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診療所で愛を語る

 ベッドにうつ伏せに寝ている老人の背中を優しくマッサージする。


「先生、腰の上の方を。そう、そこですぞ!」

「はいはい。分かっていますよ」


 我が診療所にたむろしている老人の腰を解すと、満足そうに息を吐いた。


「いやぁ、先生、極楽でした。天国に行くかと思いましたぞ」

「洒落にならないことを言わないでください。はい、今日は終わりですから帰ってください」


 一人の老人に言うと、残りの二人とお酒を一杯飲んで診療所を去っていった。

 お馴染みの患者が去っていくと、それを待ち構えていたかのように、アーヤが一冊の本を持って駆け寄ってきた。


「パパ~、白ゆり姫よんでぇ」


 お気に入りの一冊を朗読を所望しているようだ。薬学書を読もうと思っていたが、休憩がてら娘との時間を過ごそう。僕の膝の上にアーヤは乗ると、僕に本を渡した。


「良いよ。 じゃあ、読もうか。あるところに、ブランという女の子がいました……」


 アーヤの好きな白ゆり姫は、前の世界でいうシンデレラだ。義理の母親や姉にきつく当たられて、生活する女の子ブランが主人公だ。

 結末は王子様と結ばれる在り来たりな作品だが、母親と姉のキャラクターが、全く違う。


 母親と姉はツンデレなのだ。


「ふんっ!あなたにはドレスなんてないから、ダンスパーティーには行けないわね。いい気味だわ! ……やだ、このドレス少しほつれているわ。ブラン、これあなたにあげる。す、好きに使いなさい!」


 何だかんだ言って、こうしてブランの事を助けてくれるのだ。

 大人が読んでも面白い児童文学書を読み聞かせていると、ドアがノックされた。

 入ってきたのはユーグリットであった。


「あれ? ユーグリットさん、どうかされました?」

「いえ、先日のお礼とご報告に参りました。この度は私にご協力いただき、ありがとうございました」

「あ、いえいえ。それほどのことではないので」


 本当にそれほどのことはしていない。散歩をして、猫と戯れただけだ。


「いえ、ユージンさんがいてくれたお陰で事件が解決しました」

「解決したんですか? それは良かった。どんな話だったんですか?」

「結果は、虚偽の通報でした。猫好きな老人を妬んだ老人が仕掛けた話でした」

「えぇ……。ご近所トラブルだったんですか?」


 予想外の展開に閉口せざるを得ない。隊長自ら乗り出した事件が、まさかの事実だ。

 したりと言う感じで頷いたユーグリットに、気落ちしている様子はない。むしろ、清々しい表情を浮かべている。


「はい。良い結果に胸を撫で下ろしました」

「良い、ですか? 少しがっかりしませんか?」

「そのようなことはありません。国を揺るがす一大事だったかもしれないことを考えると、最良の結果です。警備隊として任務をまっとうできたことを誇りに思います」


 爽やかな笑みを浮かべると、軽く笑った。

 真っ直ぐな人だ。晴天の騎士という言葉が正しくぴったりな人だ。

 無駄足と思っても仕方がないのに、その結果を受け止めて胸を張れているユーグリットに好感を抱いた。


 そういえば、ユーグリットは何故ここに来たのだろうか。


「ユーグリットさん、ここに来たのは、事件の結果を伝えるためですか?」

「いえ、それもあるのですが……。ユージンさん、折り入ってお願いがあり参りました」


 ユーグリットは言うと顔を引き締めた。

 真っ直ぐ僕を見つめて、おもむろに僕に近づくと地に膝を着いた。


「お嬢さん、アーヤちゃんの婚約者にしていただけないでしょうか?」

「ダメです」


 即、却下した。

 あまりの即答っぷりに、ユーグリットは目を見開き、慌てだした。


「ユージンさん、私のどこがご不満なのでしょうか? あまりひけらかしたくはないですが、家柄も良いですし、私自身の評判も良いと自負しています。ダメな所があれば正します。何でも仰ってください」

「僕はアーヤの意思を尊重したいと思っています。アーヤはまだ五歳ですよ? まだ自分の意思ははっきりしていません。それなら、本人が納得できる歳になるまで、誰かと結婚させるようなことはできません」


 アーヤはまだ子供で、親がレールを敷いて良いとは思っていない。

 ユーグリットは好感の持てる人物で、結婚相手にするには申し分ないと思っているが、本人の意思で結婚をしたいと思える歳になるまでは、僕がアーヤを守らなければならない。


 膝の上に乗っかったアーヤが僕のことをじっと見つめた。


「パパ、けっこんするの?」

「パパじゃないよ。アーヤのお話しだよ」

「アーヤの? じゃ、アーヤ、パパとけっこんする~」


 可愛い! なんて可愛いんだ。思わず食べたくなる可愛さだ。

 顔に笑みを咲かせたアーヤの頭を撫でて、全力で愛でた。こんなに可愛い子を嫁に出すなんて、今は全く考えられない。考えたくない。


「アーヤちゃん、良いかい? 法律上、親子での婚姻は認められていないんだよ。それは愛の形が違うからさ。愛には様々な形があるんだ。親子愛や友人愛など色々あるけど、本当の愛はその人と一生添い遂げたいと思うことなんだよ。アーヤちゃんがパパに抱いている愛は、親子愛であって、本当の愛とは違うんだ。分かるかい?」

「分かる訳ないじゃないですか。子供に愛を熱弁しないでください」

「とは言いましても、親子での婚姻は」

「子供の夢を壊さないでください。あんまり言うと、アーヤに嫌われちゃいますよ?」

「そ、それは」


 一言でユーグリットは引き下がった。

 そのことから、本当にアーヤに愛情を覚えているようだ。だとしても、婚約者にさせる気はない。

 ただ、ここまで真っ直ぐに来られると無下に追い返すのも可哀そうな気がする。


 ため息を吐いて、ユーグリットに声を掛ける。


「婚約者はダメですが、友達なら良いですよ? 求婚するのはもう少し大人になってからにしてください。アーヤが受け入れたのなら、僕は止めませんから」

「ユージンさん……。分かりました。まずはアーヤちゃんの良き友人になります。結婚の話は当分先にいたします」

「そうしてください。アーヤ、良かったね。ユーグリットお兄ちゃんがお友達になってくれたよ」


 アーヤに声を掛けると、小さく首を傾げた。


「おともだち?」

「そうだよ。大きなお友達だけど、仲良くしてあげてね」

「うん! アーヤ、なかよくする! よろしくね!」

「ですって。良かったですね。ユーグリットさ……ん?」


 ユーグリットは両手を口元に持って行き、目を潤ませている。

 これは間違いない。


「ふぇ~、ひゃわいぃぃぃ」


 乙女モードに突入していた。これが最大の欠点であることを思い出した。

 さて、アーヤがこれを見てどう思うのか。また、変な人や危ない人と言われるのだろうか。


「パパ~」

「何だい?」

「おもしろいひと~」


 想定外の言葉だった。もっと辛辣な言葉が飛び出るかと思っていたからだ。

 それほど、乙女モードのユーグリットは気持ちが悪い……訂正、気味が悪い。

 アーヤはそれでもユーグリットのことを悪く思っていない。子供だからか、それとも人の本質を見抜ける子なのか。どちらにせよ、親としては嬉しい事だ。


 楽しそうに笑うアーヤの横顔を見て、そう思った。


「ちょっとキモ~イ」


 あ、やっぱりそう思っちゃったか。

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