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家族なんだから

 西陽が魔法大学校の廊下を照らしている。

 足が重いし、気も重い。これからヴィヴレットの教授室に行って、アーヤを引き取るのだが。


「はぁ……」


 ため息が自然と出てしまった。

 昨日の様子だと僕の言葉を聞き入れてくれる気がしない。

 ヴィヴレットがアーヤに言い聞かせてくれると言ってくれたが、その言葉が届いているだろうか。


 悩ましい気持ちを抱いたまま、ヴィヴレットの教授室前に着いてしまった。

 ドアをノックする。


「は~い!はいってくださ~い!」


 アーヤの声だ。思わず一歩引いてしまった。

 いや、引いてはダメだ。ここで引くようでは、アーヤを納得させることなんてできはしない。

 唾を飲んで、ドアをゆっくりと開けて、顔を覗かせた。

 ソファに座るアーヤとバッチリ目があった。


「ア、アーヤ?」


 声を掛けた瞬間、顔を背けて頬を膨らませた。

 ダメだ。ヴィヴレットでも口説き落とせていないということだ。

 机にいるヴィヴレットが首を横に振っていた。


 一縷の望みが断たれたことにがっくりと肩を落とした。

 もう、僕がなんとかするしかない。アーヤに思いきって声を掛ける。


「アーヤ、帰ろっか?」

「…………」

「帰ろう?」

「いや! アーヤ、ばぁばといっしょにいる! パパ、かえって!」

「アーヤ……」


 完全に僕を拒絶している。これでは話にならない。

 厳しく言うか? 叱れば、いやいや帰ってくれるかもしれない。

 いや、それはダメだ。ちゃんと分かってもらわないと、アーヤはセシルを本当に受け入れてはくれないだろう。

 アーヤの横に座ると、背けていた顔が更に横に向いた。


「聞いて。結婚するって言っても、パパはアーヤのこと」

「もういい! ききたくない!」

「あっ、アーヤ!」


 声を荒げると、アーヤは教授室を飛び出して行った。

 慌てて後を追おうとソファを立ち上がると、ヴィヴレットが声を掛けてきた。


「少し待ってやらぬか? 本人も色々考えておるようじゃ。まだ、整理ができておらんのじゃろう」

「そう……ですよね。急な話ですもんね。でも、分かって欲しいんです。結婚の話もですが、僕がどれだけアーヤを想っているかを」

「アーヤを想う気持ちか……。そうじゃな。言葉にせぬと分からぬことも多い。ユージン、よろしく頼む」

「はい。行ってきます」


 そういうと、アーヤの後を追った。

 魔法大学校内を探し回る。生徒達にアーヤを見かけなかった声を掛け回っていると、副校長がゆっくりとした足取りで僕に近づいてきていた。


「あら? ユージンくん、こんにちは」

「あ、こんにちは。あの、すみません。アーヤを見ませんでしたか?」

「あぁ、アーヤちゃんなら中庭にいたわよ。少し暗い顔をしていたけど」

「暗い顔ですか……。教えてくれて、ありがとうございます」


 副校長に一礼して、中庭へと向かう。

 空が陽に焦がされて、赤く染まっていた。

 中庭に到着すると、アーヤが一つのベンチの上で顔をうつむけていた。


 悲しそうな顔をしている。

 今まで見た事のない顔だ。僕の結婚話でどれだけ思い詰めているのだろうか。

 僕が近づくとアーヤが顔を上げた。


「……パパ」

「アーヤ……。横、座るね」


 横に並ぶが次の言葉が出てこない。

 アーヤも同じようで、ただ地面を見つめている。

 僕はアーヤに想いを伝えなければならないはずなのに。


 どう伝える。どんな言葉がアーヤの心に響くのだろう。

 ただ言葉を並べてもダメだ。ちゃんとした言葉で伝えないと。


「パパね、アーヤのこと大好きだよ。アーヤのためなら何でもできるって思うくらいに大好きなんだ」


 アーヤから言葉はない。いや、それでいい。僕の言葉を聞いてくれているのだから。


「明るい時はもちろん、怒っている時も可愛く思っているんだ。でもね、アーヤの暗い顔は見ていて辛い。本当に辛いんだ。だからね……。アーヤが本当に結婚が嫌なら、パパは結婚しないよ」

「……え?」


 アーヤは顔を上げると、目を大きく開いていた。


「パパ、けっこんしないの?」

「うん。アーヤが嫌ならしない。アーヤを悲しませたくないから」

「……ねぇ、パパ?」

「なんだい?」

「パパ、アーヤのこと……きらいになったの?」

「え?」


 アーヤの言葉に呆気に取られた。

 どうしてそんな話になるのか分からない。ただ、アーヤの表情から冗談とは思えない。

 決まりきった答えを告げる。


「嫌いになんかなっていないよ。大好きだよ」

「……うそ。だって、けっこんするんでしょ? けっこんは、いちばんすきなひととするんだよ? パパはアーヤをきらいになったから、けっこんするんでしょ?」

「アーヤ……」


 アーヤを不安にさせていた理由がやっと分かった。

 子供心に結婚の定義があったのだ。大好きな人と結ばれるのが結婚だと。

 間違ってはいない。好きな人と結ばれてこその結婚だと、僕も考える。

 ただ、結婚は何のためにするのかを分かっていない。それを伝えなければ。


「パパはアーヤが大好きだ。ヴィヴレットさんも大好きだ。僕は家族の皆が大好きで、大事なんだ。分かる?」


 アーヤは小さく頷いた。


「結婚ってね。好きな人と家族になることなんだ。僕はその人のことを大事に思っている。だから、家族になりたいんだ」

「かぞく?」

「そう。僕はアーヤとヴィヴレットさん、そして新しい人の家族四人で、一緒の時間を過ごしたい。大好きな人達に囲まれて生きていきたいんだ」

「パパはアーヤのことだいすきなの?」

「うん、大好きだよ。アーヤが結婚するとか言ったら泣いちゃうくらい大好きだよ」

「アーヤ、なかないよ? パパは、なきむしさんなんだね」


 アーヤはにっこりと微笑んだ。その顔を見て、心底嬉しかった。

 暗い顔にどれだけ心を苦しめられていたことか。そして、どれだけアーヤを苦しめていたのかが分かった。

 そっとアーヤの体に手を回して、優しく抱きしめる。


「アーヤ……。パパはどこにも行かないよ」

「パパ……。ありがとう」


 抱きしめた体を離すと、お互いの顔を見て優しく笑った。

 交わした温もりはきっと僕達の想いと同じ温かさだったに違いない。

 だって、二人がこんなに笑っているのだから。


「お~い! もう、日が暮れてしもうておるぞ~」


 ヴィヴレットが僕達の方に歩いて来ていた。

 穏やかな笑みを浮かべていることから、どこかで僕達のやり取りを見ていたのかもしれない。

 少し恥ずかしいことを言ってしまったかな。いや、本心だ。聞いてもらえて嬉しかったと思おう。


「仕方がないのぉ。今日も大学に泊まると良い。夕食はわしが振舞ってやろう」

「ばぁば、アーヤもてつだう!」

「おお、そうかそうか。ならば、アーヤにも手伝ってもらうとしようかのぉ」

「うん! パパも、おてつだいしよう? だって、かぞくだもんね!」


 アーヤの言葉に瞳が滲んでしまった。

 まだ小さな子供なのに、僕の言葉を一生懸命理解してくれたのだ。

 アーヤの不安を全て取り除けたかどうかは分からない。


 だが、僕がアーヤのことを大事に思っていることは分かってくれた。

 今は、それでいい。今は確かめ合った家族の絆を更に深いものにしよう。

 アーヤは右手で僕の手を掴み、空いた左手でヴィヴレットの手を握った。


「えへへ、かぞく~」


 愛らしい笑みを浮かべるアーヤを見て、もう悲しませるようなことはしない、きっと今よりも輝いた家族にしてみせると、心に誓った。

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