ぎくしゃくする人達
穏やかな昼下がり。
僕はアーヤの手を引いて、王都の中央公園を訪れていた。
「パパ~」
アーヤが僕の手を引っ張った。
「アーヤ、どうしたの?」
「セシルさんとけっこんするんだよね?」
「うん、そうだよ。アーヤのママになる人なんだ」
「ママ……」
アーヤは呟くと、真面目な表情をした。
緊張しているのだろうか。少し心配になってきた。
ここに来たのはセシルとアーヤの顔合わせのためで、結婚をする前にアーヤと打ち解けたいというセシルの提案によるものだ。それで今日は公園で昼食を取ることにしたのだ。
セシルはまだ来ていないようで、当たりを見回す。
すると、バスケットを片手にこちらに近づいて来ている、セシルの姿を見つけた。
セシルは僕に気づくと、小さく手を振った。
「ユーたん、待たせてすまない。昼食の準備に手間取ってしまった」
「いいえ、僕達もさっき来たところですから。ご飯作ってくれて、ありがとうございます」
「気にしないでくれ。料理は意外に好きなんだ。口に合えば良いのだが」
言うと、セシルは視線をアーヤに向けた。
が、向けたまま固まってしまった。アーヤも同じようで、セシルを見たまま固まっている。
二人とも緊張しているようだ。僕が間に入らなければ。
「アーヤ、この人がセシルさん。綺麗な人だろう?」
明るい声でアーヤに言うと、視線を外すことなく少し頷いた。
「セシル、この子がアーヤ。すごく可愛いでしょ?」
こちらも同じく明るく言ったが、セシルもアーヤ同様に小さく頷くだけだった。
どうした二人とも。アーヤは知らない人と打ち解けることが上手だ。セシルもあまり物怖じしそうに思えない。
となると、結婚の話を意識していることによるものだろう。
それなら、終始僕が話をリードしよう。
「アーヤ、自己紹介して」
「ア、アーヤです。よ、よろしくおねがいします」
小さな声で言うと、僕の足にぴったりと引っ付いた。
こんなにガチガチなアーヤは初めて見た。
次はセシルの番だ。自己紹介を促すように、セシルに視線を向ける。
「わ、私はセシル。アーヤちゃん、よろしく」
セシルの言葉に、アーヤはこくこくと頷いた。
これは大丈夫なのだろうか。どちらも意識し過ぎて、歩み寄れない状態のように思える。
「じゃあ、皆で昼食にしようか? 公園の芝生の上で食べよっか」
僕の提案に二人は頷くと、ぎこちない足取りで動き出した。
こんなことで大丈夫なのだろうか。心配になってきた。
・ ・ ・
太陽が傾き、人々が帰り支度をしている時間に、僕はアーヤを連れてクラトスの宿に来ていた。
宿の食堂には僕とクラトス、ユーグリットの三人でお酒を楽しんでいた。
アーヤはレモリーに付いていき、部屋のベッドメイクをしに行ったのでここにはいない。
頭が重くなった今日一日の出来事を二人に報告した。
「アーヤちゃん、ガチガチになったかのかぁ。あんまり想像できないけど、ママになると思うと緊張もするのかねぇ」
「そうですね。新しい愛が芽吹く前には苦難が待ち構えているものです。仕方がない事かと思います」
「うわぁ、隊長さんの大好きな愛の話が出ちゃったよ。でも、それもあるかもねぇ。いきなりママって思って、愛情を持つのは難しいもんなぁ」
二人の言う事はもっともだ。簡単にママと受け入れられる訳がない。
愛情なんてすぐに抱くものではないのだから、緊張してしまうのも仕方がないということだ。
「どうしたら良いでしょうか? 何度か会えば、打ち解けると思いますか?」
「う~ん、どうだろうねぇ。まぁ、会わない事には話は進まないよね。何度も挑戦するしなかいな。頑張れよ」
「ですよね。あぁ、あの微妙な空気感は結構疲れるんですよね」
机に肘を着いて、深々と息を吐いた。
クラトスの言う通り、頑張るしかない。だって、家族になるには、乗り越えなければならない問題なのだから。
「ユージンさん、アーヤちゃんに私から家族愛について伝えましょうか?」
「ごめん、いらない」
ユーグリットの提案は即却下した。多分、無駄な時間になるだけだろうから。
お酒を口に含んだ時、クラトスが何かに気が付いたように声を上げた。
「おっ、そうだ、ユージン。今度、サーカスが来るらしいぞ。皆で見に行ったらどうだ? 普通に会うより打ち解けやすいんじゃないか?」
「サーカスですか? 良いですね。僕も初めてなので興味があります」
「あぁ、モンスターを使ったショーもあるらしいから、迫力あるらしいぞ」
モンスターとは驚きだ。
前の世界だと、ライオンやクマなどの猛獣を使ったショーがあるとのことだったので、それのモンスターバージョンか。
どんなモンスターが出るのだろうか。楽しみだ。
「良いですね、それ。次はサーカスを見に行くことにします」
「ああ。お土産話楽しみにしているぞ。よし! じゃあ、ユージンの成功を祈ってかんぱ~い!」
小さな僕の激励会は日が暮れるまで続いた。
・ ・ ・
城下町の郊外に張られたのは大きな赤いテントだった。
中に千人は入るであろう大きさだ。サーカスは二週間開催されるとのことだが、それでも満員御礼だそうだ。
チケットが入手できたのは運が良かった。というよりも、持つべきものは友人という事か。
三枚のチケットを用意してくれたのは他ならぬユーグリットだった。
サーカスの警備を行うために、ユーグリットが率いる警備隊がかり出されたのだ。
その伝手でユーグリットがチケットを入手したという訳だ。お陰で無事三人でサーカスを楽しむことができる。
テントに入る前に恩人のユーグリットにお礼を言いに行こう。
セシルとアーヤを連れ立って警備兵がいる詰め所に向かうと、丁度良いところにユーグリットが現れた。
「ユーグくん、お疲れ様」
「あぁ、ユージンさん、アーヤちゃん、こんにちは。おや? そちらの方……が?」
ユーグリットの目がセシルに釘付けになっていた。
もしかして、ユーグリットの好みだったのだろうか。確かにセシルは美人だ。いくら五歳児にときめくユーグリットでも、目を奪われるのは仕方がないことか。
「セ、セシル隊長!?」
ユーグリットは大声を上げると、直立して敬礼をした。
「ん? その顔はソーディアス卿の息子のユーグリットではないか。久しいな。元気にしているか?」
「はっ! お陰様で、今は王都の警備隊長を務めております!」
「おぉ、出世したな。さすがは晴天の騎士と言われただけのことはある」
会話に付いていけない僕は二人を交互に見ていた。
隊長? セシルが? 確かに兵士だったとは聞いていたけど。
困惑している僕にユーグリットが小声で話しかけてきた。
「ユージンさん、セシルさんとは伺っていましたが、まさかセシル・ヴァージル隊長とは聞いていませんでしたよ?」
「いや、僕も隊長とは聞いていないよ。軍にいたことは知っていたけど。偉い人だったの?」
「我が王国の剣聖・七支剣に名を連ね、『彗星の乙女』の二つ名を持つお方です」
「……それって、どえらいことだよね?」
「ええ、どえらいことですね」
ユーグリットの言葉に絶句してしまった。
過酷な訓練に耐え抜いたとも聞いていたが、そんなにすごい人とは知らなかった。
「何をこそこそ話している?」
セシルの声に肩が跳ねた。
怪訝そうな顔をして僕とユーグリットを見ている。
「ユーグリット、まさか余計なことを……?」
セシルの鋭い視線がユーグリットに襲い掛かった。
見れば、顔を引くつかせて硬直している。あの明るいユーグリットをここまで追い込むことができるとは。
このままでは、ユーグリットが恐怖のあまり窒息しかねないので、話を変えよう。
「セシル、違いますよ。ユーグくんにお礼を言っていたんです。ね?」
僕の問いかけに、小刻みにあごの上下させた。
セシルの視線から棘がなくなった。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、一つの不安がよぎった。
この人を怒らせたら、無事では済まないのではないだろうか。という、おぞましい不安が。
「ユーたん、どうかしたか? 早く中に入らないと、始まってしまうぞ?」
「は、はい! い、行きましょう! アーヤ、はぐれないようにね!」
想像するだけで硬直しそうな体を無理やり動かして、ぎくしゃくしながら歩き出した。
横目でユーグリットを見ると、未だに立ち尽くしている。セシルの恐ろしさの片りんを見てしまった。
うん。怒らせないようにしよう。何が何でも怒らせないようにしよう。
そう決意して、サーカスのテントの中に向かった。




