デートで鶏の一生を見よう
「ふあぁぁぁぁ……。眠い……」
魔法大学校の門をくぐって、街中に歩き出した。
朝日が王都を照らし、一日の始まりを告げていた。
今日は天気が良い。こんな日は気分も良くなるというものだ。良くなるはずだ。
なのに。
「まいったなぁ……」
思わず口からこぼれた。
これからセシルとのデートなのだが、気分が上がらない。
美人とデートをするなど、気分が高揚するものだろう。なのに、まったく高ぶらない。
それどころか中央公園に近づけば近づくほど、気が重くなってくる。
ヴィヴレットに先日の話をしたが、爆笑されただけだった。
助けろとは言わないが、少しは僕の身になって欲しかった。
結局、自分で答えを出すしかなかったので、覚悟を決めて僕はデートをすることに決めたのだ。
死ぬよりは良いだろうとの考えから……。
中央公園の中に入ると、ちょうど時計台が六時を告げる鐘の音を鳴らした。
時間ギリギリになってしまった。小走りで噴水の前に向かう。
噴水の前には人っ子一人いなかった。まだセシルは来ていないようだ。
良かった。遅刻したら、何をされるか分かったものではない。安堵の息を吐いた時、肌が粟立った。
強烈な気を背後から感じる。凍り付きつつある首を必死に回すと、噴水のオブジェクトの陰からセシルが僕を覗いているのが見えた。
「ひぇっ!?」
「少し遅刻だな。女を待たせるのは良くないぞ?」
「そ、そ、そうですね。待たせちゃいました?」
「それほど待ってはいない。一時間と言ったところか」
「早すぎっ!」
「何を言う? もし、ユーたんが早く来たら、その分だけ長く一緒に居れるではないか」
思わぬ言葉に目を丸くした。可愛らしい一面を見たからだ。
少し気を取られていると、セシルが僕に近づいて来ていた。
心臓に悪い登場の仕方をしたセシルは、ハッとする程に綺麗だった。
落ち着いて見ると、こんなに美人なんだ。思わず、見惚れてしまった。
「ん? ユーたん、どうかしたか?」
「あっ! いえ、何でもないです。あの、これからどうしますか?」
問うと、セシルは鞄から冊子を取り出した。
「デートプランはバッチリ決めてきている。先ずは朝食にしよう。パンケーキと卵料理が絶品の店があるのだ」
「それ、良いですね。お腹ペコペコなんです」
普通のデートのようで安心した。幸先良い出だしだと思う。
「その後は、ひよこの雄雌の鑑定士体験をする」
「可愛いですよね、ひよこ。楽しみだなぁ」
「ああ。次は闘鶏を見よう」
「怖っ!」
闘鶏といったら、気性の荒い鶏同士を戦わせるものだ。
一度、クラトスに連れていかれて見たことがあるが、迫力があって結構怖かった。
正直、あまり見に行きたくない。
「闘鶏の後は、ランチにしよう。フライドチキンが絶品の店があるようだ」
「鶏の一生を見る気ですか!?」
「良いプランだろう? 鶏の生き様を知ることができるぞ」
闘鶏を除けば良いプランかも知れないが、一繋ぎになると途端に重い話になってしまった。
プランを変更してもらいたくなるが、せっかく考えて来てもらったのに却下するのも気が引ける。だが、血なまぐさい闘鶏だけは避けよう。
「闘鶏だけは止めませんか? ちょっと、食欲が失せそうなので」
「仕方がない。鶏のレースに変更しよう」
「鶏から離れませんか!?」
・ ・ ・
セシルが勧めてくれたパンケーキのお店は人気店のようで、お客さんが大勢いる。
活気に満ちた店内で、テーブル席に着いた僕達は向き合って料理の到着を待っていた。
「人気店なんですね。料理が楽しみになってきました」
「そうだな。ガイド本でも評価が高いから、間違いはないようだ。私も初めて食べるから、楽しみだ」
二人で料理を今か今かと待ちわびている。それはまるで、本当のデートだった。
そう思うと、少し照れくさくなってきた。こうしていると普通の美人さんなのだ。少し緊張してきた。
「ユーたん、ただ待つのもなんだ。本でも読んで、これからどうするか決めないか?」
セシルが細かく決めてくれていたのは午前中までで、午後は街中を散策するというものだった。
ただぶらつくよりも、ガイド本を読めばより良いデートになるに違いない。
了承した僕にセシルが一冊の本を渡してきたので、ページをめくる。
「海の見える教会? 天空にいるかのように見晴らしの良い教会? 大陸最大級のステンドグラスを持つ教会? これって……」
結婚情報誌だ!
これからって、そういうことか。完全に騙されてしまった。
普通のデートかと思ったら、やっぱり結婚がちらついてきた。
セシルが僕の顔をチラチラと見てくる。何を期待しているのだ。こんなことで結婚する訳がないじゃないか。
とは思いつつも、本を突き返すこともできず、適当にページをめくる。
読んでみるとなかなか興味深い記事がいくつもある。いや、結婚したいとかではない。
どこも色々な趣向を凝らしているようで、結婚をあげる当人以外も楽しめそうだ。まだ、僕は結婚式に招待されたことがないので、純粋に興味が湧いただけだ。
読み進めていると、一つのページで手が止まった。
ページの端が折られている。ドッグイヤーをしているということは、気になった記事なのだろう。
小さな教会のことが書かれている。特にこれといった特徴はなく、普通の結婚式をあげるだけのようだ。
あれだけ結婚を迫るセシルが気になる教会とは思えない。多分、折れ曲がっただけだろう。
そう思った時、ちょうど料理が僕達のテーブルに運ばれてきた。
二段になったパンケーキの上に生クリームがたっぷり乗っており、横には大量のスクランブルエッグがある。
朝からこのボリュームか。これは食べきれるか心配になってきた。
・ ・ ・
気づけば、あっという間に午前中を終えていた。
ひよこ鑑定の体験で夢中になって雄雌の判定をし、鶏レースでは大いに声を上げて楽しんだ。
お昼を迎えた時には、いつの間にかお腹が空いて、フライドチキンを食べて舌鼓を打った。
今は食事を終えて街中をぶらつき、お店をいくつか回ってお茶をしている。
街中では服やアクセサリー、雑貨などを見て回ったが、そのどれもにセシルはときめいていた。
こうしてみると普通の女性だということが分かった。なんで、あんなに結婚を急ぐのだろうか。
普通にしていれば、結婚できるに違いない。じっとセシルを見ると、目を丸くして返してきた。
「ユーたん、急にどうした? 私の顔に何か付いているのか?」
「あ、いえ。そのぉ……」
今が良い機会かもしれない。半日は消化したのだ。少しは僕という人間を知ってもらえたに違いない。
意を決して、聞きたかった言葉を口にする。
「どうして、そんなに結婚したいんですか? セシルは綺麗だし、魅力的だと思います。僕みたいな男よりも、よっぽどいい人がいると思いますが?」
「……言う必要があるのか?」
セシルは僕から目を逸らした。
言う必要があるのかないのかで言えば、言って欲しい。僕は納得したい。どうして、僕なのか。
「教えて欲しいんです。運命的な出会いをしたにしても、すぐに結婚したいと思うのはおかしいと思います」
「……ユーたん、私は……くれなのだ」
「え? すみません、聞き取れませんでした」
そう言うと、セシルは僕に険しい顔を見せた。そんなに悪いことを聞いてしまったのか。
謝ろうとした時、セシルが悔しそうに顔を歪めた。
「行き遅れなのだ、私は!」




