していた。
その瞬間、モンスター達も動いた。アルフガンド王に向けて一斉に突進したのだ。
あまりの出来事にアルフガンド王の横に控えていた兵士も反応ができていなかった。
アルフガンド王に向かって、二つ頭のモンスターが飛び掛かろうと、足をかがめた。
飛び上がる。そう思った時、二つ頭のモンスターが横に倒れた。二つ頭の前に立っていたのはセシルだった。
「セシル!」
僕が上げた声は、モンスターの襲撃よる恐怖で発せられた観衆の悲鳴で消えた。
このままじゃ危険だ。セシルに何かがあったら。何とかしないと。何かを考えろ。
知恵を振り絞っていると、横にいた人影がなくなっていたことに気が付いた。
「アーヤ!?」
アーヤがいない。どこに行った? 逃げ出す人々に飲まれてしまったのか?
辺りを見回すがアーヤの姿はなかった。
どうする? 僕はどうしたら良いんだ。答えが出せないでいると、モンスターの前に立ちはだかり、攻撃を避けているセシルの姿が映った。
武器もなしにどうするんだ。いくら彗星の乙女と言われていても、一人で三体のモンスターと渡り合えるなんて。
嫌な想像をしそうになった時、心臓が口から飛び出る程に驚いた。
ステージを駆ける女の子。アーヤの姿を見つけた。
「アーヤ! くそっ!」
僕も慌ててステージに向かう。駆けていると、一つの物に目が向いた。
魔法使いが持っていた杖だ。慣れていない杖だが、これなら魔法を使うことができる。
すぐに拾い上げて、モンスターに近づく。
アルフガンド王に付いていた兵士達は王の盾となりサーカスの外へと向かっていた。
誰もセシルに加勢してくれていない。素手のセシルの攻撃ではモンスターにダメージは。
セシルは二つ頭の頭を踏みつけて飛び上がると、一つ目の目玉を思いっきり蹴った。
痛みにもんどり打つ一つ目。二つ頭が怒りを爆発させたように吠えて、セシルに飛び掛かる。
だが、襲い掛かった場所にはセシルはいなかった。
モンスターの猛攻を物ともしないセシルに呆気に取られたが、一つの事を思い出し、すぐに我に帰った。
「しまった! アーヤ!?」
アーヤはセシルに向かって走っていた。
その姿にセシルも気が付いたのか、動きが一瞬止まった。
一瞬だった。その一瞬が、二つ頭の好機となり、鋭い爪でセシルの腕に傷を負わせた。
「ぐうっ!」
セシルの右手が真っ赤に染まった。
それを見た時、腹のそこから熱いものが噴き上がった。
「セシル! 貴様ー!」
杖に魔力を込める。風の奔流を杖の先に収束させ、凝縮させる。
僕が出せる最大の魔法をお見舞いしてやる。
「エア・スマッシャー!」
放たれた風の爆弾は二つ頭の尻の辺りに着弾した。
爆風が二つ頭の体を襲い、ステージの端まで吹き飛ばした。
一つ呼吸を吐こうとした時、もう一体のモンスターを思い出した。
蛇のモンスターだ。あいつは。
目を向けた先の光景は、蛇が頭を引き、食らいつこうとする瞬間だった。
声を上げることもできない。全てがスローモーションに見えた。セシルの命が奪われる。命が消えてしまう。
絶望に心が染まりそうになった時、セシルの前に小さな影が立ったのが見えた。
「ママをいじめないで!」
アーヤが両手を広げて、蛇の前に立ちふさがった。




