全力で拒否する娘
クラトスの宿屋の食堂にユーグリットを伴って訪れていた。
カウンター席に二人で腰かけ、レモリーの料理が出るのを待っていると、クラトスが僕の横に座った。
「おろ? 警備隊長さんと一緒なんて珍しいねぇ。アーヤちゃんはどうしたのさ?」
クラトスは僕の周りを見ているが、もちろんそこにはアーヤはいない。
「アーヤはヴィヴレットさんの家にお泊りしているんです。ユーグくんとは、さっきそこで出会ったのでを一緒に昼食取ることにしたんですよ」
「あぁ、そうだったのかぁ。んで、隊長さんはお一人でどうしたの?」
クラトスの問いにユーグリットが答える。
「私はユージンさんの家に行く所だったのです。アーヤちゃんに髪留めをプレゼントしようと思いまして」
「わぉっ。早速、プレゼント攻勢か。ユージン、アーヤちゃんがお嫁に行くのは、意外に早いかもね。……て、ユージン、顔が暗いぞ。何かあったのか?」
暗い顔をしているのか。それも、そうだろう。今、とんでもなく悩ましい問題があるのだから。
抱え込んでも仕方がない。今は少しでも周りの意見が欲しいので、この場をお借りして話を聞いてもらおう。
「クラトスさん、ユーグくん、レモリーさん、聞いてもらって良いですか? 実は僕、結婚を考えています。ですが」
「マジか!? レモリー、ユージンが結婚だってさ! お祝いしないとね。お酒持ってきて、お酒!」
「クラトスさん、そこも大事なのですが、もっと大事なことがあるんです」
「結婚以上に大事なことがあんの?」
クラトスの問いに小さく頷く。
考えるだけで気が重くなる話をするために、重い口を開いた。
・ ・ ・
ヴィヴレットの教授室でお茶をいただきながら、結婚の話を切り出した。
「ほぉ? 結婚とは急な話じゃな。して、相手とは結婚を迫ってきた女か?」
「あれ? 驚かないんですか? もっと反応があるものかと」
「何を言う。今まで女がおらんかった事が問題だったのじゃ。好いた女ができたぐらいでは毛ほども驚かんし、結婚とてそれほど大差ないわ」
「そ、そうですか」
驚いているのは僕だけだろうか。
セシルから僕の周りの女性からの評判は良いと聞いていたが、ヴィヴレットも僕の事を買っていてくれていたのか。
「目出度い話じゃな。じゃが、問題があるのぉ」
ヴィヴレットの目が、僕の横に座って本を読んでいるアーヤに向いた。
今、本の世界に没入しているようで、僕達の会話に入ってきてはいない。
「ですよね……。何て言えば良いと思いますか?」
「ふむ。そのまま伝えるしかないじゃろうが……。果たして、受け入れてくれるかのぉ」
「はい、そこが気がかりです」
「先延ばしにしても仕方がない問題じゃ。今が好機と捉えて、切り出すのじゃな」
「……分かりました。アーヤ、ごめんね。ちょっと良い?」
覚悟を決めてアーヤに声を掛けた。
僕に可愛らしい笑みを向けてくれたアーヤを見て、決心が揺らぎそうになる。
結婚することをアーヤはどう思ってくれるか。喜んでくれると信じたい。きっと喜んでくれる。
「アーヤ、パパね。……結婚しようと思うんだ」
「けっこん? アーヤと!?」
「うっ……」
目を輝かせているアーヤから思わず目を逸らす。
ヴィヴレットに助けを求めたい。横目でちらりと見ると、両手を胸の高さまで持ち上げて無言で僕にエールを送っていた。
ここまで来たら、逃げることはできない。現実と向き合うのだ、僕。
「アーヤ、ごめんね。別のおねえさんとだよ。アーヤに負けないくらい可愛くて、優しくて良い人なんだ。どうかな?」
僕の言葉にアーヤは目を丸くしている。
当たり前の反応だ。いきなり結婚の話をされても実感が湧かないだろう。
でも、いつかは言わなければならないことだ。理解してもらえるまで言うしかない。
「いや!」
「ア、アーヤ?」
「けっこん、いや! パパなんて、きらい! あっちいって!」
大声で言うと、そっぽを向いてしまった。
ここまで反対されるとは。どうしたものか。あまり言っても逆効果になりそうだ。
完全にへそを曲げているアーヤに取り付く島はなさそうで、無言の抗議を続けている。
頑なに拒否するアーヤに掛ける言葉が見つからない。
情けないがヴィヴレットに助けを求めよう。ちらりと見ると、肩をすくめた。
「アーヤ、ちょいと散歩に行かぬか? ケーキでも食べようかのぉ」
「うん! ケーキ、たべる! ……パパはこないでね」
ガーン! 完全に嫌われている。
そこまで嫌うことはないじゃないか。そりゃ、子供の夢を壊してしまったから、責任の一端は僕にあるかもしれないが。
思いっきりうなだれていると、ヴィヴレットが僕の肩に手を乗せた。
「アーヤにはわしからも言い聞かせておく。今日はもう帰れ。アーヤの面倒はわしが見よう」
「すみません。お仕事が忙しいのに」
「なに。家族のためじゃからのぉ。わしも一肌脱がねばな」
ヴィヴレットはアーヤの手を引いて、廊下へと出て行った。
どうしたらいいのか分からない。セシルは間違いなく良い人だ。きっと、良い母親になるはずだ。
だが、それを伝えても今の調子では分かってくれるかどうか。
セシルに会わせてみるか? いや、セシルに責任を押し付けるようなことはできない。
先ずは僕がアーヤに納得してもらわなければならない。セシルと会うのはそれからだ。
頬を手で叩いて気合を入れる。
「よしっ! 僕ならできる! できるぞ!」
自分を鼓舞して、教授室を後にした。
・ ・ ・
「で、この様ねぇ……」
頭を思いっきり抱えている僕に、クラトスが言い放った。
仰る通りです。何か考えられるかと思っていたが、結局何も思いつかなかったのだ。
今日の夕方にはアーヤを迎えに行かなければならない。
そこできちんと話をして、納得してもらうのが今の僕の命題だ。
とは言っても、何を言ったらいいのかさっぱり分からない。
「ユージンさん、私からアーヤちゃんに言いましょうか? 愛の形を理解してもらえれば」
「分かる訳がないでしょ。いい加減、五歳児に愛を説くようなことはしないでよ」
「うっ! しかし、このままでは親子の関係に亀裂が生じるのでは?」
「そうだね。絶賛拡大中だと思うよ。まさか、あそこまで拒否されるとは思わなかったよ」
深い深いため息を吐くと、また頭を抱える。その時、横にいたクラトスが、手を打って顔を明るくさせた。
「よし、それなら俺達からも言おう。そうしたら、アーヤちゃんも納得してくれるかも。俺、アーヤちゃんの先生だし」
「あなた、馬鹿なことを言わないの。私達が言ったら、アーヤちゃんを除け者にしてしまうでしょ?」
「それは……。じゃあ、レモリーはどう思うのさ? 何かいい案あるの?」
「そうねぇ。ユーグリットさんじゃないけど、アーヤちゃんに愛を伝えたら、どうかしら?」
「愛?」
首を傾げたクラトスと同じように、僕も首を曲げた。
愛を伝えるのは難しいと思う。まだ、五歳だ。理解できないのではないだろうか。
「ユージンくん。あまり悩まないで良いんじゃないかしら? ユージンくんがお嫁さんを想う気持ち。アーヤちゃんを想う気持ちを伝えれば、きっと分かってくれると思うわよ?」
「アーヤを想う気持ち……ですか」
確かに僕はアーヤに結婚することしか伝えていない。
急に結婚すると言われれば、困惑するだろう。不安になるだろう。それを分かってはいつつも、アーヤの身になってまでは考えていなかった。
僕は伝えなければならないのだ。僕の想いを。アーヤを大切に思う気持ちを。




