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傍に居たくて

 セシルが言い放った行き遅れ発言に呆気に取られた。

 行き遅れって、お嫁に行き遅れてしまったことを言っているのか?

 行き遅れには見えない。丁度いい年頃のように思えるが。


「行き遅れではないと思いますよ? 美人で若いじゃないですか」

「若いだと!? もう、二十四だぞ!? あと一歳でアラサーだぞ!?」

「い、いえ、まだまだ若いですよ。アラサーぐらいなら行き遅れじゃないですよ」


 行き遅れの定義は人によって違うと思うが、アラサーは行き遅れの範疇に入らないのではないだろうか。

 二十四なら十分早い方だと思う。前の世界なら、大学を出ていればすぐに二十四にはなるのだから。

 口にした言葉に嘘はないと心の中で頷いていると、セシルが手で顔を覆った。


「だ、大丈夫ですか?」


 セシルは何度も頭を振った。


「大丈夫な訳がないだろう。こんなにときめかせておいて」

「と、ときめきですか? 僕は事実を言ったまでで」

「恋の爆弾魔だな、君は! キュン死させる気か!?」

「爆弾魔!?」


 褒めているのだろうか? セシルには嬉しい言葉を僕は口にした結果だから、悪い言葉ではないと思う。でも、魔が付くのはどうだろう。

 顔を覆った手の指の隙間から、セシルが僕を見た。なんかちょっと怖い。


「う、嘘は言っていなさそうだな」

「言いませんよ。事実って」

「もういい! 充分だ! 今にも恋のダムが決壊しそうだ! 」

「えぇ……」


 何を言っても好感度が上昇してしまいそうな状況だ。

 とりあえずはセシルが落ち着くのを待とう。

 一服していると、やっとセシルが顔を見せてくれた。少しはにかんでいる。


「や、やっぱり優しいのだな君は。女の大半が十代の内に結婚するというのに。それ以上になると、訳アリが多いのだぞ?」

「訳アリなら、僕の方が十分訳アリですよ。シングルファーザーなんですから、僕」

「そ、そうだった。アーヤが君にはいたな」

「えっ? 僕、アーヤの話しましたっけ?」

「あっ! は、話したぞ。ざ、雑貨を見ていた時にな」


 何故か、しどろもどろになっている。

 話した記憶はないが、うっかり口に出してしまったのかもしれない。

 でも、知っているのなら話は早いかもしれない。僕は結婚に向いていない人間だと理解してもらえるはずだ。


「僕にはアーヤがいます。僕と結婚するということは、アーヤの母親になってしまうんですよ? 大変なことだと思います。それでも結婚したいと思うんですか?」

「私は思う。逆に問おう。ユーたんは結婚したくはないのか? 私でなくても良い。誰かの夫になりたいと思わないのか?」

「ぼ、僕ですか……? あります。いえ、あったと言った方が良いかも。でも、今結婚したいかと言われると」


 正直、困惑しかできない。

 恋をしていた時は、その人の傍にいたいと常々思っていた。二人の世界を思い描いていたものだ。

 では、今はどうだ。いきなり結婚を迫られても、そのイメージができない。だって、昨日出会ったばかりの人なのだから。


「ごめんなさい。正直、分かりません。あっ! でも、セシルが魅力的な人だとは思います。それは間違いないです」

「……ありがとう。迷惑を掛けていたのだな、やはり」

「迷惑って……」


 セシルは表情を暗くした。

 確かに迷惑かもしれない。急に迫られて、僕のことを脅すような形でデートに誘ったのだから。

 でも、今の時間を迷惑とは思っていない。楽しい時間を過ごしていたから、迷惑なんて思ってはいない。これだけは伝えないと。


「僕、楽しいんです。今日のデート、楽しいんですよ。だから、迷惑なんかじゃないです」

「そうか。私も楽しい。とても充実した一日だ。それもユーたんが優しいお陰だろうな」


 そう言うと、セシルが席を立った。


「そろそろ、帰るとしようか」

「えっ? もう帰るんですか? まだ夕方にもなっていないですよ?」

「十分だ。今日はありがとう」


 微笑みを浮かべた。だが、それがとても悲しそうに見えた。

 このままだと全てが壊れてしまいそうな程に、儚く寂しい。そう思わせるものだった。

 ここで終わりで良いのか? 僕達の関係はここで途切れてしまうのか? それで良いのか?


 僕の前から離れようとしたセシルの手を握った。


「……行きたい所があるんです。一緒に行ってくれませんか?」

「……無理に優しくしなくても良い。もう」

「行きましょう。一緒に見て欲しいんです。だから、行きましょう」


 お代を払うと、セシルの手を取り目的の場所に向かった。


     ・      ・      ・


「ここは?」


 僕がセシルの手を引いて連れて来たのは、ドーム型の建物プラネタリウムだ。


「プラネタリウムです。ここで星を見ましょう」

「星?」

「はい。僕が好きな星を見て欲しいんです」


 プラネタリウムの中に入る。今日はお客さんが少ないようだ。

 地面に敷かれている芝生の上に二人で腰を下ろすと、部屋が暗転した。丁度始まったようで、満天の星空が目の前に広がった。

 星座の解説が始まると、それに合わせてセシルと二人で星を見つめる。


 一つ、また一つと星座の逸話が語られていく。

 心地よい語り口に耳を傾けていると、一つの星座が一際輝いた。

 語られたのは、白鳥のつがいの星座の事だった。


 僕は隣に座るセシルにそっと耳打ちする。


「これが、僕の好きな星座なんです」


 そう言うと、すぐに顔を離して星空に目を移す。

 寄り添う白鳥の星座も話が終われば煌きを失い、周りの無数の星と同じ輝きを放つだけだ。

 だが、僕にはいつまでも見える。仲睦まじい白鳥の星座が。僕が憧れる夫婦の形を現した星座が。


      ・      ・      ・


 上演が終わり外に出ると日は落ちて、街灯が灯っていた。


「夜になっちゃいましたね。どうでした、プラネタリウム?」

「綺麗だった、本当に。人は星々に色々な思いを描いていたのだな」

「そうですね。あの白鳥のつがいの星座は、きっと優しい思いから出来たんだと思います。だから、僕は好きになったんです」


 空を見上げてみたが、街が明るいせいか星は数えるほどしか見えなかった。

 どちらともなく歩き出す。喋ることなく着いたのは、中央公園の噴水前だった。

 今日のデートの始まりの場所。僕の想いを告げるなら、ここが良いだろう。


「セシル、あの白鳥の雄は何で雌を追って行ったんでしょうか? 愛しているからですか?」


 僕の問いかけにセシルは目が点になっている。

 唐突で脈絡のないことだったので、そうなっても仕方がないか。


「僕は、こう思うんです。一緒に居たい。ただ、それだけだと。愛しているとか、正直、僕にはよく分からない。でも、一緒に居たい想いはよく分かります。セシル、僕は……」


 次の言葉を出そうと、深呼吸をする。

 今日一日、セシルと過ごした結果の答えを、想いを伝える。


「一緒に居たいです。結婚とかまだよく分かりません。でも、一緒に居たいです。だから、僕とお付き合いしてください!」


 手を伸ばして、頭を下げた。

 これが答えだ。最初は無茶苦茶な人だと思った。正直、やっていける気がしない人だった。

 けど、デートをして、楽しい時間を共有して分かった。恋をしている普通の人だという事が。

 確かに少しずれた人かもしれない。いや、結構ずれている。でも、それがあっても人として魅力的だと思う。


 反応を固唾を飲んで待っていると、手にそっと温かいものが触れた。


「ありがとう、ユーたん。だが、その前に言わなければならない事がある」


 顔を上げると、真剣な眼差しでセシルが僕を見ていた。

 セシルは一度開いた口を閉じた。少し間を置くと、意を決したように口を開けた。


「ユーたん……。実は私は前から君のことを知っている。知っていて近づいたのだ。あの日、出会ったのは偶然ではない。私の自作自演なのだ」


 セシルの告白に正しく面食らってしまった。

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