過去を語る
セシルの発言に呆気に取られた。
僕を前から知っていた? 自作自演とは何だ? 言葉通りなのだろうが、頭が追い付いていかない。
返す言葉が見つからない僕を見て、セシルは寂しげな笑みを見せた。
「ベンチに座らないか? 話が少し長くなると思う」
セシルの提案になんとか頷くと、ベンチに腰掛けた。
座ったは良いものの、何を言えば良いのだろうか。聞きたいことはあっても、言葉として出てこない。
「ユーたん、困惑させてすまない。私は君のことを前から知っていたのだ。君は知らなくて当然だ。私が遠くから見ていただけなのだから」
「……見ていたって?」
「言葉通りだ。見ていただけだ。声を掛けることができずにな。……自分語りになるが聞いて欲しい。私は孤児だ。両親はモンスターに殺されたそうだ。住んでいた村は焼かれ、故郷すらも失っている」
神妙な面持ちのセシルの言葉を黙って聞く。
「私は孤児院に引き取られることになった。だが、そこはただの孤児院ではなかった。戦士の育成所の面が強かったのだ。国に忠を尽くし、モンスターを殺す兵士を作り上げる。兵士に不要な感情を消すような過酷な訓練が私達には課せられた」
兵士を作り上げるだって?
人としての感情を消し去って、戦うためだけのマシーンを作るなんて非人道的すぎる。そんなことが許されて良いはずがない。
セシルは顔を少しうつむけると、ぽつりと言った。
「そう、私は兵士だったのだ……。血反吐を吐きながら訓練に明け暮れ、モンスターを狩り続ける……な。全ては国のため、忠義を貫くことが生きる意味だった。あの日が来るまでな」
言うと、セシルは鞄から一冊の小さな本を取り出し、それを僕に差し出した。
本の表紙には『君を思へば』と書かれていた。
「この本は、モンスターの焼き討ちを受けた村で拾ったものだ。本をめくった時、私は雷に貫かれたような衝撃を受けた。それは一人の少女が運命的な出会いをした少年と結ばれるという、今思えばありきたりな恋愛小説だった。だが、私には宝石箱のような輝きに満ちた世界に見えた」
僕の手にある本をセシルが開いた。
一ページ目には、パンを咥えた少女が少年とぶつかって出会うシーンが書かれていた。
「私は、その本を読んで一つの感情が生まれた。恋した人と結ばれたいという思いがな。同じ時を過ごし、愛し合う。普通の人であれば難しくない世界に恋焦がれたのだ。そして、私は剣を置いた」
セシルは自分の掌を見つめている。
よく見ればセシルの掌には大きなタコが幾つもあった。それがとても悲しく見えた。
「だが、恋をしたいと言っても、どうしたらできるか分からなかった。色々な男を見てきたが、恋に落ちるといった甘い感情は生まれなかった。そんな時だ。奇特な若い魔法使いが城下町で診療所を開いていると聞いたのは。ユーたん、君のことだ」
セシルは僕を見ると微かに笑った。
「どのような男か興味が湧いた。魔法使いは鼻持ちならない輩が多い。そのような者達と真逆な男を見に行ったのだ。初めて見た時は、なんとも頼りない青年だと思った。だが、どこか心が安らいだ。不思議な気持ちになった時、ユーたんの目の前で子供が転んでしまったのだ。子供が大きな声で泣くと、ユーたんはすぐに魔法を使って傷を治してあげた。嫌な顔を一つもせず。逆に優しく微笑みながら魔法を使ったのだ」
そんなこともあっただろうか?
診療所以外でも魔法を使う機会が多いので、覚えていないのは仕方がないか。
褒められているようで、面映ゆくなってきた。
「その顔を見て、胸が高鳴った。ユーたんの顔を見れば見る程、鼓動は激しくなっていったのだ。そして、気づいた。私は恋をしたのだと。それからというもの、遠目で君のことを見ては胸をときめかせていた。どんな人なのか、色々な人から聞いたものだ。聞けば聞くほど、君への想いは募るばかりだった。だが、話しかけることができなかった。切っ掛けが見つからなかったのだ。それなら、切っ掛けを作ってしまえ。そう思って、私は昨日……」
セシルは言うと、頬を赤らめて顔を手で覆った。
「パンを咥えて、ぶつかったのだ」
なるほど。僕と出会うための切っ掛けを考えた結果が、この本に書かれていたことなのか。
では、結婚を迫ったのは?
「ありがとうございます、話してくれて。一つ教えてもらっていいですか? どうして結婚を迫ったんですか? 友達からでも問題なかったと思いますけど?」
セシルは顔を覆った手を離すと、恨めしい目をして僕を見つめてきた。
僕は何か悪いことをしたのだろうか。
「ユーたんは鈍感だな。君は周りの女子からの評判を聞いたことがないのか? 何人も君に好意を寄せているのだぞ?」
「え? そうだったんですか? 気づかなかった」
「ちんたらしていたら、君を取られかねない。……年齢も年齢だしな。それならば、多少の強硬手段は止む無しと判断したのだ」
死を覚悟する瞬間があったのだから、多少ではない強硬手段だと思う。
でも、それだけ僕のことを好きになってくれたという事だ。それは間違いなく嬉しい。
この話を僕に伝えるのはかなり勇気がいる事だろう。恥ずかしかっただろう。なのにどうして、僕に言ったのだろうか。
「そうだったんですね。でも、どうして、この話をしたんですか? 黙っていても良かったと思いますが?」
「私の過去を知っていて欲しかったのだ。一緒に居るのに、知らないことがあるのは寂しいではないか。理解し合いたいのだ、私は」
セシルの言葉で、胸にチクリとした痛みが走った。
久しぶりに感じた痛みだ。忘れようとしていた痛み。僕がひた隠しにしている過去が僕の心を刺激している。
最近ではなかったことのように振舞うことができるようになっていた。それが、ここに来て顔を出してきたのだ。
どうする? 言うのか? だが、言ってしまえば、この関係が崩れてしまうかもしれない。
僕は今、セシルに好意を抱いている。それが無くなってしまうと考えると。
言いたくない。言いたくないけど。セシルは、勇気を出して言ったのだ。僕との関係が壊れるかもしれないと思いながらも、言ってくれたのだと思う。
それならば、僕も言おう。セシルのように勇気を出して。
「セシル、僕は誰にも言ったことがない過去があります。聞いてくれますか?」
唐突な話の切り出し方をしたが、セシルは静かに頷いてくれた。
「僕はこの世界の人間ではありません。国とか大陸とか、そんなことじゃなくて。本当に違う世界からなんです。僕は前の世界で死んじゃって、この世界に来たんです。そこで女神様と出会って、アーヤを渡されたんです。勇者として作られたアーヤを育てるパパとして、僕はこの世界に呼ばれたんです。……信じられないですよね。頭おかしいですよね」
言って、乾いた笑いをした。
口に出したことで、どれだけ荒唐無稽な話であるか改めて分かった。
こんなことを信じてもらえる訳がない。笑い話にすらならない話を。
「ユーたん、話をしてくれてありがとう。これで合点がいった。君はやはり私の思っていた通りの男だ」
「え? どういうことですか?」
「君の優しさは本物だ。本当に優しい者は、苦難を乗り越えた者しかいない。何もないところから、優しさは生まれない。ユーたんは幾多の苦難を乗り越えて来たのだ。異世界に来るだけでも苦しかっただろう。それがアーヤを育てるのならば、尚更だ。だが、それがあっての今の君だ。君の言葉の正しさは君自身が証明している。私は君を信じるよ」
セシルの微笑みが滲んで見えた。
急に目頭が熱くなってきた。涙が流れないように、必死に堪える。
僕のことを受け入れてくれたのだ。誰も信じないだろうと思って、封印してきた過去を信じてくれた。
それがどれだけ嬉しい事か。
喜びが涙腺から流れ出すのを止めることができなくなってきた。
服の袖で涙を何度も拭って、出せる限りの笑みを浮かべる。
「セシル、僕はあなたと一緒に居たいです。僕と付き合ってください。結婚を前提に」
「けっ!? けっこ!? 結婚を前提に!?」
「え? ええ、そうです。結婚を前提にお付き合いしたいです」
「ふっ、ふっ、ふぉぉぉぉぉ! よしっ! すぐに教会に行こう! 指輪なら持っている! サイズもバッチリなはずだ」
「指輪のサイズまで調べていたんですか!? もう……、そんなに焦らなくても逃げませんよ。安心してください。なんなら、指切りしますか?」
「そ、そうだな。では、指切りをしようではないか」
お互いの小指を絡める。二人の想いを硬く結ぶように。
「じゃあ、嘘吐いたらどうしましょうか? 針千本飲ませますか?」
「いや、これだけで良い。こうして、約束をしてくれた。これ以上、望むものはない。ユーたん、ありがとう」
「セシル……。ありがとう、約束ですよ。一緒に居てくださいね」
絡めた指を今一度ぎゅっと結んで、指を解いた。
僕とセシル。二人とも、自分の小指を。そして互いの小指を確認した。きっとそこには見えない糸が繋がっていることだろう。
二人の想いを繋ぐ糸は見えないけど、赤い色をしているはずだ。
頬が熱い僕と、照れくさそうに笑い頬を赤らめているセシルを見て、そう思った。




