表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/72

ぎくしゃくする人達

 穏やかな昼下がり。

 僕はアーヤの手を引いて、王都の中央公園を訪れていた。


「パパ~」


 アーヤが僕の手を引っ張った。


「アーヤ、どうしたの?」

「セシルさんとけっこんするんだよね?」

「うん、そうだよ。アーヤのママになる人なんだ」

「ママ……」


 アーヤは呟くと、真面目な表情をした。

 緊張しているのだろうか。少し心配になってきた。

 ここに来たのはセシルとアーヤの顔合わせのためで、結婚をする前にアーヤと打ち解けたいというセシルの提案によるものだ。それで今日は公園で昼食を取ることにしたのだ。


 セシルはまだ来ていないようで、当たりを見回す。

 すると、バスケットを片手にこちらに近づいて来ている、セシルの姿を見つけた。

 セシルは僕に気づくと、小さく手を振った。


「ユーたん、待たせてすまない。昼食の準備に手間取ってしまった」

「いいえ、僕達もさっき来たところですから。ご飯作ってくれて、ありがとうございます」

「気にしないでくれ。料理は意外に好きなんだ。口に合えば良いのだが」


 言うと、セシルは視線をアーヤに向けた。

 が、向けたまま固まってしまった。アーヤも同じようで、セシルを見たまま固まっている。

 二人とも緊張しているようだ。僕が間に入らなければ。


「アーヤ、この人がセシルさん。綺麗な人だろう?」


 明るい声でアーヤに言うと、視線を外すことなく少し頷いた。


「セシル、この子がアーヤ。すごく可愛いでしょ?」


 こちらも同じく明るく言ったが、セシルもアーヤ同様に小さく頷くだけだった。

 どうした二人とも。アーヤは知らない人と打ち解けることが上手だ。セシルもあまり物怖じしそうに思えない。

 となると、結婚の話を意識していることによるものだろう。


 それなら、終始僕が話をリードしよう。


「アーヤ、自己紹介して」

「ア、アーヤです。よ、よろしくおねがいします」


 小さな声で言うと、僕の足にぴったりと引っ付いた。

 こんなにガチガチなアーヤは初めて見た。

 次はセシルの番だ。自己紹介を促すように、セシルに視線を向ける。


「わ、私はセシル。アーヤちゃん、よろしく」


 セシルの言葉に、アーヤはこくこくと頷いた。

 これは大丈夫なのだろうか。どちらも意識し過ぎて、歩み寄れない状態のように思える。


「じゃあ、皆で昼食にしようか? 公園の芝生の上で食べよっか」


 僕の提案に二人は頷くと、ぎこちない足取りで動き出した。

 こんなことで大丈夫なのだろうか。心配になってきた。


      ・      ・      ・


 太陽が傾き、人々が帰り支度をしている時間に、僕はアーヤを連れてクラトスの宿に来ていた。


 宿の食堂には僕とクラトス、ユーグリットの三人でお酒を楽しんでいた。

 アーヤはレモリーに付いていき、部屋のベッドメイクをしに行ったのでここにはいない。


 頭が重くなった今日一日の出来事を二人に報告した。


「アーヤちゃん、ガチガチになったかのかぁ。あんまり想像できないけど、ママになると思うと緊張もするのかねぇ」

「そうですね。新しい愛が芽吹く前には苦難が待ち構えているものです。仕方がない事かと思います」

「うわぁ、隊長さんの大好きな愛の話が出ちゃったよ。でも、それもあるかもねぇ。いきなりママって思って、愛情を持つのは難しいもんなぁ」


 二人の言う事はもっともだ。簡単にママと受け入れられる訳がない。

 愛情なんてすぐに抱くものではないのだから、緊張してしまうのも仕方がないということだ。


「どうしたら良いでしょうか? 何度か会えば、打ち解けると思いますか?」

「う~ん、どうだろうねぇ。まぁ、会わない事には話は進まないよね。何度も挑戦するしなかいな。頑張れよ」

「ですよね。あぁ、あの微妙な空気感は結構疲れるんですよね」


 机に肘を着いて、深々と息を吐いた。

 クラトスの言う通り、頑張るしかない。だって、家族になるには、乗り越えなければならない問題なのだから。


「ユージンさん、アーヤちゃんに私から家族愛について伝えましょうか?」

「ごめん、いらない」


 ユーグリットの提案は即却下した。多分、無駄な時間になるだけだろうから。

 お酒を口に含んだ時、クラトスが何かに気が付いたように声を上げた。


「おっ、そうだ、ユージン。今度、サーカスが来るらしいぞ。皆で見に行ったらどうだ? 普通に会うより打ち解けやすいんじゃないか?」

「サーカスですか? 良いですね。僕も初めてなので興味があります」

「あぁ、モンスターを使ったショーもあるらしいから、迫力あるらしいぞ」


 モンスターとは驚きだ。

 前の世界だと、ライオンやクマなどの猛獣を使ったショーがあるとのことだったので、それのモンスターバージョンか。

 どんなモンスターが出るのだろうか。楽しみだ。


「良いですね、それ。次はサーカスを見に行くことにします」

「ああ。お土産話楽しみにしているぞ。よし! じゃあ、ユージンの成功を祈ってかんぱ~い!」


 小さな僕の激励会は日が暮れるまで続いた。


      ・      ・      ・


 城下町の郊外に張られたのは大きな赤いテントだった。


 中に千人は入るであろう大きさだ。サーカスは二週間開催されるとのことだが、それでも満員御礼だそうだ。

 チケットが入手できたのは運が良かった。というよりも、持つべきものは友人という事か。

 三枚のチケットを用意してくれたのは他ならぬユーグリットだった。


 サーカスの警備を行うために、ユーグリットが率いる警備隊がかり出されたのだ。

 その伝手でユーグリットがチケットを入手したという訳だ。お陰で無事三人でサーカスを楽しむことができる。

 テントに入る前に恩人のユーグリットにお礼を言いに行こう。


 セシルとアーヤを連れ立って警備兵がいる詰め所に向かうと、丁度良いところにユーグリットが現れた。


「ユーグくん、お疲れ様」

「あぁ、ユージンさん、アーヤちゃん、こんにちは。おや? そちらの方……が?」


 ユーグリットの目がセシルに釘付けになっていた。

 もしかして、ユーグリットの好みだったのだろうか。確かにセシルは美人だ。いくら五歳児にときめくユーグリットでも、目を奪われるのは仕方がないことか。


「セ、セシル隊長!?」


 ユーグリットは大声を上げると、直立して敬礼をした。


「ん? その顔はソーディアス卿の息子のユーグリットではないか。久しいな。元気にしているか?」

「はっ! お陰様で、今は王都の警備隊長を務めております!」

「おぉ、出世したな。さすがは晴天の騎士と言われただけのことはある」


 会話に付いていけない僕は二人を交互に見ていた。

 隊長? セシルが? 確かに兵士だったとは聞いていたけど。

 困惑している僕にユーグリットが小声で話しかけてきた。


「ユージンさん、セシルさんとは伺っていましたが、まさかセシル・ヴァージル隊長とは聞いていませんでしたよ?」

「いや、僕も隊長とは聞いていないよ。軍にいたことは知っていたけど。偉い人だったの?」

「我が王国の剣聖・七支剣しちしけんに名を連ね、『彗星すいせいの乙女』の二つ名を持つお方です」

「……それって、どえらいことだよね?」

「ええ、どえらいことですね」


 ユーグリットの言葉に絶句してしまった。

 過酷な訓練に耐え抜いたとも聞いていたが、そんなにすごい人とは知らなかった。


「何をこそこそ話している?」


 セシルの声に肩が跳ねた。

 怪訝そうな顔をして僕とユーグリットを見ている。


「ユーグリット、まさか余計なことを……?」


 セシルの鋭い視線がユーグリットに襲い掛かった。

 見れば、顔を引くつかせて硬直している。あの明るいユーグリットをここまで追い込むことができるとは。

 このままでは、ユーグリットが恐怖のあまり窒息しかねないので、話を変えよう。


「セシル、違いますよ。ユーグくんにお礼を言っていたんです。ね?」


 僕の問いかけに、小刻みにあごの上下させた。

 セシルの視線から棘がなくなった。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、一つの不安がよぎった。

 この人を怒らせたら、無事では済まないのではないだろうか。という、おぞましい不安が。


「ユーたん、どうかしたか? 早く中に入らないと、始まってしまうぞ?」

「は、はい! い、行きましょう! アーヤ、はぐれないようにね!」


 想像するだけで硬直しそうな体を無理やり動かして、ぎくしゃくしながら歩き出した。

 横目でユーグリットを見ると、未だに立ち尽くしている。セシルの恐ろしさの片りんを見てしまった。

 うん。怒らせないようにしよう。何が何でも怒らせないようにしよう。


 そう決意して、サーカスのテントの中に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ